195.8章 - 第10話 ”帝都襲撃 #4/5”
「……。……」
いきなりの闖入者はしかし、入り口でじーっと黙って室内を見つめるだけ。
ちょっと眠たげな紫と青のオッドアイ。ぼうっとしているようで、瞳の奥には思索に耽る(ふける)ような理知の輝きが灯っている。薄紫の腰上まであるロングヘアに、黒の大きなリボンが付いたカチューシャ。何ともドーリーな小さな女の子。紗雪のドール体やうちの子達の誰かと一緒に座っていたら、大きさ違いのお人形姉妹と勘違いしてしまいそう。
幼げで可愛らしい、成長途上のお顔の輪郭。年齢もきっとまだ十代前半。
幼さと、気だるげな知性が同居する彼女には、どこか退廃的な美しさを感じさせるゴシックロリータのドレスが似合っている。その首元には創世聖教の聖印。
「解析結果」
室内の誰もが警戒を露わにしつつも、あっけにとられる中。唐突にぽつりとつぶやかれる言葉。
「せ、聖女イリス、お待ち下され、はい。あ、あぁぁ、はい、はいぃぃ。申し訳、もうしわけございませぬぅぅぅ」
と、次に飛び込んできた。いえ、スライディング土下座? してきたのは法衣をまとった壮年の男性。
創世聖教帝都大聖堂でお会いした威厳満ち溢れる枢機卿との違いに唖然としてしまう程、くたびれた印象。一応短くそろえられた焦げ茶色の頭髪は微妙に乱れ、法衣もきちんとアイロンがけされていそうなのに、よれっとした印象。あ、肩口もちょっとあっていないのでサイズも少し大きい?
「よい。緊急の情勢下である。聖女イリス、解析結果がなんと?」
奥に座す皇帝陛下が場をとりなしてくださいます。
「増幅、触媒、汚染」
またも、単語をぽつりぽつりと、こぼすように話すゴスロリ少女。もとい、聖女イリス様?
この言葉には居並ぶ軍人や騎士達も困惑を隠せず、まだ土下座したまま地面にめり込みそうな男性に視線が移ります。
「司祭殿? ご説明願えないだろうか」
シャーリィさんが彼に問いかけると。
「あ、は、はいぃぃ。あ、わたくし、聖女イリスお付きの研究員でございまして、はい。ヴェルスとお呼びくだされ、はい」
なるほど? それで法衣が微妙にあっていないと……え、そうなります?
「こほん。聖女イリスの解析結果によりますと、この赤紫の魔力光。この発生源は魔導具の触媒として使われている、ミドガ帝国の特産。竜の背骨山脈由来の岩塩。あれであると判明いたしました次第です、はい」
その言葉に空気が一段、重くなる。
「用途、致命」
「ええ、ええ。皆様ご存じの通り、かの岩塩は最高品質の魔導触媒。魔導街灯、水路等の生活基盤の制御、高級店舗や貴族街それに帝城の空調設備。魔導砲の増幅機構にも使われておりますですね、はい」
戦略物資とはリリエラさん、に扮した皇帝陛下から聞いてはいましたが、そこまでとは。そっと両脇を見れば、ルナリスと紗雪も事の深刻さに微かに眉をひそめ、低姿勢というよりもどこかおどおどと話す研究員を名乗る司祭の言葉に耳を傾けています。
と、そこで、薄紫の髪にのっけた黒い大きなリボンをひらひら揺らし、少女がてとてと、机の端に歩み寄る。ドレスの腰につけたポーチをごそごそ。制止しようとする近衛を皇帝陛下がそっと手を持ち上げ制止する前で取り出されたのは。
「魔導触媒の岩塩……と、水、か?」
シャーリィさんが見たままをいぶかし気に。
2つのガラスの容器には水らしき液体。木製の小箱には白い粉末。
『粉末から……あの時と同じ……黒い靄のような何かを……感じ、ます』
ルナリスの眼には見えているらしい異常。それが元からなのか、この異変の原因として仕組まれたものなのかはわかりませんが。
「召喚、許可」
「お見せするにあたりまして、スライム、はい。無害なスライムの召喚を許可いただけますでしょうか、はい」
これにはさすがに、許可こそ下りたものの、近衛4人が前に出て臨戦態勢をとる。
ゴスロリ少女な聖女イリスが前に手をかざすと、机の上に小さな粘液生物。薄水色のスライムが2体出現する。
「レベル1スライム。相違ございません」
鑑定のスキルをもっているらしい、魔導通信保安隊の方が保証する。
「比較、注視」
スライム2匹がそれぞれのガラス容器の水をじゅるりと飲み干す、というよりも、容器ごと取り込み消化する。
それを確認すると、小さな手を小箱にかざし、小声で詠唱を始める聖女イリス。ぼんやりと輝きを放ち始めた触媒が、うっすらと赤紫に輝きだす。
その様子にミドガ帝国の一同が目を見開き、驚きを見せる。
「馬鹿な……そのような反応」
「説明、後、注視」
ぼこ、ぽこぽこ。
スライムの片方が泡立ち始める。もう一方は何事も変化はない。
ぅぞる……うぞる。
泡立ち始めていたスライムが、蠢くように粘液の身体をくねらせ始める。その動きは徐々に早くなっていき。
ふしゅるるぅ。
緑色の菌糸、緑色の細い触手が無数に伸びる。
パシュン!
変質……“ミ=ゴ変異体”と思しき変異を遂げたスライムが細切れにされる。
「再現、成功」
一同が唖然とする中、シャーリィさんが頭痛を堪えるように眉間に指をあて。
「聖女イリス。貴女は帝国大図書館で、封じられた書物の解読をしていたと思っていたのだが?」
「研究材料、出現」
「あの場所もか」
「肯定」
「損害は」
「皆無」
「内郭も?」
「肯定、侵入不可」
とんとん拍子で進む二人の会話。置いてけぼりの周囲に気が付き、一度やり取りを止めると。
「聖女イリスは既に2年程こちらに逗留されている。創世聖教の総本山である聖国マリシアにおいて、厳しい『戒律』を是とする『聖浄心教復興派』の担当聖女派遣をミドガ帝国が拒み。代わりに派遣されたのが彼女だ。研究、真理の探究を身上とする彼女自身、帝国大図書館の地下機密書庫に関心があったとの事で互いの利害が一致してな」
「探求、最適、快適」
無表情寄りのお顔に、どこか得意げな色をにじませ、ふんすと断言するゴスロリ聖女イリスちゃん。
つまり、同性婚反対とか、いろいろお堅い事を過激に推し進める宗教派閥があり。本来ミドガ帝国に派遣される予定だった聖女はその所属。帝国はそれを拒み、代わりにこちらにあるあの地下に伸びる図書塔を調査研究したい、この聖女ちゃんが派遣されてきたと。
あの日見学に行ったときにすれ違わなかったのはどこか、研究用のお部屋にでも籠っていたのでしょうかね。彼女は何階まで許されているのでしょう、少し気になります。
「ちょうど、聖女イリスをお迎えに参りましたところ、赤紫の光に帝都が満たされ。帝国大図書館内にも変異する者が現れまして、はい。そこで急遽その場で、被検体もちょうどよく手に入りましたので、調査をさせていただいたわけであります、はい」
「なるほど、それには感謝する。それで、その液体は?」
「飲用」
これはさすがにわからなかったようで、お付きの研究員さんを視線で促すシャーリィさん。
「片方は帝都の常用水。飲用にも用いられるそれです、はい。もう片方、問題の生じなかった方は、結界発動にも用いられる特殊用水路の魔力水でございます、はい」
その言葉に再び議場に緊張が走る。
「つまり……帝都全域で用いられる常用水が汚染されていた、と?」
「肯定、単独、無害」
「はい。ただし、これ単体では、既知の鑑定、識別手段では何一つ異常が見つかりません。実際飲用しようとも害がありません。ところが、ある特定の波長で魔導触媒を励起すると、水の中の『何か』に汚染された者はこのように変異するわけであります、はい。ただ、飲用したものすべて、であれば無事なものなどほとんどいないはず。他にも条件はあるのでしょう。が、現時点それは不明です、はい」
飲用水に、それこそウィルスか何かのように、原因となる寄生体の卵なのか何なのかを混入されていたと。そして、それが帝都中、特に重要拠点や上流階級でこそ珍重される高級魔導触媒の岩塩に特定の働きかけをすると、孵化して、宿主を“ミ=ゴ変異体”に変貌させると。
赤紫の魔力光が励起作用を持っている、という予測の方が当たってしまっていましたか。
なんとも胸糞の悪い……。
「シャーリィ騎士団長、もし……もしこれが事実であれば、事は……」
魔導兵団の帝都残留部隊指揮官。その顔は完全に青ざめてしまっている。
「……魔除けの砂か」
「はい……そこまで仕組まれていたとしか」
『ナオさん、掲示板の情報とかも漁ってきました。例のミドガ帝国特産の岩塩。あれが、アレイスター王国侵攻時の黒い兵士を寄せ付けない、簡易結界として機能したそうです。そのため、竜の背骨山脈の異常にミ=ゴが関与している可能性が高いと踏んだミドガ帝国は今回の防衛出動においても、全軍にそれを携帯させたようです』
『つま……り、あの侵攻の時……から』
『なるほど、仕組まれていたのでしょうね。二重の計画、とでもいうのでしょうか』 『脅威を退けるための必携品こそが、第2の脅威を発動するためのトリガーになっていた。何と悪辣な』
けれど、アレイスター王国に技術供与というか、あの黒い兵士を。脳髄を抉りだされ改造された元住民を……貸与していたのがミ=ゴであるならば。本当は効果がない岩塩を相手に忌避するような動きを演じさせて、こんな仕込みをすることも、不可能ではなかったのかもしれません。人の中に紛れて、様々な情報も得ていたことでしょうし……。
「自然、岩塩、相違」
と、そこで聖女イリスがもう一つの小箱を取り出します。そちらにも見た目何一つ違わない、粉末が。
『黒い……靄が、見えま……せん』
すぐに見てくれたルナリスから再び私達の間だけの念話で、そっと。
「過去、交易品」
「こちらは昔、聖国マリシアに輸出いただいた岩塩、触媒の粉末です、はい。特に古い、100年以上は昔のものになります、最近はなかなか交易にお出しいただけませんもので、はい」
と、少しちくりと言葉をさしはさむ研究員さん。意外としっかりしているのかもしれない。
聖女イリスが先ほどと同じように手をかざし詠唱するが、眩く輝くだけで、こちらは赤紫の光を発したりはしない。
「汚染」
「この通り、仕掛けが施された物は一定の時期以降か、特定の条件を介した物。産出地における異常か、それとも搬送途上で後付けされた物かはわかりませんです、はい」
「横から失礼します。シャーリィさん」
「ナオ殿?」
2人と念話で確認し合ってから手をかざす。
「“特別な眼”で見ると、赤紫の光を発した岩塩は黒い靄が見えます。そして、3日前、大交易宮で販売されていた店舗の物は同じ黒い靄が見えた、と。ちょうどその時は店主がいなかった店舗です」
「情報に感謝する。少なくとも……汚染、仮にそう呼ぼう。販売時点で汚染された岩塩が存在するわけだな。確かナオ殿の見学には近衛が同行していたか」
近衛騎士の隊長格に目配せし、
「複数店舗の物を至急持ってこさせる。“視て”もらえるか?」
「もちろんです」
そうして話が進む間も、帝都中から破壊音や戦闘音が響いてくる。うちの子達からも、住民のおそらく3割がミ=ゴ変異体へと変じているとの報告が上がってきた。
各隊の配置の見直し、対応の協議を急ぎ進めようとしたところに。
「失礼いたします! 火急の伝令につき」
衛兵隊隊員の声が響いたのはその時だった。




