71.3章-第15話 ”シュブ=ニグラスの断片 #1/2”
100匹の黒い仔山羊達が、のそり、のそりと、近寄ってくる。
【レイドアナウンス:仔山羊達を優先、本体はナオ様がたにお任せし、抑えきりますよ】
分担は自然と決まっていた。
「綾、ほれ、敵だぞ。しっかりせい」
シャーリィさんにしっかりと抱きついたまま、黒髪の少女はすっかり、熟睡モードに入ってしまっていました。
「ナオ殿……」
途方に暮れたようにこちらを見てくる帝国騎士団長様。
戦力的にはあてにしたかったのですが……やむをえませんか。そもそも、シャーリィさんはルナリスと違って不死ももっていませんから、巻き込まれて何かがあっては取り返しがつかないですからね。
「いざとなれば助力を願うかもしれませんが、とりあえずは綾さんと、安全を確保してください」
「すまない……正直、私でもあれだけの悪意と魔毒に放り込まれ続け、綾の相手をしづめでは、限界でな……」
問答する時間ももったいないと、おとなしく後ろに下がってくれる彼女。さりげなく綾さんをお姫様抱っこの体勢に移行していますね。
「ルナリス、行けますか?」
麗しの銀の姫にも、無理はさせたくないのですが。
「もちろん……です。お恥ずかしいところ……を……お見せいたしました」
「そんな事はありませんよ。無理をさせてごめんなさい、でも、一緒に立ち向かいましょう」
「もちろんです」
すっと、名残惜しくも離れる温かな体温。
「紗雪、さっきもありがとう。行けますか?」
「勿論ですよ! 援護は任せてくださいね」
さあ、行きましょうか。邪神の断片、邪霊を退けるのです。
初めにぶつかったのは、盾とランスを前方に構えるアクロイト率いる第1隊。
戦乙女たちが白い翼を輝かせ、全力飛行からの突貫を、ねじくれた黒い仔山羊に突き込む。
ねじくれた、元は樹の根を絡み合わせた体は、衝撃の瞬間にほどけ、隙間を生み出す。刹那生じたその空隙に飲み込まれるランスの穂先。衝撃は内部の強靭な根の触手にからめとられ、損傷を与えられず。むしろ絡めとられる。
反撃の体当たりを、盾でいなし、換装。
盾とランスが消え、各自2本の剣が現れる。突進の勢いそのままに、すり抜けざまに振るわれる剣の舞。斬撃が今度こそ、黒い仔山羊の身体を断ち切る。
再生しようと蠢く切断痕に投げ込まれる、小さな礫。
第1隊の後から影のように密かに飛翔していた第3隊のメイド少女人形達が投げ込んだそれは、再生する身体に巻き込まれる衝撃に、大爆発を引き起こす。あらかじめ魔術の爆裂を仕込まれた爆弾は、しっかりとその効果を発揮し、致命傷にまで斬撃の跡を押し広げる。
それでもなお、しぶとく泣きわめきながら体中から延ばした触手で、すれ違い後方へと飛びぬけようとしていた戦乙女の少女人形達を捉えんとする、黒い仔山羊。
その体を業火が一斉に包み込む。
紡がれた魔術の輪唱が、元は樹木のその身を焼き焦がし、滅ぼす。
邪神に付き従う眷属1体の撃破。しかし、未だその数は99を数える。上空へと駆け上る彼女たちを取り囲まんと迫る敵の群れ。触手も届かない大空洞の天井を駆ける21人の少女人形達による一糸乱れぬ隊列飛行。
打ち下ろされる魔術で攪乱を交えつつ、孤立した黒い仔山羊の背後を的確にとり、各個撃破に努めていく。
そうして、少しづつ位置をずらされていく集団を横に、邪霊本体に集中する、ルナリス、紗雪、そして私。
体高3mを超える、悍ましい触手にまみれた黒い大山羊。
“属性:暗黒”, “魔術掌握 : 特化 - 干渉”、邪霊の纏う邪気を帯びた魔力すらも、幾多の増幅効果を重ね、効果を局所に凝縮した堕天使のデバフの前に、その強度をわずかに揺るがす。
脆弱化のデバフが集約された、邪霊の首元。
魔力攪乱の付与された対物狙撃銃の魔力弾体がねじ込まれる。
わずかにノックバックするも、傷はかすり傷。
守りの邪気を阻害されてなお、堅固にして柔軟な触手が寄り集まった身体自体の強度。
食い止められた魔力弾体がはじかれ消滅するその前に、ルナリスが飛ばした2本の銀の剣が切っ先を突き込む。
それすらもはじかれるも、重ねた乱射されるフリントロック拳銃の弾丸による一点集中射撃。確かに深まる傷。
転身 顕現体/表 天使モード
一点突破を果たすべく。瞬間加速もかけた捨て身に近い特攻で、双短剣を前へ、全開の融炎、起爆!
さしもの邪霊も、3人の総がかりで1点に重ねられた暴威に、ついに穿たれる。
えぐられたその傷に、さらにねじ込まれる対物狙撃銃の魔力弾丸、魔力攪乱が込められたそれが、今度こそ、邪霊の内部の魔力をかき乱す。
転身 顕現体/裏 堕天使モード
転身するその脇を、再び突き通る2振りの銀剣、さらに追随し追い越すように放たれる、蒼白い稲妻。
4丁の拳銃の乱射も重ねられ、無視できぬ損傷に触手を暴れくねらせていた邪霊が、身をよじる。
“減退” “拘束” “脆弱化”
さらに重ねるデバフ、銀の姫と古代魔導人形の少女が与える傷を、さらに確実なものに。
振るわれる無数の触手はルナリスの舞いの動きに、紗雪の複雑な空中立体機動に、追いすがれず、空を切る。
唯一速度を捨てた私に迫る触手たちもまた、縦横無尽に振り回される、暴力の嵐、ハルバードの斧に、鎌に、引き裂かれ、互いの相対速度も手伝い、ちぎれ飛んでいく。
喉元に穿たれ続ける、もはや深く貫き通し始めた穴。ついに首元の半ばまで達したそれを、何とか隠し、再生の時間を稼ごうと、体の向きを変えるべく、蹄を打ち鳴らし四肢を躍らせる邪霊。
「させるものですか」
確かな手ごたえに、ここが切りどころと確信。
いま、深く穿ったこの傷穴を塞がれてしまえば、警戒するこいつから、次のチャンスを得るのは難しい!
うちの子達に順調に削られた、取り巻きの黒い仔山羊達もすでに、60までその数を減らしている。
「冷気の炎をまとう神よ、旧支配者よ、その威をここに顕現せよ」
また1匹、黒い仔山羊が討ち滅ぼされる。
ここで確実に決める
「持っていけ、全て! ”魔に捧ぐ命の輝き”」
増幅された感覚に、かつてない痛みが、魂すらも貫く。壮絶な血吹雪をまき散らし、でも……!
無数の触手に追われ、なおも舞い、歌い、往なす銀の姫を。
小柄な体を、ついに捕らわれそうになっていた紗雪が、銀の鎖を編み、触手たちの動きを封じる結界領域を展開する姿を。
しかと意識に収め
「冷炎 - 封ぜよ!」
灰白色の炎が。黒い山羊を。”シュブ=ニグラス”の、時に邪神として、しかし時に豊穣を司る大地の神として記されるその身。ありえたやもしれぬ豊穣の神としての顕現を、邪なる悍ましき在り方へと定められた断片を、覆い隠す。
動きを止められ、無数の触手もまた氷に閉ざされ、無防備にさらされた穿ち続けられる傷痕に、特大の稲妻がえぐりこまれる。
光と闇の両属性を宿す混沌の魔力弾体が、魔力攪乱の効果を上乗せされ、致命的な亀裂を邪霊の首元に生じさせる。
「これで、おしまい!」
もはや目に見える程に大きく広がった首の亀裂。奥に見える黒い魔核が半ば露出したそこに、堕天使の身の命全てを吹き飛ばす寸前まで消費し、高めに高められた渾身の力が。尋常ならざる破壊の権化となった私が繰り出す、超重量の一撃が。叩き込まれる。
“背水”, “加重撃”, “力場纏”, “二重性-特化効果強化 / 特化-斧槍”, “血姫繚乱”,
全てを重ねて、相乗効果を積み上げて!!
黒く禍々しい魔核ごと、邪霊が今、打ち砕かれた。
BAaaaABAxaxaaxaaaxaxaaaaa
50を切った黒き仔山羊達が一斉に、けたたましい鳴き声を上げる
母なる邪霊の落ちたるを悟り、駆け寄る仔山羊達……。
「違う……!」「止めて!!」
重なったのは果たして誰の声だったか。
戦乙女の斬撃を、少女人形達の儀式級の炎の魔術を、投げ込まれる爆薬に短剣を、身を削るそれらを無視し、邪霊の元へ駆け寄った49の黒き仔山羊達を……。
バリバリ ボリボリ バキバキ メキメキ
邪霊の体中の牙が、かみ砕き、すすり、身の内へと飲み込む。
捕食する。
親山羊が、仔山羊を、喰らいつくす。
GBAxaxaxxxaaaaaggag
生え変わるように、斬り飛ばされた首元からびゅくると、生え、そびえる新たな首。こもった鳴き声が響き渡る。
先ほどに倍する勢いで生え、伸びた触手の群れ。もはや山羊であるのか、肉の塊であるのか判然としない。
ただ、ただ、巨大な一つの塊となった邪霊。
戒めとなっていたアフーム=ザーに由来する冷炎が形成した封印の氷すらも、貪欲に飲み込まれ、消え失せた。
もはやこの堕天使の身には、魔力も生命力も、余力など一切残っていない。
転身 顕現体/表 天使モード
痛みと、戦闘の余韻に”血姫繚乱”の過剰感覚が、快楽を訴えだした身体。なんとか、悶えくずれおちるのを耐えて、天使の身へと転換する。
黒き仔山羊は消え、少女人形達の攻撃も邪霊へと集中するが、削れるのはわずかな表面の触手のみ。本体は痛痒すら感じさせず、ひたすら無数の触手を振り回す。
稲妻も、対物ライフルの魔力弾丸も、パクリと割り開かれた口の奥へと、飲み込まれ、捕食される。
瞬間加速の無茶な加速で、触手をすり抜け、体表に触れた双短剣から融炎を炸裂させる。
錐揉み回転をしながら、さらに瞬間加速を連続発動、邪霊の全表面を覆い尽くすように、融炎を叩き込む。
が、それすらもわずかな身じろぎとともに、何事もなかったかのように傷痕を埋め戻され、全快されてしまう。




