70.3章-第14話 ”豊穣ノ神ノ片鱗”
足場となっていた黒き竜の身体が、溶け崩れ始める。腐肉と血の池にグズリ、グズリ、と溶け出すように沈んで行く。
屍姦、人肉食、のサバトを繰り広げていた屍喰鬼と、贄とされた死体たちが、黒い粒子となり、立ち上る。
濃密な汚れた魔力が大空洞を満たし、その天井は黒い雲、そうとしか表現のしようがないナニカに覆われた。
壁面を覆い尽くした、巨大な樹木の根が変じた肉の触手が再び、樹木の質感を取り戻し始める。だが、そのありようは致命的に捻じれ、澱み、破綻していた。
黒く染め上げられた樹の根が、ぶつ切りに切り落とされ、剥がれ落ちる。
互いにロープがごとく、縒り合され、捻じれ合わさり、組み合わされる。
のたうち回る漆黒の木の根からなる太いロープ達。
引き裂くように、異形の成長を遂げるように、生えだす4本の脚、足、蹄のついた足。
気が付けば、それらは異形の黒い仔山羊の姿を模していた。
蹄の生えた太い四本の脚。無数の小枝のように生えた触手が獲物を求めて蠢く。
未だ、かつて樹木の一部であったことを忘れぬとばかりに、樹木の質感を残し。
幹の裂け目がごとき割れ目はことごとく、巨大な口を成し、粘液を滴らせる。
背徳のサバトから生まれた黒い仔山羊達が、死臭を濃厚に漂わせる吐息を吐き出し、産声を上げる。
Baxxaaa Bxaxxaa BAAxa
天井を覆う雲からはさらに、樹木の相を成した黒い仔山羊が、ボトリ、ボトリ、産み落とされてくる。
最後に黒い雲は、一際巨大な、黒い樹木の根が蠢き寄り集まった体、蠢く樹の触手が成す大角、黒い蹄の四つ脚、粘液滴る巨大な口を持つ怪物を産み落とし、霧散した。
BBaxaaaaa abAbvBaaaxaa Baaxaaaaa
黒い子山羊達の大歓声が、ひときわ高く、高く、反響し
【エリアアナウンス:不完全な儀式に招かれ、邪神の欠片が降臨します】
【エリアアナウンス:“☆8 禁忌級 断章:シュブ=ニグラスの断片”が出現しました】
【エリアアナウンス:“☆8 禁忌級 断章:シュブ=ニグラスの断片”の活動は休止されています】
中央の巨体はしかし、身じろぎせずただ、ただ、そこに屹立している。
黒い仔山羊達が湛える声をただただ、一身に受け取っている。
「ナオ様、申し訳ございません。不覚を取りました」
アクロイト以下、魔導人形の少女たちが整列し、首を垂れている。
「そんな事しなくていいよ。それより、異常はない?」
「はい、あれが去ってすぐに、身体の制御が戻りました」
「邪気に満ちた魔力で、魔導人形の制御を司る魔核の制御を乱されたのですわ……お恥ずかしゅうございます」
ルビーノまでもが、いつもの妖艶さや、からかうような気配を消し去り、粛々と言葉を紡ぐ。
「そういう事だってあるさ。何か対策が打てそうなら、また考えましょう? 今は、それよりもこの状況を何とかしないとね」
「敵総数101、邪霊本体と思しき巨体を取り囲み。今はあの通り、なの」
サフィーロの報告に、出現した黒い仔山羊達と、その親玉、”断章:シュブ=ニグラスの断片”に目をやれば、親玉を囲んで何やらひたすら鳴き声を上げています。さながら、歓喜の宴といったところでしょうか。
断片といえど、触らぬ神に祟りなし。まずは逃げ道がないかと、悍ましい儀式の跡が消滅し、ただ闇を湛える空洞を、残っていた私たちの魔術の明かりを頼りを見回すと。
「なんでしょう? あそこ」
腕の中、力なくもたれかかっているルナリスに負担をかけないよう、そっと指さすや、飛び出していくゴシックドレス調メイド服の少女人形達。やがて彼女たちが念動で空中に浮かせ、引っ張ってきたのは……。
「ですから、綾。いい加減、いつもの貴女に戻りなさい」
呆れたような声。金髪に黒赤の姫騎士風ドレスアーマーをまとった、帝国騎士団長シャーリィ。
そして、耳まで顔を真っ赤にし、ぽかぽかと、彼女の胸元を叩く、プレイヤー“剣豪”綾さん。
PVP大会決勝戦で戦い、この作戦で帝国側から、ダンジョン攻略を進めていたレイドメンバーの2人でした。
「しゃーりぃ、は、ずるい……私だけ、はじゅかしぃ思いをさせられてぇ……しゃ、しゃーりぃも、もっと私に甘えろぉ」
ぽかぽか、と優しくたたくのをやめたと思ったら、シャーリィさんの首筋に顔をうずめて、駄々っ子モードに突入した、綾さん。
あの時の凛と、超然とした姿はどこへやら。
「いや、それはだな……」
「シャーリィなんて、もう、こうだぁ」
「ひゃん……!」
あぁ。首筋を甘噛みしましたね? いや、というか、これどういう状況。
あちら側で”ばぁばぁ、ばぁばぁ”と、永遠泣きわめいている黒い仔山羊と邪霊の断片をそっちのけに。
こちらはこちらで、おかしな空間を展開する2人。さすがの私達も毒気を抜かれ、唖然。いつ奴らが動き出すか気が気ではないのですが……。
幸い魔薬も失せ。黒い子山羊とその親玉が放つ、とんでもない死臭と、震えが止まらなくなるほどの悍ましい邪気を除けば、今このひと時は無事と言えば無事ですが。
「ナオ様、出口は封鎖されており。突破口を開く手がかりも見当たりません。樹木の根ももはや見当たらず、ただ、漆黒の岩壁が広がっているだけです」
こんな騒動の間も偵察に出てくれていた、第3の子達からの報告が。
「倒すか、何らかの条件を満たさなければどうしようもないと」
「とりあえず、シャーリィさん? 状況を教えていただきたいのですが」
紗雪が問いかけ、進めようとしてくれます。
いまだ愚図り続ける綾さんをいったん放っておいて、背中をトントンとあやしながら、シャーリィさんが語ってくれた状況によれば。
彼ら24名、プレイヤー13名を含む1レイドの先発隊は、私達よりも1時間ほど前にこの大空洞に到達していた。
その時にはすでに怪しい儀式は進んでおり、足を踏み入れる前から、様子が妖しくなり始めたメンバーは、内部の邪気に充てられるとともに、正気を喪失。
悍ましい乱痴気騒ぎに、自ら身を投じたと。
一応これはあとで聞いた話ですが、プレイヤーについては、ログアウトするか否かの選択肢が表示され。ログアウトしていれば、事態解消後にデスペナ状態でリスポーン。ログアウトしないを選んだプレイヤーは、あの生々しい、交わりと、死肉を食らう儀式をリアルに体験し……結局全員途中でログアウトしていたそうです。いづれでも、キャラクターアバターはその場に残り、儀式の生贄となり。邪神の欠片、断章の出現とともに、消滅(デッドし、リスポーン)していたとか。
幸い、住民である兵士たちはプレイヤー側が事前に危ぶみ、1つ手前の小領域で待機させているとの事。このため、おそらくは無事。騎士団長だけは状況を見なければならないと、止めるのを聞かず、プレイヤー達と一緒に突入したと。
一応お互いが所持する符丁を見せ合い、情報交換を続けます。
彼女は各種耐性装備を含む、それこそ国宝級の装備を多数所持しており。この空間でも正気を失わずに堪えられていたそう。そして、ログアウトせず、騎士団長を守ると言い張った綾は、すっかり快楽にあらがえず。しかし、シャーリィさんが引き止め共に身を隠した事で、屍喰鬼の餌食になることなく。ひたすらシャーリィさんと睦み合う、という出来事こそあったものの、一応無事。そもそも魔薬に強烈に高められた綾さんのそういった感情は、あの場にあっても、シャーリィさんにしか向かわなかったそうです。
このお二人、どうも、そういう関係だったらしいですね。認め合った強者の関係から芽生えた恋愛だそうですよ? いや、めでたいですね? 初めは、始まりの街の闘技場で無敗を誇る綾さんが気になったシャーリィさんからのアプローチだったとか。PVP大会出場の際に、2人の間だけでのなにやら賭けをしていたそうです。
「ここ、”冥府の洞窟”に張っていた樹の根は、”世界樹の根”としての性質が取り込まれていた事が分かっている。それが、何らかの呪術、いや、邪法により穢され、そしてあの儀式を加えられたことで、この状況……なのだろう」
ニーズヘッグの名を冠する黒い竜に、世界樹の根。いろいろと符合しない要素も多数ありますが、モチーフとしては北欧神話のニブルヘイム。ああ、冥府の洞窟-ニベヘリィルが、アルファベット表記すればGnipahellir。死者の国ヘルヘイムの入り口とされる洞窟モチーフですか? Steps to Elysium Onlineはいろいろな神話や伝承がモチーフとして取り込まれているといわれていますが、なるほど?
アレイスター王国はクトゥルー神話系のモチーフが山盛りのようですし、ルナリス絡みのクエストが混ざる事で、邪神系モチーフに上書きされた? ……いえ、あの腕だけが現れたのは最後、儀式の仕上げか、邪魔をされたことに憤って?
それに何を言っていました? ここでこの儀式をすること自体なんらか目的があったはず。旧き神がどうとか……。
であれば、ルナリスがいるから、その影響で上書きされた。という予測は間違い?
そもそもの大筋がこうあって、そこにルナリスと行動を共にする私たちが、ピースとして、たまたまはめ込まれているだけ? いや、そもそも私たちがいなくてもこれは発生していたはずの儀式であり出来事?
「ナオ殿……?」
「失礼。いろいろと考え事を。いづれにせよ私たちは今、あの化け物たちと共に閉じ込められている。ここを開通しない限り、アンブロシウス辺境伯領の危険に変わりはありません。何とか打開し、このダンジョンを介した経路を開通させなければならないでしょう」
「間違いない。しかしあれは手を出すべきものか……こちらに関心もなさそうだが。何か他の手がないものか」
「うちの子達が偵察してくれた限りでは、外につながる経路をあけられそうにもありませんが」
ええ、少し悪い意味で、手詰まりなのですよね。
邪神の一部がもたらす理不尽に真っ向から立ち向かうというのは、いくら断片とはいえ、あまりにも無謀。
アトラク=ナチャの時は何とか乗り越えましたが、あれはその後の対応を見ても、本気で私達を殺そうとしていたとは、少し思い難い。
アフーム=ザーのあれに至っては、偶然と奇跡の産物でしかなく……。
本来邪神なんて、まともに立ち向かえる相手なはずがないですからね。彼らが遊んでいたり、何か別の目的がある。というのでもない限りは。
「人の子らよ、そして、作られた命達よ」
黒い仔山羊達の喧騒はいつしか、闇と狂気を押し隠しつつも、厳かな静謐で、大空洞を満たしていました。
不思議なぬくもりと、流されてしまいそうな激しさを孕んだ、女性的な声が、語り掛けてきます。
「そう、この気配、恥ずかしがりのご本が、守ってあげているのね。旧き印ともまた違う、けれど確かに歴史に刻まれた原初の五角」
“☆8 原初の魔書“が、まるで渋々とでもいうように、ゆっくりと私の傍へ浮き上がり、表紙を、未だ抱き合う私とルナリスに向けます。
「あら、”原初の魔書”だなんて名乗って。名もまだ告げていないの? そう。……贄であった姫よ。共に歩む者を選んだのでしょう。もう貴女は贄たる定めを捨てても良いのですよ? その盟約は貴女の祖先から続くものであって、あなた自身が選び結んだものではないでしょうに」
声を発していたのは、邪神の断片、邪霊として顕現した、黒き仔山羊達が付き従うその存在。
深い闇の瞳が、ひたと、こちらを見据えている。
「大陸各地で、旧き神々の縁ありし地が、穢され、反転されています。大陸全てが邪悪に呑み込まれ、邪の依り代となるまでさほどの猶予はないでしょう。止めるのです、ヒトの子らよ、作られし命達よ。この私も、地母神としてではなく、邪神として御呼ばれしてしまいましたしね?」
穏やかな。母なる大地のような気配が満ちていた空気が一変する。
「さあ、刻は刻まれリ。この場ノ、定めハ、動かしがたク。捧げられた供物の願いガ今満チル。信徒の願いはハタサレル。サア、抗イナサイ。道を開きたクバ。」
反転する
100の黒い仔山羊の鳴き声が合唱する。
空間がひび割れる、無数の、樹木を騙った黒い触手が、這いずりだす。
BbaaaxaxaaxaaAaAA
【エリアアナウンス:“☆8 禁忌級 断章:シュブ=ニグラスの断片”が活動を開始しました】
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種族邪霊
ランク☆8 禁忌級
名前断章:シュブ=ニグラスの断片
レベル??
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