164.7章 - 第5話 ”湖畔の休息 #2/2”
「難しい事考えてましたね~、ナオさん? 悟りでも開いちゃいました?」
天使ボディの飛行であっという間にたどり着いた、紗雪の元。ふよふよと穏やかな日差しの元、漂うアリアの背中。
さすがにまだ2人で乗せてもらうには小さいから横並びで空を飛ぶ。
鳥さんとかと違って魔力飛行だから。こういう浮遊したり、のんびり飛ぶのもお手のものね。
「う~ん、そんな事もないよ? ただ、今の私って何だろうなとか、やっと落ち着いて、自分の感覚を見つめなおしていたというか。魂と魄の一致?」
呆れられるかな、って思ってそっと紗雪の顔を覗くけれど、ものすごく真剣な表情で真摯に翡翠色の瞳で見つめ返されていました。
しばらく見つめられた後。
「ん。心身の乖離とか、そういう問題が起きているわけではなさそうですね。良かったです」
あ、心配させちゃったかな……。
「ありがとう。全然大丈夫よ。今の自分を見つめなおしたというか、在り方? を理解できたというか」
「一般的には一つの身体に一つの魂。魂魄、魂と体という、本来不可分な存在。やむを得なかったとはいえデウスも酷なことをします。今のナオさんは明確に魂だけが、自己の絶対的な存在の立脚点であり自我ですからね。ルナリスを心配したのも、そこですね?」
あはは、念話は2人につながっちゃうから、聞かれていましたね。
「多重顕現のスキルは”不朽の束縛”で3人に共有されていますが。ルナリスちゃんは心身、魂魄の同一性は現状を維持した方が良いでしょうね。PVP大会で見た”神授の雫”が開いた未来のイメージでも、だいたいにおいて身体は1つでしたし」
あの時見た様々なルナリスの姿を思い出す。一部謎の、というか、たぶん邪神系な概念が強く出過ぎた姿もあったけれど、確かにルナリスは銀の姫の美しい姿をおおよそ維持していました。
「普通の人間だと正直、身体が2つ、なんていう状況、下手をすれば自我が崩壊します。多くのプレイヤーが多重思考のスキルを使いこなせないのが良い例です。適合するようになった時、それは従来の人と言ってよいのか……」
人体改造って。斎賀さんの話を聞いて思っていた、その通りですね。
「って、それ私が化け物って言ってない!?」
「違いますよ。新人類でも超越者でも、呼び方は何でもいいですが。……そうですね、ナオさんは意外と心配性ですから。私。紗雪のナビAIとしての……魂は、今は不朽の束縛でナオさんと繋がって幸せを享受していますが。本来の身体はどこにあります?」
ちょっと意地悪な表情を浮かべ、問いかけてくる。
「それはもちろん、今目の前にいる紗雪の少女体と、人形体でしょう?」
その答えにちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しそうに。
「不正解です。Deus ex Machina Corp.がどこかに保有する、ナビAIのインフラなのか、なんなのかの中。私ですら見た事もなければ、どこにあるのかもわからない、それです。ナオさんが、MCを大量投入したり、当時にして、とんでもない素体を用意してくれたことで大拡張された、それです。
そこで、視線をそらし、うつむいてしまう紗雪。
「本物の魂を宿す存在に、ナオさんが引き上げてくれたことで、魂という本質は永遠を共にする事ができるようになりました。”不朽の束縛”に、共に宿り、いつでも隣り合わせ。なんて幸せなことか……。でも、私は……私だけは、本当の身体でナオさんと接する事が未だにできていないんですよ。そもそもそんなことができるのか、存在の定義からして不明なんです」
「紗雪……」
私達の間に、わずかに流れる沈黙。空に地に、遊び戯れる少女人形達の声があたりに満ちる。
私にとって、いつも触れ合っている紗雪は確かに存在する身体で、とか……形にならない思考を言葉にするよりも早く。
ぱっと、顔を上げた紗雪はもう、いつものちょっと蠱惑的な笑顔を浮かべた、素敵な灰銀色の髪の人形少女で。
「ね? 存在だ、魂だなんて。フィーリングでいいんです、フィーリングで。私はナオさんといつでも一緒。いつも素敵に愛し合って、イチャラブして。自己の存在規定が揺らいで自我が崩壊とかそういうのは困りますけれど。ナオさんはその点、なんだか超絶頑丈? 不感症? だから大丈夫なんですよ」
なんだかひどい言われような気も?
「ほら。そんな小難しい事で悩まないで。いつも通り、楽しみましょう!」
ぴょんっとアリアの背中から飛び上がり、私に前から抱き着く、私の可愛い人形少女。
そっと、耳元に口を寄せて。
あ、愛の囁きですか? いつでも、ウェルカムですよ!?
「ところでー。配信、しっぱなしなの。忘れてませ~ん?」
あ……。
大慌てで、宙に浮かぶコメント欄を探します。
`てぇてぇ`
`なんか急に音声切れてたけど、てぇてぇ`
`ナオ氏が真剣なお話しっぽい表情していたから、内緒話かな。でも、てぇてぇからなんでもオッケー`
「私が~ちゃんと音声オフにしておきましたから。唇の動きも偽装してあるのでご安心を。うふふ、私優秀ですか? いないと~だめですよね?」
「ええ。紗雪のいない生活なんて、絶対に考えられませんよ。いつも、ありがとうございます」
いやはやこれは……完全に油断した私のミスですね。
大分慣れたかと思いましたが、配信。どうにも意識できないというか、忘れます。
「じゃあ、そんな紗雪に~、ナオさんはどうしてくれるのかしら?」
「このまま、お姫様抱っこで空の遊覧飛行なんていかがです?」
「ん~」と、悩むように人差し指を口元にあてがい、流し目気味に見上げてくる小悪魔モードのスイッチが入った紗雪。
「もう一声?」
なんでしょう、どうすれば……。
「ナオさんは本当、しょうがないですね~。じゃあ、その間ずっと愛の囁きをしながら。で、許してあげます!」
「ふぇ!? わ、わかり……ました」
それはさすがにとんでもない羞恥プレイな気が? あ、でもまあ。聞こえるのが紗雪にだけなら。ルナリスも寝ていますし。
「あ、もちろん配信音声ONのままでですよ? いいですね~。皆さんも聞いていましたよね?」
`めっちゃ楽しみ`
`ASMRにして!`
`紗雪嬢いつになく積極的`
`ルナリス姫の寝ている間にw`
「きゃぁ!? 紗雪? それ本気……本気なの!?」
「と・う・ぜ・ん、です♪ さ、早く早く~」
ひょいっと、自ら飛行して天使ボディの私の胸元に体を摺り寄せ。首筋にぎゅっ。
お顔が近いですね!?
灰銀色のツーサイドアップの髪がこしょこしょ。甘くていい香りにくらくら。
えぇい、良いでしょう。覚悟を決めて……!
その日の配信はしっかり、紗雪自ら切り抜きが作られ。
ASMR動画としてアップ。とんでもない再生数になっていたとか。
私は思い出すと羞恥で頭から湯気を吹き出しそうなので、見ていません。ええ、見ていませんとも!
さらに後日、その事を知ったルナリスに、とてもとても、それはもう見ていられないほどしょんぼりされ……。
悠久の楽園のお空で、パートツーをルナリスと開催する事となったのでした。
公開生配信で……。
どうして二人ともそう、恥ずかしいところを、世間様に露出しようとしちゃうんですかぁ!!
――ASMRアーカイブによる総獲得配信MC……7,500万MC




