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19.第19話 ” ダンジョン:彷徨いの樹海 #2/4”

【個人アナウンス:彷徨いの樹海 “☆4 小領域の主-森大蜘蛛” と遭遇しました】


 簡易鑑定で見えるレベルは30。

 この4日と少しの進軍で、私が18、ルナリスが11まで、上昇していますが、差はかなり大きめ。

 格上と意識し、油断せずに挑みましょう。


 というわけでまずは開幕、顕現体/裏へ転身。堕天使モードでデバフを積み込みますよ。

 闇が零れ落ちるヘイローを頭上に掲げ、切れ長の目でじっと標的を見据えます。


 もはやいつもの事ですが、ルナリスの魂の香りに誘われ、初動のヘイトは彼女に。

 張り巡らされた蜘蛛の巣に阻まれ、地上を進む彼女ではボスを直接射程に収めることは難しい。

 巣の外延部に寄せては返し、吐き出される糸を避けながら左側面に回り、幻影をもたらす月魔術の歌を奏でながら、回り込む。


 “闇魔術-減退” 続けて “氷魔術-減速” デバフに特化すべく重ねてある魔術特性を、MP含め上限いっぱいまで積み込み。ボスといえども、しっかり効果が発揮されます。

 全体的な身体能力を低下させる減退に、低温と局所的な氷結効果で速度を落とす減速。

 さらに、

 ”闇魔術-脆弱化” 外殻のちょうどよい目印とばかりに模様に沿って耐久度を下げ。


 よし!


 顕現体/表へ転身。天使モードのAGIフル回転で空中を突貫。

 地上、足元は完全無視。空中に張られた蜘蛛の巣や糸の残滓を微細な速度の調整と、体の回転でかすめるように回避。

 ルナリスに夢中な大蜘蛛の斜め後方から、脆弱化した外殻に、双短剣-鳳凰翔舞を叩きこみ、同時に融炎起爆!

 吹き出す溶岩のように外殻が溶け崩れるのを横目に、反転上昇、高速下降へ転じる中で、再度、


 顕現体/裏-転身、堕天使モード


 天使モードのAGIの速力の慣性そのままに、振り上げたハルバードの鎌部を、天使の姿で焼き消し溶かし、えぐった傷跡に、二重性の転換でAGIと反転した膨大なSTRの全てをもって叩き込む。

 深々とえぐり差し込まれる、重量武器たるハルバードの鎌。

 体内からの激痛に、ルナリスからヘイトを切り替えこちらに反転しようとしていたその勢いが、むしろ傷口を深く複雑にえぐられるのを助長する。


 さらにたたきつける、純粋な暴力の嵐。ハルバードの返す刃に遠心力を乗せ、舞うように斧部をたたきつける、たたきつける、止まらない。

 砕け割れる、一部が魔術で脆弱化された、外殻。

 ひび割れが無数に生まれた今、大蜘蛛の背を巨人な脚力で蹴りつける反動も味方に、さらに重ねる、顕現体/表-転身、天使モード。

 堕天使モードの慮外の力でくりだした蹴りの反動を、天使の高速な飛翔速度に上乗せし、コマのように体を横回転。


 広げた双短剣-鳳凰翔舞が、走る無数のひび割れを目標に、災厄の炎をねじりこむ。

 純白の天使の飛翔の跡には、もはや無残にえぐり散らされた大蜘蛛の残骸が横たわるばかり。


 Slv2に上がったとはいえど、日に8回の二重性-転換によるモードチェンジを贅沢に4回重ねただけはあり、格上ボスをほぼ瞬殺に処したのでした。


「ルナリスが惹きつけて、視界から私を外してくれたおかげで、理想的なコンボで攻撃を叩きこめましたよ」

「お役に立てて……何より、です」


 戦闘の高揚の残る身体を、恥ずかしげに摺り寄せ、見上げる彼女を、むぎゅっと抱き寄せる至福のひと時。

 いとおしさが爆発してしまいそうです。


 さて。ここはダンジョン。

 これまでの道中同様死骸は、靄と消え、MCと、ドロップアイテムになるはず……なのですが……?


「おかしい、ですね?」


 言われ、名残惜しそうに身を離し、小首をかしげて、大蜘蛛の死骸にそっと視線を向けます。


 やにわに、闇に包まれる視界。

 何事かと空を見上げれば、まだ夕方前だったはずが、星一つない闇に空が包まれています。

 天使のヘイローの灯りでは頼りないと、慌てて、光輝魔術で光源をうみだした先。


「ナオ……様」


 不安げに私を呼ぶルナリスの微かに震える声。

 確かに討滅した大蜘蛛の死骸の上に、揺蕩う、不定形の靄。

 闇の中にあってなお、闇よりも黒いと認識できる、光輝魔術の光源の光すら吸収する深淵。

 空間から滲み出すように広がるそれは、大蜘蛛の死骸を包み込むと、猛烈な量と勢いで吸い込まれていくではありませんか。

 止める暇もあればこそ。


 【パーティーアナウンス:満ちる贄の魂の香りに誘われ、邪霊の欠片が降臨します】

 【パーティーアナウンス:“☆8 禁忌級 断章:アトラク=ナチャの断片”が出現しました】


 大蜘蛛の巨体からは大幅に小さく、私たちより少し高い程度の体の高さに縮む。

 黒檀色の毛でおおわれ、その脚は体躯に似つかわしくないほどに太く、1本1本が樹木の幹のよう。

 ひときわ異彩を放つは暗赤色に鈍く光る八つの目。

 先ほどの大蜘蛛の比ではない存在感に、気圧される2人。


 “二重性”による顕現体の転換は残り4回。しかして、この異形はそれで削りきれるような柔な相手であろうか。


 じっと。微動だにせずこちらを見据える禁忌の蜘蛛。簡易鑑定にレベルが表示されない。


「贄。果て無き、贄。Tsathoggua。否。捧げられし先は……Yog-So……」


 濁っていながらも、確かに聞き取れる、声。

 八つの瞳の赤が、こちらに意識を移したのを感じる。見られている。魂の奥底までのぞき込まれるような悍ましさ。


「Cxaxulk……無縁。天使、異、体系」


 つい、と視線がそらされると、急に後ろを向き、広場の外延部に巣を張り始めた。

 先の大蜘蛛の巣を上書きする、立体的に精緻に編み込まれる新たな巣。


  まるでこちらに関心を失ったかのような様子に、ルナリアと確認するように目を合わせる。

 じりっ、じりっと、音を立てることを恐れるように、後ずさる二人。


 複雑怪奇な織り模様とは裏腹に、とんでもない早さで成長する蜘蛛の巣。すでに背の高さの倍はありながら、外周の4分の1までが埋められている。

 広場の外縁まであと5m。


 怖気の走るような圧力を醸し出す蜘蛛はしかし、こちらに一瞥すらよこさず、ただただ、巣を織り上げる。


 あと3m


 心臓が激しく胸郭のうちを叩く。


 あと1m……

 ルナリスを先に、と、手を伸ばそうとしたその矢先


 視界が黒檀色の毛におおわれた壁にふさがれた。

 入れ替わるように、瞬時に紡ぎあげられる、半透明に透ける白い蜘蛛の巣。

 鼻先に展開されたそれに囚われぬよう、広場中央へ、後ずさる。

 外縁まで、あと、3m。

 だがそこはもう、外界へとつながる境界たる外縁ではない。境界はふさがれた、儚さすら齎す立体編みの蜘蛛の巣に。


 逡巡の間にすでに広場外周の半分は蜘蛛の巣に覆われた。

 残るは半周そして天上。


 巣の中にとらわれるのはまずい。本能的に察する。

 ルナリス、彼女だけでも外に。


「失礼」


 背に左腕を、膝裏に右腕を通し、お姫様抱っこで抱き上げる。


「……っ!」


 急な私の動きに、驚きに息を詰める彼女の顔が間近に。でも、今はそれに気を取られている場合ではない。


 天使の翼に魔力を最大限送り込む感覚。まだ、まだ、破裂しそうになるまで、Steps to Elysium Onlineで得た新しい魔力という感覚をひたすらに注ぎ込む。

 先ほどの速度が最速とはもちろん限らない。だが、このアバターの目には、確かに見切る事ができた。ぎりぎり、越えられる。この手なら、上回れると確信できた。

 大蜘蛛戦でも感じたが、地面一帯を己の領域とできる蜘蛛型は飛行、浮遊、他何らかの移動スキルもなく。舞いのために足場を必要とする彼女とは相性が悪すぎる。


 申し訳ないと思いつつも、ひと時の痛みをもたらすことに


「ごめん、でも、耐えて」


 謝罪をこぼすや、イグニッション! AGIに全力を叩き込む。


 まして彼女の魂に、またも吸い寄せられた、邪霊の断片。んなもんに、彼女に触れさせてたまるものか。

 彼女の全ては。彼女と契りを交わすのは。私だけなんです、よ!

 だから、これは私のエゴ、わがまま。あとできっとたっぷり、怒られるのでしょうね。

 泣かれるのだけは嫌だなぁ……。


 飛翔速度を初速から最高に。目指すは未完のドームの外縁部中央、巣の高さぎりぎり。突貫する、その境界に。

 顕現体/裏 堕天使モードへ。全力全開、愛おしい彼女を斜め上方へ投げ放つ。同時、自身の身は天使の高速飛行の慣性をそのままに、下方、壁が形成されるであろう高さへ突っ込む。


 1m


 予測通り!

 激痛とともに、自身の全速のモーメントそのままに、黒檀の毛に覆われた漆黒の甲殻に激突。

 おろし金にすり下ろされるように、辛うじて顔面ダイブを避けたその代償に、肩口から背中、漆黒の翼までが、ずたずたに引き裂かれる。

 漆黒の闇に舞う、鮮血と黒いワンピースドレスの切れ端を闇に沈む視界、激痛の洪水に遠のきかける意識の中、感じ取りながら・

 そういえば、私、いまだに防具は低レア初期装備だし、アクセもなんも無いままだ……そんな暢気なことを、考えていた。


 だって、何よりも今守りたい銀の姫は、闇を切り裂く流星のように、未完の蜘蛛の檻の外に、勢いよく飛び出していったのだから。

「あはっ。私の勝ちぃ」


 KYYRRYUAAAAAA


 と、先ほどまでの粛々と巣を織り上げる姿から一変、甲高い声を上げて怒り狂ったように、8本の脚を振り乱し、地団太を踏むような忌まわしい蜘蛛を、嘲笑うように口の端を吊り上げ、たたきつけられた地面から見下してやるのです。

 とっさに、ハルバードの鎌を奴の足に引っ掛け。

 忌々しいことに、傷一つついていやしない。

 新たに張られた外縁の蜘蛛の巣に突っ込むことだけは避けました。


「さぁて。じゃあ、ばいばい?」


 笑いが止まりませんね、彼女さえ無事なら。そう、私の本体は、彼女の首にはめられた枷。

 “不朽の束縛”

 顕現を解除してしまえば、ほら。ね?


 ……


 ね?


 ……


 あんれぇ……顕現解除も、幻影顕現への切り替えもできないぞっと。

 もしもしスキルさんや?


 【個人アナウンス:封印領域内につき、顕現状態がロックされています】


 あ、はい。ボスからは逃げられない。ですか?

 まあでも、彼女を逃がせた時点でやっぱり私の勝ちなのですよ。

 彼女なら、雑魚敵が寄ってくる位ならどうとでもなります、信じられます。


 さあ、気楽に、大胆不敵に、挑んでやりましょうかね!


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