200.8章 - 第15話 ”帝都地下特別水路 #4/6”
「トラップは無し、なの」
「見た目は悪いですが、直接的な害は観測できませんわ」
「浮遊、感謝」
薄紫の髪がさわさわと、堕天使ボディの首筋に触れてこしょばゆい。ぷにっとした少し幼いほっぺが、もちもちと気持ちがいい。
背中にはボリュームたっぷりのゴシックドレスの柔らかい感触。肉感的な艶っぽさは全く感じませんね。
「歩きにくいです、はい」
悪いマナを吸い取って、彷徨いの樹海方面に転送しているらしい黒い宝珠のすえられた広間を抜けた先。そこは確かにこれまで同様の金属質な、近未来SFチックな通路ではあったのですが、その前面に緑色の触手……と、いうか菌糸が這いずり回る何とも薄気味の悪い空間となっていました。
唯一飛行というか浮遊移動の恩恵に与れない研究員ヴェルスさんが、ぶにぶにと沈み込むらしい足元に難儀しています。
先行するのはサフィーロ。万能メイドここに極まれりとばかりに斥候スキルを発揮し。
中衛ではアメティスタが解析系統のスキルを駆使して大気中の毒や目に見えない脅威に備える。
「やっぱり、ヴェルスさんも私が背負いますよ?」
天使ボディの背中はあいていますから、と、声を掛けますが。
「いえ、危険の感知にも役立ちますので、はい」
と、またもや固辞されてしまう。半分本当、半分女性同士愛し合っている私たちに気遣ってくださっているのはもうわかっています。頼りなげではありますが、良い人なのですよね。
で、まあ、私の位置なのですが、見事に最後尾から2番目です。
宙を舞う2振りの宝石剣を従え、サフィーロの真後ろで翼を展開し進むルナリス。赤紫の薄霧のかかった通路の中でも銀の髪の輝きは衰える事を知らない。
私の後ろ、背中の聖女イリスを除いて、殿をつとめてくれている紗雪が、背面全周を6丁の浮遊する古式魔導銃に警戒させています。
さらに左右と上をかためるのは、テイムモンスターの子達。宝石蝶のセレスティアはいつも通り、いざという時の転移要員。
こんな配置になっているのもまあ、ルナリスと紗雪に、私が矢面に立って移動するの禁止と言い渡されまして。
私だって無意味にふらふらしたりはしないのですが。
……この緑の菌糸、燃やしたらどうなるのでしょう?
神炎まで纏わせればもしかして中枢までボーって燃やせたりしません? ほら、よくダンジョンテーマのお話とかであるじゃないですか。水攻めでダンジョン攻略とか、煙でいぶしてモンスターを追い出して殲滅とか、あとほら、生まれたてでコアをいきなり倒して超レベルアップとか……まあ、最後のは今関係ないですか。
なんて考えていたら、ちょっとわくわくしてきましたよ? こう、オタク心というか、探索フェイズを裏技でドーンみたいな。
ふらーっと天使ボディで……
「ナオさん!」「ナオ……様!」
あ、心の動きでばれましたね?
「はい、ごめんなさい」
「――粗忽?」
あ、グサッと背中から言葉の刃が。いえ、悪気はないのでしょうけれど、ろりろりな可愛い声で、ぼそっと言われると何というか。クルものがありますね?
うん。でも、なんでしょう、やっぱりこう。
『ナオ……様、のお心……が、軽い、ですか?』
『楽しそうですよね。ずっと真剣だったり、辛かったり、あるいは大人な視点でずっと張り詰めてたようなところが』
こっそり届く念話で2人もまさに私が思っていたことを指摘してくれます。
『そうなんですよね、不謹慎かもしれませんが』 『こう、サービス開始初期みたいというか。さっきまで正直、思い悩んでいたのも事実なのに』
『穢れたマナ……悪いマナを、吸われた……事と関係がある……のでしょうか?』
『記憶におかしな点はないのですよね?』
『ええ、あの黒い球に触れた間の事はよく思い出せませんけれど』 『少なくともさっき2人とも内緒話した通り、大事なことの記憶に欠落は見られないはずです』
『本来なら、私とのエンゲージメントスキルですべて共有しての確認をしたいですけれど、どこで使わないといけなくなるかわからないので、いったん保留ですしね』
悪いマナ、とデウスが言うくらいなので、それがなくなった? 吸われた? とすれば、逆に良い影響が出てもおかしくないかもしれません。ある意味有益? いえいえ、そんなわけないですよね……。
現にこうして帝国に惨状をもたらしているわけで。これも、それこそ悪いマナを集めるため、とかなのでしょうか? むしろそれが目的? ミ=ゴ変異体になってしまった人たちはともかく、長年の平穏を享受していたミドガ帝国でこれだけの争乱が起きれば、悪感情など掃いて捨てるほど生まれている事でしょう。住民のマナ生成効率は低いと言っても、規模が規模ですから、相応の悪いマナが生まれているはず。
などと、とめどなく考えている間に。
「声? 物音? が聞こえます、なの」
緑色の菌糸もいよいよ増殖してきて、通路を閉ざす膜のようになる箇所も出始めてきた頃。
ルナリスの宝石剣に切り払ってもらいながら、先行するサフィーロから報告が上がる。
耳をすませば確かに、ぎにゅにゃあぁ、どんばたばたどん。
うなり声のような、あるいは何かが激しく動き回るような、不気味な音が聞こえてくる。
狭まった通路に反響しているせいもあってか、くぐもった胃の腑の奥でごろごろと何かが渦巻くような、不快な雑音のよう。
「進むしかないでしょうね」
とはいえ、ここまで来て引き返すというわけにはいきません。むしろ何かが起きているのであれば、それこそ調べなければ。
この先が本当に、魔力水の供給源である地下特別水路の源に通じているのかはまだわかりませんが、その近傍である事は少なくとも間違いありません。
配管も相変わらず半ば埋もれたまま続いています。この辺りは緑の菌糸に覆われてしまっていますが……これ本当に仲の魔力水は大丈夫なのでしょうか。点検口はそこかしこにあるので覗いてみましょうか。下手に開いて、せっかく密閉されていた中に菌糸が入り込むのが嫌で避けてきましたが……。って、いえ。おかしくないですか? なぜここに配管が。
ついぼーっとあって当たり前と思っていましたが、ミ=ゴが拡張した隠し空間ですよね、ここ?
中を開いて調べるべき、そう言おうとした矢先。
ぐるにゃぁぁあぶに。
聞こえてくる音がいよいよ大きくなった。
なんとも不気味な呻きが、おどろおどろしく響いてくる。
これは、この先を先に見ざるを得ませんか……。
前を行くルナリスが刀を右手に、扇を左手に、いつでも舞刀を演じる事ができる体勢に。
後方を警戒する魔導銃とは別に、紗雪がウェポンシステムを構成する銃をさらに12丁、腰の宝珠から射出し、前方へと銃口を向けさせる。
通路を塞ぐ緑の菌糸で織り上げられた壁。
なにかが激しく争う音をくぐもらせるそれを、2振りの宝石剣が光球に照らされ、清冽な反射の光と共に斬り裂き開くと……。
ぎにゃぁぁあぁ!
きしゃぁああぁ!
にゃにゃぁああぁ!
ぐにゃ!
高さ3mはありそうな黒い巨大な球体が鎮座する、体育館程はありそうな大空間。
よく地下にこんなものを作ったという感想がまず浮かびますが、その左半分は緑の菌糸に覆い尽くされ、右半分は金属質の壁が剥き出し。
そんな舞台で激しく争い合っていたのは……猫。
いえ、ふざけているわけではなく……猫。
少なくとも右半分の領域にいるのは明らかに、猫。立派な毛並みの白猫が奥で指揮するように睥睨する中、種類も大きさも様々な猫がもう片側の陣営と戦っている。
対する左半分の領域にいるのは本当に猫と呼んでよいのか、シルエットは確かに猫っぽいのですが、その体色はサイケデリック。前衛芸術に分類されるアートに出てきそうな、手脚は色とりどりの縄をより集め、身体も渦を巻くように不気味な虹色が、見ていて目が回りそうな文様を描いている。そんな得体のしれない姿だが、シルエットと動きそのものは猫。
互いに争い合うのに必死で、こちらに目を向ける様子もない両陣営を前にとりあえず状況の把握に努めようとする私たち。
「鑑定に……は、☆4 土星猫……と」
「ナコト写本の知識によれば、猫は様々な勢力に所属している存在のようです。人と共存するもの、どこかの世界で独自の勢力や社会を有するもの、外なる世界に属するもの……そして、邪神ナイアルラトテプの一派に所属するものも」
「邪神ナイアルラトテプ!?」 「ここで出てくるんですか? え、でも……猫?」
「現実でもエジプトの猫神バステト様のように、猫をモチーフとした神様はいらっしゃいますが……本当、どういう状況なんでしょうね、これ」
にゃ!にゃにゃぁ!
グニ゛ァァ!
なんて、鳴き声を上げながら激しくもみ合う二陣営の猫。平和ではないのですが、不思議と和んでしまうそんな光景を前に。地下へとミ=ゴが作ったらしき領域を下って行くと、そこは猫が争う世界だった。なんて、ぼーっと考えてみたり。
しにゃぁぁぁ。
右側奥の白猫が、号令のように声を上げると、慣れ親しんだ姿の愛らしい猫達が、一斉にサイケデリックな土星猫を押し返す。左へと押し戻されていく戦線。
するとなんと、戦線の移動に合わせるように緑の菌糸も剥がれ落ちていくではありませんか。露わになる金属質な床や壁。
「ひょっとして、右の猫に加勢すればよいのでしょうか?」 「見た目的にも、そんな感じがしますが」
「もふもふ……に加勢、しましょう」
うん、土星猫の方は何というか、猫というよりもクリーチャーですからね、ルナリス的ににゃんこ達が気になるのは当然でしょう。
威嚇の唸りを上げ始める黒犬リィナと、金毛銀毛狐のカグラ。
そっと背中の聖女イリスを降ろし。と、床の菌糸に足を取られ、よろけるゴスロリドレスの少女をそっと支え。よっこらせと武器を手に、加勢しようかと目を向ける私。
すると……中央の黒い宝珠から、ぬるり。
闇色の猫が球体表面に水面のような波紋を起こし、出てくるところでした。




