6.第6話 ”サユキは天使なのです”
「ナオさん、ナオさん、いよいよ現実時間明後日はSteps to Elysium Onlineサービス開始ですよ! ズバリ、今のお気持ちは!?」
「サユキさんと離れたくないです。ずっとここにいます」
白と黒、2対4枚のふさふさとした翼で体を包み込み、赤面した顔を隠して恥ずかしがるサユキさん。
愛くるしい。
この内部時間約10週間で、彼女のことも大分わかるようになりました。
こうなるとしばらくご自分の世界から戻ってこないのです。
そんな彼女をただ見つめて愛でるだけで、幸せなのですがね?
ん?翼とは、ですか?
ああ、それなら私の背中にもありますよ、ほら。純白の1対2枚の翼をふぁっさふぁっさ。
現実3週間強、内部時間9週間以上の猛特訓の果てに、あの体感2年で培われた感覚と今のアバターの身が、齟齬なく合一し。漫然とホワイトカラーの仕事に服していた現実の肉体以上に、自身の本当の身体であるかのように、本来ありえない翼の隅々まで神経が通っているかのように、動かせます。
顕現体、いわゆる私の本来のプレイヤーキャラクターとして、表に天使。裏に堕天使を選び、ゲーム内時間実に3週間も費やして、全力全開のキャラクターメイク(容姿のみで)を行った、表の姿が今の私です。
端的に言って、最高。
もう、言葉はいらないぜ、です。
純白の緩いウェーブロングヘアをハーフアップに結い上げ、優しく少したれ目がち。瞳の色は輝く銀を帯びた薄赤色。
透き通りような白い肌に、きゅっとくびれたウェスト。
バストサイズはさすがに戦闘の妨げになるので、多少抑えることになりましたが、それでも、ドレスの着映えばっちりな、豊かさ。
せっかくなので、ちょっと裏の顕現体姿に転身も。
一瞬のまばゆい輝きに包まれ、その場に現れたのは、漆黒の翼、少し鋭いまなざしに闇をたたえる瞳。
濡れたように光を反射する射干玉の髪はストレートロングの姫カット。
いづれの姿も、プレイヤー標準スキルの”物理演算カスタマイズ”でばっちり動きの邪魔にはならないように、設定済み。
いや、これが実は結構、苦労しました。でもこのゲームの制作者は絶対わかっていますね、グッジョブですよ!
スカートや、広がった袖、長い髪が、リアルに体を動かせば邪魔になるのはわかりきっている。それをこのスキルで、干渉しないようにカスタマイズできるのです! (超大変でしたが、ええ、超! 大変! でしたが!)
え? 女性の姿じゃないか?
何を当たり前のことを、はは。
現実の性別が不詳でも、MMOで女性キャラ以外でやる意味が分かりません(個人の趣味と感想です)
それはそうと、この体、ついているんですよ。
ほら、統合スキル”二重性“に、不穏なスキルが内包されていたでしょう?
そうです、そのものずばり”両性具有”。ザ、”ふた〇り”。
『Steps to Elysium Online』って、実は年齢制限がないんですよね……。いえ、全年齢向きという事ではなく、むしろ逆というかなんというか。
プレイヤーの年齢(未成年は強制的に)や、設定(任意)に合わせて、いや~ん、だったり、ぐろぐろ~だったりするシーンは、スキップされたり、別のシーンに差し替えられて見えたり、モザイク、ピー音になったりするらしいです。で、それらすべて、実質フルオープンに解放されていると。
ついでに、痛覚を含むあらゆる感覚が、100%フィードバック。緩和機能すら無し。やばすぎでしょう。
「あれ?気が付いたらナオさんが、裏の姿に」
お、サユキさん復活しましたね?
ええ、ええ、そうでしたね。サユキさんの姿です。
あろうことか、私がキャラクターの種族を最終確定するとともに、サユキさんの背中には、私の表の天使の純白の翼と、裏の堕天使の漆黒の翼。サイズを合わせて小さくしたそれが、2対4翼お生まれになったのですよ。
頭の上の光輪もお揃いですよ?
私のは1本のみですが、サユキさんはこれまた、純白と漆黒の2本がわずかに斜めに傾いて組み合わされています。
なんでも、一定以上の運命値で、特別な種族を選び、そのうえでアーリーアクセス期間中にナビAIさんと親密になると、ナビAIさんの姿がプレイヤーの種族や設定にひきずられて変化するのだとか。
ちなみに本番サービス開始後も、特定の条件をクリアすれば、同様の現象が起こる可能性があるそうですよ?
「ふふ、どちらの姿も自信作ですからね」
「そうですね、まさかゲーム内4週間も、キャラクターの容姿作成だけに使う人がいるとは思いませんでしたよ……?」
おや、3週間と思っていましたが、4週間でしたか?
ははは、夢中になっていましたからね。
でも、ありとあらゆる衣装を出して、ファッションショーをしながら、顔や体系の造形を細かく調整させてくれたサユキさんの影響も大きいと思うのです。私だけのせいではない! きっと、めいびー。
「それはそうと、もう、ナオさんったら。せっかくのゲーム開始なんですから。始まったらちゃんと集中して、進めてくださいね?」
「は~い。もう、ここには来られない……のですよね?」
「はい。プレイヤーの皆様の大変強いご要望が、たくさん。ええ、運営もびっくりするレベルで、それはもう大量に寄せられましたが。本番サービス開始後、ここは閉鎖されます」
リアルの問題もあり、24時間ここで過ごす私のために、ぽんっ、といきなり現れる食事では味気なかろうと、わざわざ料理をサユキさんがしてくれるようになったキッチン。
毎晩添い寝してくれ、あのまま苦痛の中で、私を責めさいなみ続けていた悪夢を、癒してくれたベッド。
現実のゲームの仮想データを読み込んで、2人でプレイしていたリビングの大きなテレビモニター。
すっかりここと、そしてサユキさんといる事が、私の第2の人生に感じられます。
「サユキさんとSteps to Elysium Online内で過ごせるように、がんばりますよ」
「もぅ。それはそれで嬉しいですけど……」
そう、彼女に教えてもらったのです。
曰く
ナビゲートAIは実はプレイヤー各自に専属で割り当てられている
ゲーム内の特定の要素を開放すると、ナビAIがパーティーメンバーとして等、一緒にプレイができる
その方法や形態も多岐にわたり、決して一つではない
「中でお会いできるようになったら、その時は、サユキって、今度こそ呼び捨てにしてくださいね?」
軽くすねたように唇をとがらせ、上目遣いにそう囁く破壊力たるや。
「はい。その時は必ず……」
どちらからともなくぎゅっと、抱きしめあい
「では、Steps to Elysium Onlineは本時刻をもって、本番サービス開始に向けたメンテナンスに入ります。サービス開始は現実時間明日の12時。次回ログインは直接ゲーム内となります。どうか、ナオさんの行く道が、楽園への歩み。運命の選択、その先へと続きますように」
◇ ◇ ◇
暗転
「お帰りなさい。と、申し上げるのもおかしいですね」
開けた視界の先には相変わらずモザイクのかかった、メディカルポットが。
「いえ。ただいま、斎賀さん」
お忙しいでしょうに、わざわざ現実のこの部屋で待っていてくださったのでしょう。
「いよいよ明日からサービス開始となりますが、よろしければ、関連設備、そうですね。サーバールーム等、見学なされたくはありませんか?」
Deus ex Machina Corp.のデータセンター、マシンルーム。それもまた謎の一つとされています。
これでもパブリッククラウドサービス等提供する大手IT企業に勤め、担当していました。
性別は覚えていなくても、仕事関連の知識はしっかりと残っています。ですので、多少はそちら方面の知識も持っています。
業界内でもアウトソーサーや各種SIerとのつながりも見えない。そもそもIT系の提案、営業活動も一切受け付けていない。
「よろしければ、ぜひ」
うなづき一つ。
「では、まいりましょう」
胸に右手を添え、老齢の域に差し掛からんとする紳士ゆえに様になる、お辞儀とともに、いつも開くのとは別の、部屋の反対の扉が押し開かれます。
それとともに空を滑るように、静かに移動する私の視点。
どうやら定点カメラだとずっと思いこんでいたこれは、ドローン搭載カメラだったようです。
すーっと、扉を潜り抜け。
◇ ◇ ◇
光の乱舞
青く薄く輝く世界
幾何学的な文様、いえ素直に表現しましょう、魔法陣が一面に浮かぶ空間
床は?壁は?どこに消えたのです?
「美しいでしょう」
「ええ、それはもう。まさに幻想的」
「誤解なさらないでくださいね。異世界でもなければ、宇宙からの侵略でもありません。現実の、ただただ我々の世界を歩み続けた先。あるいは遥かな太古に忘れられた、現実なのです」
「なにが、なにやら」
「想い。それは膨大なエネルギーを持ちます。一人一人が生み出す、あるいは自然の全てが生み出すそれ。それは、科学の一部たり得るのです」
どれほどの時間がたったのでしょうか。ただただ、その圧倒的に美しく、そしてなぜか、涙が止まらない光景に、茫然と、放心していたのです。
「技術は進みました。世界も徐々に、変わります。いえ、私共が変えて参ります。ですが、ご安心ください。これから触れていただく世界は、あくまでゲーム。VRMMOでございます。そこには異世界もなければ、世界や次元を超えた侵略などもちろん、ありません。ただ、ただ、遊技として、楽しんでいただけばよいのです。それ以上も、それ以下もございません。そして、この言葉に嘘偽りは、ただの一欠けらもございません。その結果、その心の動きが、新たな技術を世界にもたらし、少しだけ優しい世界に進んでいく助けとなるのです」
不思議と、斎賀さんの言葉は、すっと頭の奥にしみわたりました。
◇ ◇ ◇
===その夜、ある部屋で===
「お嬢様、いかがですか?」
長く艶やかな黒髪の少女が、複雑な立体模様を描き出すホログラフィックモニターを見つめる、その傍らに斎賀の姿があった。
「元の肉体の再生そのものは完成しているわ。でも、だめね。魂が完全に剥離してしまって、合一してくれないわ。これはただの肉の塊ね」
「では、このままでは?」
「いえ、大丈夫よ、うちで一番濃密なマナエネルギー環境に保護しているのだもの。むしろ魂が受け入れる器を、新たに生成した方が確実に、蘇生できるわ。まあ、それが蘇生なのか、転生なのかは議論の余地があるでしょうけれどね。少なくとも魂の同一性は担保するわ」
そこもまた、『Deus ex Machina Corp.』のマシンルームとされる場所、先ほどとは異なる区画であった。
「命の恩人だもの。何としても、救うわよ」
「もちろんです。それはそうと、その原因となった事故ですが」
「どうせ、利権が脅かされると思った、どこかのお馬鹿さんでしょ?もう慣れましたわ」
「対処はいつも通りに済ませております。ですが、『Steps to Elysium Online』のサービス開始とともにますます……」
「社会インフラの変革、そしてその先の世界の変革のためには膨大なマナエネルギーが必要だわ。これは魔法でもなければ、都合の良い、夢物語でもない。現実の地に足を付けた技術よ。まあ、現代科学から見たら、魔法でしょうけれどね。VRMMOはその周辺コンテンツに含めて、最も理想的なのですわよ」
「お嬢様の夢でございましたものね」
「そうよ! あ、明日からは私も遊ぶからね?ぜーーったい、政府のお偉いさんたちに邪魔なんてさせないわ♪ 001サーバーは譲らないからよろしくですわぁ」
年相応の華やいだ表情を、優しく見守る斎賀。
「それはそうと、斎賀? やっぱり、マナコインって、なんだかダサくありませんこと? 私の案だった、ドキドキエナジー、略してDDEの方がよかったと、今でも思うのだけれど?」
男は黙して語らず。
「ところでお嬢様? ナオ様を招待されたテストサーバーですが」
「うん、私がいつもストレス発散と、トレーニングしていた場所ですの!」
「では……お嬢様と同じ設定で?」
「もちろん。上限なし、適性に応じた自動加速ですわ」
「ナオ様は肉体のない、魂だけの状態でプレイされていたのですよね?」
「ん……?」
と、会話しながらも目を離すことはなかった3Dモニターから、つぃ……っと、黒髪のお嬢様の視線が外れる。
「出力されたログによると、最大加速時1600倍、平均加速約1250倍。主観期間160年を超えておりますが……?」
「た、魂の状態だから、記憶はあやふや、よ……。本人の表層記憶的には2年程度にしか感じていないはずですわ!」
「お嬢様。先ほど念のためナオ様をマナエネルギーの貯蔵空間にお連れし、異常がないかを確認しました」
「そ、そう! さすがね、斎賀」
「幸い、問題は見られませんでした。が、あってはならないミスです。何らかの形で補償をさせていただきたいところではあるのですが……」
「うーん、ミスというか、適性検査でもあったのよ。大丈夫、加速倍率が引きあがるのは適正に応じ、安全圏内まで。それだけナオさんが優秀であったという証拠にすぎないわ。それに、だからこそ、あの人を特別扱いすると、契約条件も含め、決めたのでしょう? こんな偶然で、最高の適性を有する人が見つかるだなんて、正に運命よ。ただ、そうね。継続してナオさんの状態チェックは最優先。専任チームも当面維持。私の方でもモニタリングするようにするわ。蘇生計画についても一部見直し、魂の状態に合わせた、計画していた最高を超える、至高の肉体をプレゼントできるようにするわよ」
「承知いたしました。ところで、あの御方の性別なのですが」
「私も分からないのよ……肉体はあの状態だったから、判別不可能にしても、まさか遺伝子情報からも断定できないとは。性染色体の構造異常? 転座? なんとか症候群? とか、何かそういう特質? らしいわね。私もそっちは専門ではないからわかりませんでしたわ。後は、なんらか魔力の影響をどこかで受けたという可能性もあるけれど、過去にそうした経験があるかはわからなかったわね」




