178.7章 - 第19話 ”帝都観光 – アルティザンの細道(職人の路地)散策”
皇帝広場を後にした私達は帝都外壁側へしばらく進み。賑わいが残る美しいモザイクが敷き詰められた大通りから、一本脇に逸れた石畳の道へと馬車で連れられてきました。
「ここが、アルティザンの細道。帝都でも最も古い歴史をもつ、職人達が集まる区画ですわ」
通りに並ぶのは作業場と住居が一体となった、質実剛健な造りの石造りの建物。華やかな装飾でお客を呼び込むのではなく、職人気質の実利最優先な構造になっていることが見て取れます。そして、建材やそこかしこからは魔力が感じられ、なんらかの魔術的な仕掛けが施されている事も、感じられます。
「マナが……渦巻いています」
「建材もですけれど、地下からもマナが立ち上っていません?」
紗雪に言われて見れば、確かに。地面を透過するように、かなりの密度のマナが陽炎のように湧き上がっていますね。
「それは、帝都の地下を流れる地下水脈と水路の影響ですわ。特に、このアルティザンの細道をはじめ、いくつもの帝都の要衝の地下は濃密なマナを湛えた水が流れていますの。もう少し先に行くと、水路が見えますわ、そこを是非ご案内したいと思っておりますわ」
金属を打つ槌の音、工具に削られる木材の音。そして、微かな魔法薬の調合の匂いが混ざり合い、独特の”働く街”の活気が醸し出される路地。そんな喧騒を背景に工房の窓から興味津々に中を覗く私達。
「この区画は、帝国の中でも長い歴史を有し、技術を伝承してきた工房。そして、年に1度開催される帝国芸術祭で選ばれた職人のみが、工房や店舗を構える事が許されております。区画への入り口周辺は全てこのように古くからの工房となっており、店舗は奥の比較的新しい区画に建てられていますの。その理由がまさに、この地下水路からの魔力なのですわ」
なるほど。生産工程に必要な特別な環境があるからこそ、ここを動かす事は出来ない。という事ですか。
この区画も非常に興味がありますが、さすがに中を見学というわけにはいかないでしょう。アメティスタ達はもう、興味津々とばかりにじーっと、通り過ぎて行く工房を穴が開くほど見つめています。
「アメティスタ……気になります……か?」
「ルナリス様、はい。循環する魔力水を介した、特殊な環境を実現している”悠久の楽園”と非常に似た構造に、何か取り入れられる要素がないか。と、そのような観点で見ておりましたわ」
「何か必要な……ものが、ありましたら……ナオ……様に」
「ありがとうございます。思いつきましたら申し上げるようにいたしますわ」
質実剛健な工房区画を抜けると、景色は一変しました。マナを含み、鏡のように澄んだ、きれいな水が流れる水路。
水路の内側は淡いテラコッタ色の石材で丁寧に縁取られ。底を覗けば、細かく敷き詰められた白い艶々とした玉砂利の間に、微かに紺碧色のこれまた丸く加工された鉱石か水晶のような物が混ざり。それらが水面に光を反射し、光のさざ波を描く。
半面、水路の外側は帝城に似た白い化粧石でおおわれ、清浄な雰囲気を演出している。加えて、衛兵たちの制服にも取り入れられていた赤色の花々を中心に引き立てるように、青や紫の小さな花々が咲き乱れ、訪れる者の目を最大限楽しませる美しい光景が広がっていました。
水路を渡る純白の橋の上で立ち止まると。この清冽なマナを含み、微かな輝きを放つ水の流れこそが、帝都の命脈であることを、肌で感じることができる。
「水面を渡る風……が、感じられて、とても……心地よい、です」
「涼やかなのに、ほんのりと温かさを感じる、不思議な感じですね」
手を恋人つなぎに、ルナリスと並んで橋の上にたつ天使の私。
「ナオさん、このお花。気化したマナを含んだ水を常に浴びているからからか、微かに輝いていますよ」
「本当だ。夜になるともしかすると、光って見えるのかもしれないですね」
堕天使ボディの私と紗雪は水路の縁、飾られた花々を2人で愛でています。
「いつもどこでも、仲睦まじくていらして。素敵ですわね」
リリエラさんの呟きに、
「ナオ様達はとっても仲良し、なの。それに私達にも、お優しい、なの」
「たま~に、羽目を外し過ぎられますけれどね♡」
「果たしてたまに、でしょうか?」
「わりと、その方がいつもの事のような気もしますね。あ、ほら、ナオ様がこっそりお尻に手を」
「でも、嫌がらない、なの」
「むしろ、ルナリス様も、紗雪様も、それを望んでいますわよね~♡」
副統括4人総出で次々、合いの手を入れていくうちの子達。
まあ、否定しませんけれど。
ふにふにと、可愛いお尻をなでながら。
ひとしきり、幻想的な水路の眺めを楽しんだところで
「せっかくですので、どこかお店にも入られてはいかがでしょう?」
「おすすめはありますか?」
「そう……ですわね。皆様なら……」
少し考え込んだ後、あっ。と、良いことを思いついたと顔を明るくするリリエラさん。
「皆様にお勧めの、錬金術師のお店がありますわ! 少し奥まったところにありますので、はぐれないようになさってくださいね」
先ほどの工房区画と違い、華美な装飾も施された、目を惹く店舗が並ぶ店を歩きながら。
「そういえば、この水路の水が全て、帝都の飲料水にもなるのですか?」 「マナが含まれる水を帝都中に供給しているとなると、稼働させるための魔力も膨大に思えますが」
私が二つの身体でしゃべるのにも慣れてくれたようで、特に戸惑うことなく。
「いえ、帝都には2つの水源があるのですわ。一つは今仰られたように、マナを含む水。特定の地域、重要拠点にのみに流れるマナのこもった水です。地下にある魔力貯水槽で、帝都や地脈の余剰マナを蓄え、魔導水路を通じて供給される。帝都の防衛結界を構築する魔法陣もこの水路が担っていますわ」
「なるほど、戦略的な水源という事ですね」
「そうですわ。そしてもう一つが、山脈から流れてくる河を引き込んだ、支流ですの。これは地上の本流と、地下水脈にやはり分かれていますわ。特に地下水脈は地底湖につながっていて、有事の際の帝都の水源としても活用されますわね。いづれも、水源や魔導水路の地下施設は公開されていませんの。ですので、今回の見学でもお連れできなくて……申し訳ありません」
「いえいえ。どう考えても、帝都の要。機密区画でしょう。無理に見たいだなんて、思ってもいませんよ」
ほっとしたように微笑むリリエラさん。
かなり責任感の強い方でもあるのですよね。
私達なんて、……ルナリスは元王女様ですが、今となっては亡国ですし……一介の冒険者ですのに。
「ナオ様? 何となく私も今のお顔はわかる気がしますし、昨日も申したような気がしないでもないですが。ナオ様は神翼種。それも、創世聖教の神託の代行者様であらせられます。私のような伯爵家の娘。いえ、当主であっても、ナオ様は敬うべき尊き御方なのですわ」
「うーん……お言葉はありがたく、頂戴いたしますが。どうにも実感が」
――「「えー……」」
いや、本当。えー……としか、私出てこないですよ?
さっき感心した、リリエラさんを、思わず天使の赤い瞳と、堕天使の金の瞳。半目で、じーっと見てしまいます。
「絶対お悦びいただけると思いましたの!! 貴族にも大人気のお店でしてよ♪」
いや、これ本気でそう思ってる。しかも、悦びが、絶対に”喜び”じゃなかった!
「はわ……はわぁ……」
「あらあらあら。まぁまぁまぁ」
ルナリスと紗雪が、赤面しながら、もうそれは夢中で店内を見て回っています。
え? 何かって?
えぇ、案内してくれたのは、錬金術師のお店でしたよ? 表からは絶妙に入り口が陰になる、黒い建物に、金の装飾が施された。大変に重厚な建物。行き過ぎたゴージャスさともいえる、デザインです。
帝都の雰囲気。テラコッタの薄褐色の異国情緒の趣ある街並みとも、白い化粧石の帝城や水路などの要所の清廉な美しさ。あるいは、色とりどりのモザイク模様の細かな石畳とも違う。華美な雰囲気。
えっと。とりあえず手近な棚にあるものを見て見ましょうか?
視線を下げると、ガラスケースの中には、色とりどりの小瓶がずらりと並んでいました。どれも銀……いえ、これミスリル銀ですね? の細かな装飾まで施された超高級品。
淡いピンク色に輝く液体。瓶は少し曇りがところどころに入った水晶。
「その『☆6 媚悦の露』は、お肌や目、感覚器官に塗布すると、その感覚を極限まで高めますの。微量なら、戦闘力の向上にも使えますわ。け・れ・ど、適量をお肌や唇にひと塗り、あるいはそっとお飲み物に一滴。すると、あらあらまあまあ。愛し合う恋人同士の悦びを……ね?」
私達の入店を微笑ましそうに見つめていた美魔女と呼ぶにふさわしい、豊満な肉体を惜しげもなくさらすアッシュブロンドの美女。店主兼これらの作成者らしい錬金術師さんです。
彼女が、リリエラさんに連れられてきたのを見て、
「あらあら。珍しいお客様……。リリエラ様が『お客様』を直接お連れになるとは。……ふふふ」
なんて言うと、摩訶不思議なことに、目に見えていた店内の様子が一変。
外観にそぐう高級店ながら、普通のポーションや、医薬品を扱う店に見えていた内装が今のラグジュアリーでかなりその…はい、まあ使いようによって有用な薬になるもの。という建前の元、本質は、愛と欲望を増幅させるための秘薬と道具ばかりが上品に並べられているお店と化したのです。
「私が調合するお薬は~、他では決して手に入らない、特別なお品ばかりよ~」
と、私達を視界に収めつつ、指をさまよわせ。
「貴女と、銀の髪が綺麗なお嬢さんには~。これと~……これね。それに、そちらのかわいらしい、翡翠の瞳が綺麗なお嬢さんは……ん~これかしらね」
1つ目は、小さな黒い箱の中から取り出された、薄紫と薄黄色の2色で構成された瓶。けれど、中には何も入っておらず、空っぽです。
「銀の髪のお嬢さん、これに貴女の魔力を注いでごらんなさい。容器は宝石のアメトリンを削りだしたものよ~」
渡された瓶の、ミスリル銀部分が魔術回路になっているようで、ルナリスがマナをそっと注ぐと、中に薄紫の輝きを宿した液体が生まれます。
じっとその液体を視るルナリス。驚いたように、目を見開き……。
「あ……アメティスタ……詳細な鑑定を、お願い……します。こっそり……教えて」
「もちろんですわ」
薄紫の髪を靡かせ近寄る生産に特化した彼女が、より特化した解析と鑑定で見ると。ルナリス以上に驚きを露わにし。
こっそりとルナリスに耳打ち。
「あらぁ。どうする? 私が教えちゃっても大丈夫かしら?」
「え……と……はい、魔導具……の効果は、大丈夫、です」
「わかったわ。じゃあ、中身は~お楽しみにしたいのね?」
と、ルナリスにしたり顔でウィンクし。
「これはね、ある特殊な属性の魔力を宿した子にしか使えない、特別な種族の力が篭った魔導具なの。対応する魔力さえ注いであげれば、1日にその小さな瓶1本分まで。特別な香水を生み出せるわ~。一目見てあなたにピッタリって思ったの」
「はい……はい! 是非、後程、購入……させていただきたいです」
ルナリスがものすごく喰いついていますね。瓶を片時も離さないほど。いったんどんな香水が生み出されるのでしょう?
「そんな鈍い貴女には、これ」
と、渡されたのは、白と黒2色が複雑に混ざり合った水晶で作られた音叉。
「『☆7 双律の調律器』。貴女の魂の音色に深く共鳴する者を探し。あなた自身の魂の波長を整える。そんな特別な品物よ。叩いて鳴らす物ではないから、間違えないでね~」
そっと、天使の身体で音叉を持つと、何とも心地の良い音がほわん、ほわん、と優しく鳴り響いて聞こえてきます。けれど、この音は耳で感じているものではなく。なんでしょう、とても不思議な、きっと魂に直接聞こえてくる音?
「とても不思議……な、とてもお傍に、ナオ……様、を感じ……ます」
「すごく、温かい。ナオさんに包まれているみたいな」
ルナリスと紗雪が、とても心地よさそうな声で呟き。
「ふふ、見立て通り。それは『貴女達の真なる魂の傍』に置いておきなさい。いいわね?」
「それは、どういう?」
真剣なまなざしで私を、奥底を見透かすかのように、じっと見つめる店主に問い返すも
「きっといつか、その音色があなた方を導く……かもしれないわね? なぁんて」
と、はぐらかすように微笑んで誤魔化されてしまいました。
しかしその目は、確かに私達の首に装着されたお揃いの”不朽の束縛”の写しに注がれていて。
彼女は何を、何が見えているのでしょう。
あとで2人と相談ですが……マテリアライズして、現実の”不朽の束縛”の傍に置くべきでしょうか?
「で、最後は貴女ね。そうね~……なるほど? ちょっとこじらせてる子には~」
「え、こじらせって……わ、私ですか!?」
じっと見つめられた紗雪が、居心地悪そうにそわそわ。そんな事ないですよね!? って私を見上げてきますが。
ん~もとはと言えば私が悪いです。けれど、まだ遠慮が見える時があるというか、大胆になる時と、こっそり後ろに半歩退くときがまだありますねぇ。どうしたものか……。
ルナリスがより懐いている。という事もあってか、天使ボディには出来るだけ自分から近づかないように、気を使っている雰囲気もつくづく感じますし。
それもやっぱり、私もそれに合わせて、ルナリスとは天使ボディ。紗雪とは堕天使ボディで付き添う事が多いのもいけないのかな。
なんて、思い悩みながら紗雪と見つめたっていたら、すっと、ショーケースの上に取り出された手のひらよりも一回り大きいくらいの、直方体の箱。材質は、夜の闇そのものを磨き上げたかのような、滑らかな黒曜石のような材質。ひんやりとした石の表面には、信じられないほど精緻な線が、銀糸と金糸(おそらく、ミスリルとオリハルコン)で象嵌されています。
描かれているのは、見慣れない星座のような図案。
しかし、その星々をよく見ると、三つの主要な星が互いに光の糸を伸ばし、まるでリボンで縛り合うかのように複雑に絡み合っている……そんな意匠
「これはね、『☆6 愛縛の星読みタロット』。これはケースであり、同時に召喚盤。貴女のような、縁を結び、情報を読み解く資質を持つ方がこのケースを手にし、魔力を注ぐことで……初めて、貴女だけのカードがその都度、出現するのですわ」
「私だけの」
「ええ。一般的な『運命』、『世界』、『愚者』といった大アルカナとは限りませんわ。貴女が、あるいはあなたの思うヒトが求める、その時々の何か。そうね、例えば、『嫉妬』『信頼』『愛欲』……そういった、より根源的で、官能的な『関係性』を現し、読み解くカード」
「なんだか、とんでもない物に聞こえますが?」
「うふふ。そう、そうね~……そうそう、これを作った時に考えたのがね? 好きな人とお互いのためのカードを引くの。そこに出たモチーフに沿って、い・い・こ・と、をするのもいいわよぉ? 『束縛』『奉仕』そんなカードも出るからね♪」
茶化すように、ウィンクを飛ばしてニンマリ笑う店主……錬金術師さん。
「ふぇ……紗雪ちゃん、大胆……!」
「ルナリスちゃん!? わ、私じゃないでしょ! そ、それに貴女のそれ、それだって~」
なんて、話しをしている間に、そっと店主に
「全ていただきたいのですが」
「は~い、ありがとう。私の”特別な商品”はね、運命に引き寄せられて、特別な紹介のある方にしか譲らないの。大切にしてね」
と、言われてのお支払いは250億GOLD。さすがに私でも、残金が20億GOLDを切り、思わずためらう大出費でしたが。まあ、2人も喜んでいるみたいなので良いでしょう。それに彼女の言う通り、どれも、すごく”運命”を感じるお品です。
そうしてお店を出た後。
ふと何気なく後ろを振り向くと……。
「え?」
確かにたった今。そこにあり、店主と会話を交わしたはずのお店。黒に金の装飾の、特別ゴージャスなお店は跡形もなく。
テラコッタ色の、ほかの店と何ら変わりない、裏路地の店舗が佇むばかり。
しかし3人の共有インベントリには確かに、購入した品物は収められていて。
「ナオ様?」
「あの、今のお店が」
「ええ。あそこはとても。とても特別なお店。資格ある者の紹介なくば、そして運命の導き無くとも決して辿り着く事の出来ない。このミドガ帝国でも最古のお店。なのですわ」
そういって、プラチナブロンドの髪を靡かせ。リリエラさんは歩みを進め、先を示すのでした。




