59.3章-第3話 ”緩やかに変わり始める現実”
山脈の稜線にそって移動しようとする私達。
緩やかな山肌が両側に続くそこを目掛け、無数のゴーレムが地響きとともに迫りくる。
南側の斜面を堕天使モードの私が、闇を振りまき鈍化させながら、ハルバード”☆7 銀嶺斧槍”の加重撃の威力も載せ、豪快に叩き割る。
北側の斜面をルナリスが、月の魔術による幻影で惑わせつつ、ゴーレムの鋼の身体をも、舞いに乗せた見事な刀捌きで断ち切る。付き従う2振りの剣もまた、彼女のそばを舞い、的確に関節部を破壊し、動きを止めていく。
それら後方、尾根の上に陣取った紗雪。
対物ライフルの破壊力を前に、狙われた特に大きな個体が核を貫かれ、崩れ去る。
私とルナリスの防衛線を抜けた個体はフリントロック式拳銃の連射を受け、削り殺される。
紗雪の、浮遊もとい飛行させる魔導銃の挙動がまた、見事。
4丁を縦に並べ、わずかな装填の隙を、先頭が入れ替わる縦列射撃でカバー。
弱点の核を露出させるべく、2丁が囮となって牽制射撃、先回りした2丁でわずかにこじ開けられた隙間を射抜く。
かと思えば、3丁に敵を任せ、残り一丁が、ふら~っと、私の眼前を横切りパタパタと左右に重心を振ってアピール。
「紗雪?」
「えへへ♪」
なんといたずら心溢れるアピール。思わず戦闘中なのに、くすりと笑ってしまいます。
順調に敵を削っていく私達ですが、包囲を抜ける数が増えてくると
「うふふ、それ以上は進めませんよ♪」
ドレスの裾を翻し、紗雪がくるりと身をひるがえすと、スカートの裾から次々姿を現す、金の鎖。
これまた念動を応用した操作で、縦横無尽に張り巡らされる金鎖。紗雪が魔力で編み上げた、縛鎖の網。
直径100mを超える鎖の領域に迷いこんだ、すべてのゴーレムが、絡めとられ、動きを止める。
かくてもはやただの的となった彼らが、次々、打ち出される魔力で形成された弾丸に核を正確に撃ち抜かれ、機能を停止。 靄となり、インベントリのアイテムと化す。
「ふっふーん。鎖の結界領域と、正確無比な射撃を前に、抜けられるとは思わないでくださいね!」
ようやくひと段落がつき、紗雪の下で合流する私たち3人。
「それにしても、さすがに数が異様ですね」
「ルナリスちゃんの誘引効果でしょうけれど、こちらの姿がほぼ丸見えなのと、吹き降ろす風の影響もありそうですね」
「ごめん……なさい」
「違います違います。むしろ、正直美味しいですよ。素材もものすごい効率で集まっています」
「ですです。この分なら予定よりはるかに早く、必要な数集められますよ」
ここで目的としている主なアイテムが、このゴーレムたちからとれる各種金属に、魔導人形の魔核の素材の一つになるゴーレムコア。
「じわじわ進んで、一番高い山の山頂ももうすぐですからね。素材が集まったら、ボスを倒しておしまいにしましょう」
「今日の夜もう一晩、悠久の楽園に戻って休んで、明日中には踏破完了できそうですね」
「がんばりま……す」
「そういえばルナリス、刀でよくあの総金属製のゴーレム達を斬れますね」
「この前の……決勝戦の後から……舞いも、刀も……わたくしの動きの……ことわり? が、洗練……されたようで」
「神授の雫で開花した器と、その時の記憶、それをしっかりとルナリスちゃんがものにしたのでしょうね。後は回数をこなして、動きを体になじませるだけですよ」
その夜、城のプレイベートエリアに設けた共同のリビングルームで。
「そういえばナオさん、公式のリアルイベントの配信は見ました?」
「いえ、実は全く見ていなくて」
「ほむほむ。ルナリスちゃんも一緒に、見ません?」
「え……大丈夫なのですか?」
「んー近い内、連絡が来るはずですが~……少々お待ちを」
目を閉じた紗雪を待つことしばし。
「はい。許可下りました~。んとですね。詳細はもうしばらくしてから、Deus ex Machina Corp.から連絡が来ると思いますが、ルナリスちゃんは現実側の情報へのアクセスが許可されます。他にも特定の住民に同様の許可が出る予定ですよ」
「それはいったい……」
「まあ、それは連絡を待っていただくとして。で、ルナリスちゃんには徐々に、リアル側の情報が与えられていきます。具体的には、夢の中での神託だったり、神様から与えられた書物などとしてですね。で、ちょっとそれに関連したリアルイベントでの発表があったので見てもらいたいなと。実現はもう少し先ですが、お二人に喜んでいただけると思いますよ?」
そういわれては気になりますね?
「ルナリス。神界、と言いますか、以前お話した私が元々いる、もう一つの世界でのお話。そうですね、創造神様の眷属からの発表があるようなのですが。一緒に見ますか?」
「はい……ぜひとも」
「ではでは、映しますね~」
空中に、ふよん、と、現れるモニター。そこに映し出されたのはDeus ex Machina Corp.のロゴと、その前に座る女性……のシルエット。
辛うじて女性という事はわかりますが、年齢もそこまで高齢ではない。という事くらいしかわからない、シルエットなうえに、おそらく加工されたアバター姿です。
やがて、会場のざわめきが収まった頃、やはり年齢のうかがえない女性の声が語り始めます。
『このような発表の場を持つことができた事、嬉しく思っております。人類史上初のVRMMO、Steps to Elysium Onlineの世界的な成功。これを支えてくださる皆様へ、改めて感謝を。さて……今日は3つの重大な発表をいたします』
背景の映像が切り替わり、映し出されたのは、様々な発電施設のイメージ映像。
『Deus ex Machina Corp.は、従来の発電方式に変わりうる、新たなエネルギー源“マナエネルギー”の発見と、その活用技術を確立しました。様々な疑問と憶測を生んできたSteps to Elysium Online稼働インフラのエネルギー源はすでにこれを活用しており、その安定性と安全性は長年にわたる実証実験の末、信頼に足るものとなっています。もちろん、従来のエネルギーを即座に切り替える。そのようなことを申しているわけではありません。各国政府とも協議の末、順次、エネルギー供給源としての入れ替えを計画しています。また、この計画は”マナエネルギー”その物を直接、活用するのではなく。電力を活用する今の社会形態はそのままに、電力を生み出す元としての活用に留める。それにより、既存の雇用形態、社会インフラなど、影響を可能な限り抑えつつ、クリーンかつ安価なエネルギーへと電力の在り方を模索するものです。既存設備の改修は不可能である。等、ご指摘もありましょう。この点について今この場では、ご安心くださいとだけ。詳しくは個別展示をご覧ください』
背景がいくつかのグラフや図表に切り替わりました。
『日本を例にとりますと、発電コストの直接的な削減と、種々効率化や施策の最適化により、電力にかかわる支出を企業、民間全てにおいて直近2年以内で2割。さらに、将来的にはエネルギーその物を電力と併用していくことにより、7割もの削減効果の実現が可能と試算されています。ご存じの通り、業種業態により大きく異なりますが、売上高に対し例えば製造業で1~5%、水道業においては約20%を占めるコストに対する、大きな削減が見込まれることを意味します。その際の具体的なシミュレーションなどは、個別イベントやブースにてご確認ください。また、個別展示ではDeus ex Machina Corp.が電力への寄与以外にも、様々な実証実験中の技術/研究開発内容についてもご紹介しております』
会場の報道陣なのでしょう、カメラのストロボが一斉に瞬きます。
『2つ目』
さらに背景が切り替わり、今度は、様々な姿をした、ロボットやぬいぐるみの姿が映し出されます。
『現在Steps to Elysium Online内で人気を博しております、ナビゲーションAI。スマートホン等を介して現実でのサポートも提供している彼らの、新たな身体。その販売を開始します。これは同VRMMOをプレイされているユーザー様限定のオーダーメイド販売となります。姿かたちは、ゲーム内と同じものを原則とし、エネルギー源に先ほどご紹介した”マナエネルギー”の結晶体”マナクリスタル”を採用します。今後、電池や充電式バッテリーに並ぶ新たな形態エネルギー供給装置として、この”マナクリスタル”を使用した製品の開発を、推進する所存です。その第1号として、皆様の実際の生活で、お試しいただく機会になるものと考えております。なおこちらについても、標準規格の策定、安全性評価など関係各所との社会実装に向けた大筋の調整が完了していることを申し添えさせていただきます』
そして会場には、ナビゲーションAIが操作していると言う事なのでしょう。いくつもの人形やロボット、ぬいぐるみ、果てはデフォルメされたモンスターの似姿が運び込まれ。様々なゲームを人間とともに遊ぶ様子、介護などの生活補助の実演、デスクワークのサポート、等々が紹介されました。
『そして、最後に3つ目です』
再度、切り替わる映像。
斜めに分割された画面、その左半分にはSteps to Elysium Onlineの帝都を背景とした映像に、ぼやけたシルエットだけの人物が複数。右半分には東京をはじめ地球上の様々な街の背景だけが。
『Steps to Elysium Online。このVRMMO世界に住まう、住民。すなはち、NPCの中から。一定の条件を満たしたプレイヤーと、行動を共にする複数名を選出し』
シルエットの人物たちの姿が、今度は現実の街の背景の前に、映し出される
『この現実の地球上で、アバターとなる身体を与え、生活を可能とします。その扱いは先のナビゲーションAIに準ずるものとなります。この計画については、現時点予定の発表であり、実施時期などは今後慎重に決めていくこととなります』
「と、こんな感じの発表があったのですよ。これはあくまで基調講演的な、オープニングセレモニーの一幕なので、詳細は個別説明イベントや、ブースでこれから実施されていきます」
いろいろとありすぎて、少し混乱していますが
「紗雪やルナリスと、現実でも一緒に過ごせるなら、それは嬉しい事だと思います。が、私は……」
胸に走るかすかな痛み。
2人ともがなだめるように、優しく私を撫でてくれます。
「ナオさん、貴方の身体の事ですが、Deus ex Machina Corp.が全力を挙げて、取り組んでいます。絶対に、大丈夫ですよ」
「え……で、でも、正直私は、あの時……」
そう、時間がたてばたつほど思い出してきたのです。私の身体は。ええ、最後に鉄骨のふりしきる中見えた体は……残っていたとしても、首から上、その頭部すらも半分は……今も意識がこうしてある事が理解できない……そんなありさま。即死以外の言葉が見つからないはずの状態。
だから。だからこそ、後どれだけこの意識が保てるのかわからない。
その最後の時まで、ルナリスと。いえ、ルナリスと紗雪の二人と、夢のVRMMO世界の中で過ごそう。そう決めていたのに……。
震える手を、2人がそれぞれ暖かく包み込み、寄り添い、温もりを分け与えてくれ……。
「実はこのリアルイベントでは、本来もう1つ。発表がされる予定でした。しかしながら、住民の件と合わせ、政治的、宗教的、様々な観点から見送られたのです。再生医療技術のブレークスルー。というのは表向きで、実際はまるで錬金術の人体錬成に近い、魔法的としか考えられないレベルの技術です。クローン、神への冒涜、遺伝子うんぬん、実際はそれらと何の関係もないのですが、世間はどうやってもそうみる。問題視する。批判や、最悪暴動にまで至る。そう考え、発表は見送られました」
「なん……ですって」
「住民の身体も表向き、ロボットや精巧な人形という事になります。が、真実は、完全な生身。いえ、ナオさんのために研究が進められている身体もですが、生身以上の新人類とさえ言いたくなるような生体となる見込みなのですよ」
いよいよ訳が分からなくなっていきます。
「ルナリスちゃん、聡明なあなたはもう、いろいろと察していることはわかっています。神界。いえ、ナオさんの来た世界でも、一緒に暮らしたいですよね?」
「もち……ろん、です! いつ、いかなるとき、どこであろうと……わたくしは、ナオ……様に侍り、ともにある事……それだけが終生の……望みです」
「よろしい。ナオさん、身体の件では、きっと驚く事だらけになると思います。でも、確実に喜んでもらえると、必ず解決すると、Deus ex Machina Corp.は本気で確信し、全力を傾けています。その過程の技術はすでに、成果を上げてもいます。ある意味ナオさんがそのプロトタイプと言いますか、αモデルになるのです。今回の発表からは除外されましたが……。ナオさんをテストケースとなってくださった事で、実験の最終段階も着々と進んでいるのです。私も、私が知るナオさんであれば、喜んでくれると確信しています。不安に思う事は止められないかもしれません。でも、嬉しい事が待っている。楽しいことがこの先に待っている。それだけは忘れないでくださいね」
そうしてこの日は、後に思い返しても。
世界にとっての、緩やかな、しかし劇的な変化の転換点となるとともに。
私と、いえ、私達3人にとっての、さらなる幸せへの第一歩の予告編となる日だったのでした。




