194.8章 - 第9話 ”帝都襲撃 #3/5”
赤紫に染まった帝都に束の間の静寂が落ちる。
「……先に行く。綾、急ぐぞ」
「はい。ナオさん、また後程」
私は何をやっているんだろう。でも、でも……。
辺りを見回す。26の、緑の触手で体のほとんどが置き換わった異形の人影。
死体が靄となって消えない……ダンジョンのモンスターとは異なる、SEOにおけるフィールドでの仕様。
『生態系』に組み込まれた存在の証。
お母さんが茫然と、氷に閉ざされた我が子を見つめている。
私の状況を察して、ルナリスと紗雪からの念話は途切れていた。劇場前の争乱に対処しながら、そっと見守ってくれる2人にただただ、心の中で感謝を告げる。
シャーリィさん達も向かい、あちらも間もなく収まりそう。だから。
「まずは、劇場へ向かいましょう。安全の確保が優先です」
氷の結晶に封印された女の子を堕天使ボディで抱え上げ、赤紫色に染まる帝都をまっすぐ、歩き出す。
私が、選んだ。この子を、この中でこの子だけを。ただ、終わらせるのではなく……。
劇場前の混乱は既に収まっていた。
負傷者はいるが、治癒魔術を含め対応がなされている。
数多の触手の束に体を置き換えられた死骸。
刀傷、弾痕も目立つ。
「ナオ……様、御無事で……なにより、です」
「お帰りなさい、ナオさん」
「ありがとう……」
すぐに私を出迎えてくれる2人の、気づかわし気な視線が心に痛い。けれど、精いっぱいの笑顔を見せて。
そっと後ろから堕天使ボディが運び込む大きな氷の結晶に、何事かと、なんとか難を逃れた人々の視線が注がれる。
遠目では、この子の状態は見えないと思うけれど。
「お、おい? あれって」
「だ、大丈夫よ、私達を護って戦ってくださっていた方々よ?」
「そ、そうだよな」
小声でそんなささやきが交わされ始める。
「ご苦労であった。原因の究明のため、凍結封印まで施したこと、大儀である」
そんなざわめきが広がる中、深紅の鎧をまとった皇帝陛下が、ことさらによく通る声で宣言しながら劇場の正門から歩み出る。その声に、目に見えて空気が安堵に弛緩する。
「後はこちらで引き取ります」
綾さんを伴い護衛として侍っていたシャーリィさんがすっと前に出る。私だけに見えるわずかな、目配せ。
皇帝陛下自らの気遣いは理解していると、そっと目礼だけを返し、氷の結晶を引き渡す。薄茶色の耳尻尾を緊張に小刻みに動かしながらもお母さんは氷に封じた女の子に寄り添い、劇場の中へと案内されていった。
「空への対処見事であった。配下の子ら共々の助力に感謝する。ゆっくりと休ませたいところだが、事態はさらに混迷を極めておる。さらなる助力を期待したい」
「はい、仰せのままに」
まずは光魔術での治療の手伝いだろうか? と、天使姿の方では内心考えながら、当然否などあろうはずもなく。ところどころ凍てついたままの両腕を地につけ跪き、応じる。
「うむ。では仔細はシャーリィ騎士団長と確認してくれ」
3人そろって皇帝陛下に付き従い、ちょうど引き渡しを終えたシャーリィさんが再び戻って来るのに案内され、中へ。華やかな舞台を演じたのがもう大分昔の事のように感じられてしまいます。
そんな私達の後ろから綾さんが。
「ルナリスさん、紗雪さん。お三方にとって難しいことかもしれません。ですが、ナオさんを。私のような武門に生まれた異端者と違う。覚悟というものとは本来無縁の現代人である彼女を、うまく導いてあげてくださいね。それができるのは、きっと貴女方だけです」
そんなアドバイスを送ってくださるのが聞こえてしまいました。
ゲーム。ゲームでは割り切れる。従来なら当たり前のように、間違いなくそうだったのです。モニターの向こうの存在がモンスターであろうと、悪党だろうと、あるいはイベントシナリオ上やむを得ない“人“であろうと。所詮はNPC、キャラクター。多少感情は動いても、HPバーを削る事にためらいはまず無い。
それこそ、MMOで形ばかり供されるお使いクエストでかかわった子供との別れをこうも惜しんだことなど、ほとんど覚えがない。
けれど、VRMMO、それも未成熟とはいえ“魂”を宿している。そう知ってしまった住民に対して割り切るなんて、私にはやはり……単に戦闘系プレイヤーに数えられるどころか、そのトップ層扱いされる私ですが。
向いていない……のでしょうか。
『そんなことはないと思いますよ、ナオさんが優しい、というのはあるかもしれませんけれど。誰しも、たとえ少しとはいえ、等身大の存在として関わった人を、そう簡単に割り切れませんよ。まして、なんとかできるかもしれない手段があるとなれば』
『逆も……しかり、です。優先順位……をつける事は……罪ではありません。まして、この異常の……中で、誰が責める事など、できましょう』
魂核を介し、流れ込んでくる優しい温もり。
覚悟、割り切り、本気……。
いざことに直面すれば、大切なルナリスの、紗雪の、事であれば我武者羅になれる。
それは間違いないのです。けれど、その過程。
今までも、甘さがどうしても抜けない、後から後悔するような選択を気ままにとってしまう。
結果的に最悪はこれまで回避できてきました。
けれど、もしその甘さが、私の抜けている部分が、致命的な事態を招いてしまったら……?
ログイン初期のアレイスター王国王城での浮ついた行動。
そんな暇は正直一切なかったとはいえ、耐性装備や、邪神対策を正しく全力で用意したかと問われれば否、と言うしかない甘さ。
今も結局、魔法の特訓は進められたもののことさらに『神翼種の先』を目指して何かしているか? と問われれば、これも否。毎日が楽しくて、2人と過ごせるのがうれしくて、ぬるま湯につかるような毎日。神代魔法を極める、という模索も、意識はしていてもしょせん流されるままに、場当たりにこなすだけ。
遊びだから、ゲームだから。という言い訳はすぐに浮かびます。
けれど……私にとってSEOは、この世界はもうそんな次元では……。
いえ、でも、ルナリスと紗雪が現実に至った今、それこそゲームとして楽しむそう決めたはずで……。現実の仕事のようにシャカリキになるのはもう違うような。それこそ昔、おぼろげな記憶の中のMMOでは仕事以上に仕事のようにのめり込み、身体を壊したこともあったような……うん、ああいうのはダメですね。2人が悲しみます。
そんな私の頭の中の相変わらずな堂々巡りなグルグルは、劇場の一角にある会議室の片隅に3人そろって4つ用意されていた座席に着席するまで収まらなかったのでした。
――「事態はますます切迫している」
いつの間にか臨時前線指揮所となっていた帝都歌劇場の一室。いまいち集中しきれない私でしたが、大切な事はきちんと拾っています。皇帝陛下が奥の上座で睥睨するなか、簡易軍議ともう言うべき議事が進行します。
この場にいるのは元々『帝都安寧を祈る儀』に関わってこちらに来ていた帝国騎士団、近衛騎士団、さらに補佐役の衛兵隊。それぞれの主要隊長格。
そして新たな顔ぶれとして、『軍』から魔導兵団の帝都残留部隊指揮官、ならびに、『帝都の守備部隊』を構成する一部である、帝都治安警備隊や魔導通信保安隊の隊長格。
彼らが長机を囲み、それぞれの背後には補佐役や副官といったところでしょうか、数名が起立している。
なぜこんな場所にと言うと。シャーリィさんの説明が続きます。
「第1波、そして先程の第2波の発生源として共通するのが、帝都中に無数に配置された魔導街灯。これから放射された何らかの魔力波。その赤紫色の光と共に、住民の異形化。”ミ=ゴ変異体“としての正体を露わにした暴動が活性化された。さらに第2波は貴族街等、上流階層の邸宅や店舗。さらには帝城までも含む、各種重要施設が発生源となった。異形化の深刻さ、脅威度は魔力波の発生源に近いものほど重篤だ」
魔力波自体が変身を引き起こす直接の原因だったのか、あるいは、事前に埋め込まれた何かに対する励起信号のような物であったのかは現状不明。
問題は、対象があまりに多岐にわたる事。宮廷魔術師、騎士団員、各帝都残留兵力。あるいは貴族、冒険者、一般住民等。その身分、職業、性別一切を問わずありとあらゆる住民が異形化し暴れだした。
今この瞬間も破壊と混乱は拡大しており、もはや収拾がつかない有様。そのせいで、既存の指揮系統に用意されていた拠点を使う事もままならず。皇帝陛下もおわし、懸念の排除が少なくとも一旦は完了していたここを臨時拠点にしたと。
「やむを得ない事とは言え、中央常備軍の多くを竜の背骨山脈への対応に派兵していた事が致命的な軍備不足を招いています。来訪者もそのほとんどが旅立ってしまっており、帝都に残っているのは戦闘に従事しない者達ばかり」
プレイヤー的には第1エリアと思っていたこの大陸のグランドクエストが終わり。新エリア解放という、特大イベントな状況でしたからね……始まりの街にはまだ聖国マリシア以外を目指す航路開拓で戦闘系プレイヤーも残っていますが、そちらはそちらで外洋遠征に出ていたり、竜の背骨山脈の対応クエストにすでに出てしまっている、と。少なくとも、ワープ移動が共通仕様としては存在しない現状、プレイヤー戦力を表立ってかき集める事もできません。セレスティア、私の宝石蝶テイムモンスターの能力を開示すれば、始まりの街周辺まで分身の展開を終えていますので不可能ではありませんが……。
今この瞬間も外では不可逆としか思えない変質を遂げた住民との争いが帝都中で発生している。
「現状、“ミ=ゴ変異体”と判明した暴徒の鎮圧を優先している。幸い、ワイバーンの大群はナオ殿、”悠久の楽園“の助力もあり、小康状態へと盛り返す事ができた」
私達に一斉に視線が集まります。私達は、お空ではしゃいでいただけなので……いえ、機動強襲兵団という軍内部で飛行部隊を擁する部隊が出払っているらしい中では、貴重な戦力だったというのは、まあ。
あぁ、だからそこ、『さすが、創世の聖十字大綬章の英雄』とか持ち上げるのはやめてぇ、軍功争いでぎすぎすする様子が全くなさそうなのはありがたいですが。
「まずは主要設備のミ=ゴ変異体鎮圧、そして結界発生用水路の防衛。この2つを優先せざるを得ない。そこで――」
議場を鋭く見渡しながら、シャーリィさんがおそらく役割を割り振りかけたところで、扉がバタン、と開かれます。
「何事か!」
機密、と言っていいのでしょう。皇帝陛下までおわす場への闖入に荒ぶるお歴々。
けれど、そんな視線などどこ吹く風。とばかりにてこてこと入ってきたのは。
――子供?




