161.7章 - 第2話 ”帝都へのお誘い #2/2”
――「なるほどの、彷徨いの樹海内部はそのような状況になっておるか」
「まだ、中層の浅い段階ですので、これまでも得られた情報と重なるかと思いましたが」
目的だったスキルの入れ替えは終わりましたが、辺境伯様の希望もありフェルナレン大司教同席の元、私達の彷徨いの樹海初回探索の報告を終えたところ。
それぞれの前に置かれた紅茶もすでに2杯目です。
「これまでの報告では取り込まれた村落の住民は怪物化していた。人の姿を保ち、会話までしてきたなどというのは、初めての事。まして、黒い兵士の本質が、改造された人間であった可能性があるなどとは。アレイスター王国建国期からそのような非道が続いていたとするならば、出現した無尽蔵ともいえる兵数にも得心が行く」
「黒い兵士。その全てが、生きた人間を元としているとも限らぬでしょうな。悍ましい事です……」
つまり、死体すらも……という事ですか。
脳裏に過るのは、彷徨いの樹海の研究所で見た、培養槽に浮かぶ脳髄たち。
あの悍ましい改造技術が、動物やモンスターだけでなく、人間にも適用されていたとしたら。
黒い兵士の中身が、かつて生きていた誰か、あるいはその成れの果てだとしたら……。
しばらく前のあの大戦で無限に湧き出た軍勢の正体に思い至り、私は背筋が凍るのを止められませんでした。
「しかし、これは大きな問題があるかもしれませぬな」
と、大司教の深刻そうな呟きに、辺境伯も眉間にしわを寄せて唸りを上げます。
「広域魔法や、大規模な破壊も多い。数は多くないと信じたいが……」
「何か問題が?」
「ナオ殿は、都市防衛や北西部、マリリーニ州戦線は参加されていなかったな。黒い兵士の調査結果において、残された死骸を解剖した結果、確かに脳にあたる部位がない。という報告が上がっておったのだよ。多くはマナの靄へと還っておる。だがもし。その『ミ=ゴの使役体』。身体を操る寄生体ともいえよう触手の生えた脳髄が、動かなくなった黒い兵士”ミ=ゴの実験体”に隠れ潜んでいたとすれば?」
私たち3人も思わずお互いを見つめ、その最悪の予想に背筋が凍る思いを共有します。
「勿論操ることができるのは元となった黒い兵士の身体のみかもしれん。が、楽観は出来ぬであろうな」
「創世聖教教会内へも伝達いたします」
「頼む」
これは、思った以上に大事になるのでしょうか。あの倒した8体の黒い兵士から出てきた。セレスティアの咄嗟の短距離転移が無ければ、少なくとも接触はされていた可能性があります。その程度には隠密性と、機動力がある、比較的小さな相手……。
そもそも私達はまだ”ミ=ゴの使役体”が人の脳髄を改造して生み出された化け物、身体の本来の持ち主の慣れの果てなのか。あるいは、ミ=ゴが生み出したまた別の寄生生物なのか。はたまた想像もつかない何かなのか、知りません。
あの研究室で見る限りは十中八九、改造元となった生物の脳髄を、ミ=ゴの意のままに操ることができる存在へと変質させたものだと確信を持ってはいますが。すべてがそうとも限りませんしね。さらに身体を離れた”ミ=ゴの使役体”、触手の生えた脳髄がどのようにして新たな宿主、身体を操れるのか。あるいはそんなことは不可能なのか。わからないことだらけです。
……アレイスター王国で、ルナリスの切り離され、汚辱された頭部にへばりついていた、触手の生えた脳髄の映像がフラッシュバックし。王都感を伴う途方もない嫌悪感が。何とか心の平静を保ち、会話を続けます。
「過去の調査、探索との相違であるがな。話から推測するに、ルナリス殿のティアラ。現代の王位継承の証にはあらずとも、かの国の王権の証でもあったそれこそが鍵であったのであろうな」
「ええ。おそらく、かの国と、邪神の崇拝者にして異星からの侵略者ミ=ゴとの、協定を履行する使者の証か何か。として、認識されたのでしょう」
「で、あろうな。もともとこの大陸は、ミドガ帝国が東部を支配し。西部は小国家群が乱立しておった。それが、アレイスター王国。かつては小国であったかの国が次々と周辺小国を吸収、併合。その事に危機感を覚えた中部の小国家群がフェリシテ連邦を形成した。それが、およそ2,000年前であるな」
「つまり、その頃か、少し前に、ミ=ゴとの協定は始まっていたのでしょうね」
「帝国、連邦いづれとも魔術の技術体系が異なるとは長年指摘されていた。邪神崇拝によるなんらかであろうとも。が、まさかそのような背景があろうとはな……」
2,000年……とんでもない長い歴史ですね。現実で言えば、アメリカ合衆国が建国250年弱。日本が約2,700年弱でしたか? もし、その長い年月をシミュレーションして、今のこの仮想の世界の原型が創られたなら。
『1,000台のワールドシミュレーター』という発表初期の世間の評価も頷けます。さすがにシミュレートされたのは各サーバーの原型であって、サーバー自体はコピーでつくられたものしょうけれど……です、よね?
と、まあ、そんな考察は置いておいて。
そっと。天使ボディで隣に座るルナリスの、冷たくなっている手をとり。ゆっくりと、揉むように。むにむに、むにむに。
大丈夫、大丈夫ですからね。
強張った手から少しづつ力が抜けて、温もりが戻ってくるのを感じ。
さらに堕天使ボディを挟んだ向こうの紗雪も、心配そうに見ているので。翼を消した背中をトントン。
「少なくとも。現代において知っていたのは、ごく限られた人間のみだったのでしょう」
私の微妙な、声のニュアンスの変化を感じ取ってくださったのでしょう。
「考察は十分であろう。調査感謝する。また引き続き頼みたいところだが、今日話したかった事がもう一つあってな」
話題を変えてくる辺境伯様。そういう、気配りができるところ、好きですよ? イケオジっていうやつですね。
言いながら取り出されたのは、封蝋の施された封筒。
いつもの家令さんが机の反対側から私へと、受け渡しを介在してくれます。
朱色の蝋に押された印は……って、私が見ても分かりませんよ。
「ミドガ帝国、皇帝陛下直々の書簡だ」
っと、思わず取り落としそうになりましたが、危うくセーフ。
「え……なにゆえ」
「前にも言っただろう? その規模故、常になく遅くはなったが、先の戦功を讃える表彰の式典と、宴がもうけられると」
「ええ、それは伺いましたが」
完全に他人事としてなら聞きましたよ? ほら、マリリーニ州戦線を中心に、それはもうたくさんのプレイヤーが大活躍でしたからね?
「来訪者の多くは、先を競うように、聖国マリシアへと旅立ってしまってな……。やむを得ず、来訪者向けの式典は先に執り行ったのだ」
「なるほど?」
え、それであればなおの事、なぜ私に? 私も来訪者な事はもうご存じですよね?
「そのような中、帝国内の不安要素となっていたダンジョンの平定を一巡り(内部時間30日)近くにわたり実施。今もって帝国の脅威となりうる可能性を秘めた”彷徨いの樹海”の探索を遂行しているナオ殿達を招待せぬわけが無かろう? そもそも。一等戦功は、誰が考えるまでもそなたらだぞ?」
く、内心人の多いところが苦手というか、ルナリスを衆目に晒したくなくて。パーティーは8月中に終わっているだろうと油断したのがいけませんでしたか! 元社畜、それも記憶も無しの一般社会人に、お貴族様のパーティーでどう立ち回れと!? ルナリスだって、社交界デビューはさせてもらえなかった、隠された姫ですよ?
ねぇ。
急に見つめる私を、きょとんと、見返してくる銀の姫。
あ、これは、あんまり考えてないですね?
それなら紗雪は……。って、見るまでもなく。
『どんなドレスで参加しましょうか。アメティスタに用意してもらわないと。あ、でも普段の防具でもあるドレスの方が格も高いしいいかな』
うっきうきな念話が来ましたね?
うん。逃げ場はなかった。
げーむおーばー。
「面白いほどに葛藤が顔に現れておるが、結論は出たようだの。冥府の洞窟-ニベヘリィルは、長期にわたる領域への干渉の影響に加え、邪神の儀式の影響が抜けておらぬでな。北回りで向かってもらう事になる。以前贈ったゴーレム騎竜は、健在か?」
「はい、大変助かっております」
「うむ。それでも帝都まで1巡り(内部時間約30日)はかかろう。式典は2巡り後ゆえ、観光なども交えつつ、向かわれるとよい」
そうして帝都いきが決定し。
しばし歓談の後その場を辞した私の、SEOシステム通知にメールの着信が。
「おや、珍しい。と思ったら斎賀さんですね」
ふむ、なるほど? 私の身分。例の男女両方の戸籍の件で、個別に会話をしたいという事。これは今夜にでもお時間をいただけるとの事ですので、いったん私の内にとどめておくとして。書かれていたもう一つの用事。
「現実側での、お仕事の依頼ですね」
「配信……でしょうか?」
「そう、と言えばそうですが、もっと大規模ですね」 「テレビやウェブ番組……は、もうわかりますね?」
「はい。お部屋……の、ぱそこん? の使い方はまだ、ですが……てれび? は紗雪ちゃんに見せて……もらいました。それに、以前から……アニメーション番組等、この世界でもナオ……様、に、見させていただいて、おりますよ?」
「その番組に、黒蝶姫さん……の、表向きの身分と一緒に参加して欲しいそうです」
これには紗雪が驚いたように。
「え、私達がですか? 正式な広報のお仕事という事でしょうかね」
「そうとも言えますが、討論番組? のようなもので、彼女の補佐役兼、広告塔として出てほしいそうですよ」
「なるほど? あ、これですか。ふむふむ……」
早速情報を調べてくれているようで、本当に頼りになります。
「……なるほど。おそらくですが、これ、単なるデウスの宣伝でも無ければ、逆にメディアを使った対抗勢力に都合の良い内容のまま終わらせるようなつもりもないでしょうね。デウスがもたらす変革に対して懐疑的な層を、私たちという『成功例』も表舞台で見せて、民衆を味方につけて黙らせようとしている。あるいは、これから起きる『更なる変革』への布石としてか」
なるほど? いろいろ難しい事がありそうですね。
まあ、デウス側が恩を感じてくれている。とは言ってくれますが、庶民の身としては、逆にかなり大きな恩を感じています。
ルナリスと紗雪との幸せのためなら、いくらでも頑張っちゃいますよ。
せっかく辺境伯領領都にいますし、このままログアウトも寂しいですね。
「ルナリス、紗雪、どこか行きたいところはありませんか?」
「画商……に、参りたい、です」
「あ、それ絶対、絶対行きたいです」
紗雪までえらく乗り気ですね?
「いいですけれど、珍しいですね?」 「まあ、とりあえず向かいましょう。貴族街の近くの方でいいですよね」
「おそら……く?」
私、忘れていましたよ、ええ。つい先ほどお話ししたところでしたのにね。
今、このSEOの世界、この大陸で何が売られているのか。
――「堕天使の……お姿×天使のお姿……良いです」
「こっちの、ルナリスちゃん×2人のナオさんも捨てがたいですよ? あ、これ。 えー私総受け。えーこれ解釈違いじゃありません?」
「いえ、紗雪ちゃん……は、攻められると途端に脆く……なりますから」
「ぅ……あ、こっちは珍しい。私×ルナリスちゃんですよ」
思わず頭を抱えて、遠い目で見守る私×2.
ええ、いやもう、聖画とかなっているのを忘れていたのも抜けていましたが。
いや、プレイヤー達!? だれです? 同人誌文化まで持ち込んだのは!!
聖典とか名付けて置いているお店もお店ですけれど!?
私達が入ってくると、物静かで格調高い店内が瞬間湯沸かし器で沸騰させたかのような大騒ぎに。
私達に見せて良いのか、まずは戸惑ったようですが、そこはさすがの紗雪が即座に対応。
「私達の絵画をお描きくださっていると伺い。嬉しさのあまり、ぜひ購入させていただきたいと思い、参ったのです」
その一言に、出てくるわ出てくるわ。アニメ調の素晴らしいイラストはもちろん、この世界らしい、中世風絵画作品となった私達。中には高名な宮廷画家が描いた絵画の複製などまで……。
そしてさらに、おもむろに取り出されたのが、この同人誌の山。
まだアレイスター王国焼滅から数えても100日経っていないですよね。どれだけの熱量……いえ、ありがたいんですよ? ありがたいのですけれどぉ。
「ナオさん、ちなみにですが。今度の冬の大規模な祭典、コミ〇。ええ、同人誌がたくさん並ぶあの戦場に! マテリアライズした本で参戦を予告しているサークルさん、有名作家さんも多数あるそうですよ? 冬はSEO島が最大勢力になるんじゃないかって」
あ、頭が痛い……一応私達、生ものですからね? いえ、まあ、いいですけど。むしろ嬉しいですけれど。
他にもきっといろいろなサーバーの方々が犠牲……もといモデルとなるのでしょう。こっそり様子を見にイベントに行くのも楽しそうな気がしてきました。
その日、”悠久の楽園”に秘密図書室と、執筆部屋ができました。
少女人形達が描き、読む、そんな文化が芽吹いたのです。
「あ、ルナリスちゃん、それ後で私も読ませて~♪」
「は……い、紗雪ちゃん……の、も次に」
「ルナリス様、紗雪様、新刊なの」
「サフィーロ~。私とナオ様の本は~どこかしらぁ? 第2部隊の子達が描いていたでしょ~?」
ルビーノ……貴女何をしているのですか。
……悠久の楽園、大丈夫かなぁ。
ちなみにこうした絵画や漫画もマテリアライズが当然できるわけで。
お気に入りのイラストは、しっかり現実の私の部屋にも飾りましたとも。




