72.3章-第16話 ”シュブ=ニグラスの断片 #2/2”
「ナオ様。先ほどの見事な焔の乱舞の折、第1、第3隊双方にて解析で、観測を続けておりました。結果、おそらく魔核の位置の特定に成功しております」
「辛うじて山羊の形を成しているあれの、下腹部、なの」
アクロイトとサフィーロがくれた貴重な報告に、考え込む一同。
「ナオ……様」
ルナリスからの呼びかけ。普段ならば喜んで返事をしたい、その鈴を鳴らすような美声に、しかし今だけは、眉を顰めざるをえません。
「それしか……ありませぬ。わたくしは……大丈夫です」
「そう、しないように、頑張りたかったのですが……」
「以前も……申しました通り……それこそ、わたくしの、歓び……です」
迷いなどみじんも見せず、まっすぐに私を見つめるルナリス。
私が傷つくならどうでもいいんですよ。でも貴女が。私の大切なあなたが傷つくくらいなら……。
ああ、もう。わかりましたよ……!
思考を切り替えます。これを越えなければ、ルナリスとの未来が閉ざされる……かもしれない。
取捨選択の基準を、優先順位を、心の中で組み替える。
共にある未来のために、今は、許容する。
「ルビーノ、何秒止められそうですか」
「5秒、それが限界ですわ……」
「ありがとう。紗雪、触手だけ、止められる?」
「ルビーノともタイミングを合わせるよ」
ルナリスの想いも汲み、確実に同じ道筋を描いていると確信をもって、指示を出していきます。
「アクロイト、道をつけて」
「畏まりました。何に変えましても」
「サフィーロ、正確な位置を常に把握。ズレがあれば、イヤリング越しに教えて。それと、ルナリスを……頼むね」
「承りました、なの」
うん。自分の覚悟もOK。
「行こうか」
【レイドアナウンス:総員一当ての後、一度ひきなさい。付与を受け取り、第2の詠唱開始とともに第1は突貫。その身に変えても、ナオ様の血路を開きます】
貴女達も、私の身内なんだから……その身に変えるとか言わない。後でちょっとだけ、お小言ね?
「ルナリス」
手を握り、見つめ合う私達。
「いつでも」
転身 顕現体/裏 堕天使モード
とたん、耐えがたい激痛の嵐に、握り合った手に思わず力が入りそうになるのを、歯を食いしばり、耐え。
口づけ。
温かなぬくもりと湿り気が互いの口内を舐り。
魔力が回復する。削りきった生命力は戻る余地などなく、そもそも”血姫繚乱”が治癒を許さない。
最低最悪の不調。さらに織のようにくすぶる快美の感覚が、情熱的な口づけにさらにあおられ、今にも腰砕けになりそう。
甘美な興奮に猛る、自分の吐息が、煩い。
「愛しきあなたの……その歩みを阻むすべてを……わたくしは、許さない。この身、この魂……捧げ……尽くすこそ、わたくしの願い」
儚く、切ない、祝詞が。銀の姫の白き喉から漏れる。
誰はばかるものぞと、ただただ、愛を、想いを、籠めて。
紡がれる。
「狂愛の楔 – 献身」
ぞぷり……自ら振るった刀が。
銀の姫の肺腑をえぐり、深く胸に突き立つ。
堕天使の身を侵していたすべての不調が消え失せる。
生命力こそ削れたままだが、それはすなはち、この身体の最大の破壊を生み出す原動力が、活かされる事の証。
身をすくめる痛みも、意識を朦朧とさせる妖しい感覚も、その全てが取り払われ。ただただ、澄み渡った意識が知覚を広げる。
転身 顕現体/表 天使モード
全魔力を翼に集中、
【レイドアナウンス:切り開け!】
戦乙女たちが捨て身の突撃を敢行する。
もはや盾を捨て、ランスの剛撃を前に、剣を脇にその小さき身を黒き触手が貫くことすら、厭わず。
白い翼を血に染め。腕を、脚を、もがれ。
それでも、ただ、道を切り開く。
最高潮に達した魔術の詠唱、輪唱が解き放たれる。そびえたつ氷の柱。
黒き山羊をその内に飲み込み、砕かれ割れようとも、際限なく生み出される氷、凍り、氷結の封牢。
わずか5秒、その時開かれた血路を死守し、道を守るただそのために、古代魔導人形のジェネレーターが焼け付こうとも構わぬ、魔力の過剰投入。
過負荷に血涙を流し、喀血する、第2の魔導部隊の少女人形達。
発射!
重低音が発せられる。混沌の魔力を秘め、縛鎖の結界をも封じ込めた超音速の弾丸。
音速超過の小さな弾丸が引き連れる、結露の足跡。コントレール(飛行機雲)のような、細い白い筋を、確かに視認し。
“瞬間加速”
白き天使が解き放たれる。
重ねて”瞬間加速”
限界を超えた超加速に、翼が付け根で、へし折れた。
超過加速がもたらした、自滅による瀕死直前。死に体となり果てる直前。
もはや射出されたその体の勢いは、少女人形達が切り開いた勝利への筋道の途上を、ただただ、音速すら超え、翔け抜ける。
この身を留めんと迫る、氷結をまぬかれた黒い触手の群れを、先発して着弾した弾丸から広がる縛鎖の結界が、縛り付け。
転身!
顕現体/裏 堕天使モード!!
折れた天使の翼が、己の慣性に、引きちぎられ、生命の最後の一滴が消失する寸前。
銀の姫の献身が全ての枷を取り払った、堕天使の身が、振りかぶった漆黒のハルバードに全てを賭け。
“属性:暗黒” お願い、力を貸して!
直感で不足を感じ、刹那の間に心の裡で、祈りを、ただ純粋な願いを、”原初の魔書”へ投げかける。
果たして。その祈りは……届いた。
光輝く、文様の絡まる五角形が、眼前に描きだされる。
光が満ち、全てを塗りつぶし、新たな暗黒の概念と成す。
ただただ純粋な光しかない、それゆえに、全てが排され、概念としての光と闇が入れ替わる。
塗りつぶされた光はただ、全てを、覆い隠す闇となる。
「核の位置、解析結果、良し。そのまま、なの」
振り下ろされる剛撃。
現世の概念をも超えた、混沌とも異なる、反転した概念を切り裂き、力として纏い。
砕ける光と闇の境界に。
辛うじて残った己の命のひとしずくすら吹き飛ばし、背水にて耐え、繰り出された尋常ならざる勢いと力に。
世界が絶叫を上げる。
空間が、概念が、割れ、砕ける。
世界の悲鳴を、その場に在った、全てが確かに聞いた。
両断
地母神の属性すらも宿した邪霊が、邪神の断片が、この大空洞。空間そのものごと、真っ二つに絶ち割られた。
断絶の一撃。もはや神すらも両断しかねぬ、慮外の一撃。
その余波に再度己自身の生命を消し飛ばし、”シュブ=ニグラスの断片”諸共、堕天使の姿までもが光の闇に飲み込まれ。
消え去った。
暗転
目を再び開いたそこは、激闘の跡から離れた大空洞の内部。
ああ、サフィーロはしっかりと、ルナリスを運んでくれたのですね。
あまりの威力に自分ごと相手を消滅させた最後の一撃に、私がリポップしたのは、自身を刺し貫いた刀に、死と不死のはざまを行き来する、ルナリスの隣でした。
あまりに痛ましい、愛おしい彼女の姿に、抱きしめかけるのを懸命にこらえ。
「お願いです、冷炎、今少しの間、彼女に安らぎを」
原初の魔書に魔力の全てを捧げ、復活したての未だ残りわずかなこの身の魔力。
リポップでもそうそう全快されない、魔力回復の遅い私の制約に、心の中で恨み言を零しつつ。
本来全く足りぬ魔力。
しかし、真摯な願いを汲み、灰白色の凍てつく炎は、ルナリスをその痛みごと、安らかな封印の氷の内に封じてくれました。
その姿に、ひとまずの安堵を零し。
転身 顕現体/表 天使モード
「みんな、無理をさせてごめんね」
幸い、ちぎれ飛んだ天使の翼も、瀕死の身体も、一度死に戻ったことで、こちらは外見上は、戻っていますね。
腹部を、肩を、貫かれ、血を流す戦乙女の子達。
ルビーノはじめ、第2隊も魔力を生成するジェネレーターすら一時的な機能不全に陥り、魔力枯渇状態でへたり込んでいます。
“属性:光輝 – 治癒”
一人一人、感謝とともに手を触れ、接触発動で治療を施していきます。
幸い傷はすぐにふさがり、痛みも遠のいた様子。
念のため、外傷の見当たらない子達も全員、治療と、状態の回復を。
魔力は回復しませんが、少しだけ、楽になった様子に再びの安堵。
邪霊との争いは、常に綱渡りすぎて……いつか余裕を持って対処できるようになる日は来るのでしょうか。
氷の中の眠れる銀の姫を見つめ。
「さすがに、少し休みたいですね」
「間もなく先発隊の残りメンバーも、ここへと来るでしょう。そうしたら今日は野営することになりますよ」
離れてもらっていたシャーリィさんが、綾さんをお姫様抱っこしたままやってきました。
「そうですね、さすがに、このまま移動再開は厳しいですね」
すでに月は出ているでしょうから、明日の月の入りまでは、ルナリスを動かしたくありませんし。
「第3隊の子達が、偵察に行ってくれていますが、イレギュラーのあったここが、通常通り領域の主の再出現が停止されるかも確認した方がよいでしょうね」
ふわりと横に飛んできた紗雪の助言。
「そういえば死体のまま消えた黒い竜がありましたね」
リアルナオ様とリアルルナリス姫だ! とか、紗雪嬢かわいいぃ! とか、天使ちゃんと堕天使ちゃんがいっぱい……!? 可愛いーー! などなど、ちょっとした騒ぎは起こりましたが、それも収まり。
結局、本体が援軍に来られない事には意味がないという事もあり、ここで1日半、様子見を兼ねて野営する事となったのでした。
”抑制の宝珠”を設置し、状況確認のためにも、各自ハウジングエリアで休息。
連絡はプレイヤー経由、掲示板でと決め。帝国騎士団の皆様も、同行していたプレイヤー達の領域に宿泊するそうです。
なお、騎士団長様は綾さんが保有するプライベート空間へ、二人きりで入っていきました。




