190.8章 - 第5話 ”帝都安寧を祈る儀 #1/2”
シャンデリアの光が、幾千もの宝石のように降り注ぐ。
帝都観光で雄大な演奏に酔いしれた『帝都歌劇場』の観客席は今宵、着飾った貴族、武官達、そしてその家族で埋められ、熱気と、どこか浮ついた興奮に包まれていました。
『帝都安寧を祈る儀』
この催しは、竜の背骨山脈や帝都近郊のダンジョン氾濫による不安。さらに加えて、先日の『黄金の間』での襲撃事件の動揺。それらを払拭するためと銘打ち、皇帝陛下主催で開催されている。
けれど、その煌びやかな舞台の裏には、冷徹な刃が隠されている。
舞台袖からそっと視線を上げれば、ホールを見下ろす位置、正面最上階の中央に切り取られた特別な観覧席――以前、私たちが歌劇場で案内された最も格式高い席に、そのお姿はありました。
真紅の鎧をまとった皇帝陛下。その斜め後方で専属侍女としての務めを果たす、本物のソフィア伯爵令嬢。
私達もまだ知らない、リリエラ=ソフィア令嬢の姿に変化していない、皇帝陛下の真の姿があの鎧の中には隠されているのでしょうか。
オーケストラの演奏に乗せる、私達の舞い。
今も遠く、帝国を南北に横切る竜の背骨山脈のすそ野で、人の生息域内で最も脅威の高いモンスター達を食い止める軍人達へも届けと願いを込め。優雅に広がる袖をなびかせ、帝国の古典音楽の旋律に乗せ、時にしめやかに、時に激しく、舞い踊る。
今日の公演の様子は魔導映写機でしっかりと記録されており、後日編集され、帝国の各地の劇場で上演されるそう。プレイヤー向けは動画や配信で慣れていても、よもや住人世界へ拡散される……それも、国主導で……。
まさかそこまでの大事が仕掛けられているとは。今日、この直前、『星の家』を出るまで私達には知らされていませんでした。皇帝陛下、実は結構いたずら好きですよね? 平然としていたルナリスとは対照的に、思わず動揺した私はしっかり、紗雪にからかわれました。
壮大なオーケストラの演奏、創世聖教聖歌隊との聖歌合唱。
ありがたくも私達がメイン出演者の一角に据えられているとはいえ、さすがにこの練習期間でイベント中フル出演とはいきませんので。出たり入ったり。
そうするうちに、緊張しつつもなんのかの楽しくなっていた大イベントもいよいよフィナーレ。
指揮棒が振り下ろされ、オーケストラが奏でる『愛に狂った高貴なる歌姫』のイントロが、静寂を切り裂きます。
紗雪の変幻自在の歌声が、会場の空気を掌握し。
ルナリスの透き通る美声が、聞く者の心を惹きつける。
そして私の二つの身体が、完璧に調和した高低の和音を奏でながら、その旋律に重なる。
異なる世界、現実の流行も取り入れた曲の構成と、美しい美少女達の歌に合わせた踊りに、観衆の陶酔と熱狂は高まるばかり。
『これで……感知できる範囲では……全て、です』
『完璧に記録、マーキングできましたよ』
ルナリスが感知した数は会場の3割にも達する、膨大な数。さすがに私では全てを覚えきることは不可能。
そこで、紗雪が現実の莫大な演算、記憶領域をフル活用し、逐次私に対象を魂核経由で指示、サポート。
当初退場のために動き出すタイミングに合わせて展開する予定だった”孤絶封界”も、対象規定が甘くなることを危惧し、このフィナーレの曲中に展開するように予定変更。
万が一展開を察知された場合に備えるため、今そっと、シャーリィ騎士団長が問題無しと判別済みの団員を連れて、会場内に展開していっているのをステージ上から確認。
『重ねます、驚かないでくださいね』
パーティーメンバーのみに可視化したシステムウィンドウに、正確に座席の位置をマークしたメモ画像が堕天使ボディの視界に重ねられ(オーバーレイされ)ます。そのマークの人物達。
法務省の高官。
軍務卿の右腕とされる貴族の家族全員。
近衛と騎士団も実に1割以上……。
種々様々、憑依か、なり替わりか、はたまた洗脳か……3つ目の侵略形態”ミ=ゴ変異体“の実態がなんなのかわかりませんが、意図の有無も判然としない。それでも要職にある者含め、帝城に出入りできる中でも主だった者達だけでこんなにも。
想像以上に、根は深く、広い。
2人と一緒に見た現実のアニメのように、この歌が、ミ=ゴの影響を排除できる浄化の歌ででもあったならどれだけ良かったか。
曲がクライマックスに差し掛かるその瞬間。
ルナリスが舞いの中で、客席まで巻き込む幻影魔術を用いた、桜吹雪を舞わせる。
はらりはらりと、薄桃色の花びら舞い散る中。
「――”☆7 深淵の封輪”……捕らえよ、”孤絶封界”」
銀のアームレットから広がる隔離領域。その境界が客席の全てを包み込む。
思えばこれも魔法、あるいは神代魔法の領域規定の段階と非常に似ていますね。むしろ原理的には同じ?
とりあえず相手方の動きは無し。これで、仕込みは完了。
今はただ、しっかりと舞台を盛り上げるだけ。
――演奏が終わり、割れんばかりの拍手が響き。熱狂の余韻も冷めやらぬ中、特別貴賓席の最前列に真紅の甲冑を纏った皇帝陛下が開幕の時と同じく、静かに立ち上がられました。その威容に、波が引くように会場が静まり返ります。広間全体に響き渡る、魔導具によって増幅された、深みのある威厳に満ちた声。
「見事である。帝国が誇る芸術の極致たる楽団の織り成す荘重なる調べ、帝都の伝統を思わせる馥郁たる音色の重なり。また、異なる世界の来訪者、神翼をいただく者達との共演。まさに我が帝国の繁栄を象徴するに相応しい、素晴らしい演目であった」
陛下の称賛に、再び会場が万雷の拍手に包まれます。鷹揚に頷かれると、広間に集う貴族や武官たちを見渡しました。
「だが、今宵の宴はこれにて終わりではない。余興はまだ続く。これより先は、帝城の庭園にて、宮廷魔導師団による『幻光の儀』を執り行う。帝都の夜空を彩る光の華を、共に楽しもうではないか」
『幻光の儀』。大規模な幻想魔術による花火のようなショーだそうです。今回の目的に合わせ、この場を離れさせる、一斉の移動を確実に成すために用意された2つ目の会場。陛下の言葉を合図に、会場の左右に設けられた巨大な扉が、劇場の職員ではなく、帝国騎士団員の手によって重々しく開け放たれました。
「さあ、皆の者、移動を。後ほど再びまみえよう」
踵を返し、退席した……と、見せかけて、私達も一度楽しんだ専用ラウンジで待機されていることを私達は知っていますが……皇帝陛下の号令に促され、人々が動き始めました。
我先にと出口へ殺到するような無作法な者はもちろんいません。
皆、口々に演奏の感想を語り合い、あるいは陛下の慈悲を讃えながら優雅に、しかし高揚した足取りで、開かれた扉へと向かっていきます。




