189.8章 - 第4話 ”歌姫たちの夜想曲”
「こら、背筋が曲がっていましてよ! そこ、指先の伸びやかさも、転調での返しも足りませんわ! 愛を求め狂おしく。届かぬ御方へと、死に物狂いで。それでも触れえぬ温もりに、世界をも跪かせる気概を込めて躍動する!」
パンッ。と、小気味よい扇子の音が高い天井のレッスンルームに響き渡ります。
場所は帝城の一角、舞踏室の一つで、私達3人。すべての翼を展開し、優雅に、そして必死に、空中機動も織り交ぜ舞い踊っていました。
「天使様! 白き慈愛の翼はもっと大きく、包み込むように! ええ、そう。愛おしい方を鳥籠に閉じ込め、決して離さない。重く、執着する愛を表現して!」
「はいっ!」
くるくると回転を織り交ぜながら、私の腕をすり抜けようとするルナリス。遠心力で花のように開くドレスの裾ごと抱きしめ手折るように空を舞う私が追いかけ、捕らえる。
「堕天使様! 煮え滾るような情熱が足りなくてよ! 奪い尽くすような、燃える視線を、もっと! そう、獲物を前に視線を弱めるような愛の狩人がありますか!」
「こ、こうですか!?」
紗雪と私、2人のステップが、つま先をわずか数ミリの差で掠めていく。翻るスカートの裾が2人で一つの華を咲かせる。
私達を指導してくれているのは、リリエラさんが手配してくれた、宮廷芸術監督も務めるマダム・セシリア。ふくよかで恰幅の良い、しかし立ち居振る舞いの全てが洗練された老婦人。
かつては帝国歌劇場を揺るがした伝説のソプラノ歌手だったという彼女の指導は、的確にして情熱的。
「ルナリス様、貴女の舞は完璧ですわ。ですが……もっと『欲』をお出しなさいまし。貴女を射止め、貴女が射止めた最愛の御方を誰にも渡さないという、毒をも孕んだ執着を、姫たるご自身の傲慢なまでの華を、隠さず! ぶちまけなさい」
「あ、う……は、はい……!? わたくしの……全て、で!」
「紗雪様! 計算された美しさは素晴らしいです。が、あまりに遊びが足りませんわ。旋律に乗るのではなく、旋律を蹴り倒すほどに、もっと乱れて、振り回して! わがままに! 小さく小さく、小綺麗に、まとまろうとしすぎですわよ」
「振り回す……わがままに……。りょうかーいですっ♪」
汗ばむ肌。レッスン用の薄手のドレスが、身体のラインに張り付きます。
ここ数日、私たちは詳細不明の第3の要因”ミ=ゴ変異体”を選別し、排除する作戦。『帝都安寧を祈る儀』に向け、缶詰め状態で特訓を重ねていました。
「休憩! 10分後に再開しますわよ! 天使様は20分休憩ですわ……」
マダムの号令と共に、糸が切れたように床へ座り込む私達。といっても、だらしなく大の字に寝転がるようなことはもちろんありません。互いに互いを支え合うように、自然とひと固まりの団子状態に。
「ふぅ……マダム、厳しいですね」
と、つぶやく堕天使ボディの私。
「でも、乗せられると……不思議と、身体が動き、ます」
「ええ。的確すぎるのか、そもそもダンスのお話しなのか、なんだか違うことを指摘されている気がして困惑しますが……ねえ、ナオさん?」
「う、うぇ?」
天使の身体はルナリスに抱きしめられ、胸の中に。堕天使の身体の腕の中には紗雪が。当然のように収まっています。
天使の私がおかしい? ええ、ええ。いつもと逆で、ルナリスに抱きしめられて、青息吐息。今にも倒れそうですよ。
飛翔を織り交ぜるパートは割と問題ないのですが。よもや、飛行ではない。脚腰を使った地に足をつけた全身運動となるダンスでこそ、生命力(HP)成長値3という虚弱体質が足を引っ張るとは。思いもしませんでしたよ。
確かに私の戦闘は比較的短期決戦が多かった上に、速度任せ、魔力飛行任せの機動ばかり。全身運動を本当の意味ではしていなかったですが。
「成人男性程度の体力は辛うじてありますわね……研究一筋の学者様程度の」
なんてマダムに驚き呆れられる程に、素の体力がありませんでした……。
しかし、誰一人とっても、運動直後の上気した頬。少し乱れた髪。肩で息をするたびに上下する、汗ばんだ胸元。
……眼福です。
正直、レッスン中も鏡に映る自分達を見て「なんて美しい。絶景かな」と自画自賛してしまうほどでしたが、こうして密着していると視覚だけでなく、熱気と甘い香りがダイレクトに脳を揺さぶります。これもまたSEOの中だからかもしれませんが、汗のべたつきの不快感とかが、現実よりも軽減されているのか。あるいは私達がそういう体質なのか、さらさら感の方が勝るというか、こう。
徹底したプロの監修の下での身体の酷使に、戦闘とも夜の運動とも違う。心地よくも限界を超える一歩手前の疲弊を実感します。
「ナオ……様? お顔が……赤い、です?」
心配そうに覗き込んでくるルナリス。私達の中では一番小ぶりながら、感度抜群のお胸がそっと離れ。女神様と見紛う整った顔が至近に。長い銀の睫毛の一本一本まで数えられそうな、甘い吐息がかかる距離。
「い、いえ、体……力……の、限界。過ぎて……ルナリス、も……汗をかいていますよ」
青息吐息、かろうじて薄赤色の瞳を疲労に揺らしながら、とぎれとぎれに返す天使の私。
それでもなんとか、震える手を持ち上げ、彼女の額に浮いた汗を拭います。
「ん……ありがとう、ござい……ます。ナオ……様の手、熱を帯びているのに、ひんやりと……感じられて、気持ちいい、です」
猫のように目を細め、私の掌に頬を擦り付ける彼女。
無防備なその仕草に、胸とお腹の奥がきゅんとなります。
「ず~る~い~です~。ナオさん、私にも、私にも~」
紗雪がむにゅっと、柔らかい感触を堕天使の私に押し付けてきます。
「はいはい、紗雪も頑張っていますね」
自分の黒髪をそっとはらって、彼女の灰銀色の髪を手櫛で梳き。うなじの汗をそっとさらうように撫でる。
「ひゃぅ……そ、そこは……んぅ……」
「あらあら、敏感ですね?」
「だ、だってぇ……ナオさんの指、こんな時にも優しすぎるんですもん……」
とろんとした目で見上げられ、思わずドキリ。
作戦の準備、帝国の危機、得体の知れない敵。
直近だけでも、考える事は山積みですが、今この瞬間だけはただただ、恋人同士の時間を満喫しましょう。
3人4身で絡み合い、互いの体温と匂いを確かめ合うこの時間が、何よりの活力補充です。
「あらあら、まあまあ。いつもながら、お熱いことですわねぇ」
扇子で口元を隠し、マダム・セシリアがニマニマと笑っています。
「若さですわね。ええ、素晴らしい。その心から自然に生まれる『熱』こそが、観衆を酔わせ、狂わせるのです。……さて、次は歌唱レッスンですわよ。紗雪様が提案された、『異界のしらべ』に合わせます。ご用意を。天使様はまだ息が整いませんので、ナオ様は両のお身体とも後からご参加で。まずは独唱パートから」
「はい! マダム。編曲ありがとうございます」
紗雪がパッと立ち上がり……私の腕の中から抜け出したのが少し寂しいですが……空中に楽譜と歌詞を投影します。
SEOのUIの中にメモ機能があって、可視モードにしたステータスウィンドウと同じく、個別設定で投影ができるのです。地図に書き込みとかして投影もできるんですよ。ええ、知らないのなんて私くらいでは? なんて、紗雪にからかわれましたけれどね! この前発表されたB001サーバーと違い、現実の物品持ち込みにはSEO側、ゲームサーバーはかなり制限があります。デジタルデータはまだしも、デウスの課金アイテムショップ以外の、楽譜や楽器そのものを逆マテリアライズというか……物理的に持ち込む、という表現が正しいかあれですが……はまだ許可されていません。
本番ではあの芸術的な演奏を聴かせていただいたオーケストラの皆様が演奏をしてくださいますが、練習の場は紗雪が電子的に現実サイドで音源に起こしてくれたデータを使います。……よく考えるまでもなくこの短い間に、楽団の皆様も練習もしてくださっているのですよね。頭が下がる思いです。
今回、私たちが披露するのは、帝国の伝統的な歌や舞踏。それに創世聖教の聖歌だけではありません。
紗雪が現実世界から持ち込んだ知識。私達の好みも反映して選んだいくつかの原曲。それを、マダム・セシリアが帝国の様式美に合わせて編曲したハイブリッドな楽曲。
テーマは、『愛に狂った高貴なる歌姫』。
SEOはやはり内部で独自に世界を構築したとしか思えず、音楽のスタイルも微妙に現実とは異なる趣があります。
2つの世界の雰囲気が融合した、慣れ親しんだ感覚と異国の空気感が合わさった、まさに私達に相応しい素敵な一曲。
「では、参りますわよ」
マダムが指揮棒を振るう。
静かなイントロから、最初に声を上げるのは、紗雪。
透き通るような、しかし芯のある高音が、ガラス細工のように繊細なメロディを紡ぐ。
さらには元ナビAIの高機能をフル活用した、常識はずれの音域で、低音まで一人で広くカバー。
「――♪」
現実のポップスに近いリズムですが、溢れんばかりの演算リソースをフル回転させてあっという間に習得した現実の歌唱技術の知識に、マダムの指導も合わさり、神聖な祈りのように響く七色の歌声。
続いて、ルナリス。
鈴を転がすような美声に、月魔術の幻惑的な響きが乗る。まさにSEOの世界ならではの神秘的な謳い。
主旋律を追いかけ、絡み合い、厚みを持たせる。
普段から聞きなれた彼女の歌声が純粋に、聞く者を音楽で魅了する、そのために織り上げられていく。
しばらく2人の練習風景に酔いしれ。やっと息の整った天使の身体と共に私も練習に合流。
もう一度頭から……。
天使の身体で、ソプラノのパートを。光を纏うような、突き抜ける高音。
堕天使の身体で、メゾソプラノのパートを。深みのある、艶やかな中音域。
一人で二役。1つの思考で統合された、完璧な二重和音を奏でながら、二人の声と合流する。
四つの声が重なり、共鳴する。
それは単なる和音ではなく、魂の共振。魂核をも震わせ、互いの感覚が溶け合うのを感じます。
ルナリスが喉を震わせる感覚が、私の喉に伝わる。紗雪が息を吸うタイミングが、私の肺とシンクロする。
「素晴らしい……!」
マダムが、指揮棒を振るいながら感嘆の声を漏らします。
「技術だけではありませんわ。心が……魂が、愛し合っていますのね! これぞ芸術! これぞ絆! ああ、なんて甘美で、尊いのでしょう!」
盛り上がってきたマダムのテンションに煽られ、私たちも熱を帯びていきます。クライマックス。四つの身体が中央に集まり、互いに背中を預け。あるいは、抱き合うように。入れ替わり、立ち替わり、歌いあげる。
――。
残響が消えた後も、しばらく誰も動けませんでした。
互いの心臓の音が、直接響いてくるような一体感。
「ひゅぅ……ひゅぅ……」 「はふぅ……」
「すご……かった、です……」
「気持ちいい……ですね、これ」
上気した顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれます。
「完璧ですわ! ……お恥ずかしながら。正直、最初は容姿こそまさに天上の異才。されどルナリス様を除けば、『冒険者の余興』程度に考えておりました。お詫び申し上げますわ」
マダムが満足げに頷き、侍女がハーブティーを運んできます。
当初まずは歌唱スキルを買って、入れ替えてから。なんて考えていたのですが、マダムが速攻で却下。付け焼刃のスキル頼みほど醜いものはない……と。スキルは努力の後から習得するもの。巧拙は確かにあろうとも、私達に今求められるのは生の想いをさらけ出す事。滾々と説得されまして。
休憩時間。
マダム・セシリアは、優雅にカップを口元に運び、優しい香りのハーブティーをたしなみながら、悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「ところで。歌っている時の皆様の視線……熱烈すぎましてよ? 観客に向けるべき愛を、互いのみに注ぎ合ってどうしますの」
「え、そ、そうでしたか?」
「ええ。特にナオ様。貴女、歌の振り付けに無い、天使のお姿でルナリス様の背を引き寄せ。堕天使のお身体で紗雪様の腰に手を回していらっしゃいましたわね? ……ふふふ、若いって素晴らしいですわ」
「うぅ……」 「正直、無自覚でした」
「ナオ……様の、愛……しっかり、届いておりました……よ?」
「私もです。歌いながら、蕩けちゃいそうでした」
両隣から、甘い視線と体温が。ああ、もう。ここが帝城の中でなければ、あるいは、そうであってもマダムの目さえなければ……。二人を押し倒してしまいたい衝動に駆られます。
「ですが、ええ、そうですわね。その『貴女方の中に閉じた世界』の愛こそが、魅力なのかもしれませんわね。誰も入り込めない、三人だけの聖域。……それを見せつけられる観衆はきっと、羨望と嫉妬に狂いそうになるでしょうけれど」
マダムの言葉に、私たちは顔を見合わせました。
「さあ、ラストもう一本! 次は本番の衣装を着て、通しますわよ!」
「「「「はい!」」」」
祭典の日まで、あとわずか。
私達は、華やかに、艶やかに。咲き誇る準備を整えていくのでした。
――その日の夜。
ちょっといい加減我慢ができなくなった私達。いえ、夜寝るためにたまに現実には戻っていたのですが、作戦まで時間も限られるので、時間経過速度の速い現実の生活は結局最小限。夕飯と寝るだけで、大半をSEOの中で結局過ごしてしまいまして。
軽い触れ合いはありつつも、こう……わかるでしょう?
迎賓館『星の家』を、一言断って今夜だけは抜け出しての”悠久の楽園”宝石城のプライベートルーム。
何かあれば、アクロイトがイヤリング越しに通信をして来てくれるという安心感。
4人でベッドの上、ドキドキしながら囲んだ黒い美麗なケース”☆6 愛縛の星読みタロット”。
「じゃあ、じゃあ。まず私の!」
すっと紗雪が引き抜いた1枚のカード。そこに描かれた意匠は……ぼんっと、煙が出るほど一瞬で真っ赤になった紗雪。
さっと隠したカードの表を目ざとく見逃さなかった天使の私。
「『束縛』……じゃない、え……き、『緊縛』!?」
「な、ナオさん!? み、みちゃやあぁぁ」
この遊び、いえ、睦み合いで、カードの示す運命は絶対。
ええ。図案に描かれていた通りの。目隠しに、お口……あんよに~。あら、手は後ろ手に?
え、ルナリス。貴女なんてものを引くの。
でも仕方がないですよね、カードが示すものは絶対。じゃあハイ、白い羽根をそっと1枚引き抜いて。
うん。『甘い加虐』。無限通りのランダム生成らしいですけれど。作った人の顔が見てみたい……あ、見ていたわ。あの美魔女さんだわ。
あとついでにこのカード。出たカードの意味する効果が微妙に心というか、精神に影響しますね?
逃れられない甘い魔力が身体を縛る感覚が走ったり。
カードの絵柄が光って、その通りのポーズを取らせようとする強制力が働いたり。
今はお遊びのために使ったので、紗雪が込めた魔力はわずかなもの。それなので、軽いバフデバフといった程度です。
が、もしもっと膨大な魔力を込めれば、効果も増強されそうです。とはいえランダム性もあるので、果たして実戦で使うとなると、どうか。状況や相手を読み取る、という事ではあるようなので、ある程度使い手のためになる効果を発揮するのだとは思いますが。
そんな検証も兼ねるという名目でだんだんこの、新しい夜のスパイスもついついエスカレート。
かくて、激しくも、愛に満ちた夜が。
ちょっといろいろ我慢の限界まで溜まっていた私達が、思いっきり発散し終えるまで。
長い長い夜が。更けていくのでした。




