180.7章 - 第21話 ”帝都観光 – 創世聖教帝都大聖堂訪問”
あくる朝。
昨夜、帝都歌劇場から戻った私達を迎えた、『星の家』の光り輝くガラスとオリハルコン装飾の天井が演出する、屋内の星空の興奮も冷めやらず。朝食の生ハムを挟んだクロワッサンサンドイッチに、紅茶。食後の新鮮なフルーツをいただき。
私達は、皇帝広場すぐそばに、広大な敷地を有する、創世聖教帝都大聖堂へとやってきていました。
外壁は白く、清浄な大理石でできており、光輪を宿した聖人や、翼を広げた天使の彫刻が施されている。帝城には劣るとはいえ、アレイスター王国の王城に匹敵するのではないかと思われるその規模と荘厳さは、SEOでも随一なのではないでしょうか。
今日の送迎の馬車は、昨日の物よりもさらに立派で、帝国の紋章まで掲げられた特別仕様。
私達も、お願いされ、全ての翼を展開したうえで、防具も兼ねる正装ともいえるドレスを身に纏っています。
そんな私達を大聖堂のエントランスで出迎えたのは、純白の法衣を纏った枢機卿閣下。
今日も案内役を務めてくれている、創世聖教の十字架を胸元に下げたリリエラ=ソフィア伯爵令嬢がすっと脇に避け。
「ようこそ。神の御心の元、この地に降り立たれた尊き御使い様方。アーカリア大陸、創世聖教を代表し、心より歓迎申し上げます」
教皇特使たる枢機卿は、白髪を蓄えた穏やかな顔立ちの老人でしたが、その濃青色の瞳の奥には、長き進行に裏打ちされた宗教的権威の厳かさが宿っていました。
「枢機卿猊下、お招きにあずかり、光栄です」
私は、堕天使と天使の二つの身体、丁重に一礼を返しました。あわせてルナリス、紗雪。そしてうちの子達も一斉に。
その様子に、深く頷きを返し、
「さあ、まずは主の御前にて聖性の祝福を。その後、この大聖堂に秘められた、遥かなる旧き歴史をご案内いたしましょう」
枢機卿に導かれ、私たちは荘厳な身廊(しんろう:入り口から祭壇へと続く中央の広い通路)を進みます。天空の如く高いゴシック様式の天井、色鮮やかなステンドグラスから差し込む光が、床に敷かれた壮麗なモザイク画を鮮やかに照らし出しています。
「この大聖堂は、単なる祈りの場ではございません。ここは、アーカリア大陸において創世神の祝福を得た、神代の叡智が眠る場所でもございます。創世聖教の聖地は聖国マリシアにある事はご存じですかな?」
「はい。多くの来訪者達が彼の地へ赴いているとも、聞いております」
一応、事前の予習として紗雪に教えてもらってあるのです。
創世聖教の聖地。本拠地ともいえる教皇のおわす場所は聖国マリシアの聖都。そこには、150人以上いる枢機卿の50人以上が常時在籍し、各地、各大陸には教皇特使として任命された枢機卿と、他数名の枢機卿が遣わされていると。今私達を案内してくださっている、バルトロメ枢機卿こそが、このアーカリア大陸唯一の教皇特使枢機卿。つまり、この大陸の創世聖教で一番偉い方ですね。
また、本国の教えがいつの頃からか偏り、本来の創造神様の寛容さを貴ぶ教えが失われ、ひたすら排他的になっているとは、ルナリスが補足してくれました。同性愛の禁止、人間以外のあらゆる種族への差別、等々。遥か昔には”聖浄心教”という新しい宗派が主流派を名乗っていた時代すらあったそうです。
「現在の世界は、創造神様の御慈悲により、万象が自由に才覚を選択し、研鑽することが許されております。古き聖典の伝承に遺されるところによれば、かつての世界は各々がただ一つの根源的な魔法を魂に宿す、峻厳な時代であったと。中でも特に『十三の魔法』は、神聖なる意義を有していたとされます。創造の魔法、時空の魔法、叡智の魔法……わけても、第十三にして唯一絶対、神に等しき最源流たる魔法。それこそが『根源の魔法』であったとされます」
魂、心の核? おや……それはひょっとして、私達の魂核の事でしょうか?
昔はこの世界の住民は心の核、もしかすると魂核をその体の中に宿していた?
ゲームシステムが今のSEOになる前、ベータテストとか開発段階の設定でしょうか?
「この世界の理が、いつ、いかなる理由にて変容を遂げたのかは、神ならぬ身には知るすべはございません。今では人は形ある魂、『心の核』を宿すことはなく、代わりに『才覚の結晶』としてのスキル・クリスタルを、己の才の具現として魂に宿しております」
案内された主祭壇は、空間の最も奥、最も高い位置に静かに鎮座しています。祭壇そのものは、黒曜石と純白の大理石で築かれた簡素な構造ですが、その背後一面が、巨大なステンドグラスの薔薇窓となっていました。
朝の太陽の光が、窓を透過し、プリズムとして分解され、あるいはステンドグラスに染められ、万華鏡のように様々な彩を床に描き出します。光は聖なる色彩を帯びた空から降り注ぐ祝福の滝のように、祭壇と、向かい合う信徒席を照らし出しています。空気中には、微細な色つきの光の粒子が舞い、祭壇全体が虹色の泉の中に沈んでいるよう。
祭壇の上には、細工が施された黄金の台座。その台座の上には、十字架や聖遺物ではなく、ただ一つ、透明で巨大な水晶。迷宮核でしょうか……が、静かに置かれています。水晶の内部には、絶えず脈動する純粋なマナの輝きが閉じ込められており、マナを視る視覚には、それがこの大聖堂全体へと循環し、神聖な力の源泉ともなっている様子が見てとれます。私達の悠久の楽園、宝石城の中枢にある核と同じような役割を果たしているのでしょう。
この空間の光景は単なる建築美を超え、神の実在と、信仰が持つ力の具現化として、私たちの魂に直接語りかけてくるよう。静寂の中で私達は、この創世聖教帝都大聖堂が。この主祭壇の空間、核が。この場所に注がれる信徒たちの何千年もの祈りと共に、確かな護りを生み出しているのだと、実感させられました。
「神翼種へと至り。”神域への階を踏み出す者”と、その眷属達へ、創世聖教の教えを説くこと程、厚顔なことはございますまい。本来であれば、創造神様の御祝福を願い、祝福を授けるところではございますが。お三方と眷属の子らへは、神域へと至るにあたっての古き伝承と、皆様方の”在り様”について、わずかながら語らせていただきましょう」
祭壇の手前、説法台に枢機卿猊下が拡げられたのは、閉じたままの巨大な聖典に変わり、古い羊皮紙の束と思われる書物でした。
「創造神様の御心は広大にして無辺であり。すべての神性の共存を認めておいでです。古くより在りし神々。ヒトが、『善なり』、『悪なり』と定める尺度などでは、到底測りきれませぬ。中には『邪なり』、あるいは『邪神なり』と定められし神々……、あるいは自らそのようにその身を定める神々もおわします。しかし、その全ては等しく創造神様の認めるところ。あるいは、ヒト、あるいはそれ以外の存在が神性を得、神の階を登る事もまた是とされるのです。ナオ様、貴女様はまさにその一歩を踏み出されました。貴女様と眷属様方の先に待ち受けるは数多の試練でありましょう。されど、その先には、創造神様の認めるこの世界において、自らが統べる神域を築き上げ、『神の一柱』となることすらも叶いましょう」
運命値100、特別な運命。
特級呪物だと思っていた、“不朽の束縛”となった自分自身。
ルナリスを巡る今も続く邪神との全て、現実にまで及ぶルナリスと紗雪2人との幸せ。
今、こうして、教皇特使枢機卿なんていう、とんでもなくお偉い方から、神へと至る可能性。なんていう大それたお話を伺う事になるだなんて。社畜生活に終止符を打ち、世界初のVRMMOへと飛び込んだ当時の私。記憶すらもうあやふやとなった、その時の私に伝えたなら……絶対に信じられないでしょうね。
気楽に、ただ、ゲームを楽しむ。そんな生活とはかなりかけ離れてしまいました。
重い。と、感じる事が無いと言えばうそになります。こんな厳かな空気の中で、私はいったい何を……とも。
でも。
これが2人との運命。特別の指し示す先なら。
ええ、これまで通り全力で翔け抜けて見せましょう。
内心決意を新たにする私を前に、厳かに羊皮紙をめくり。さらに、枢機卿猊下は続けます。
「そのためには数多の試練を乗り越える他、三つの成すべき事柄が伝承されております。1つ、『神翼を抱く者』へと至り、『己を定めるところを確立』する事」
神翼種の翼の全ての属性を満たす、あるいは開放するという事でしょうかね。私の場合、天使が慈悲、神聖/光輝、炎。堕天使が復讐、神聖/暗黒、冷炎。残り3翼づつが空いています。ルナリスと紗雪は4翼づつ定まっていて、残り2翼。
あれ? かっこつけたつもりが、私、実は出遅れている?
「己を規定する特性は必ずしも自身のみで完結するものではありません。眷属様方との共存共栄により一柱と成すもまた一つの在り様。神性の一柱ごとに大きく異なり、定められてはおりませぬ。そして2つ目。己の神聖を示す、御力を有する事。ナオ様は神代魔法の会得を試みられていると伺っております。生まれながらの神に在らざる御身では、まさに神代魔法を十全に会得し、振るわれる事こそ、この道にあたりましょう」
つまり、さらなる、自分らしい神代魔法を開発し、自由に扱えるようにしなさいという事でしょうか。現状、守護に特化した”護法抱擁“しか、未だに確立できていません。あれから、他の神代魔法開発も紗雪、ルナリス、2人と試みていますが、こんなことができたらいいな、という発想で領域を規定し、行使しようとしても神代魔法とは判定されず、発動してもただの魔法どまり。かなりこれは難航しています。
ましてエンゲージメントスキルも、神代魔法も、現実では使用できません。
ですので、これはこのSEOの中で実現しなければいけないのでしょうね。魔法との区分けがいまいちまだよくわかりません。
斎賀さんか、黒蝶姫さんに伺えば教えてもらえるでしょうか。
「最後に3つ目、自身の領域を獲得し。ここに自らの神域を築き上げる事」
そこで、アクロイト達、神代魔導人形へと至ったうちの子達へと視線を向け。
「ナオ様は既に自らの領域を獲得されていると伺っております。さらにはその地を守護し、住まい、付き従う方々もいらっしゃるご様子。なれば、その領域をさらに発展させ、自らの力の源泉とする事こそ、進むべき道となりましょう」
紗雪が初めてこの世界に呼び出したあの日、”悠久の楽園”は、”☆10 創世級”にも至りうる領域だと言ってくれていましたね。まだまだ発展の余地ばかり残るあの空間を、育て上げなさいという事なのでしょう。
正直全く手が回っていません……。
こうして一つ一つ聞いていくと、これはまさに、私にとっての進化シナリオと言いますか、究極的な目標。いわば、他のプレイヤーがLv50や100で解放されたという種族進化クエスト。そのさらに先に該当するものなのかもしれませんね。
運命値100という、自ら選んだ特別とはいえ、本当。一般的なプレイヤーとずいぶん異なるルートを歩んでいるものだと、つくづく改めて実感します。まさか、行き着く先には神となる事への挑戦などという未来も待ち受けているとは。
「皆様方は”邪なりし神”と、自らを定める神々との縁も深いとお見受けいたします。されど、それは貴女方の在り方を邪なりと断ずるものでは決してありません。創造神様の御心は広く、寛容であり、全てを受け入れられます。自由なれ。それもまた創造神様の思し召し」
枢機卿は、羊皮紙の束を閉ざすと厳かに両手を広げ、瞑目し、私たち三人に祈りを捧げます。
「神世の力を正しくその身に宿し、育み、この世界を照らす新たな光となられますよう。ここに聖性の祝福を、創造神様へと願いましょう」
――祈りの言葉が結ばれたその瞬間。
大聖堂全体を循環するマナが共鳴し、純粋な光の奔流が私達を包み込みました。
その光は、私達の首元に飾られた”不朽の束縛”のレプリカたるチョーカーを通じ、”悠久の楽園”に安置された本物の魂核を繋ぎとめる“不朽の束縛”にまで届き。私たちの魂を清め、未来への道を示す、確かな啓示を与えてくれるのでした。
そして、提示されるメッセージウィンドウ。すなはち創造神様からの啓示。
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特殊進化クエスト :☆9 - 「神域への階」
神翼種への進化:済
神代魔法の行使:済
領域の獲得:済
神翼種としての在り様の規定:進行中
眷属の在り様の規定:進行中
神代魔法の習熟:進行中
神域の確立:進行中
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これは……教会を避けすぎていたせいで、もしかして、クエスト発動条件をスキップしてしまっていました?
いえ、まあ、過剰に面倒がって創世聖教を避けていたのも確かですが、ほら、それには理由もあったわけですし。
『ナオ……様、おそらく……帝都大聖堂、あるいは、聖国マリシアの聖都大聖堂でもなければ……』
『そうですね、クエスト進行条件はいづれかの大聖堂、大陸でもっとも重要な協会しかも枢機卿からの祝福とか、そんな感じでしょう』
『そ、そうですよね……!』 『うんうん、これはこれで、既定路線、最短ルート!』
『ナオさん……』
『ナオ……様……』
ちょっとだけ呆れたような、慰めるような。なんとも言えない感情が、紗雪とルナリスから流れ込んできたような!?
まあ、プレイヤーとの接触を過度に面倒がったのは私ですからね。
その生暖かな感情は、厳粛に受け止めようではありませんか。
その後、教皇特使枢機卿自ら、大聖堂の案内をいただき。
貴重な聖遺物の見学もお許しを得、午前の時間は過ぎていきました。
リリエラさんが何かに納得したような、ほっとしたような。
とても晴れやかな表情で私達を見守ってくださっていたのもまた、印象に残りました。




