166.7章 - 第7話 ”生放送『デウスの秘密、世界の変革』 前半 #1/2”
真っ白な空間。正面には複数のカメラクルーが現実と同じように、この仮想空間へ再現された機材を舞台上へと向けています。舞台と言っても、中央に司会者用の演台。左右にはソファーが複数、対面するように並べられているだけなのですが。
背景は無限に広がるかのような、無機質な白。空中に浮かぶ半透明のモニターには、番組のロゴと、
『Deus ex Machina Corp.の秘密、世界の変革』
という番組タイトルに続いて
『徹底討論! デウスの光と影』
という、いかにもな煽り文句が踊っています。
向かって右側が、私たちデウス陣営。
私、ルナリス、紗雪の3人は、4人掛けのソファーに仲良く並んで座っています。
その隣、豪奢な一人掛けソファーには、後ろに斎賀さんがそっと控え、黒いシルエットのまま足を組む“黒蝶姫”こと夢咲CEO。
さらにその隣のテーブルと長椅子には……黒い鉢植えに植わった一本のねこじゃらし。風華さんのアバターですね。ミーちゃんとポンちゃんが長椅子にくつろいでいるのが、この殺伐としそうな空間での唯一の癒しです。
対して、向かって左側のソファー。
そこに座るのは、3人の男性。当初の予定より人数が減っているそうですが、それは『思考を読まれる事を恐れた』あるいは『外部からの指示を受け取れない』デウスが用意したこの空間に入ることを厭うたからだとか。
残った3人は、いずれも“その筋”では有名な論客たち。
『始まります』
念話で紗雪が告げると同時に、スタジオの空気が変わりました。
司会進行役の、細身の壮年男性――百瀬が、カメラに向かって重々しく頷きます。
白髪交じりの髪を整え、インテリジェンスを装いながらも、その目には権威主義者特有の、他者を見下す色が隠せていません。
私達の配信も開始し、既にたくさんの視聴者さんのコメントが私達だけに見える半透明ウィンドウに流れ、紗雪がマルチタスクで対応してくれています。
「……さて、視聴者の皆様。本日は世界を揺るがす一大事について、緊急特番。4時間の特別枠でお送りします。突如として現れ、我々の生活を侵食し始めた『Deus ex Machina Corp.』。その技術は魔法か、それとも悪魔の罠か。本日はその当事者をお招きし、徹底的に真実を追究してまいります」
百瀬の口調は一見中立を装いながらも、言葉の端々に『侵食』、『悪魔』といったネガティブな単語を混ぜ込み、視聴者の不安を煽る手口。典型的な、“結論ありき”の偏向報道の入り口です。
`誰? この猿爺ぃ`
`いつもの偏向報道`
`マスゴミ乙`
怒涛のように赤い文字が、突如として背景に表示され始めました。
司会はまだ気が付いていないようで、カメラクルーと、向かって左。私達の対面の3人がざわつき始めていますね。
『全ウェブ配信から抽出されたコメントです。ネガティブは赤文字、ポジティブは青文字、他は黒文字に色分けされて、自動的に背景に流れるんですよ。ちなみ私達、”悠久の羅針盤“チャンネルの配信コメントからも拾われますよ』
“にゅっこにゅこ動画”みたいに、コメントがリアルタイムに画面内に流れると。権利関係もあるので左右に流れていく代わりに、表示されて入れ替わっていく、という形にはしたみたいですが。
「では、パネリストのご紹介です。まずは、衆議院議員、岩見先生」
「どうも。国民の生命と財産を守るため、今日は厳しく問いたださせていただきますよ」
ふんぞり返るように座る、恰幅の良い男。
市民派を自称しながら、その実、特定の活動団体や利権構造とズブズブの関係にあると噂される古参議員です。
「続いて、国際ジャーナリストの橋田さん」
「はい。この問題は日本一国に留まりません。国際社会の視点から、鋭く切り込ませていただきます」
細面の、神経質そうな男。
彼の言う『国際社会』というのが、特定の某国(公然の秘密たる彼のスポンサー)の意向であることは、界隈では有名な話。
`何度失言しても消えない、染み爺`
`売国奴`
`税金泥棒`
`百瀬とセットの偏向報道2枚看板`
`老害`
`何をやらかしても、厳重注意(笑)`
2人に向かって、コメントも赤文字一色で盛り上がっています。
たまに青文字で、何ともわざとらしい太鼓持ちコメントが流れるも、あっという間に赤に押し流されていきました。
「そして最後に、人権活動家としても活躍されている、タレントのアガトさん」
「悲しいですね。このスタジオの空気……差別と搾取の匂いがします。今日はそのあたり、はっきりさせましょう」
派手なメイクと、どこか作り物めいた整った顔立ちのアジア系金髪青年。
多様性を謳いながら、自分の意に沿わない文化――特にオタク文化を徹底的に攻撃することで知られる人物です。
コメントは赤青半々? と、思いきや
`今日もイケメン`
`抱いて`
等のポジティブを、
`ヤラセの帝王`
`裸の王様`
`国に帰れ`
`マスゴミの狗`
`整形王子`
赤が圧倒的な勢いで増えていきます。
……なるほど。見事なまでに、デウスを『悪』と決めつけて掛かる布陣ですね。
「では早速、議論に入りましょう。まず、デウス社が保有する『マナ技術』について。岩見先生、いかがお考えですか?」
百瀬が水を向けると、岩見議員は大げさに嘆息し、私たちの方を――いいえ、カメラの向こうの大衆を意識した視線で語り始めました。
「ハッキリ言いましょう。危険極まりない。一企業の、それもどこの馬の骨とも知れぬ企業が、エネルギーインフラに食い込むなど。あってはならないことです。もしデウス社がテロリストに加担したら? あるいは、彼ら自身が国家に牙をむいたら? 国民の生活は人質に取られたも同然ですぞ!」
机を叩かんばかりの剣幕。
しかし、その主張の裏にあるのは『自分たちの利権にならない、既存利権を喰い破るインフラ構造は認めない』という、浅ましい本音でしょう。そもそも、デウスはその懸念を承知の上であえて、既存インフラそのものには手を出さず。効率は悪くとも、大体燃料の一部を供給するという開始地点を選んでいます。
彼の主張は、言葉こそもっともらしく聞こえますが、実態とは異なる悪意ある誘導発言ですね。
「仰る通りです」
しかし、すかさず橋田が追随します。
「これは人類の共有財産であるべき技術です。それを独占し、特許で守り、利益を貪る……。国際社会は、これを『技術的覇権主義』、それも、1企業によるそれと見ていますよ。諸外国からも強い懸念の声が上がっています。即刻、技術を公開し、国連……あるいは、アジアの平和を主導する近隣諸国と共有すべきです」
「あら?」
そこで初めて、夢咲CEOが口を開きました。
「共有? そもそもからして、現代の社会構造を全く考慮されないご発現に頭が痛くなる重いですが。つまるところ、『とにかく全てタダでよこせ』と、おっしゃりたいのかしら?」
「言葉を慎みなさい!」
百瀬が鋭く制止します。
「我々は公共の福祉の話をしているのです。あなた方のような営利企業が、独断で世界を変えていいはずがない。そうでしょう、岩見先生?」
「その通り! そもそも、安全性も未確認だ。マナ? MC? 非科学的だ! 人体への影響、環境への負荷、何もかもがブラックボックス。そんなものを子供たちの未来に残せるわけがない! 直ちにすべての稼働を停止し、まずは政府の管理下に置くべきだ!」
ああ、なるほど。要するに、『自分たちの管理下(利権)に置け』『言うことを聞かないなら潰す』と。
大層な御託を並べていますが、言っていることは山賊と変わりませんね。
『ナオ……様。あの方々、魂の色が……澱んでいます。言葉と心も……ちぐはぐ……です』
ルナリスからの念話。
『そうですね。自分の利益のために、正義の皮を被っているだけですから』
『醜悪ですね。……それで、状況が動くなら、撃ちたいところですが』
『そのつもりがないのはわかっていますが』 『紗雪、ステイ。ですよ』
背後のスクリーンに投影されるコメントが、ものすごい勢いで流れているのが見えます。
`何言ってんだこいつら`
`電気代安くなるならデウスでいいよ`
`政府管理とか絶対中抜きされるだけじゃんw まして国連とか、意味不`
`技術公開しろって、どこの国に流すのか丸わかりすぎて、草`
`司会、デウス側に喋らせろよ`
`そもそも技術検証も、安全性評価も、全部終わったから認可したんだろ`
`現状インフラそのものの切り替えじゃなく、燃料供給にとどめてる。影響も最小限`
`何も勉強せずにしゃべってるだろ、こいつら`
`太陽光パネル敷き詰めよりはるかに、悪影響無いっての`
視聴者の反応は冷ややかですが、スタジオの空気は反対側に座る彼らの独壇場。
声の大きい方が勝つ、と言わんばかり、圧迫面接のような怒声すれすれの恫喝も交えた一方的な主張が続きます。
一方的な批判の嵐がひと段落したところで、司会の百瀬が芝居がかった仕草で眼鏡の位置を直しました。
「さて。技術や法律の問題もさることながら、SEOにはもっと根深い、倫理的な問題も指摘されています。そうですね、アガトさん」
「はい。私は悲しいですよ、本当に」
アガトが大げさに嘆息し、ねっとりとした視線を私――正確には、私の隣に座るルナリスと紗雪に向けました。
「見てごらんなさい。この美しい少女たちを。白すぎる肌、非現実的なプロポーション、従順な態度……。これぞまさに、男性社会が押し付けた『理想の女性像』の具現化だ。SEOというゲームは、こうしたステレオタイプな美女美少女を侍らせることで、プレイヤーの歪んだ支配欲を満たしている。これは女性蔑視であり、ルッキズムの極致ですよ!」
突然のレッテル貼りに、ルナリスが目を丸くしています。
『ナオ……様? わたくし達……なにか、いけないので……しょうか?』
『いいえ。ただの言いがかりです』 『阿呆がわめいているだけです。耳に言葉を入れる価値もない。気にしないで』
私は内心で殺意をみなぎらせながらも、表情に出さずに内心で毒づきながら、ルナリスの手をそっと握ります。
あれ? そもそも私も女性ですよね。うん?
しかし、アガトの舌鋒は止まりません。
「さらに許しがたいのは、ゲーム内に『奴隷制度』が存在することです! 獣人や亜人を差別し、売り買いする……そんな野蛮なシステムを娯楽として提供する企業に、人権を語る資格などない! 子供たちの教育に悪影響だと思わないのですか!」
反射的に口を開きそうになりますが、幸いというべきか、アガトはそれを遮るように声を張り上げていました。
語るも何も……そんなものデウスはSEO開始当初から語ってすらいませんよね? むしろ大胆不敵、傲岸不遜を貫いていたような。いやそれはそれで問題無きがしないでもないですが。
「ほら! 図星だから反論もできない! 現に貴女は、その元王女だという女性や、AIの少女を『所有』しているのでしょう? 愛だの絆だのと美辞麗句で飾ってはいても、その本質は『搾取』だ。貴女自身もそうです。作り物の容姿、アバターを使い、天使だ堕天使だと特別視されることを楽しんでいる。それはマイノリティへの冒涜だ!」
ああ、なるほど。他の連中同様、こちらの言葉を聞く気はないのですね。
自分の正義に酔いしれ、相手を『悪』と断罪することで気持ちよくなっているだけ。
紗雪がスッと目を細め、私の膝の上で指を動かしました。
『……ナオさん。デウスと協力して、今もいろいろと“弾込め”をしている最中なのですが、ちょっとだけ先に出しちゃいます?彼、裏アカウントで、気に入らない女性タレントを容姿で誹謗中傷していたログが残っています。それと、”特別な”接待の強要に関するやり取りの証拠も』
『そんな事をしてくれていたのですね……でも、まだです。今は泳がせましょう。それに、ここはデウスの……夢咲CEOの狩場ですから。私達はおとなしく、彼女の指示があるまで傍観者に徹しておきましょう』
ええ、どの道、コメントも見事に赤一色ですし。
`出たよ、いつものレッテル貼り`
`自分に都合がよくないからって全部差別にすんな`
`ルナリス姫が幸せそうにしてるのが見えないの?`
`奴隷制からはむしろ脱却してる国も多いんだが`
`これは引っ掛かるのわかるけど、ナオさん、その美貌でリアルそのまんまのアバター……作り物の顔はお前だろ、定期`
`自然発生的にそこにある文化。わざと作り込まれた設定とは分けて考えるべき`
`聖国マリシアとか、むしろ良い社会勉強になってる。奴隷制に宗教国家、階級制度と格差社会`
アガトの暴走に乗じて、ここぞとばかりに橋田が割り込んできます。
「差別の話が出たついでに、もっと重大な差別について触れねばなりませんね」
橋田は鬼の首を取ったような顔で、夢咲CEOを指さしました。
「デウス社は、SEOのサービス提供地域から、特定の国々を意図的に排除していますね? これは明白な人種差別であり、不当な経済的敵対行為だ!」
「そうですとも!」
岩見議員も我が意を得たりとばかりに同調します。
「技術は平等に提供されるべきだ。特定の国だけ恩恵から外すなど、国際協調の精神に反する! 先方は『VRMMOに加え、マテリアライズの全ソースデータの開示、開発並びに運用の技術者交流、製造基盤の国内設置』を条件に受け入れを表明しているのに、それを拒否するとは何事か!」
……なるほど、本丸はそこでしたか。特に、マテリアライズはやはりインパクトが大きすぎたのでしょうね。
マナ技術という次世代世界の覇権を握ると確実視される根幹技術。またその応用たる、マテリアライズという資源のみにとどまらない、世界の抜本的な変革。
それを、自分たちのスポンサーである国に引き渡せと。
いつもの事ですが、要するに『全部よこせ』と言っているのと同じです。
「これはもはや一営利企業が担う事を許される限度を超えている。全人類が等しく平等に保有すべき権利です。まして、そのサービス提供先を一企業の独断で選別するなど、傲慢にも程がある!」
「直ちに排除を撤回し、彼の国へのサービス提供と技術供与を開始すべきです。さもなくば、日本は国際社会で孤立することになりますよ!」
この人たちは、現代の社会構造というものを頭から消し去っているのでしょうか……そうなのでしょうね。
百瀬、岩見、橋田、アガト。
その後も続く、四方向からの集中砲火。
彼らは自分たちが『正義』の側にいると信じて疑わず、私たちを『悪徳企業とその操り人形』として断罪し続けています。 議論ではありません。これは、ただの公開リンチ。
ですが。彼らは気づいていないのでしょうか。
その「正義」の仮面の下から、どす黒い欲望があまりにも明け透けに見えてしまっていることに。
私が視線を送ると、黒蝶姫――夢咲CEOは、優雅に足を組み替え、口元だけで笑いました。
「ええ、そうですわね。……皆様の『ご意見』、たっぷりと伺わせていただきましたわ」
彼女が指を鳴らすと、スタジオの空気が凍り付きました。
それは、ただの演出ではありません
彼女から放たれた、隠しきれない覇気――あるいは、殺気。
「そろそろ、視聴者の皆様も茶番に飽きてきた頃でしょう?」
淡々と、無茶ぶりに対して、丁寧に無言の我慢と、短い否定を繰り返していた。そうするを余儀なくされるに、ただ従っているかに見えた黒蝶姫……夢咲CEOの発言からでした。




