174.7章 - 第15話 “帝都観光 – 大交易宮(グラン・メルカド)の喧騒 #1/3”
迎賓館『星の家』の静謐な空間から一転。私たちは帝都の中心を流れる熱気と喧騒の中へと足を踏み入れていました。
送迎用に用意された馬車を降りたのは、巨大な石造りの、複数のドームが連なった建物。
「こちらが、大交易宮ですわ、取り扱われる品物の分類別に、建屋が分かれておりますの。大陸全土の品がここに集まり、隅から隅まで見ていくと1週間あっても足りないと言われておりますわ」。
お嬢様然とした、緩い縦ロールの金髪を揺らすメイド服姿の少女。サテン地のデイドレスを身に纏い、日よけを兼ねたエレガントな帽子をかぶる彼女は、私達の接待係を務めてくれる、伯爵家ご令嬢リリエラ=ソフィア。
昨夜から館内での接客係も務めてくれており、その時はクリーム色にレースとフリルをあしらった。侍女服風でありながらも格式高い。準礼服姿。
どちらの姿も、賓客をもてなすにふさわしい貴族のご令嬢の姿と言ったところでしょうか。
「帝都は初めてでいらっしゃると伺っております。ミドガ帝国らしい雰囲気と品物を、いくつか御覧になっていただきますわ」
「ありがとう、リリエラさん」
「どういたしまして、ですわ」
天井は高く、窓は高い位置にまばらにあるのみ。無数の魔導具の光が燦然と輝き、その光が、世界中から集められた色とりどりの商品に反射して、空間全体を黄金色に染め上げている。軒を並べる小規模な商店は、現実で言うサン・ミゲル市場のような雰囲気。屋内店舗の天井部分が解放されている事は大きな違いでしょうか。
「わぁ……これは、すごいですね……!」
紗雪が、思わず感嘆の声を漏らします。彼女の翡翠色の瞳に光が反射し、たえずきらめいている。
「空気の……ざわめき、香りも……すごい、です」
ルナリスは、私の天使の体の腕にそっと抱きつきながら、目を閉じます。複雑に入り混じるスパイスと薬草でしょうか? 鮮烈で生々しい香りと、人の活気に気おされてしまいます。
「山がちな地形も多い帝国の名産。中でも、香りが強い品が多く集められていますわ。スパイスや薬草、それに、香木。このドームは内部が大きく3つに区分けされています。1つ目が、錬金術や魔術関連。薬草に加えて、これもミドガ帝国全土で採掘される鉱石とその粉末等が主に関係していますわね。2つ目は美容関連の品物。先ほどの香木もですが、薬草を原料にした化粧水、それに香水等。3つ目が教会儀式などにも使われる精油、染料や顔料。そういった品物ですわ。いづれも重さ当たりの単価としてはかなり高級な品物の部類になりますわね」
前後を銀の鎧に飾られた近衛兵さんに先導され、その一回り内側をうちの子達が警護する縦列で移動する私達。リリエラさんに、説明を受けながらの見学です。
「そうそう、こちらもミドガ帝国の特産ですのよ」
と、彼女が示したのは、岩塩でしょうか?
「東ミドガ帝国領内、特に竜の背骨山脈に近い一帯では、マナが豊富に含まれた特殊な岩塩が採掘されますの」
言われて、その大きな岩塩の塊が山積みされた露店に目を向ければ。
「たしかに、すごい魔力量ですね」 「しかも、なんだか、色づいたマナを放出しているような?」
「霊視でも……ぼんやりとした、影……でしょうか? が。マナとも異なるような、不可思議な……」
実際は、”虹纏う銀の姫”に統合された、”☆6 神霊感応”で見てくれたのでしょう。ルナリスも普通ではない様子を感じ取っていますね。
「さすが神罰の使徒様方ですわ。この岩塩は竜の背骨山脈に住まう強力なモンスター達が発する魔力を長年蓄えてきたと言われていますの。食用には適さず、魔術儀式等の触媒として用いられるのですわ。……採掘場所の危険性もあり、大変高価……なのですが」
と、彼女が小さめの物を一つ手に取り。
「元々、高級魔導具のほとんどに触媒として、使用されています。威力、効力を向上するためですわね。貴族の邸宅の冷暖房器具、帝都を照らす街頭。果ては軍の魔導兵器にも使用されていますわ。さらに先の大戦で、原理は不明ながらも『黒い兵士』達がこれを忌避する事が分かり。魔物避けならぬ、黒い兵士避けに、金銭的余裕がある者は買いあさり、屋敷に設置するようになりましたの。軍の野営用具にも常備されるようになりましたわ。採掘可能な場所が竜の背骨山脈のみと限られており、他大陸でも類を見ない資源。禁輸品に指定されている一種の戦略物資ですわね。帝都民である事が購入の最低条件。さらに一定量以上の取引、取り扱いには専用の資格が必要になりますわ」
なるほど。魔導具の通常の動力となる魔石、魔核とは別に。ブースターのように使われていたと。さらにそれが用途拡張されたわけですか。効果のほどはわかりませんが、それは確かに、戦略物資としてご禁制になり得ますね。
「それにしても高級品なのに、お店の人が誰もいませんね?」
戸惑ったようにきょろきょろとするリリエラさんに、紗雪が一言。
「え、ええ。休憩かしら? それにしても不用心な……。ま、まあ、今は良いですわ。さあ、次は隣のドームに参りますわね」
うーん、なんでしょう。何か私も引っ掛かりを覚えるような。それにしても本当に濃密なマナですね。
魔法が行使できるようになってから本当に、現実でもSEOでも、マナに敏感になりました。
この岩塩はそう、現実で私達がSEOへのログインに使わせていただいているちょっとサイバーなメディカルポッドの中のように、マナの密度が異常なまでに濃密なんですね。
「ナオ様? いかがされましたの?」
おっと、少し遅れてしまい、随行してくれていたアメティスタに心配されてしまいました。
「なんでもありませんよ。アメティスタは欲しい物を買えましたか?」
「はい、おかげさまで。大変良質な鉱石の粉末や、薬草を多数」
「それならよかった」
せっかくついてきてもらっていますから、うちの子達には気になるものがあれば自由に買っていいと伝えてあります。もちろんお小遣いもたっぷり。
アクロイトだけは職務優先と、脇目も振らず警戒をしてくれていますが、他の副統括の3人はかなり自由に、飛び回っていました。
――事が起きたのはそろそろ次の場所への移動をしなければと、この大交易宮では最後とするドームを見ていた時でした。
壁際には、美しい装飾が施された魔導具の数々や、鮮やかに色を自然に変えていく魔法の絹の布地が並ぶ店が続く。
「見てください、ナオさん! あのお皿……すごく綺麗ですよ!」
紗雪が少し興奮気味に指さしたのは、銀細工の装飾が施された、深海を思わせる瑠璃色の陶磁器でした。
「あれは、帝国東部沿岸の海底で採取した特別な粘土を使い、連邦の魔術師が純粋な魔力を通す事で精錬と焼成を同時に行う、特殊な製法で作られた磁器ですわね。非常に高価ですが、装飾が魔術陣としても機能しており、空気中のマナを使用し、料理や飲料の鮮度を保つ効果もありますわ。帝城でも使われる逸品ですの。原材料はミドガ帝国でのみ産出し、一方で製法はフェリシテ連邦の秘匿技術となっている、そういうお品ですわ」
「せっかくですから、私達のお土産に買って帰りましょう」
「いいですね♪」
「この、調味料入れも……一緒に」
などと、気に入った品を受け取り、インベントリに入れたところで。
騎士たちがあたりを警戒し始め、渡されていた通信の魔導具で何やら連絡を受け取ったらしいアクロイトが、レイドアナウンスで。
【レイドアナウンス:別のドームで異常が発生。現在帝都警備隊が状況を確認中とのことです】
と、私達”悠久の楽園”のメンバー全員に伝えてくれます。
そんな警告に辺りを見回すと、微かに空気が揺れている? ような。
「ナオ……様、マナが、揺らいで……います。あちらの方向……が発生源、です」
さすが、魔法の習得以前に、”☆9 魔眼-月姫の時空眼”へと昇華したルナリスの蒼銀色の瞳がいち早く、異常の大元を探ってくれます。
「あっちは最初にここに来た時に入った、香辛料とかのお店が入っているドームの方ですね。サフィーロ達に探らせに行かせますか?」
「いえ、さすがにまだ、警備隊の方々にお任せしましょう。念のため……」
そこで念話に切り替え。
『セレスティア、いざという時のために転移ができるか、確認しておいて?』
今回、テイムモンスターの子達は、”悠久の楽園”で、防衛網に加わり、お留守番してもらっています。
敵が弱体化しているとはいえ、今のあの子達には十分な経験になりますし。さすがにテイマーが本業ではない私達が、帝城に無理を言ってテイムモンスターを連れ込むのもどうかと思いましたので。特にうちの子達は、特殊な子が多いですからね。
唯一の例外は、私たち全員のアクセサリーに偽装しているセレスティアです。さらには今も分身を増やしては、大陸全土に散らばってもらっていますしね。
言葉は話せないものの、念話に感覚的に、問題ない事が伝わってきて一安心。
アレイスター王国での時のように退路が絶たれては堪りませんからね。
そっと、リリエラさんにも、念のため。セレスティアにこっそり腰の後ろ、デイドレスのベルトにとまっておいてもらいつつ。
GYAAAaaaaUuugooxuuu
咆哮のような、遠吠えのような声が、逆の真後ろから聞こえてきたのはその時でした。
再び警備の間で交わされる、通話。
【レイドアナウンス:テイムモンスターや、魔物素材を扱うドームで、ワイバーン2頭が暴れているとの情報。現地は檻が多数壊されていますが、警備隊と居合わせた冒険者により鎮圧は可能。しかしながら、逃走したモンスターあり、地竜の幼体との事!】
おや。全く違う問題でしたか?
ルナリスも不思議そうに、魔眼を宿す瞳にマナの輝きをたたえ、辺りを見回します。
「ナオ……様、紗雪……ちゃん、ごめんなさい。私が……間違っていた、みたい……です」
「いえ、因果関係も分かりませんし、他の異常がなかったとも言い切れません」 「何も悪くないですし、念のため、同行くださっている騎士さんには伝えておいてもらいましょう」
耳元のイヤリングで、アクロイトに状況を伝えると、快く伝言を引き受けてくれました。
まあ、帝都のど真ん中ですからね。私達がしゃしゃり出るような事態には……。
ズガンッ、ガラガラガラッ!!!
とんでもない轟音がドーム間の連絡路の一つで生じたのはその時でした。




