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『運命の供犠姫』私のVRMMO生活は、運命値極振りから始まる百合ライフ。呪いの装備は絆の証?  作者: malka
第1部 - 第4章

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88.4章-第4話 ”リチェスタの異変 #3/3”

 追いすがる棘の群れと触手たちの蠢きを後に、玄関ホールへ。ただただ全速で飛翔する。


 踊り場に金髪碧眼、王子服の男ミネルイが、恐ろしいまでの美貌で見下ろしています。が、彼にもまた、動きは無いよう。

 まだ触手の影はみえないホールを飛びすぎ、扉へ向かおうと翼にさらなる魔力を籠めかけた。

 その時。


 ぞわっと、肌が泡立つ。左腕のルナリスがじっと玄関ホール中央に、虹色の輝きを宿した蒼銀の瞳を向け、


「来ます……あの時の」


 奈落が開いた。


 シャンデリアの光に照らされたホール中央の空間が縦に、人間大の大きさに裂ける。

 唐突に開かれた空間の亀裂から、深淵がのぞく。


「全く。興ざめである。愚者共の享楽の舞台に水を差すとは。またも、汝らか」


 性別も年齢も判然としない声が、時々刻々姿をうつろわせる腕が、深淵から這い出して来る。


 あれは、あの時の。”冥府の洞窟-ニベヘリィル”最奥で邂逅した存在。

 だが、あの時とは違う、明白な苛立ちを感じる。


 腕から先が。肩が。身体が。少しづつ姿を現す。

 刻々と移ろっていた姿が、固定される。


 それは、男。成人男性……で、あったであろうモノ。

 皮膚は全て焼けただれ、瞳は焦点が合わず、白く色が抜けている。頬の肉は一部がこそげ落ち、黄ばんだ乱杭歯の列が覗いている。


「クロウリード=フォン=アレイスター……」


 その、まるで死人が直立しているような姿に向け、ルナリスがそっとつぶやきを漏らします。


「え、あれが?」


「贄の娘か。否。贄であった、娘か。忌々しい。おとなしく勤めを果たすこともせず、我に歯向かうとは。身の程を知るが良い」


 濁った声が、投げつけられる。どう見ても動けるはずがない。皮膚呼吸もできていないであろうその身体では、窒息死もまぬかれないはず。


「兄……であった、あれ、は。魔力を封じ……られ、毒盃を乾せども……動きを止める事もなく。あのような……姿となって、なおも。哀れに思った……父が、幽閉……したの、です」


 つまり本来は、服毒自害はすでに果たされていたと。しかし、王族に与えらえる、おそらく強烈な毒を飲み干しても死なず。あのような姿で生き永らえた。魔力を封じられて魔術も使えない状態で? 人間やめてますよね?


「ふん。我は偉大なる父より、一にして全なる宿命を賜ったのである。卑俗に縛られるはずは無かろう。が……そうさな、もはやここも良き頃合いか」


 映像を映しているはずのない純白の瞳で、踊り場の男を見上げる、現王……? クロウリード。


「献上せよ」

「畏まりました」


 私たちの事など知らぬ。とばかりに、悠然と横を通り過ぎ、階上へと上がるクロウリード。手を出すことは考えられませんでした。あまりの威圧感、異様なまでの圧迫感。動けば、腕に抱いた愛おしい二人諸共、どうされるかわからない。恐怖に背筋が凍り、見つめる先。

 並び立つ2人の男。確かな腐臭がする腐りかけの身体が、踊り場に崩れ落ちる。その抜け殻のようになった身体が青銅色に染まる。腐敗していたとはいえ、確かな肉の身体であったはずのそれが、一瞬で銅像に変化してしまったではありませんか。


「ふむ。存外、良きものである。父に代わり、旧き神共からこの世界を解き放つ我に相応しき器ではないか」


 先ほどまでのミネルイという名の美しいだけであった彼とはうって変わり、妖しい邪気を纏い、ひれ伏したくなる覇気を放つ、金髪碧眼の男がそこにはいました。クロウリードが、ミネルイと呼ばれたモノの身体を乗っ取った。ええ、おそらくそういう事なのでしょう。


「お父様……が、なに……と」

「戯けが。貴様が父と慕う痴れ者の事ではないわ。あれは我の血縁などではない。度し難い事よ。己等を王の一族などと僭称する者共が。まあ良い。想定よりも早いが、収穫の時である。指をくわえてみておれ」


 圧倒的な、完成された美貌を手にしたクロウリードが悠然と、外へと通じる扉へ歩みを進める。


 邪気を纏う威圧は衰えるどころか、一歩ごとに増して行くばかり。

 扉に、男の手が触れる。


 せめて、せめて1撃だけでも。ルナリスをそっと床に下ろし、腰の鞘に襞る腕を伸ばし、双短剣を。


 かちゃかちゃ……かちゃかちゃかちゃ。

 けたたましい、金属音。何事……こんな時に誰が、この空間には私達しか。


 そっと……柔らかな手が、私の左手に添えられる。

 ぴたり。と、音がやむ。なんのことはありませんでした。音は、震える私の手が、短剣と鞘の間で立てていたのです。

 得体のしれないあの男から放射される何かに、威風の波動に、忌まわしくも神々しい邪気に。

 恐怖に駆られた私の魂の震えでした。



 クロウリードはこちらを振り返る事すら無く。かつては試練ダンジョンの扉であったのであろう、屋敷の扉から姿を消しました。

 とたん、先ほどまでの時間が夢か幻であったかのように消え去るプレッシャー。

 中央に深淵の口を開いていた空間の亀裂も、いつの間にか消え去っています。


「情けない……」


 なにも、できなかった。ただ、怖がって、委縮して、子猫のように震えていただけ。

 気が付けば刀の柄に手を添え、半歩、私の前に歩み出ていたルナリス。

 守りたいと願いながら、彼女に守られていたのですか……?


 右腕に感じる紗雪の、軽くとも、力を失い確かな重みと熱を伝えてくる身体。切っ掛けがあれば気を失ってしまう程、心が抑圧されていた彼女への罪悪感に、さらに暗澹たる気持ちに陥るのでした。




 惚けていられる時間は長くはありませんでした。一度は引き離した、棘を生やした緑の触手が、いよいよホールを飲み込まんと押し寄せてきたのです。


「今は……とにかく出ましょう」

「はい」


 改めて手をつなぎ、魔力飛行で翔ける私達。両手のふさがった私に変わり、ルナリスが扉に触れると、すでにそこは神殿の中でした。


 神殿の奥、そこには相変わらずの悍ましい気配を放射している、クロウリード。その手が、本来であれば創世聖教の大きな十字架が飾られていたはずの祭壇に延ばされています。


【エリアアナウンス:☆8禁忌級魔導書 - “グラーキ黙示録 12巻” が顕現しました】

【エリアアナウンス:“グラーキ黙示録 12巻” が、儀式遂行者の手に委ねられます】


 背後で鳴り響く轟音。振り向くと、創造神様が用意したはずの試練ダンジョンの扉が粉々に砕け散り、粉塵が襲い掛かってきているではありませんか。

 ルナリスをさらうように抱き上げ、神殿入口へ慌てて飛び退る私。


「やはり、ここに封じられていたか。また一つ、旧き神から世界は解き放たれた、穢れ堕ちた旧き神の証に歓喜を! ああ、喜ばしきこの時を、祝福せよ!」


 手にした魔導書を眼前に掲げ、クロウリードの纏う邪気と、魔導書の禍々しい気配が一時混ざり合う。


「小娘、逃げ延びて見せよ。さすれば次は、弄んでやろう」


 あからさまな邪気と狂気を孕んだ瞳。

 抉られるような強烈な視線に射抜かれ、不覚の極みにも腰が抜け。膝から崩れ落ちてしまいました……。


 あれは、なに。

 あれは、なに。

 いやだ、気持ち悪い。

 見ないで、のぞき込まないで。


 心の内側まで、覗かれている、見透かされている、矮小な私、SEOの世界で何かを成せていると、思い込んで。ルナリスの隣に、紗雪ともまた出会えて、でも記憶もおぼろげなただの社畜だった頃と、本質は何も変わっていない。

 現実の、今はもうなぜか靄がかかったように半ば忘れかけているあの頃の記憶。

 入ってくる、男の邪気が。


 いや、暴かないで、見ないで、私に見せないで。

 弱い私、何もできない私。嫌だ、ルナリスに捨てられる、紗雪に嫌われる。

 矮小なただの人間の、ワタシなんて……。


 強がって。痛いのも、繰り返し疑似的な死を体験するのも、我慢した。

 ルナリスのためなら、紗雪のためなら、私の大切な愛おしい身内のためならば、我慢できる。

 でも……それは結局、ただのやせ我慢で。


「ナオ……様!!」


 内股に生暖かい感触。

 いやだ。私、おもらしまでしてる……。


 目の前に綺麗な、澄んだ、虹色の輝きを宿した蒼銀の瞳。

 銀の姫が、私を見てる。


 アノ コワイ オトコ ハ イナイ?


 心が委縮しているのをはっきりと感じる。

 何をされたわけでもない。ただ、ただ、あの男の邪気が、覇気が、泣きそうに怖かった。

 訳が分からない、根源的な恐怖。普通の人間が一生対峙することが無いはずの、悍ましい邪気の奔流。


「こ……こわ……こわかったよぉぉぉ」


 涙が止まらない、嫌だ、ルナリスに情けないところを見られたくない。でも、突然に決壊した、本当は弱かった私の魂。

 訳が分からず泣きじゃくって。子供みたいで、辛うじて紗雪だけは大切に抱きしめて離さなかった自分の右腕だけは、褒めてあげたくなって。でも、折れていた。心が。

 逃げ出したい。そうだ、ログアウトしちゃえば。でも、できない。現実にも逃げられない。

 逃げ道がふさがれてる。


 外から喧噪が聞こえる

 悍ましい。人が出せると信じたくないような、雄叫びが。


 コワイ コト ガ オキテル ノ?


「コワイ、ノ、スル?」


 あれ。私、なんでこんな事言ってるの。

 もう嫌だよぉ。



 湿った温もりが、私の唇を割り開く。


 にゅるりとした感触。息が詰まる、呼吸ができない。

 開きっぱなしになっていた、涙に歪む視界いっぱいにひろがる、大好きな女の子のお顔。



 長い長い接吻が離れ、肺が、脳が、酸素を求めて深呼吸。

 急に落ち着いていく心臓の鼓動。


「ル、ルナリスぅ……」

「ナオ……様は……大丈夫です。わたくしが……います。いつでも、お傍に……必ずおります……ですから」


 心の内側から温かな気持ちが沸き上がっていく。恐怖に委縮し、訳も分からず震えていた心が、優しく包まれる。

 “狂愛の楔 - 慈愛”

 つながった心を通して、分かち合う。きっとその後押しもあるのだと思う。


 けれど、それ以上に、彼女が傍にいてくれる。あぁ……私も。ううん、むしろ私が、ルナリスに依存、していたのかな……。

 なんて安らぐのだろう。ただ彼女ともう一度接吻を交わす、それだけで、訳も分からず、クロウリード王に撃ち込まれた恐怖の杭がすっと、溶けて消えていく。


 内股を濡らす湿り気に、顔が赤くなっているのを自覚しつつも務めて無視し、神殿の外に視線をやれば。


「気色悪い……」


 元は住民と分かっていても、無理です、これは。

 緑色の腐肉、いえ汚物の塊となって、でろでろに溶けている無数の住民……であった成れの果て。

 それが広場一面はもちろん。見える限りの道を埋め尽くし、建物の窓という窓から、垂れ落ちてきているのです。


「宿へ……馬車の所へとにかく」


 そうです、保護しているレイラさんだっているのです。意識を失っている紗雪も早く安静にできるところへ。

 そうだ、とりあえず紗雪だけでも、悠久の楽園に。扉を開こうとしますが


 “このエリアではプライベート領域への扉を開くことはできません”

 思わず眉をしかめます。緊急時の逃亡先が封じられている。


「飛びます。”悠久の楽園”との接続もできませんでした」


 言われ、羽衣で自身も浮かびながらも、さっと私の腕にしがみつくルナリス。


「私の方で……も、同じ……です」


 試してくれたようですね。とにかく馬車まで急ぎ戻りましょう。宿周辺が無事だとよいのですが。


 空を妨害するものは無く、あっという間にたどり着いた宿はひとまず静かです。

 宿の人はもちろん、鍵の数からみて宿泊客もいませんでしたからね。

 裏に停めた馬車へ大急ぎで駆け込むと


「ナオ様!ご無事でしたのですね」


 腰を浮かせたレイラさんを制し


「紗雪様……!」


 駆け寄ってきた留守を任せていたサフィーロに、紗雪を部屋に寝かせてくることを告げ、いつでも出られるように準備をするよう伝えます。腕の中で力なく抱えられている紗雪を神を敷きこまないように丁寧に、馬車内の小部屋のベッドに寝かせ、大部屋に戻った時。

 爆弾がさく裂したか火薬倉庫が爆発したかのような轟音と、地震が襲いかかりました。


「なにごと!?」

「あそ……こ……湖の方、です」


 ルナリスの示す方向に目を向ければ、先ほどまでの屋敷の中で襲い掛かってきた緑の触手……をさらに巨大にした塊が、この距離ではっきりとわかる、大質量を伴って湖のあたりで山のように盛り上がっています。


「悠久の楽園からの援軍も呼べません。紗雪も意識がない今、住民もまともに残っていない町を背に、2人で戦うという状況でもないでしょう。逃げましょう」

「賛成……です」

「サフィーロ、馬車を出して。とにかく離れる方向へ全力で」

「はいなの」


 まずはとにかく走り出してくれるサフィーロ。


「次の目的地が湖と反対方向、なの。そっちに進む、なの」

「いい判断です、ありがとう」


「ナオさん、お待ちする間にたてた、占いの結果です」

「教えてください」

「2つの凶兆。一つは門の内で煮詰められた。それは偽物、されど確かに心を捕らえ、不貞へと誘い、魂を穢したもの」


 門……試練ダンジョンの扉? 不貞、私達も誘い込まれた寝室? 住民たちはあそこで、あの金髪碧眼の美の化身達に心惑わされ、そうした行為にずっとおよんでいた? もとは試練ダンジョンと考えれば、インスタンスダンジョン形式で住民ごとに、あのような場と相手が用意されていてもおかしくはない。

 どうやって試練を乗っ取ったかは別として……。それは現王グロウリードのおそらく儀式か策略か。

 いづれにせよ、結果として住民があの緑のヘドロのようになった? 魔導書を得るための、あれも儀式の一環? 一種の生贄。


 彼女の言葉に、遭遇したことと合わせ推論を重ねていきます。

 前回もそう。魔導書の顕現。そして、今回言っていた、旧き神への冒涜、なんらかの干渉? そちらがクロウリード王の目的?


「一つは、外より来る、災厄。水底に眠る、大いなるモノは目覚めた。もはやこの地は、かの者の支配するところ。されど安堵せよ、目覚めはただひと時。未だ気高き陽により、清められるであろう」


 こちらが湖の方ですかね? 私が投げ込んだ光輝魔術の光球には反応がありませんでしたが、あの緑の水の底にあんな化け物……いえ、あれも邪神の断片なのでしょうか。が、眠っていたと……。

 一つ目、試練ダンジョンの成れの果ての方が偽物。それに対する本物がこちら? 共通点となる先端に棘だか針だかの生えた、緑の触手。

 であればグロウリードは何らかの方法で、湖に眠るそれを培養したか、試練ダンジョンの中に呼び込んだ? さすがにそこまではわかりませんね。

 ただ、今回の騒動がグロウリードがやらかした何かで、一時的に湖に眠っていた本物も目覚めたと。

 陽により清められる。夜が明ければ終わるという事ですか?


「サフィーロ、周辺には警戒しつつ、湖の様子がぎりぎり観測できるあたりで停めてください。いつでも、走り出せる状態は維持して」

「承知しました、なの」


 対処ができないであろうとは言え、完全に知らんぷりで逃げるだけでは、寝覚めが悪いですし。顛末を知らずにいるのも、危険の予想ができず危ういです。

 今回はルナリスを狙ってきているという様子もないですし、もしも、彼女の魂の漏出に誘われるような気配があれば、即座に全速力で離脱しましょう。

「レイラさん、貴重な占いの情報に感謝します。ちょっとだけ、失礼しますね……」


 とりあえず周辺の安全を確認し、こそこそとお部屋へ。浄化をかけても……その……ドレスを濡らす水分はなくならなくて、ですね。

 悠久の楽園には戻らず、馬車内にとどまってくれている2人のサフィーロの部下となっている少女人形達に手伝ってもらい。

 ええ、暖かいお水も用意しまして……拭き清めて、下着を変えてくるんですよ。


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