193.8章 - 第8話 ” 帝都襲撃 #2/5”
星空を覆う雲のごとく押し寄せるワイバーンも6割ほどを殲滅。
最近上がりづらくなっていたレベルも珍しく134まで一気に3つも上昇と、プレイヤー的には内心ホクホクするべき大規模襲撃なのかもしれませんが。眼下の惨状にそんな浮ついた気分など起きようはずもなく。
被害規模の大きさと成果の少なさ故にか、帝都を遠巻きにする旋回軌道へと移行したワイバーンの群れをいったん後回しにし、下の様子を確認します。
主要な街道は制圧が完了しているものの、騒乱は帝都全域で発生している様子。冒険者や帝都に残っていたらしき主に非戦闘系プレイヤーの奮闘はありつつも、細かな破壊が至る場所で発生中。
「結界発生用の水路の防衛に手を取られているみたいですね」
「援護、しないとまずそうですね」
「はい……ワイバーンは、動きが……収まりましたので」
「アクロイト、手薄そうなところを中心に。ワイバーンの動きにも注意しつつお願いできますか?」
『承知いたしました』
イヤリングからすぐにお返事があるとともに、あらかじめ決められていたように、というか決めてあったのでしょう。12人規模の小隊に分かれてうちの子達が帝都中へと散らばっていきます。
「私達も――」
近衛を除く戦力を街へと回し、劇場正面で自ら先頭に立つ目立つ真紅の甲冑姿。
”ミ=ゴ変異体”と化していなかった招待客たちとは別に、劇場を簡易避難場所の一つとして開放したようで、一般住民もかなりの数見受けられます。潜在的な敵の識別に不安があるからでしょう、その2つの集団は明確に分けられているのですが、その警護と警戒を兼ねた相当の人手を割かざるを得なくなっています。
「これは、選別の手伝いに急いで回った方がよさそうですね」
「そう……、ですね。」
距離が遠すぎてルナリスの感知もここからでは届かず。深淵の封輪の孤絶封界は内側に閉じ込めるタイプの結界なので、帝都に張ったところで無意味と、微妙に今の状況にはかみ合わないこの、何とももどかしい感じ。
もし万が一あの大集団の中で敵が本性をさらけ出して暴れ始めれば、目も当てられない被害が発生します。
避難住民の識別なら先ほどと同じで役に立てると、3人連れ立ち、急ぎ劇場へ飛翔し始めたところで。
劇場へ向かう大通り。
そこを一生懸命走ってくる新たな住民の集団。
そのさらに後ろから追いすがる、背中に触手を揺らめかせる異形化した人々の集団。中には衛兵らしき制服姿まで。
防衛のために残っていたのか、何かをしていたのか。
脇道の奥、宿屋のような建物の前で戦闘をしていた……あれは、プレイヤー?
突然胸をかきむしり始めたと思ったら。
「い、いやぁぁあぁあああ!!!」
頭おかしくなりそうな絶叫と共に目を見開いたと思いきや、光を発し、悲鳴が一瞬途切れた後再び絶叫を始める。
その体からは緑の触手が首の後ろをの皮膚を裂き、うぞるうぞると伸びてくる。
おそらくログアウト警告を受け入れたのが、一瞬の動きの停止。今は中身がいなくなり、体だけが動くNPC扱いになったのでしょう。
現実より緩和されていたと今は知ってはいても、それでも現実と遜色ないと捉えうる感覚を与えてくるSEOですから。
警告と遮断措置が間に合っているはずですが、後遺症となるようなトラウマが残らないと良いのですが……。
逃げる住民の集団。
最後尾を走っていた、薄茶色のかわいらしい狐耳獣人の母子が、つまずいたのかモザイク模様の美しい街道にビタン!
倒れ込んでしまったではないですか。
手に手に異なる武器を持ち、迫る”ミ=ゴ変異体”達。
「ルナリスと紗雪は先に劇場へ、識別を開始しておいてください!」
「承知……しました」
「早く来てくださいね!」
私の孤絶封界の発動は紗雪が透明マップにマークしておいてくれれば一瞬ですから。時間のかかる識別作業を先に。
って、よく見たらあの子、皇帝広場で出会った狐獣人の子じゃないですか。
堕天使ボディーを置き去りにまずは天使ボディを瞬間加速。迫りくる”ミ=ゴ変異体”を前に双短剣を振るう。
使い込まれた傷痕の残る長剣を振りかざす老人の手から武器をはね飛ばし、手斧で襲ってくる巨漢の若者に精神への攻撃に切り替えた接触発動の炎を叩き込み。横合いから伸びてきた、くたびれたエプロンの女性の触手はすっぱり切断。
もう助からない。中身は別物。そうと分かっていても、どうしても最後の踏ん切りがつかない……手加減を意識してしまう。
そうこうしている間に堕天使ボディも到着。同時に、数えてみれば26人の“ミ=ゴ変異体”と化した住民達に囲まれてしまっている。それぞれが元の人としての形を維持しながらも、背中や首筋後部から、緑のうねる触手を伸ばしている何とも不気味な姿。
転んだ狐獣人親子も下手に身動きが取れず、後ろで抱き合ってへたり込んでいる。
「おねぇちゃん?」
私が、あの時の一緒に遊んだ人だとはすぐに気が付いていたらしい女の子が、恐る恐る声をかけてくれる。
「大丈夫だからね。少し待ってね」
覚悟を決める……この人たちはもう、中身は別物。
覚悟を決める……そうだ、まずはここを封鎖してしまえばいい、相手ごと私を閉じ込めて、この親子だけ外に!
そうと決まれば早い。
皆から流れ込む共有された魔力のお陰で堕天使の魔力も満タン。
毎度ルナリスと口づけする言い訳がなくなったのはさみしいなぁ、なんて暢気なことに思いをはせながら。
「――”☆7 深淵の封輪”。捕らえよ、”孤絶封界”!」
銀のアームレットから再び広がる隔離領域。今度はこの大通りを半球型に覆うだけの、狭めた領域。
さらに。
「属性:闇、属性:氷――阻害、視界を奪い、その足を留める」
ハルバードの柄頭を地面に叩きつけ、円形に2種類の阻害効果を展開。様子見に徹している相手をそのまま釘付けにする。
「さぁ、行くよ!」
「うん!」「あ、ありがとうございます」
堕天使ボディで睨みをきかせ、散発的に伸ばされる緑の触手をハルバードでぶった切る。
ついでに冷炎の効果が、触手をたどって本体の付け根。おそらく背骨辺りまで灰白色の炎を伝搬させ、凍てつかせる。
薄く虹色に輝く結界の境目はすぐ目の前。劇場までは短い直線。間に敵影も無し。
手をつないで、薄茶色の髪と耳を靡かせ。ふさふさ尻尾をもふもふ揺らし、駆けてくる。
もう少し、もう少し。
天使の身体が、結界を抜けた。
輝く6翼を広げ、親子が来る一瞬後を待つ。
もふもふ尻尾が、ふっさふっさ、揺れて可愛い。
ルナリスじゃないけれど、後でぎゅーってしたいな。
お母さんが抜ける。
「いたぁい!」
「いたっ」
……ぇ?
結ばれていた母娘の手が離れる。
薄茶色の可愛い狐耳が。くりんっとした栗色のお目目が。
ぽすん。やわらかな薄茶の毛の塊、狐尻尾のお尻が、モザイク模様の道にぽてりと、転がる。
虹色の輝きに阻まれて、女の子が、尻餅をついた。
お母さんの手が、引き離された。
「「「がぁぁ!」」」
堕天使ボディと向き合っていた“ミ=ゴ変異体”達に異変が起きる。
背中から伸びていただけの触手が体中から爆発的に増殖する。もはや原型を半ば留めていない、人型の触手の塊へと変貌する。その過程は細い菌糸が爆発的に増殖し、縒り合されて触手を形作るというもの。氷で縫い付けられていた脚そのものを引きちぎり、損傷跡を菌糸と触手で埋め、その筋力の塊で突っ込んでくる彼らをハルバードの斧部側面で叩き返す。
「あれぇ、おねぇちゃん、通れないよ~」
女の子がペタペタと、結界をちっちゃなお手手で触る。お母さんが、名前を、多分名前を呼んでる。
結界をすり抜けて中に戻り、女の子を抱き上げて。ダメ通れない。
「むぎゅぅ、いたいよ~」
押しつぶされるようにして、結界に阻まれた女の子が。抱き上げたお母さんとの板挟みで痛がってる。
狐耳がへにゃってなって。痛々しい。
お母さんがしきりに何か言ってる。
何度も結界を出入りして、元気づけるように腕をとり。女の子に、名前で呼びかけてる。
耳が遠くなったのかな、聞き取れない。
音が、遠くなって。
『ナオさん! できれば急いでください、暴れ始めました』
『ナオ……様……2割ほど、が……ミ=ゴ変異体、でした』
念話で2人からの声が。
痛い。2つの身体を操る私の意識そのものが、茫然と、自失してしまっていた。
堕天使ボディが触手で貫かれた。左腕、右肘、ハルバードを握る腕を的確に狙って緑の触手が伸ばされる。
あぁ、もう。堕天使ボディは損傷の回復が24時間できないんだから、やめてよ、もう。
何故かそんな暢気な思考だけがつらつらと脳内を埋める。
「何をしている! ナオ殿!」
銀色の閃光が翻り、堕天使の身体が自由になる。傷はふさがらない。身体そのものが治療不能の代償は相変わらず有効。代わりに攻撃力が大幅にブーストされてる。
「貴女らしくありませんよ? この程度の相手に」
26体いた“ミ=ゴ変異体”達があっという間に切り刻まれる。
黒地に赤い彼岸花のあしらわれた、腰に打刀を佩いた着物ドレス姿の和風美人、綾さんが長刀を振るい。
黒赤のドレスアーマーに金髪をなびかせる騎士団長シャーリィさんが、剣を打ち下ろし。
見事な連携で、躊躇なく変異体の息の根を止めていく。
脳髄を割断し、四肢をバラバラに。
「ん……この子もか」
結界に阻まれているのを見て、シャーリィさんがロングソードを掲げる。
だめ
だめだめだめ!!!
出会いはほんのひと時。
皇帝広場でのひと時、楽しかったなぁ。
紗雪に集まるマナコリス、ルナリスが独特の感触を楽しんだ半霊体のもふもふわんこたち。
ああ、あの子達も今頃、もしかして変異体になっているのだろうか……。
一緒に遊んだのは30分もあったかどうか。
でも、この子は。名前も聞き取れてないこの狐っ子はぁ。
振り下ろされる、かつて剣戟を交わした時よりも早い一閃。
けれど、今の私には対処は十分に可能。いや、そもそもそんな警戒すらしていないだろうけれど。
差し挟む2振りの短剣。“☆9 神炎翔舞“が確実に一撃を受け止める。
纏っていた炎は……よかった、咄嗟に消せていた。
「ナオ殿?」
「あ、ちが……でも、この子は」
「陛下が、劇場の民が危険だ、遊んでいる暇はないぞ? 鍛錬なら全て終わってからにしてくれ」
わかってる。念話越しにも、ルナリスと紗雪が何とか抑えに回ってくれているのは聞こえてる。
共有される思考で状況も見えてる。
「全てを救う事は無理です、ここはもはや戦場。優しさは、あなた自身を傷つけますよ?」
状況から悟ったようで、綾さんがそっと、穏やかに諭す。
その言葉に、シャーリィさんの顔にも理解の色が浮かぶ。
その時だった。立ち並ぶ無数の魔導街灯から再び赤紫の輝きがあふれ出す。しかも今度はすぐに消えない。どころか、おどろおどろしい気配を醸し出し、ほんのりと温かさを夜闇にもたらしていた輝きを乗っ取り、不気味な赤紫の世界を、帝都にもたらし始めてしまった。
きゃぁぁぁ……!
劇場の方で大きな悲鳴が上がる。
目の前で女の子が苦しみだす。
その首筋に何かが浮かび上がり始める。
「――!」
ギン、ギ、ギン!!
鋭い剣戟の応酬。
2振りの短剣が、神速の連撃を、薙刀の振り下ろしを、逸らす。
全く意識していなかった動き。完全に条件反射で体が勝手に動いていた。
「何をしているか!」
「これ以上はこの子のためにも!」
シャーリィさんと綾さんの叱責。でも、でもぉ!
「いぁ……いぁ……アフーム=ザー。哀れなる者に、今ひと時の安らぎを。ただ、ただ、凍れる悠久を!」
自然と祝詞が零れ落ちた。両腕の握力が弱まり、かの邪神の、神性を宿した“☆9 冷炎斧槍“をそっと支える堕天使の。神翼種の身が。身勝手な願いを発する。
一気に流れ出す魔力。
向かい合う天使とは逆、背後の異常にシャーリィさんが身構える。
こんなことに巻き込むな、そう叱るように、黒髪金眼の乙女の傷ついた腕をも灰白色の冷炎がピシリと凍らせる。
あるいはそれは血を流し続ける傷口を埋めるためであったのか。
この邪神は本当に、分からない。
けれど。願いは確実に聞き届けていただけた。
薄茶色のかわいらしい狐耳の女の子が、灰白色の炎に包まれる。
凍れる炎がその身を包み込む。
剣戟の応酬を目の前にしても、女の子を離さなかったお母さんが、いきなりの炎の姿にさすがに一瞬、手を離してしまう。
ピシッ!
ほんの一瞬。そしてそこには限りなく清らかで、透明な。赤紫色に染まる帝都の光を反射する氷の結晶にすっぽりと閉ざされた狐耳の、名も知らない女の子を封じた氷の彫像が、出来上がっていた。
その首の後ろ。延髄からは、わずかに緑色のナニカが頭を出していた。




