162.7章 - 第3話 ”続・私は……?”
私達が暮らす高層マンションのほど近く。同じデウスが管理する敷地内にある、別棟。
その中の、自然を多く取り入れた、落ち着いた雰囲気の1室。
今私は堕天使ボディーだけ、こちらにお邪魔しています。
天使ボディはお部屋でルナリスと紗雪といちゃいちゃ、まったり中。
大事なお話をすると分かってくれているので、過度に私の気が逸れない程度の、ソフトな触れ合いに留めてくれる二人に内心で感謝しつつ。
「正直に申しまして、私共も、ナオさんのお身体、来歴についてはわからなさすぎる……謎、というのが事実なのです」
そういって切り出してくれたのはもちろん、斎賀さん。
私の2つある戸籍などの身分情報と、男女それぞれの性別での登録……どころか、生活の痕跡。
記憶があまりに曖昧で、私自身何もわからないのが、何よりの問題なのですが。
「ひとつづつ、お話ししていきましょう。事故……事件の当時。黒蝶姫は普段から様々な勢力に、政治的、経済的、法的。あらゆる側面から狙われています。既得権益を覆すのみならず、世界そのものの在り様を変えかねない特大の爆心地ですから。やむを得ないでしょう。問題は、そこに、法をかいくぐる。あるいは、法を蹴りのけて物怖じしない存在もかかわってくること。事故に見せかけた暗殺等、現代社会において何を? と思われるでしょうが、事実、日常茶飯事です」
陰謀論などと世間に言えば、そうだと断言されるでしょうが。デウスのもたらす変化の重大さと速度を考えれば……あながち妄想とは言えないですね。
「現状、Deus ex Machina Corp.の技術。魔法技術の根幹は彼女に依存しています。協力者の育成も検討はしましたが、世界の表舞台にSEOをはじめ、各種技術とその実装成果を出すまでは漏洩リスクの方があまりに高く。また、彼女が一定の不死性を有している事も判断の一助となりました」
「彼女は何者なのです?」
これは知れば知る程、疑問に思うのはやむを得ないと思うのです。
「残念ながらそれは私も知りません。ただ、明かされているのは、時間加速に関する魔法技術をかなりの初期段階から、有していた事。これを用いて、大学生程の外見年齢とは次元の違う年数を、知的活動期間として生きている事。魂が生存する限り、肉体の不死性を得ている事。デウスの維持管理はそうした中で生み出されたAIが統括している事……実は中枢にかかわっている人間のスタッフは極めて少ないのですよ。紗雪さんや他のナビAIをご存じですので、想像は出来ますよね?」
神の魂を宿せたのは紗雪が初めて。とは聞いていますが住民同様、一定以上の知的活動が可能なAIを実用化しているデウスですからね。外聞等気にしなければ、全従業員AIと言われても驚きません。生身の肉体は別としても、イベントの展示であったという、アンドロイドボディで人間に見せかける事も容易だったでしょう。
「実は斎賀さんも、AIだったり……?」
「さあ……どうでしょうね?」
そこで意味深なイケオジスマイルはやめてぇ。怖いから!
「少し話が逸れましたね。以前お話ししたように、とはいえ現代社会において、死人が生き返る事は極めて困難です。死亡の映像を抑えられ、拡散されれば、別人の成り替わりだ、背乗りだなんだと。社会的な地位を失います。黒蝶姫は表に顔を出してはいませんが、政財界では周知の事実。途端、死亡の事実と合わせてリークされるでしょう。あくまでまっとうな、社会的地位をもって、世界を良くしたいDeus ex Machina Corp.にとって、それは許容しがたい」
そのため、黒蝶姫さんを救った。厳密には社会的立場を救ったという事で、たいそう、恩義を感じてくださったのですよね。
「黒蝶姫は普段、魔法的な技術によって自身の身を護る……結界のようなものを展開しています。しかしあの日。その結界が作動しなかった」
大変香り高い紅茶を一口。喉を湿らせる斎賀さん。
私もそれにあわせて、手ずから出してくださったお菓子、ギモーブ(マシュマロのようなお菓子)ですねこれ、またお洒落な。を、いただきます。
「魔法は、なにも黒蝶姫とデウスだけが有する、技術ではありません。以前お話ししたように、古来から実在する技術。ただ、今はほぼ失われ人間も魔法は無い物として進化、順応……あるいは退化しただけです。世界のどこかに黒蝶姫と同じように、魔法技術を持つ存在がいる可能性は否定できない」
「つまり、そういう存在が黒蝶姫暗殺に手を貸したと?」
「証拠は何もつかめておりません。残念ながら。しかし、秘密結社が秘密の流出を防ぐため妨害を……等というのは、小説の題材としても古今東西ありふれたものでしょう?」
「まあ、そうですね。それに、もしそんな存在がいて、技術の恩恵を秘匿しているなら。デウスのように世間に広める存在は目障り以外の何物でもないでしょうね」
あ……このギモーブ、酸味と甘みがちょうどよくて。パッションフルーツがベースですね。美味しい。
つい3個目をもぐもぐ。
あとでどこで売っているのか聞いて、今度皆で買いに行きましょう。
「敷地内のお店にありますし、お土産にご用意しますよ」
「/// …… ありがとうございます」
私そんなに顔に出やすいですか~!?
「ナオさんの治療を開始すると同時に、私が陣頭指揮を執り、様々な調査を行いました。初めは、ナオさんの生活への影響を最小限にとどめるためでした。結果的に既に退職されていたわけですが」
「あはは、お恥ずかしい。SEOの完全換金システムにのって、プロゲーマー的な生活に移行しようかと……そう思ったことは覚えています」
そう。SEOと、昔遊んだMMOをはじめとするゲーム関連、そして勤め先で得ていたIT関連の記憶だけはほとんど失っている記憶の中で、不思議ときれいに残っているのですよね。
「お話を伺った皆様の記憶では、ナオさん。貴女は間違いなく女性でした。『神代 和桜 (かみしろ なお)』。人づきあいが……少々、苦手ではあるものの、興味関心をもった事へは抜群の好奇心と熱量であたり。あらゆることに臨機応変に対応できる。物事の理解が早い、どちらかというと万能型で優秀な人物という評価」
斎賀さん!? 面と向かって、うわ、うわぁ……。
「あ、あの。陰キャの根暗、それで、それで十分ですからぁ」
顔から火を噴きそうになっているのを、はっきりと自覚できます。
そんな私を優しい瞳で見つめる斎賀さん。ダメですよ? 私はルナリスと紗雪一筋ですからね!
一筋とは何ぞや? というとんでも思考が浮かび上がりますが、私なりには一途なんですぅ。
それに男性はそういう対象に見る事は出来ませんから!
「兎角、そうした評価で、人々の記憶にある貴女は女性です。男性として記録がある、『神城 凪音 (かみしろ なお)』さんについて伺っても、誰一人としてお分かりになりません。配属先まで同じという事になっていますので、部署の方にお聞きしても、和桜さんとお間違えでは? と言われる始末です。会社の社員データとしては存在しているのに。ですよ?」
「なんだか、ホラーみたいになってきましたね……」
自分の事のはずなのに、背筋がぞわぞわしてきます。
「ただし、さらなる調査の結果、給与の支払い、納税等の記録はなく。社内メールシステムに該当のメールアドレスも生成されていなければ、社内システムのユーザー登録もされていない。人事評価記録も更新されておらず、社内の組織検索システム上も存在しない。本当に、形ばかりの社員情報だけが、人事データの片隅にのみ、突然存在していたという事も分かりました」
「え~と……でも、それですと、健康保険・厚生年金の資格喪失手続きがされていないと、会社が保険料を虚偽申告していたことになって、まずくありません? 静的に潜らせて置けるデータなんて現代社会において、まずありえない気が」
「そう。まさにそうなのです。戸籍、マイナンバー、国民健康保険、基礎年金番号等ありとあらゆる物事においても同様なのですが。”なぜか“そうしたデータの検証やシステム間連携はエラーすら記録されず、”なぜか”アラートも上がらず、”なぜか”そもそも該当データが参照されていない。”なぜか”いつでも『神城 凪音』さんのデータを回避する。まるでご都合主義の塊です……。これには私達もお手上げでした。もはや、『神城 凪音』さんに都合がよいように、世界が改ざんされ続けていた。と言った方が早いです。あるいは……」
と、そこで斎賀さんの言葉が止まります。
「あるいは?」
「私達はいくつかの仮説を立てていました。あくまでその一つにすぎません。それをご理解の上でお聞きいただきたいのですが。『神代 和桜』という存在は、電子的な記録、電子の世界に。ある時、急に生み出されたのではないか。”世界三秒前仮説のように”。そしてその”時”というのが、あの事故の瞬間ではないか? というものです。デウスの魔法的な技術と同様。何か超常的な事象によって」
「でも、誰が、なんのために、わざわざそんなことを? 私、ただの根暗なOLですよね?」
「はい。あ、いえ、根暗はともかく。ゲームや聡明さ等、特技は無数にお持ちであっても、一般人女性である事は否定いたしません。ちなみに、今は当該戸籍情報等についてデウスでうまく、方法は蛇の道は蛇とだけ申しますが、処理してあります。男性である『神城 凪音』さんは、女性である『神代 和桜』さんの双子のご兄弟であり。幼少期より、デウスの施設内で保護され、暮らしていた。成人した後は従業員であった。という事になっています」
無からではないにせよ、むしろそんな怪しい状態からそういう事ができるデウスの政治的? 裏の? パワーも怖いのですが。まあ、私に都合がいいならよしとしましょう。
「最後に。これも仮説交じりになりますが、重要な事を。まずあなたの元の肉体。これは女性か男性か判別ができませんでした。損傷の度合いはもちろん、DNA情報についても、です。最終的に”未知にして不明”としか……。申し訳ありません。私共でもわかりませんでした」
えー……私、実は人間じゃなかったとかないでしょうね?
血の色は青かったとかないです? あ、ない? 良かった。
「その上で、SEO開始前のテストサーバー空間での活動記録。SEO開始後、特に、2つの身体を同時に操られるようになってからの、魂の状況を精密にモニターさせていただいた結果。ナオさんの魂の許容量、大きさと言い換えても良いのですが。それは、常人の2倍をはるかに超えています」
と、手元のタブレットに一つの動画でしょうか、映像を映してくれます。
「さらには、容量が大きいだけではありません。波形が……奇妙なのです。まるで、異なる二つの波長が、絶妙なバランスで『編み込まれている』ような。自然発生的にはあり得ない、奇跡的な構造をしています」
一般人とラベリングされた複雑な図形。それに対して、私の物とされる図形は、影のように二重写しになった図形が表示され、時々刻々と変化しています。
「このような魂の形質故に、いかなるトッププレイヤーもまだ適合できていない。多重思考、多重の身体操作等々、軽々とこなされていると推定されます」
「ほえぇ……他の方が多重思考を操りきれていないというのも実は、よくは知りませんでしたが」
「そのスキル、特性は、ゲーム的な問題ではなく。人間の脳や魂の処理能力に実際は依存しています。スキルを獲得する事で、SEOのシステムから補助を受け。何十年もの時間をかけて身体と魂を慣らしていけば、数パーセントのプレイヤーが実生活においても、類似した特性を発現できる可能性がある。そういうものなのですよ。今はシステム的に、瞬間的な時間加速をかけて差し上げる等で、無理のない範囲で、ゲームスキルとして疑似的に思考加速や、多重思考スキルを娯楽要素として楽しんでいただいていますがね」
なんか、それって、ゲームをプレイする事で人体改造を受けているような。
まあでもそれを言い出せば、極論でこそありますが、ゲームのし過ぎで目を悪くする、思考の様式に変化が出る可能性がある、脳の神経構造に影響が、等々だって、マイナスの人体改造と言えてしまうのかもしれませんね。
とはいえ、そこは個人的にはどうでも良いですね。
難しい事は、偉い人達に考えてもらいましょう。
「ナオさんは、身体面は私共のご用意したお体でクリアしていますので。この常人をはるかに超える魂の能力を、十全に発揮いただけます」
うん、斎賀さん? その、ちょっとどや顔っぽい笑顔はやめてね?
そもそも、私の本体、現実ですら”不朽の束縛”。特級呪物ですからぁ。
――「と、まあ。そういうわけで。私の本名はたぶん『神代 和桜 (かみしろ なお)』。いろいろ謎多き人間ですが……これからも……よろしくしてもらえたら嬉しい……な」
ええ、お部屋に戻って、しっかり二人に包み隠さず全部を、詳らか(つまびらか)に話しましたよ?
お土産にもらったギモーブを紅茶と共にいただきながら。
「ナオ……様、は……ナオ様、です。わたくしの、大切で、一生を、永遠を、共にする……愛する御方です」
「ナオさんの過去がどうであろうと、存在の謎がどうだろうと、関係ないですね。アーリーアクセス空間での初めての出会いから、ずっと、ずっと。紗雪はナオさんのために生まれ。ナオさんと共に生き。永遠を共にする愛しの紗雪です」
本当。
私の”特別”。
2人と共にある限り、悩みなんて、馬鹿らしくなってしまいますね。
ありがとう、二人とも。愛しています。
その夜はいつになくしっとりと、激しいのは無しで。
窓から差し込む現実に月明かりを楽しみながら、3人で眠りについたのでした。




