61.3章-第5話 ” 変化へ向けて”
ルナリスに少しの間この身体が寝たままになることを伝え、体感120日以上。リアル1か月ぶりのログアウト。
しばしの暗転の後開いた視界は、浮遊する、以前のドローンカメラのものでした。以前と同じ画角の病室……なのですが。
「おや? サイバーな医療ポッド? が、2台?」
私の身体……の残骸……が眠っていたはずの薄緑に光るジェルが満たされたカプセルの隣にもう1台。
同じカプセルが並べられています。
「お久しぶりです、ナオ様」
戸口には、スーツの上に白衣の斎賀さん。
部屋の片隅に今日は机とモニターが置かれていますね。
「まずはこちらへどうぞ」
ちょうど椅子に腰かけたくらいの高さに、ふよーっと移動する、ドローンカメラ。
斎賀さんも向かいに腰掛けます。
「情報開示許可の申請がありましたので、紗雪さんからも多少お聞きかもしれませんが。今後の事も含め、ご報告とご相談をしたく、本日はお時間をいただきました」
「承知しました。どうぞ、よろしくお願いします」
モニターに映し出される資料。
「ではこちらをご覧いただきながら。まず、ナオ様の治療についてからです。お待たせし本当に申し訳ありませんが、ようやく最終的なめどが立ち。早ければ9月。遅くとも年内には、お体の準備が整う見込みです」
「お……おぉ。紗雪さんにも申しましたが、あの時の記憶も思い起こし……正直……」
穏やかにこちらを見つめる斎賀さん。
「どうかご安心を。大丈夫、大丈夫ですよ。ただ……ですね。どうしても元のお体のまま、の再現という事が技術的に難しく。さらには、弊社でお調べをしても、どうしてもわからない。ナオ様の以前についての事がありまして……。いえ、何か障害が残るという事では決してありません。至って健常なお身体をお約束します。が、そのことで、いくつかご意思の確認がありまして。Steps to Elysium Onlineのキャラクターメイク時の、ヒヤリング。運命値100である事での、ナビAIからのアンケートは覚えていらっしゃいますでしょうか」
ええ、あの8時間に及ぶ赤裸々暴露大会ですね
「もちろん、覚えています」
「その時のご回答、お気持ちは今も変わりませんか? もし、あの時のご回答から、お気持ちの変わった事項があればお教えいただきたいのです。ご希望、ご意思について、当該アンケートが本来の想定以上に緻密に行われていましたので。平時の脳波モニタリング等以外にも、重要な前提情報として活用させていただきたいと考えております」
そうして、視界の隅に、アンケート回答の結果確認。という項目が現れます。
「ええ、変わらないと思いますが」
「勿論今すぐでなくて大丈夫です。そちらの画面は、SEO内部でもご確認をいただけます。お手数ですが、現実換算1週間ほどの内に、最終のご確認をいただきたいのです。もし、ご意思に変更があれば、その内容をご連絡願います。これはナオ様のお体のご用意に当たって非常に重要な、最終的な調整にかかわる事項となります。ゲームとしてではなく、”現実として”。くれぐれも、”現実に対する”回答として、確認をお願いしますね」
「承知しました」
はて。確かにあのアンケートは微に入り細に入り、私の本質というかなんというか、を暴き出すようなものでしたが。
まあ、時間を作って、しっかり確認しましょう。
「さて。続いてが、住民の現実とのリンクについてです。ナオ様と、ルナリスさんは、この対象の最有力候補としてノミネートされております。この後のご承諾をいただける場合、第1号となっていただく前提で考えています。その条件は正直に申しますと、このようになっております」
と、切り替わる画面に箇条書きで示された内容。
・住民側
- ゲーム内の自己への執着が希薄である事、在りようの変革が、無理なく可能であると判定される事
- 現実とゲームの在り方に対し、一定の理解をすでに得ている事。その上で、自己の在り方への確固たる芯を有する事
- 当該プレイヤーと極めて高い親和性を示し、強い絆を確立している事
・プレイヤー側
- 当該住民に対し、強い執着と愛情、又は親愛の情を抱いている事
- 機密の維持管理に対する信頼性評価が規定水準以上である事
- 現実における生活、活動に問題が発生せず、SEOにおける活動に悪影響が及ばないと確信可能である事
「要点のみを言葉にすれば、基準を満たすペアはかなり多いと感じられるかもしれません」
「そう……ですね。一部頭の痛い内容もありますが……」
「基準の詳細は開示できませんが、これら条件の元、現在第1陣にノミネートされている方々は、10組に満たないのです。しかもそのお一人はテイマーさんですので、お相手は厳密には住民ではなく、モンスターです」
「なる……ほど?人型のモンスターをテイムして……というのは、それこそファンタジーにおける定番の夢ですね」
うなづく斎賀さん。
「そのような状況ですので、ぜひ、ナオ様と、ルナリスさんにはお受けいただきたいのですが、それにあたりいくつか、懸念事項があります」
「はい」
「まずもちろんこれはナオ様のお身体が用意できて後となります。いづれにせよこの計画自体、今すぐではなく、これも早くとも9月以降ですので、そこは問題ないでしょう。問題は、ルナリスさんの生活等についてとなります。この計画を“住民の移住”と今後、仮に呼ばせていただきますが」
また切り替わるスライド。そこには
・移住した住民の生活基準は現実の人間準拠となる。つまり、ゲーム内世界においては来訪者と同様の生活体系へ変わる。 (この時点で、住民として要職に就いている者は除外されてしまう)
・知識の移植は段階的に行うが、性格変容などを絶対に起こさないと断言ができない。このため、プレイヤーによる全面的なサポートが必須。
・承諾し、本プロジェクトに参加する場合、Deus ex Machina Corp.が依頼するイベント、現実生活の社会実験等を受け入れる事となる
・ゲーム内外における、配信または動画公開活動を行うものとする(このサポートはプレイヤーのナビゲーションAIが主として行い、またそのための機能拡張はDeus ex Machina Corp.が提供する)
「性格変容の可能性というところに、少し不安は覚えますが、ルナリスを生涯かけて支える事は誓えます」
ふふ、と、優しく笑う斎賀さん
「そうですね、ナオ様であれば、大丈夫ですね。また、一応お示しはしましたが、実はナオ様とルナリスさんにはあまり心配をしておりません。しいて申せば、ルナリスさんを王族として、国を獲る活動をする。と言った分岐を選択いただく事はご遠慮いただく事になりますが……」
「そのルートを進むつもりはルナリスにも、私にもないので、大丈夫ですね。担ぎ上げる人がいても、十中八九断ります」
辺境伯から提示された、当初の選択肢のなかでも、2人ですでに相談し、断ってありますからね。大丈夫でしょう。
気楽に、私達らしく、過ごしていく。そう決めています。
「承知しました。それで、いかがでしょう。動画についてはすでに紗雪さんからの勧めで、始められているようですが」
「ええ、私の身体が……正直、治ると思わず若干やけっぱちな思考に陥っていたのも事実ですが、今は前向きな気持ちの元、もしも私だけが現実に戻った場合に、ルナリスがどうなるか、逆に不安を覚えていました。4倍加速の時間の中に彼女を置き去りにしてしまいますからね……。紗雪も同じくこちらの世界に来られるのですよね? その、イベントで発表されていた」
「ええ、もちろんです。ナビAI用のオーダーメイドボディですね。そちらもご用意いたします」
「ありがとうございます、安心しました。であれば、是非とも、参加させていただきたいです」
「わかりました。ルナリスさんについて、プロジェクト開始後は、ゲーム内においても、プレイヤーに準じる、来訪者の身分をシステム的に反映することになります。それまでは住民の立場です。繰り返しになり恐縮ですが、住民の扱いである間に、あまり明確なゲーム内での社会的地位につかないようにだけ、お気を付けください。過去、に関しては問題ありません。もちろんやむを得ない場合、何とかしますが……」
「承知しました。先ほど仰っていたような、王族関連のクエストに注意ですね」
「はい。もちろんプレイヤーとして、そのような立場を得る道筋も、あらゆるプレイヤーに用意されていますので、最終的に問題はないのですが、住民の記憶といいますか、管理情報をあまり大規模に書き換えるのは、サーバー全体への悪影響が及び。好ましくなく」
と、そこで一息つき
「重ねてになり心苦しいのですが、ルナリスさんの現実への移住に当たってはもう一つ。そうですね、これはゲーム的なクエスト、そう呼んでも良いでしょう、依頼があります」
「クエスト?」
「ええ。彼女は非常にユニークな住民、あえてNPCと呼びましょう、です。基本的にNPCはすべてのサーバーに公平に存在します。その中で、特定のキーNPCはサーバーごとに異なる人格、容姿、設定を有します。その一例が運命値50以上のプレイヤーとの相互関係が前提となっているNPC達です。ルナリスさんはまさにその典型ですね。そして彼女を現実にお連れいただくには一つ、ゲーム的な大きなハードルがあります。これは彼女の存在の定義そのものに対する問題です。これを解消いただきたい」
「それは具体的には?」
「詳細は……内緒としましょう、せっかくの”ゲーム”ですから。ただ、運命値100に相応しい、正直私的には頭の痛い程に困難かつ、ナオさんの心が折れてしまわないか、今日のお話その物を白紙にされたい。そう思われかねないと危惧するほどの、”重い”シナリオになるでしょう。ですがそれを、乗り越えていただきたい。クエストと申しましたね、クリア目標は明確にしましょう。ルナリスさんを”進化”させてください。可能であれば遅くとも8月中までに。そのための世界の動きはすでに始まっていますので、不可能とは思いません。ただ、そうですね、難易度は”地獄級”とだけは申しておきます」
何ともチャレンジングかつ、胃が痛くなりそうなお話なのですが……?
ですが……
「それが、ルナリスのためになるのですね?」
「ええ。経過がどれだけ辛くとも、最終的にルナリスさんと、ナオさんのためになります。それだけは保証します」
「承知しました。お受けいたします」
「よかった。どうか、最後は、心折れる事無く。運命値100、その”特別”を貴女にとっての最高の形となるよう、突き進んでください」
あとは細々とした細部の詰めや、契約条項の変更(初期契約では、24時間常時ログインの契約でしたが、身体が治った後は、可能な限り、住民の移住プロジェクトにかかわらない時間の範囲で、という条件に変更。等々)と、移住プロジェクト関連の契約書に新規に署名しました。
「ところで、この2つともモザイクがかかっているバイオポット? は」
「ええ、お察しの通り、新しい1台は、ルナリスさん用に用意したものです」
「おぉ……モザイクは、今は外せないのですよね」
「そうですね。申し訳ありませんが……。それに、先ほどのクエストのお話がうまくいかなければ、このお話は白紙に戻さざるを得なくなります。それをくれぐれも、お忘れなきよう」
「いえ、お気になさらず。そうか……でも……うん。なんだか、現実味がすごく増して……嬉しい。ええ、そうですね、すごくうれしく感じています。楽しみ……ですね」
ええ、本当に。
正直自暴自棄になっていたと、今なら自覚できる私でしたが……。
楽しみだと、心の底から思えますね。
一つ、大きな宿題は抱えてしまいましたが。




