39.2章-第12話 ”灰白色の凍てつく炎”
「間に合った」
折しも転身の真っ最中
転身の時間は一瞬。けれど、確かに存在する一瞬。
その一瞬のすきまで、消えゆく純白の天使の身に宿る速力を全開に、己を射出し。
その慣性をそのままに、すでに入れ替わった漆黒の堕天使の身に宿る力をもって、引き寄せ、抱き留め、入れ替わる。
銀の姫は灰白色の凍る炎の腕を脱し、喰らうなら己にしろと、漆黒の闇纏う堕天使がその身を捧げる。
「ナオ……様……!!!」
優しく抱きしめられ、そして突き放された姫は、崩れ落ちる。
一瞬
ただの一瞬
漆黒の堕天使は、灰白色の炎の中心で、生きた彫像と化した。
最愛の姫の危機を救い、満足げな微笑みを宿す釣り目がちな、絶世の美女が、至高の氷の芸術と化す。
己の身の内に美をかき抱いた、神威の冷たき炎が、瞬時、揺らめく。
姫の蒼銀の瞳が見つめる先、闇に戒められていた炎が、もはや広がる外界に用などないとばかりに、黒き堕天使に殺到する。
収縮する、にじむ、侵食する、存在を、焼き尽くし、入れ替わる。
意識があった
全身が凍っているのに、不思議とHPは満タンのまま
何かが……嫌……何かが入ってくる……やめて……侵される……犯される……
人知を超えた、悍ましい、忌まわしい、嫌だ、嫌だ
理解不能の、灰白色の炎、炎なのに氷、冷たい、
氷像と化した肉体の中、心を、精神を、蹂躙し、侵略し、凌辱されつくす
「私の中に、はいって、こない……デ!」
気持ちいい
心地いい
あは……あはは……
あれ、これ私の声?
どうでもいいか、だって、だって……!
いい匂い。
汗、血、滴る香り、全てがただただ狂おしく、愛おしい
虹色に輝く銀の髪
触れれば吸い付く、みずみずしい肌
理想の供犠姫
過剰に与えられる感覚に、茫洋とする銀の瞳
舐める 撫でさする
「んぁ……ぁ……」
そう、そうなの、この反応、鈴を転がすような鳴き声
永遠に初々しく、刹那的で淫ら
蹂躙し、組み伏せる、悦楽をただ貪りたい
「さぁ、さぁ、溶けあいましょう、愛し合いましょう、語らいましょう」
あぁ、なんて気分がいい、組み伏せ、蹂躙し、この柔らかな贄を。私だけに捧げられた贄を
思うさま、嬲り、己だけのものだと、刻みつけられたなら……!
気が付けば、ルナリスを、組み伏せている。
逃がさないと、膝を、ドレスの上から、脚の間に、はさみこみ。
至高の手触りを成す贄姫のための純白のドレス越しに、柔らかな乳房が、手に吸い付く。
理性が凍てつき、ただただ愛欲のままに……!
あは、おかしいな。手から、私の手から灰白色の炎が。
黒い、自慢の漆黒の、髪が灰白色の炎をまとってる。
燃え尽きる灰を生むことなく、ただただ、停滞を強いる、凍れる炎。
「愛して……おります、お慕いし……て、おります。この身が慰めとなるなら……いかようにも」
ああ、心地よい銀の姫の声。
その、さえずりを、引き裂いてみたい。
嗜虐的な心が、這い出して来る、這い寄ってくる。
手の先に宿った灰白色の炎が、純白の肌を蹂躙する。
凍てつく肌が青白く血の気を失う。
凍り付いた血液が、肌を破り、血色の結晶を露出させる。
「ひぅ」
耐えがたき苦痛にそれでも、銀の姫は漆黒の堕天使に縋りつく。
あはぁ……いぃ声……艶麗なお顔が切なく歪み、涙が、よだれの甘露が零れ落ちる
タマラナイ
「あなたの求め……は、わたくし……の、救い。あなたが……この身に……与える傷は……至上の歓喜。
ナオ……様……ナオ様! この身に消せぬ楔を、どうか、どうか、どぅ……かぁ……ぁぁぁ」
涙ながらに、法悦の涙を流しながら、乱れてなお清楚な姫が、縋りつく。
必死に唇を合わせ、温もりを伝えてくる。
凍てつく炎を与える、漆黒と純白の二面を宿す、ただ一人愛する人に縋りつく。
「狂おしいほどに愛しておりますの。あなた様の、モノに、なりたいのです! あなた様を、わたくしに、刻みこんで! 消えない傷を、わたくしにくださいませ!」
ほとばしる激情のままに心から叫ぶ姫。
途切れることなく、凛と響く魂からの叫びに。
二人をつなぐ、か細い、されど確かに在る、意思伝達の糸を伝って。
月夜を翔ける一筋の稲妻のように、甘く痺れる痛みが、染みわたる。
邪なるモノに、凍てつかされ、侵食された私の、心が。
つながる、形を取り戻す、押し流す、炎の冷たさを。
愛してる。大切。どんな時でも、自分より。
貴女を大切にしたい なのに 傷つけた…… キズ、つけたぁ……!!
赦しなんて、ダメ。貴女の隣を歩める自分にならないと。
わからなくなる、こんな不確かな自分に嫌気がさす。
でもぉ、普段は抑えていた想いが、秘していた剥き出しの欲望が、凍てつき失った抑制を脱しわめき散らす
蹂躙せよ、凌辱せよ、悲鳴を飲み干せ、己のモノに墜とせ
灰白色の炎が、凍れる炎が、また勢いを増し始める。漆黒の堕天使を灰白色に、上書きしようとする。
貴女と、仮想の世界だなんて関係ない。貴女とともに、歩みたい。どこまでも。慈しみあいたい。
いつまでも、変わらずに。貴女となら、永遠でも。
愛してる。
「私だって! どうしようもなく、とっくに、貴女に、狂っているんです。初めてあなたの似姿を見た時から、心を奪われていました。あの地下であなたを見た時から、他のなにもかもが、遠く褪せて。貴女を思うさま、私だけのものにしたい……! どうしようもなく求めているんです。貴女との愛の交歓がただただ、私を満たして、私を餓えさせて。貴女を、私だけで満たしたい。愛しています、愛しているんです!」
【パーティーアナウンス:絆を確認、想いを確認、願いを確認。エンゲージメントスキルが、創造されます】
“月ノ姫巫女が寄り添うは、仕えるモノ失いし、天の遣い”
“身捧ぐ姫はその寄る辺を定めた。二面の世、死と生、現と夢、渡り。二面の魂、二面の魄、宿せし埒外をもって”
“至上の供犠姫は今、ここに、捧げられた。至上の供犠姫は今、ここに、受け入れられた”
エンゲージメントスキル “☆7 統合スキル-狂愛の楔”
※絆を結んだ相手へ、以下の効果を任意に発揮する事ができる。
※ただし、束縛、呵責は常時発動となる。(解除不能)
※期間が規定される場合、次の”月の出”又は”月の入”までとなる
献身:自身に致命の傷を受ける事で、不利益と判断した、いかなる異常状態をも抹消する
この傷は期間が過ぎるまで、解消することはできない。
束縛:互いを認識可能な範囲の外へ離れることができない (顕現体、霊体等を含む)
慈愛:異常状態によりもたらされた不利益な効果の結果を軽減し、その後、分け合う。
期間中、共に、再び同じ異常状態を受けることを防止する
渇望:自らの元に、相手を召喚することができる。
その後、所定の期間、互いが受ける全ての損傷は均等に分割され、適用される。
慰撫:同一パーティーに所属している場合、両者ともにステータス(全)/スキル効果上昇
呵責:いづれかが絆を結び、もう一方認めたもの以外とパーティーを編成する事ができない
また、両者からなるパーティーを解除する事ができない
祝福と確かな絆を告げる天の声に、銀の姫が至福の歓喜に包まれる。
組み伏せられ、手放された朧月宮の刀に変わり、意思を伝える・空に浮かぶ、つき従う2振りの剣へと。
覆いかぶさる黒き翼を避け、銀の刃が、供犠姫の献身を成就する
鮮血が舞い、刃が、純白の胸元を、刺し貫いた
“狂愛の楔-献身の発動を確認。ナオの異常状態が抹消されます”
“ルナリスの損傷修復停止 - 残り時間:無制限”
意識が鮮明になる。暴れ狂っていた獣欲が、凍結がほどかれた理性の枷をはめられ、静まる。
空間を満たしていた灰白色の炎が、消失する。未だ残る冷気だけを残滓として残して。
重なり合った柔らかな身体同士から感じる彼女の体温が、急速に失われて行く。
ここは試練の間、時間が永遠に引き延ばされ、外界へと出ぬ限り、時が進むことがない世界。
不死により辛うじて、生命の最後の一滴が、消滅と生成を繰り返している。
その壮絶な痛み、死と蘇生を無限に繰り返す痛み、魂をむしばむ痛みに、姫の目尻を涙が伝う。
この腕の中で幽かなけいれんを繰り返す。
しかしてその唇は、最愛を救えたことに確かな笑みを浮かべていて。
ヨコセ
身体の憶測に未だ残る、冷たき灰白色の炎を、確かに感じる。
侵食する悍ましき神性はこの身の裡から抹消された。
ならば残るこの冷気は、炎は
ヨコセ
私の姫を苦しめさせた、引き金を引いた、オマエのチカラを、ヨコセ
【個人アナウンス:☆5 属性:氷結 の進化が可能です。複数の不可逆の変化を伴います。承諾しますか】
問うまでもない事を聞くな。ただヨコセ
“☆5 属性:氷結” ⇒ “☆9 Lock:冷炎” (旧支配者 アフーム=ザー由来) に進化しました
“☆4 魔術:特化-干渉(阻害)” ⇒ “☆6 Lock: 魔術掌握 : 特化 - 干渉” に進化、変質しました
とにかく、一度状態を固定しなければ。
何度も死を繰り返しているような状態では、彼女の心が、魂が壊れてしまう。
再生が阻害されているのは、新しい、エンゲージメントスキルの献身の効果でしょう。
試練の間は外に出ると一律6時間が経過している事になる。
内部の時間では計測されず、献身のデメリットの期間経過も停止されている。そういう事なのでしょう。
“冷炎、顕現……”
魔力が枯渇寸前まで引きずり出される。否、捧げられる。
灰白色の凍れる炎が、彼女の頭の後ろ、腰、抱きしめる私の手に宿る。
ルナリスの身を覆い隠すように、薄く広げていく。
“氷炎、干渉、封印”
確かな厚みを持った氷が、棺のようにルナリスを封じ込める。
彼女の時間が、状態が、停止した。
いっそ自分ごと、封じ込めてしまいたい、永遠にこのまま二人で……と、衝動に駆られかける。
が、それでは彼女を連れて出ることができない。
魂の奥底からなぜか湧き上がってきた、荒唐無稽な考えを、振り払う。
溜息を一つ、こぼす。
「さて……まったくもってどうしたもの、でしょうかね」
精神を侵されていた間の嬌態は当然すべて覚えているが、ルナリスを早く、開放してあげたい。
とにかくこの階層を終わらせなければ。
とはいえ、これだけは考えさせてほしい……
エンゲージメントスキルのやたらめったら重い内容は、なに、What!?
いや、確かに? 出会ってからただの一瞬も離れた事すら無いですよ?
24時間常に一緒で? 隙あらばいちゃいちゃして?
ええ、ええ、大好きですよ、愛していますよ!
狂愛って……あとこのメリデメごちゃまぜな感じがもうさぁ……運営ぃ……違うなぁ、私とルナリスが悪いかぁ……。
他のプレイヤーもこんな感じなの? ……そんなわけないですよね、はい……。
とりあえず、封印を解いた通路の方を見れば、いまだに奥から灰白色の冷たい炎が大挙して押し寄せています。
私が取り込んだ。私が取り込まれた? のは、かなり膨大に圧縮されていたとはいえ、”断章:アフーム=ザーの断片”のごく一部なのでしょう。
「テーマは解放者、でしたよね。もういっそあとは知るかとばかりに、これ開放しちゃうのが正解ですかね?」
というか、対抗できる気がしません。何をしても傷一つつかない敵とか、無理でしょ。
となるとまずルナリスを外に連れ出して……そういえば、氷と暗黒で作った壁から今は出てきませんね?
「よし。外に出て、遠隔で効果解除しましょう、そうしましょう」
心ももうぐちゃぐちゃだし、疲れたよ、パト〇ッシュ。ありもしない幻想の教会のステンドグラスを目の前に思い浮かべながら、ルナリスを封じた氷の棺を抱きかかえ、外へとつながる洞窟を歩いていきます。
奥を見に行かないのかって? 無理無理。灰白色の凍てつく炎で埋め尽くされた空間を、通れるわけがないでしょう。
相変わらず、空は消失し、頭上に広がる無限の剥き出しの宇宙に、虚無感と憧憬を抱かせられる外。
せき止めていた闇と氷を、解除。
一瞬の間を置き、人一人通れるばかりの洞窟の入り口から、膨大な、無限の、灰白色の炎があふれ出しました。
宇宙のきらめきに照らされたそれは、きれきら、きらきらと、輝きを宿し。
ああ、なんと神秘的で美しいのでしょう。
あの狭い空間で、転身を繰り返しながら必死に押しとどめていたのが馬鹿らしくなる、世界を覆いつくすかのような一面の灰白色の揺らめく炎。認められたのか知りませんが、不思議と寒さを感じませんね。
「おもしろき、時であった」
冗談じゃないですよ、ルナリスにとんでもない事をさせてくれちゃって
頭に直接、いやこれ私の中から聞こえてきていません? ……おぇ…………。
狂愛の楔の、献身で抹消されなかった分という事は悪いものではないのでしょうが……本当か……?
ミジンコ以下の分量でも、邪神の一部なんじゃ……?
「多くの歓心が、寄せられるであろう。かの地では、梢の上に、”ほまるはうと”が架かる事はないであろう。故に。道標を与える。至るが良い」
これ以上の邪神案件はノーサンキューな気分なのですが?
あ、ルナリスと一緒にいる限り無理と。はい、わかりました。
意外とご機嫌というか、教えてくれる……ええ、アフーム=ザー……様……の意思?
ええ、わかりましたよ、文句は山のようにありますが、命も、正気も、奪われていません。
むしろとんでもない力を、お貸しいただけるようです……
「使いこなして見せよ。贄を簒奪した者よ」
そうして、かの、封じられていた神性(一般的に邪神という)は天に広がる宇宙へと広がり、去っていきました。
雄大な氷に閉ざされた世界が薄れ、消えていきます。




