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『運命の供犠姫』私のVRMMO生活は、運命値極振りから始まる百合ライフ。呪いの装備は絆の証?  作者: malka
第2部 - 第8章

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201.8章 - 第16話 ”帝都地下特別水路 #5/6”

 黒い猫が嗤う。ニタニタ、ニヤニヤと、黒猫が嗤う。

 まるでチェシャ猫のような、人を小ばかにするような笑い。

 その姿が広間に露わとなった途端、空気が変質した。鳥肌が立つ、ぞわぞわと背筋が凍る。


 でもそれ以上に、心の底から暗い何かが這い上がってくる。

 本能で感じる、あれは……あれは、嫌。


 ルナリスが一歩前に出る。左手の扇は緩く前方へ掲げられ、右手の刀は既に抜き放たれ、片手で脇構えに。静から動へ、すぐにも舞い踊り始められるよう、身体のひねりが蓄えられているのがドレスの上からでもうかがえる。

 さらには、2振りの宝石剣が、弓が引き絞られるように彼女の斜め後方に切先を黒猫と黒い宝珠に向けて控えている。


 後ろを守っていた紗雪が、私の前に飛び出す。膨大な銃器を一斉に空へ解き放ち、後方上空から打ち下ろしの一斉射をすぐにも解き放てる体制。


『ししし、感じ取ったようですねぇ、ええ、ええ、嬉しい。嬉しいですとも!』

 暗く澱んだ声が脳内に響く。

 ニヤニヤと笑う黒猫がこちらを見ている。ひどく人間的に、歯をむき出しに、ニシシと笑う猫。


『おやぁ、見慣れない顔もいますね? わざわざこちらの大陸へ来ているとは、創造神の信徒とは勤勉なのですね。まるで私のようです』

 お人形さんのように小さ可愛い聖女イリスの繊細な手が、ドレスの内側から聖印を取り出す。ぎゅっと十字架を握る手が血の気を失い白くなっている。腰が抜けたらしい研究員ヴェルスがじりじりと、菌糸に覆われた床を後退る。


 猫たちの争いもまた静まり、それぞれの陣営側へと、寄り集まっている。白猫指揮官がふかぁーと、威嚇に毛を逆立てている。

「吐き気がしますわ」

 アメティスタが、眉根に皺をよせ。

「あの時の……なの!」

 敏感にやはり感じ取ったサフィーロがメイド服のスカートの下から2本のお人形サイズをしたナイフを取り出し、構える。


 はぁ、はぁ、っはぁ。

 煩い。

 すごく煩い呼吸音が聞こえる。


 2人分の呼吸音。視界が上下にゆるく揺れている。


『ナオさ~ん、お会いしたかったですよ? いえ、ここでとは思いもしませんでしたがね? いえ、むしろ予定通り? うふふふふ』

 猫の発する脳内に響く声が、何故か聞き覚えのある声に変わる。

 占い師を自称していた、褐色の肌の美女。

 妖艶な、レイラさんの声。

 置いてきてしまった、身代わりにしてしまった彼女の、声。


「お黙り……なさい」

 虹色に輝く銀色が私の視界から黒猫を覆い隠す。

「可愛いにゃんこの姿かと思ったら、中身は腐れド外道邪神とか、やめてもらえます?」

 灰銀色のツーサイドアップがふわりと私の鼻先をかすめていく。


『はは、そこの情けなく震える小鹿ちゃんと違って、なんと勇ましいお二人。あぁ、ですが大丈夫、ここではそんな気持ちもあっという間に、ほら』

 目に見えるほど濃密な黒い靄が、私の2つの身体から立ち上る。ふわりふわり、黒い球体へと吸い込まれていく、黒い靄。

 あ……れ、私、何を震えていたのだろう、息を荒げていたのだろう。


 嫌な事なんて、怖い事なんて、世界には何もないのに。

 あぁ、気持ちが落ち着く。えへへ、2人と仲良くゲームをしているのだから、もっと楽しまなくちゃ。


 ニヤニヤ笑いを浮かべる猫の額に、3つの盾に裂けた赤い瞳が生まれる。

 悍ましい、まるで血を流すように真っ赤な、歪んだ瞳が3つ。

 額を裂くように黒猫の額に生まれる。


 怖い……あれ、怖いってなんだっけ。

 嫌……ん? 不気味だけれど、なんだろう。


「な……ぜ、ナオ……様、だけ」 「そうですよ、悪いマナなら私たちからだって生まれていてもおかしくないのに」

『おやぁ、おやおやぁ、貴女がたも吸われたいのですか? 忘れたいのですか? ほらほら、憎い仇はここですよ、あなたの大切にひどい事をした敵はここですよ』


「あはっ、敵!」 「そうだ、やっちゃいましょう♪」

 ほら、双短剣に燃え盛る焔を見て! こんなにも猛々しく荒れ狂うように燃えている。

 収めるなんてもう無理。早く燃やさせろって、叫んでいる!


 宿敵。

 そう、あれは宿敵!

 ルナリスをあんな、あんな、切断された首、ウゾルウゾル這いまわる蛆、触手の生えた脳髄。そうだ、あの時、ルナリスからすすっていた。

 あぁぁぁ……!!


 あんな目に合わせた、紗雪を、アザトースの捧げものに、現実の演算領域、彼女の存在基盤まで侵蝕して。

 紗雪を泣かせた、紗雪につらい記憶を植え付けた、ユルサナイ、ゆるさない……!!!


 ゆる……あれ、何を思っていたの。ひどい事。うん、ひどい事をした。

 私のせい? あれも私のせいだ。私がふがいなかったから、だから、付け入る隙を。

 あれ、あれぇ……?


「ナオ……様!?」 「ナオさん、なんでこんなに不安定。いえ、私たちを想って、想いすぎて?」


 双短剣に纏う焔の輝きが爆発的に増していく。

 邪神ナイアルラトテプを前に、クトゥグアが渇望を露わにしているみたい!!


 吹き上がる炎に、サイケデリックな前衛芸術の猫、土星の猫たちが、ぎにゃぁぎにゃぁぁ。

 わめきたてる。


 コメント欄が流れている。どうでもいいかなぁ~。だって今から全部、全部、怖いのも嫌なのも、憎いのも、燃やしちゃえばいいもんね♪


「うるさいなぁ、全部全部、煩いよぉ」 「悪い奴、悪い事をする奴、敵。きえちゃえぇ~、えいっ」

 冷炎斧槍の石突を、どんっ! 思い切り床に叩きつける。灰白色の冷炎が、緑の菌糸の表面を這い伝う。

 あっという間に部屋の左半分が氷に覆われる。天井まで綺麗な氷に覆われる。


 所詮は☆4、レベルも含めて圧倒的格下だったらしい土星の猫たちが氷に閉ざされる。

『おぉ、恐ろしや恐ろしや! 国をも平らげ、神の階をも昇り始めた人間の雌! 猛り狂う炎、閉ざす凍てつく氷、こんなか弱い姿に身をやつしてまであくせく働く、勤勉なるこの私をどうするおつもりで!?』


「ルナリス、紗雪、やっちゃうよ~!」

 もう見ていたくない、額の3つの赤い瞳、邪神ナイアルラトテプ。憎くて憎くて、気が狂いそうな敵。

 ルナリスと紗雪にひどい事をした、生涯許さない、敵。

 私の、敵。


 心の底から炎が沸き上がる。かつて捧げた身体を再び創造神の元再構築した天使の身体。

 生贄となった記憶が、魂にまで焼き付いているみたい。

 わかる。

 邪神クトゥグアも、楽しみにしている、あの道化を、悪辣なる這い寄る混沌を。


 跡形もなく、消し飛ばしちゃえ。


「え……ナオ……様?」 「ナオさん!? ちょ、待って、まずは……」

「停止、解析、転送逆、蓄積」 「ま、まずは解析を、はい! あ、いえ。あれは転送の方向が逆? ため込んでいる、はい?」

「ナオ様、待ってください、なの」 「あんな挑発に乗ってはいけませんわ。聖女イリスの解析も……」

 にゃぁぁ、ふにゃにゃぁぁ。


 可愛いにゃんこたちまで、みゃぁみゃぁと、何かを伝えるみたいに泣き喚いてる。

 もう、皆煩いよ~、あはは、こんなに楽しんだから、ぶっぱしちゃわなきゃ!

 邪神ナイアルラトテプに、またぎゃふんって言わせる大チャンス、逃せるわけないよ~。ジャイアントキリング再び! ってね?

 一度は届いた、邪神の神核。今度こそ、あの矮小な黒猫の化身できたことを後悔しながら、消え果てろ!


 えへへ、何をあんなに怖がってたんだろう、そうだよ。こうしちゃえば簡単、怖いのも嫌なのも、ゲームの中だもん、これだけの特別な力を持っているのに。何を躊躇ってたんだろう?


「いぁ、いぁ、クトゥグア! あの道化を、どーん! しちゃいましょう♪」


 翼に魔力を宿し、瞬間加速。ルナリスの横を翔けぬけ、一瞬の間にもう目の前には黒い猫。

 厭らしい嗤いに顔を固めた、邪神ナイアルラトテプの化身。

 額の赤い瞳が嗤いに歪んでる。なんて忌々しい。


 うふふ、炎の邪神様もノリノリですね?

 眩く輝くこの焔を前に、邪神ナイアルラトテプ、今再び燃やされ尽くしちゃいなさい♪

 音すらも置き去りにする速さで、自らを射出した私。こんな超速度の領域でもしっかりと飛行を制御できるようになった自身の成長に嬉しさをかみしめ。

 さすがの猫の動体視力か、それでもしっかりと私と目が合っていた黒猫、邪神ナイアルラトテプの今この時の依り代に。


 ズグリ。

 二振りの短剣が深く突き立つ、抉り抜く。

 接触。

 零距離で発動される神炎を纏った、炎の魔術。

 散々練習した魔法を上乗せするまでもなく、クトゥグアの神意を前に厭らしい笑いを残して蒸発する黒猫版ナイアルラトテプ。


 あまりに脆すぎるその体に、神炎が収まるはずもなく、背後にあったなんだかとっても気持ちよくしてくれている気もする黒い宝珠が火炎に呑み込まれる。


 ふしゃぁぁぁ、にゃああぁあ。

 右側にいた猫たちが、私たちの後ろ、上へと通じる広間の出入り口へと逃げてゆく。

 氷漬けになっていた、土星の猫たちが氷ごと、余波で蒸発する。


 ミシ、ミシミシミシ!

 巨大な宝珠が圧倒的熱量を前に、無数のひび割れに覆われていく。


 ガシャーン!!

 ガラス玉が砕け散るような音と共に、砕け散る黒い宝珠。

 闇色のガラス片のような欠片が舞い散る。


 綺麗。


 ――なんて、惚けていられたのはほんの一瞬。


 闇が、満ちる。

 闇が、溢れる。

 ヘドロのようにどろりとした闇が、津波のように襲い掛かる。

 ぬめりがまとわりつく、腐臭に神経が溶かされる、苦しい、喉が詰まる、頭上のヘイローの灯りすら見えない。


 闇に、呑み込まれ……いや、いやいやいやいやいや、怖い、哀しい、苦しい、置いてかないで、私じゃない、私が殺したんじゃない、私は救った、違う、捨てないで、いなくならないで、ルナリス、誰の物にもならないで、紗雪、サユキ、ねえ、返事をして、なんでそんな虚ろな目で私を見ないで、声を聞かせて、なんで、どうして動かないの、いやだ、やだやだやだ。


 さっきまで気持ちよかった気持ちが全部全部、闇に塗りつぶされて、まっ黒に塗り潰されてぐしゃぐしゃのドロドロに。

 魂まで飲まれるかと思った、その時。




 ――身にまとった神域のドレスが、ぼんやりとした光を灯す。


 聖域が、展開される。


『ナオ……様、お気を……確かに』 『ナオさん、呑み込まれないでください! 練習したでしょう!? 魔法の基礎を思い出して!』

 魔法、そうだ、領域の規定。

 まずは、私の領域を。


 お腹の底の魔力が熱を発する、首元に温かな、2人の魔力が流れ込んでくる。

 確かなつながり。この仮初めの身体じゃない、永遠を誓い合った、もうバラバラになる事なんてない私たちの新しい在り方。

 誰よりも近く、魂同士がつなぎ合わされた、現実までをも侵蝕した“不朽の束縛”が、確かに感じさせてくれる。

 3人の魂、3人の絆、3人の魔力、全てを感じる。


 3人の身を護る領域を規定しよう。

 ううん、私たち皆を守る領域を、規定しないと。


 闇……違う、これは闇じゃない。闇はもっと温かい。闇を担う私には、違いが分かる。

 悪いマナ。このおどろおどろしくて、何もかもを奪い尽くそうとする感覚。負の感情を煮詰めたこれが、悪いマナ。

 前後に分かれた私の2つの身体、ルナリス、紗雪。

 繋がりを持つ2人の人形少女。4体のテイムモンスター達。

 私たちについてきてくれた2人。

 皆を感じる、少しだけ離れた位置だけれど、うん。

 この程度なら大丈夫、3人の絆はしっかりと繋がったまま。


 私はもう、流されない。勝手に絶望したりしない。

 ルナリスは私を捨てて、誰かの元に行ったりなんてしない。

 紗雪はもう、誰かに壊されるようなことはあり得ない。

 だって、こんなに近くにいつも一緒なんだから。


 あぁ……温かい。嬉しいな……。


 今再び、白と黒、交互に奏上する祝詞。それは、世界に投げかける私の理。

「光よ、照らせ。光よ、抗う輝きとなれ」

「闇よ、沈めよ。闇よ、払う深淵となれ」

「焔よ、燃やせ。焔よ、全てを滅せよ」

「氷よ、停めよ。氷よ、全てを封ぜよ」

「「最古の知識よ。最古の術理よ。この身を導け」」

 ほんのわずかな魔力を呼び水に。世界に満ちる魔力が、マナが、想いが、今ここに領域を成す。


 ナコト五角形が領域を規定する。

 結界、生成。領域内の安定、確立。

 これを害するものを、ことごとく排除する。


 私と紗雪が至った神代魔法“護法抱擁”。


 けれど、うん。

 今ならもう少し、欲張れそう。ね? ルナリス? 紗雪?

 “魔法”の何たるかの理解が進んだ今ならばこそ。

 今、この時には必要ないのかもしれない。でも、せっかくなら――ね?


 何より、護法抱擁に護られたことで、この悪いマナの干渉が絶たれた。

 思い起こすあのアレイスター王国での絶望、救えない恐怖、それを和らげてくれる何かも遮られたけれど。あんなものいらない。2人がずっと、永遠に傍にいてくれるのだから。うん、迷わない。


 2人の声が重なる。続く言葉は不思議なほどに自然と、魂の奥底からあふれ出してきた。


 害を排するナコト五角形の結界の内側に、新たな輝きが満ちる。

 “星のきらめきのティアラ”が闇を裂く光を発する。虹色の輝きが、規定した領域の中を照らす。

「時空の重なり、廻り。狭間を照らす、月の標(しるべ)」


 “混沌なる人形姫の魔導ドレス”にあしらわれた宝珠に輝きが宿り、黒白に揺らめく。

「混ざり、合わさり、混沌より始まる」

 ゆらゆら、ゆらゆらと、芳醇な灰銀色の揺らめきが満ちる。


 しゃらり、“憐憫の金鎖”が、伸びる。はかなげな金の鎖が私たち3人、4つの身体を緩やかに繋ぐ。

 “深淵の封輪”がナコト五角形に沿って、うっすらと虹色に揺らめく五角柱を形成する。

「慈悲なる心もて、迷える魂を縛り。咎には呵責を、復讐するは我に在りて。ともに救済と成せ」


 マナを変質し、領域を規定し、領域を支配する。

 魔法の基本、その体現。


 まだ、とても狭い領域。私たちと、手が届く程度のわずかな範囲だけ。

 それでも、確かに支配している。


 悪いマナを排除し、悪意を退け、害意を返し。

 この中は今、私たちが在り様を決する、私たちだけの世界。


 SEOの中にあって、世界の仕組みすらも改変しうる万能感。


 ええ、実際に私たちの前には一つの半透過ウィンドウが開いている。


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 神代魔法――三位再創

 領域内において、任意の法則を一つ、設定可能

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 シンプルな、けれど、法外な効果を端的に示す、神代魔法。

 ここは私たちが支配する世界。

 今はただ、脅威の排除を領域そのものである“護法抱擁”の規定に従い成しているだけ。

 規定すべき法則も特に今は思いあたらない。

 それでも。紗雪とのエンゲージメントスキル“依依恋恋たる抱擁――海誓山盟”には、確かに新たな神代魔法が記録されていた。



 淡い金髪を揺らし、ゴシックドレス風メイド服の少女人形が地に降り、跪く。

 薄紫の髪を広げ、マーメイドドレスの少女人形が、跪く。

 テイムモンスター達がそっと、まっすぐな眼差しを私たちに向ける。

 ただただ敬愛を捧げ、この場に居合わせた幸せに身を震わせる。


 創造神に仕える聖女とその従者が、言葉を失い、思わず首を垂れる。

 聖印に添えられた手の震えが止まらない。

 未だ道半ば、この厄災の広がりを留める事すらままならない、ただ僅かな領域を護るばかり。


 それでも。

 それは確かに、階梯を登る神翼の姿であったが故に。


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