189.8章 - 第13話 ”帝都地下特別水路 #2/6”
散発的に襲い掛かってくる黒い兵士、触手の生えた脳髄“ミ=ゴの使役体”が操縦する敵を薙ぎ払いながら下へ、下へ。二次被害を出さないよう、使役体をしっかりと殲滅しながら、緩やかな傾斜を描くらせん状と思しきSFチックな通路を進むこと既に20分ほど。まばらに点在する扉の奥はこうした黒い兵士の保管庫にすぎないようで、目立ったアイテムなどもなく。
これらは研究し尽くしているのか、聖女イリスも特に興味を示しません。
「気配が……濃くなっています」
「いよいよ最奥部といったところでしょうかね」 「ミ=ゴ変異体の原因の片割れだった飲用水側の水路ならまだしも、なぜこちら側にこんな大規模な拠点が隠されているのでしょう」
「ここの存在がばれないようにあえて、魔力水の特別水路には手を出してこなかったとかでしょうかね?」
私達が前に立つと、すっと開く金属製の大扉。
その向こうから飛来する炎の球がアリアに逸らされ、カグラに打ち返される。
そっと聖女イリスと研究員さんを後ろに下げ、前に躍り出る私達。
さっと視線を巡らせると、地下にしては大きめの空間の中央に、黒い兵士を生み出す大きな黒い宝珠。
手すり付きの回廊が壁面に3層作られ、それぞれに黒い兵士……と、人。
わざとらしいほどに特徴のない顔の男たち。人畜無害そうな雰囲気に、中肉中背の肉体を黒革の鎧で包み、武装は一様に剣と少し大きめのバックラー。特徴的なのは腰にたくさんの小袋を提げている事。
ものすごく既視感を覚える姿格好。
それは、PVP大会で魔薬を使ってきた、その販売ルートにも関わっていた犯罪者プレイヤー達と同じアバター姿。
現実サイドで脳内にインプラントというのでしょうか、不正アクセス用の改造機器を埋め込んでいた人達。現実の犯罪グループの一味だったとかで、摘発されていたはずですが。
`こいつらが関わってるのかぁ`
`拠点、しらみつぶしにしても、どこからともなくわいてくるんだよな`
`001サーバーは魔薬の供給ルートを潰せのグランドクエスト、完遂できていたはずだけれど`
`あれ、アレイスター王国がつぶれて供給源が絶たれたから、コンプリート扱いになったっていう分析`
`リアル逮捕者も続出したけれど、国籍もバラバラ。不法滞在者なんかもいたって`
`あぁ、ニュースにもなってたよな`
`実際は、手術とかしてたわけじゃなくて、カプセル飲むだけで思考走査を回避できるデバイスだったってニュースで言ってた`
「ここはミドガ帝国のインフラ施設のはずですよ。何をなさっているのですか?」
一応形だけでもと誰何します。が、案の定お返事はなく。
代わりにまた飛んでくる魔術攻撃。さらに、黒い兵士達が回廊部分から飛び降りてきます。
「仕方がありません、制圧しましょう」
黒い兵士達と行動を共にしている時点で、敵と断定して良いでしょう。
紗雪のウェポンシステムが次々宙に放たれ、魔力弾体を射出。
ルナリスが舞い踊りながら、“☆9 統合スキル – 麗しき虹華の舞姫”で二振りの美麗な宝石剣を生み出します。
深いサファイアブルーの一振りと、鮮やかなルビーレッドの一振りが歌に合わせ、優雅に空を舞い、バックラーを器用にスルリスルリとすり抜けプレイヤー達の、武器を持つ手を貫き、鮮やかに武装解除。
上層階から魔法を撃ちおろしてくる相手にはカグラが威力を数倍に増幅して反射する事で確実にダメージを蓄積。魔法エフェクトで目がくらんだところに、セレスティアに転移してもらったリィナがまるで影から飛び出してきたかのように死角から襲い掛かり、“☆7 混沌の侵食”による崩壊の衝撃波を叩き込み、撃退。拘束するようなスキルも持っていないので、手加減してもどうせログアウトされるだけ、という事で緊急事態でもありますので、容赦なくリスポーンしていただきます。
正面から近接戦闘を挑んでくる、異形化した黒い兵士達は私の両の身体から繰り出される瞬速の双短剣と、触れれば消し飛ぶハルバードの剛撃で粉砕。
またあの厭らしい魔薬を使われるかと思いましたが、この場所では使いたくない理由でもあったのか、腰に下げた小袋から取り出す仕草も見せず、割とあっけなく鎮圧が完了してしまいました。魔薬密売だかに関わっていた勢力の、特にこのサーバーでは残党とはいえ、もう少し手ごわいかと警戒したのですが、あまりに拍子抜けな結果。
「弱かった……です?」
「全然歯ごたえが無かったですね。それに経験値的にも全然?」
「やっぱりそうですよね……」 「薬品も使うそぶりすら無かったですし、何がしたかったのか」
身の丈ほどの黒い宝珠。どうせ黒い兵士を生み出すための、アレイスター王国による侵攻時、山ほど設置されたあれだと思いますが。
奥に扉が見えますし、ここから見上げると天井にはいくつも通気口らしい穴。
ここ自体はたいして重要な場所でもなかったのでしょうかね?
さくっと確認して早く次に進みましょう。本隊が到着する前に、私達も戦線に出なければ。あと7時間程度でしょうか?
皇帝陛下が出ればもう大丈夫みたいな雰囲気もありましたが、あれはあくまで先鋒に対する物でしょう。
本隊は相手の数も強さも、先ほどのワイバーンの大群と比べ、明らかにけた違いです。
「わざわざここに逃げ込んだ意味があると思いますけれど……」 「とりあえずこの黒い宝珠? を早いところ調べて、奥に進みましょう」
「「あ……」」
と、堕天使ボディでさらっと、黒い宝珠に触れてみます。黒い兵士の召喚装置と信じて疑わなかったそれに掌が触れると……。
【警告:精神的負荷の高いコンテンツが開始されます。ログアウトしますか? Y/N】
――え?
初めて見る警告メッセージ。それは、竜の背骨山脈のダンジョン“冥府の洞窟-ニベヘリィルの異変”でプレイヤーの皆さんが、クロウリード王が仕掛けた狂乱の宴を前にして表示された選択とおそらく同じもの。あの頃は、現実の肉体が無いという特殊な状態だったため私に対してはスキップされたメッセージ。それと同じと思しきものが、今、表示されました。
戸惑いつつも、とりあえず【N】を意識すると……。
天使ボディの視界までも含め、真っ暗闇に染まる。
自分の手すらも見えない完全な闇。悠久の楽園に設置した本体である“不朽の束縛”の魂核で感じる闇。
魂そのものを捕える、真闇。
『ルナリス? 紗雪?』
いつもならすぐ隣に感じられる2人の魂核が感じられない。念話にも反応がない。
ルナリスの“星のきらめきのティアラ”に備わった意思伝達で仄かに、常に伝わってくる感情の揺らめきも感じられない。
世界でたった一人取り残されたかのような、本来人とはそういうものである、と叩きつけられるような途轍もない孤独と不安感。
2人といつでも、どこでも、繋がれていたことがいかに特別で幸せであったか、突きつけられる。
寒い、冷たい……。
そもそもここはどこ、私の身体はどうなってるの。
手の、脚の、翼の、感覚がない。目は見えているはずなのに闇に塗りつぶされていて、自分の身体すら見えない。
輝きを放っているはずのヘイローの光もない。
異様な興奮とかそういう、魔薬の時のような分かりやすい異常も感じない。
「――おねぇちゃん」
小さな声。聞き覚えがある、声。
薄茶色の毛が柔らかそうな、狐獣人ちゃんの声。
「寒いよ、冷たいよ……出して、ここから出して」
闇の中に氷の塊が浮かんでいる。仄青い輝きを放つ、氷の結晶。その中に捕らえられているのは一人の女の子。
「だ、だめだよ。氷を解いてしまったら……」
どうなる? どうなるの?
首筋に緑色の触手の先端がわずかに覗く。
ぴく、ぴく、と。
灰白色の凍れる炎に生み出された氷に封じられてなお、不気味に蠢いている。
ぴちゃり、ぬちゃり。
肌を這いまわる感触。ぬめぬめとした、粘液の感覚。
見えない。見えないのに分かる。触手が。
ぬらぬらとてかる緑色の触手が私の体中を這いずり回っている。
誰、何!?
「助けて」 「助けてくれなかった」 「殺された」 「この子だけ」 「あの子だけ」 「なぜ」 「何が違う」
「俺たちも救って」 「よこせ」 「ヨコセ」
ひっ。
喉の奥から小さな悲鳴が漏れる。
体中を這いずる触手から声がする。背中にべちゃりと。触手よりも太い塊がへばりつく。
じりじり、じりじり、背筋を這いあがってくる。
首の後ろに。
――ぺたり。
張り付いた。蠢く触手の感触、首の後ろを丸ごと覆う、粘つく何か。ぶにぶにと柔らかい、何か。
嫌悪感、恐怖、罪悪感。
26の死体が、緑の触手に体中を入れ替えられた人型の死体が、私を見つめている。
あの子、あの子は一緒に遊んだ、遊んだの、だから。知らない誰かじゃなくて。
それに、救えてもいない。
そうだ、救えてないんだ。
ただ、氷の中に封印しただけ、時間稼ぎ。
私なんて何もできない、なんにもできない、無力な……。
あれ? ここはどこ?
あぁ、そうだ。こんなだから、ルナリスにも捨てられて。
「……さようなら。私を満たして……くださる、方に……」
銀の髪が遠ざかってゆく。誰かにしなだれかかる、ほっそりと華奢な姿。透ける白いドレスを翻し、私の心をざわつかせる魅力的な女の子。
紗雪だって、きっと私なんかに呆れて、でもナビAIだから離れられない。そんな強制された義務感で。
「そうですよ、当たり前じゃないですか。一度決められたマスターを変えられない。プレイヤーさんがいなくなればずっと、ずっと放置される存在。そんな哀れな存在なんですよ、私は」
意識がもうろうとしてくる。徒労感、虚脱。
へなへなとその場で崩れ落ちそう。
そんな私をねちょねちょとした、触手が絡めとり、無理やり立たせている。
ずるり、ずるり……何かが私の中から抜け出していく。
後悔、自分への怒り、無力感、ミ=ゴへの怒り、嫌悪感、逃げたい。
あらゆる負の感情が意識を塗りつぶしかけては、どこかに消えていく。
私が、空っぽになっていく。
首筋にへばりついた何かが、私の中の悪い何かを吸い取って。
あれ~? 何か嫌な情景を見ていたような……う~ん?
あれ……あは、あはは。これ、気持ちいぃ。きもちいぃかもしれない。
嫌な事、ダメな自分、全部全部忘れて。
うへへ、きもちいぃよぉ?
あへ……。
あへへ……。
あひゃ……あひゃひゃ……きもちいぃぃぃ。
もっと、もっと吸って、もっとなくして、嫌なの全部。
いらな~い。
『ナオ……様……!』
『ナオさんの馬鹿!』




