86.4章-第2話 ”リチェスタの異変 #1/3”
「町が見えてきました、なの」
手綱づたいの意思伝達で動く騎竜ゴーレムの操縦に、外に露出した御者台は不要と。現代のキャンピングカーの運転席のように、馬車内部に設けた御者席からサフィーロが声をかけてくれます。結局彼女だけは、こちらに偵察とメイドは必要と強く主張し、残ったのでした。
ちなみに、”悠久の楽園”への襲撃は基本的に1日中あります。が、うまくローテーションを組んでうちの子達がしっかりと撃退し、それこそ運営の意図する放置ゲームのごとく、ごくまれなドロップである強化素材を少しづつ集めてくれています。
紗雪が集めてくれる掲示板や配信で公開される他のクランや領域の情報に比べ、相当に敵が強く、非常に良い戦闘経験にもなってくれています。
それというのも、アレイスター王国に進入してからは、襲撃の頻度も強さも格段に上昇したそうで。領域を保有するプレイヤーや住人がいる場所の”悪いマナ”の濃度や量が、襲撃の難易度に影響しているのはほぼ確実。と、プレイヤー一致の共通見解となっているようです。
裏を返せば、うちの子達をこちらの支援に回せないほど、敵が強くなるだけの”悪いマナ”が、アレイスター王国内には見ているという意味なのですが。
「地図と照らし……ても、ここが1つ目……の目的地。 試練ダンジョンのある町……です」
「試練ダンジョン……でございますか?」
ふと、レイラさんが興味深げに、問いかけます。
「ええ。私達は、この国のいくつかの試練ダンジョンに挑みたいと思って、旅をしているのですよ」
さすがに出会ってすぐのレイラさんに、この王国内の調査と、場合によっては破壊工作に来ましたとは言えませんからね。表向きの理由はこれで行きます。私のスキルスクロールに関係がある場所もありますので、完全な嘘でもありませんから。
「はて……申し訳ありません、試練ダンジョンというものに聞き覚えがなく。それはどのような物なのでしょう。ダンジョンが町中に生じたのでしょうか?」
「アレイスター……王国、にも。多数の試練ダンジョン……があり、大きな町は基本的……に、他国同様……それを中心に作られ……ます」
ずっと辺境暮らしだったからでしょうかね? ルナリスが、この国でも常識であると補足してくれますが、レイラさんはご存じないようです。
「あまり壁も高くないようですね、ほら、見えますよ。あの神殿です」
壁というよりも柵と呼ぶ方がふさわしい、木を組んだだけの防塁が街周辺、高さ50㎝程度を覆っているだけ。町の中央あたりのひときわ大きな神殿は、外から容易に見ることができました。建築様式もそこだけは帝国と同じようですし、あの中に、試練ダンジョンの入り口の扉があるのでしょう。
「私の無知であれば、大変に申し訳ないのですが。あれは、アレイスター王家から任命された司祭様のお住まいかと思いますが……」
「あれ。ルナリス、王国ではそうなの?」
「い……いえ……わたくしもそのような話……は、聞いたことが。この国独自の……洗礼用の祭器が……保管されている場所は、別に……専用の建物があるはず……です。ですが……わたくしはずっと……ですので、もしかしますと」
そうですね、思えば彼女は生まれたからずっと塔に幽閉されていた身。
とはいえ、書物や教育を受けていた彼女が全く知らない。というよりも知っている知識と全く違うというのは不思議……以前の問題として、試練ダンジョンをそもそも知らないというのは違和感がすごいのですが。
「んー。いえ、とにかく行ってみましょう」
紗雪ともアイコンタクトを取りますが、わからないという風に、軽く首を振られてしまいました。
「と、その前にちょっとだけ失礼」
皆。特にレイラさんに断り、一人、自室として割り当てた馬車内の小部屋に戻ります。
辺境伯への報告をしないとですからね。到着までの時間で済ませてしまおうと、通信の魔導具を起動します。
が……事前に教えてもらっていた通り、魔力を注ぎますが、双方向に音声を伝える宝珠はうんともすんとも反応しません。”彷徨いの樹海”を抜ける直前は問題がなかったのですが。
部屋から顔を出し、紗雪を呼んで、みてもらいますが。
「操作方法に間違いはないですね。起動自体はしているようです」
「となると、妨害されている。とか?」
「可能性はあるかもしれません。念のため故障などではないか、アメティスタに見てもらいましょう」
イヤリングを介し、連絡を取るとすぐに、マーメイドラインのドレスを美しく着こなしたアメジストの瞳の副統括の少女人形が出てきてくれます。
「こちらですわね。お借りします」
「うん、よろしくね」
「お任せください……と、申したいところですが……ぱっと見では故障ではありませんわね。魔力波は展開されています。が、応答の魔力波が返ってきていません。ご予測通り、妨害の可能性が高いかと。念のため領域へ持ち帰り、故障などの可能性をお調べしますわ」
「ありがとう。他に、領域側で困っている事はない?」
「大丈夫ですわ。素材も資金も潤沢にいただいておりますもの。腕に振るいがいがあって、嬉しいばかりですわ。とはいえまずは、部隊の拡充が優先。装備制作とのバランスはありますが、当第4部隊の子達をある程度優先させていただきながら、生産体制を盤石にすることを目標にしております」
薄紫の神秘的な彼女の髪を乱さないよう優しく頭を撫でてあげると、大人びたお姉さまな彼女の、頬がうっすらと桜色に染まり。
「では、失礼いたしますわ」
綺麗なお辞儀と共に、戻って行ってしまいました。
「掲示板やフレンドへのメールも、送信はできるのですが、閲覧の更新や受信ができていないようですね。ほら、自分の書き込みすら更新されないですよ」
「動画の公開も同じかもしれませんね。投稿は出来ます。ですが、新規にアップロードされたものが公開ページでは見えません。反映の遅れの可能性も絶対にないとは言い切れないので、こちらはもう少し時間がたたないと確実とは言えませんけれども」
「つまり、外部からの情報の受信が阻害されている。という事でしょうか」
「おそらくは。しかも、プレイヤーのシステムも含めて、と」
リアルのお友達でもいれば、ログアウトして現実側で会話するなどの手段もあるでしょうけれども、私は絶賛ぼっちな上に、ログアウト不能の特殊な境遇。それに、仮にできたとしても、ゲームでそれは興ざめでしょう。
大部屋へと戻ると、馬車は検問もなく、町中へと入ったところでした。
「活気……はあるのだけれど、なんだか偏りというか、神殿広場方向に押し寄せている?」
「人が密集していて、馬車で進むのは限界、なの」
やむを得ず降りることに。
広場へと向かうあらゆる道が人でいっぱいです。飛んでいくわけにもいきませんよね……。
そして、普段ですと美人の集団という事で自然と視線を集めてしまうのですが、誰一人こちらに関心を示しません。
「お祭りか何かなんですか?」
紗雪が群衆の中、一人の女性に訪ねてくれます。
「おや、余所者かい? 違うさ、ここでは毎日こうさ。お二方にお会いするためにね」
「ああ、そうだよ、ミネルネ様にお会いしに行くのさ」
「ミネルイ様にお菓子の差し入れをお持ちするのさ」
「ミネルネ様はそれはお美しいのだよ。きっと君たちもとりこになってしまうよ」
「ミネルイ様は優しく、ええ、それは優しく、抱きしめてくださるわ」
一人、また一人と、先ほどまで何の関心を示していなかった神殿へと進む人々が、次々こちらに顔を向け、口々に告げ始めるではありませんか。
「あぁ、でも、ダメ、ダメだよ。余所者にさくお時間なんて」
「そ、そうよ、ミネルイ様にこれ以上、女を近づけるなんて」
「ミネルネ様は俺たちの、俺たちの!」
「余所者だ、余所者はどこかへ行け!!」
どんどん勝手にヒートアップし始める群衆。その視線には先程の無関心から一転、強烈な敵意に満ちています。にらみつけてくる彼らの語気はどんどん荒くなり、暴動にでも発展しそうな雰囲気。
「ちょ……皆、いったん退きましょう。サフィーロ、先導をお願い。レイラさんも、こちらへ」
ルナリスと紗雪の手を取り、レイラさんも促し、来た道を駆けて戻ります。
神殿へ進むことだけに関心が向いているのか、彼らはだれ一人追いかけては来ず、建物2軒分程度離れただけで、また元の無関心に戻っていました。
「恐ろしいです。なんだったのですの、あれは。町とはこのような場所なのでしょうか」
「いえ、あれはいくらなんでも異常だと思いますよ」
小さく震え、肩を抱くレイラさん。腕に挟まれ歪む胸と、わずかに内股になったことで、もはや何もはいていないように見える、下半身が……ちょっと本当にどうにかしていませんかその恰好……。
「宿は……とります……か?」
本来私達のここでの目的は、製造されている魔薬兵器の破壊または情報の奪取、なのですよね。
「気は進みませんが……」
「来た道に、宿の看板が出てました、なの」
「そこに泊まりますか」
紗雪も不安そうながらも、泊まるべきという意見ですね。
木造建築が主の町の中にあって、宿は極めて普通の外観でした。こじんまりとしたそこの入り口をくぐれば、すぐに受付。
右手側は食事処でしょう、そろそろ夕方という時間帯。誰もいない空間に食事用の机や椅子が10セット程。
で、それは良いのですが……。
「誰もいないです、なの」
「書置き? ……メモ?……が、置いて……あり、ます」
さすがにルナリスも困惑していますね。
「記帳して勝手に部屋へ……って、なんです? これ」
カウンターの上には部屋番号が8部屋分。その全てが空室のようですが、各部屋の右に名前を書く場所があり、鍵までご丁寧にそれぞれ置かれています。
「いや、これはダメでは?」
紗雪がカギを指でつんつんとしながらため息をついています。
ええ、防犯も何もあったものではないですよね。
「なんだか、怖いですわ」
レイラさんがまたも扇情的なお姿で前から、たわわに実った果実を私に押し付けて……身長差があるので顔のあたりに柔らかく、とても甘い香りのする薄い褐色の、て、ちょ、それ以上はダメ。香を焚きしめているのでしょうか、蕩けそうになる良い香りが。
「仕方がありません、一部屋分記帳はして、裏の馬小屋のあたりに馬車だけ出して、そちらに泊まりましょう」
レイラさんには大丈夫、大丈夫だからと。とんとんと背中を優しく撫で、そっと離れてもらいます。
「外で野宿をして、モンスターにでも襲われても嫌ですから。それがよさそうですね。サフィーロ、何人か偵察に出てもらえますか?」
「はいです、なの。紗雪様」
第3部隊の子達でしょう。そっと外に出たサフィーロが私達との物とは別の、こちらはブローチ型の通信用魔導具を取り出すと、悠久の楽園とつながる扉が現れ。4人の少女人形が隠密を発動し、町中へと散っていきました。
「この様子では食事も期待できそうにないですし。少し早いですが、馬車の中で食事にしてしまいましょう」
偵察に行ってくれた子達の報告もあるでしょうしね。




