197.8章 - 第12話 ”帝都地下特別水路 #1/6”
湿った石の匂いが、肺の奥を冷たく撫でる。
帝都の地下深くに張り巡らされた、石造りの通路。一般用水路とは異なる、特別な魔力水を供給する水源へと下る秘密通路の中を進んでいます。
入った入り口は、逃げ出した人影が目撃された皇帝広場の中。
片隅の東屋に隠されていた出入口、ここに入ったと確定しているわけではありませんが、十中八九ミ=ゴ変異体と化したお貴族様辺りから漏れた情報なのでしょうね。
カツ、カツ、と私たちの足音が、高く、そして不自然なほど遠くまで響き渡る。
「……空気が、重い……です」
「普段から管理とかあまりしていないんですかね? “ミ=ゴ変異体“に襲われるかと思えばそんな様子もないですし。あ、ナオさん足元の石畳の間隔が微妙に広くて歩きづらいので、腕を貸してくださいな?」
案の定、赤紫色に光っている壁面の魔導灯を横目に、私の光魔法で生み出した光源を紗雪の空飛ぶ銃に付与して歩く。
追跡物語やファンタジーで見る、水面が剥き出しの空間をイメージしていましたが、まるで別物。床に半ば埋もれた太い金属配管が通され、その両脇を歩く石造りの通路が延々と続いています。構造自体も比較的整理されており、網の目のような迷路になっているようなこともなく、ほぼ一本道を水源である地下へと進む形式。
配管の中から何かが襲い掛かって来る事も警戒し、分断されないよう片側に寄って移動する私たち。これですと、微妙に狭いので、二列縦隊で身を寄せ合って進んでいます。
先頭を進む聖女イリスが
「整備、不要」
「なるほど、放っておけばよい構造になっていると」 「ルナリスもどうぞ」
ぎゅっと身を寄せる銀の姫。その足元には漆黒の大型犬と、金毛銀毛狐。
ええ、なんだかますます“悠久の楽園”への侵攻がもはや停止しているといった方が良いレベルで弱まっているとの事で。
これだけ住民にストレスのかかる凄惨な状況。悪いマナの密度で言えばとんでもなく上昇していると思うのですが、どういうことなのでしょうね?
「通路は一般的な石材づくりですが、地下の魔力水生成設備は自動修復機能があり、配管内部は修復用ゴーレムが維持管理しているはずなのです、はい。地下水路の清掃は定期的に行っているはず。ミドガ帝国のこの設備は、失われた古代魔導文明の遺産とも言われておりまして、はい」
と、研究員ヴェルスさんが後ろからさらに、補足してくれます。
戦力を遊ばせておくような局面でもなく。紗雪のドール体に指揮を執ってもらい、うちの子達100人だけを残して後は全員こちらに来てもらいました。
テイムモンスター4体以外はアクロイトの指揮下で帝都外周警戒と帝都内の支援についています。
「古代魔導文明といえば私達には魔導人形が一番なじみがあるのですが」 「どんな歴史的背景があるのですか?」
気は急くものの、道中はただの石造りの通路。地上の狂騒とも隔離された別空間。せっかく知識のある住民の方と同行しているのです。この機会に知るのは良い事でしょう。
「古代魔導帝国はかつて、浮遊大陸の上に築かれていたとされます。他にも多数の浮遊大陸上に都市拠点を設け、世界全体を天空から支配しておりました、はい。ところが2,500年前。原因は不明ですが、かの文明の基盤であった浮遊大陸が次々と墜落。もっとも大きな断片が、現在の中央大陸。聖国マリシアやこのアーカリア大陸から見て北に位置しています、はい」
「恥ずかしながら、この世界の大陸分布なども存じませんで」
「なるほど、なるほど! アーカリア大陸は外部との交易も特に少ない土地柄ですからね。そうですね、簡単に申しますと、今ご説明した中央大陸。その東西南北に互いの間を大きく隔てて大陸群が分布しています。相互の行き来は気性の荒い海洋性の魔物や、激しい海流の影響もありほぼ不可能。唯一中央大陸を介してのみ、交易路が確立されております、はい」
なるほど。そうなるとプレイヤーはまずその、中央大陸を目指さない事には東西南北の行き来は出来ないという事でしょうね。さしずめ、今いる南方領域こそが、全体としての第1エリア。といったところでしょうか?
『別のサーバーですが、“鬼の子”という運命値100のプレイヤーさんがいるのが、おそらく東方大陸群ですね。和風、中華風、様々なオリエンタル文化が花開いている領域らしいですよ』
『それはまた、人気の出そうなエリアですが、SEO的にはプレイヤー全体の行き来はまだかなり先になりそうですよね』 『ある意味もったいない?』
『東方の、三温糖……というお砂糖を使った……お菓子は、大変に美味と聞きます』
こっそり食いしん坊を、ルナリスが発動しましたね?
『ふふ、それは現実で是非食べに行きましょう』 『いろいろな和菓子を楽しんでみましょうね』
「東方は異文化色が強く、来訪者様方が口にされる『着物』などもあり、ルナリス姫が腰に差されている『刀』の発祥の地でもあります、はい。聖国マリシアは中央大陸との直接交易が維持されています。行き来には相応の資格が必要ではありますが、はい」
なるほど、そこで中央大陸という次のエリアへの扉が開くわけですか。やはり、聖国マリシアルートが正規ルートなのですね。そして、始まりの街周辺を起点に別の航路を探すルートは恐らくこの南エリアそのものを開拓するルート?
`枢機卿以上または聖女の推薦を3人以上取得が必須`
`かなり無理ゲー`
`まあ、年内コンテンツではないだろうね~`
`聖国マリシアが周辺小国家群と戦争寸前`
`そして内部は権力闘争と、宗派争いでボロボロ`
`ポリティカルゲームとか好きなプレイヤー大歓喜。戦争系コンテンツ待ち望んでいた層もウォーモンガーと化してる`
と、そうでした、配信をしていたのです。住民のお二人と一緒なのでコメントへ直接お返事ができない事は承諾済みです。
いつものように、必要があれば紗雪がコメントで介入してくれる感じですね。
`領域戦みたいなのも結局まだだしね`
`定期PVPみたいなのはだるいから、無くていいけどな~`
`GVGコンテンツだろうから、欲しいは欲しいけど、聖国マリシアがイベント多すぎて正直そんな暇がない`
`ほら、あれじゃない? 領域への侵攻が想定外に弱くなってる問題。あれの関係で実装できないとか`
`それだ!`
`てことは、長期連続クエストの☆10 - 「マナ簒奪の阻止」 が終わらないと実装されないのかな`
`あれって終わりあるの? 何かを発見するたびに内包クエストが追加されてくよ?`
皆さんほとんどが聖国マリシアに行ってしまっているので、こちらでの大規模イベント発生は残念がる一方、あちらはあちらでやはりかなり充実している様子。ごく一部特定住民と絆を結んでいる方以外は、しいて内部時間2週間以上をかけてまでこちらに戻ろうとは思えないみたいです。
なんて話をしていると。
「そちらの……壁……おかしい、です」
ルナリスが蒼銀の瞳を輝かせ、通路の何気ない壁面を指さします。
私の目に見えるのはただの湿り気を帯びた、石組みの壁面。ここまでとの差異は何一つ感じられません。
「調査」
その言葉を受け、ゴスロリ聖女のイリスさんがポシェットからごそごそ、腕輪を取り出すとそっと細い左腕に嵌め。魔力を集中させ始めます。
`十三聖女ちゃん、hshs`
`ゴスロリのロリっ子聖女とか最高すぎる`
`叡智担当?`
`いや、創造担当だったはず。こっちでトップ不在の研究部門の長が、多分この子`
`派閥争い全無視のマッドサイエンティスト集団`
`アーカリア大陸担当のヒス聖女がこっちにいて、なんでゴスロリちゃんがそっちにいるんだぁ`
ルナリスの眼と、紗雪の素の解析演算能力以外、私達はスキル構成がほぼ戦闘一極ですからね……調査系スキルとは無縁なため、イリスさん達にお任せするしかないのです。私達だけだったら、壁を破壊するところから始めていたことでしょう。
魔力視でみえる聖女イリスの魔力が腕輪を介して様々な色に変化し、壁全体にじんわりと作用しています。属性や魔力の特性の違いによる反応を見ているのか、あるいは壁を透かした向こう側を調べているのか。
一通り試した後おもむろに取り出したのは、岩塩の粉末が入った小箱。赤紫の輝きが灯ると。
ガコンッ。
扉1枚分位の壁面が奥に引っ込み、スーッと横にスライド。
奥に広がっていたのは”彷徨いの樹海”で探索したミ=ゴの研究施設と同じ金属質な壁面に青白い光がともされた通路ではありませんか。
「これは……」 「帝都の地下、重要な水路へ続く通路に隠し空間を作られていたと?」
「間違いなくそうでしょうね……」
「邪神……程の気配は見えません……が、近しい性質……を感じます」
`これまた、ミ=ゴ関連?`
`脳缶種族ぅ`
`ミ=ゴってもっと擬態がへたくそとかじゃなかったのかよ~`
`完全に潜り込まれてますな`
`言っちゃ悪いけど、ホラーとかエログロ苦手勢としては始まりの大陸脱出ルートで正解だったかなって……`
さすがにアレイスター王国やルナリスに関わる事ですから、紗雪が取り込んだナコト写本の知識のみならず、現実でもお勉強をしていたわけですが、SEOはあくまで、SEO。現実の神話とは相違もあるだろうと、参考にする程度にとどめる方針はやはり今後も変えられなさそうですね。下手に先入観を持ちすぎても足元をすくわれますからね……。ミ=ゴがこんなにも人間社会、文明にうまく潜り込んでいる事といい……。
すーっと、通路の中へ先に入ってくれる、クジラのアリア。少し離れていた間に“悠久の楽園”防衛でレベルも上がり、成人女性位の体長にまで成長しています。
さて、今度は何が奥に潜んでいるのか……。




