137.6章 - 第6話 ”私は……?”
翌朝出かける前。絶えて無かった一人っきりになる時間。
お買い物をするにしても、先に各自の私室を確認しておきましょう。と、なったわけです。
好みに合わせて揃えられるようにでしょう。簡単なソファーと机、それにPC等の個人用電子機器だけが配置された、比較的ガランとした部屋。
隅にはいくつかの段ボール箱が、二つの山に分かれて、置かれています。
ソファー前のローテーブルに置かれた、斎賀さんからのメモ書きと、書類一式を手に、私は途方に暮れていました。
「マイナンバーカードにパスポート……他、旧勤務先関連の諸書類等々」
斎賀さんのメモによれば、ルナリスと紗雪に関しては、戸籍、身分証明等、やはり現代では用意が不可能であったとの事。これは今後、住民の扱いなどの特例を働きかけては行きたいが、当面は、ロボットなど所有物と同じ扱いになる。このため、ペットと同じあるいはそれ以上に、犯罪行為に巻き込まれた場合の扱いに気を付ける必要がある事。要するに物損扱いになるという事ですね……。
外見上の問題から、特にルナリスについては、世論がどう触れるか。という面もあるでしょうが。
「それで、ずっと謎だった私の過去は~っと……。神代 和桜 (かみしろ なお) 女性。 神城 凪音 男性……え、2つ?」
私に関しても、今の身体に合わせた偽装は困難であり、これらの身分証明は間違いなく、以前の私から正しく、連続したものを持ってきたこと。
ただし、身分証明写真とその再発行についてだけは、外見の乖離が個人ではいかんともしがたい事を危惧し、Deus ex Machina Corp.の伝手を最大限活用し、なんとか今の外見に沿って用意してくれた事。
「いやいやいや、待ってください? 片方が男性なことにも突っ込みたいですが、2つってなんです?」
それに関する詳細説明がすぐには、見当たらない。
添付されていたメモには
女性である神代 和桜の情報こそが世間に認識されていた、私本人である可能性が高い事。
男性である神城 凪音については、十分な情報が得られなかった事……。
さすがに斎賀さんに、電話するべきでしょうか。
結果的にはもちろん、2つの身体それぞれに、身分が手に入った。というのは良かったのですが。これは、良かったから、めでたしめでたしとは流せませんよ?
付随のメモをさらに順番にめくっていきます。SEOで培われた、思考加速慣れがこんなところでも活きていますね。
男性の身分について性別の変更ができなかったあったため、女性以外に、見えようもない外見との不一致が問題となる可能性がある事。例えば、性転換手術を受けましたと言っても、日本の戸籍上は、私の場合生殖不能要件も満たせませんし……まあ、まっとうには難しいでしょうね。
不快とは思うが、最悪の場合の男性身分との整合は、ごまかす必要性(最悪は豊胸などの整形手術といいはる……?それこそ、両性具有なので、その……ついている事を……)も考えてほしい事。
まあ、普通に国内で暮らしている分には、そうした身分照合を受ける機会もそうそうないでしょうけれど。
飛行機に乗るとか、それくらいですよね。
どうしても、どうしようもない時は斎賀さんへ連絡をして欲しい事。
購入に身分提示が必要となる諸々、特に通信端末はDeus ex Machina Corp.で用意してある事。(各私室の机に置いてありました)
「日本の制限内でできる限りのことをしてくれた事はありがたいのですが……そもそも身分証が2つあって……いえ、それは必要ですが。男女、2個。それぞれが共に以前の私?」 「あれ、それによく見たら、勤め先のIT企業、前の住所、全部完全に同じ?」
あまりの情報に全く理解が追い付きません。
ふらつく足取りで、隅の箱に近寄り。2つの山をそれぞれの身体で手分けして、開いてみます。
「体系がすごく似ていて、細身」「けれども、確かに男性と女性」
記憶を、掘り起こそうとする。
靄がかかったような、記憶。
あれ……そもそも、この肉体は新しく作られた、肉体? 記憶……あるの? 記憶って、脳にあるものだよね。
わからない……わからない……でも、元々IT系の企業に勤めていた事、SEO開始前の自分の行動、換金システムに賭けて退職した事、引継ぎ……そこは覚えてる。覚えているはず……なのに、詳細が思い出せない。なんだか、ぼやけてる。
それにそれより昔、それこそ子供時代なんて、何も出てこない。まるで深い深い霧の中で、一寸先も真白みたいな。
頭が痛い……頭? ううん、全身が、心臓が、きしむみたいに痛い。
思い出そうとするたびに。なんだか自分があやふやになっていくみたいで。
「ナオ……様……!」
「ナオさん!?」
鍵なんてもちろんかけていなかった、私室の戸が勢い良く開かれ。ルナリスと紗雪が慌てたように飛び込んできます。
それぞれに抱き留められた私の身体。
「すごい……苦しみが……伝わってきて」
「私でも処理しきれない膨大な、混沌とした情報? とにかく何かが流れ込んできましたよ!?」
そうか……この現実でも魂核でつながって、念話のように思考が互いに伝わるのでしたね。
「すごい……汗」
「冷や汗というか脂汗というか、ナオさん、本当に何があったんですか」
とりあえず、3人で少し手狭ですが、私用に割り当てられた私室の3人掛けソファーに一緒に腰掛け。
「私の、身分証明書類……なのですが」 「片や女性、片や男性の2つ……ありまして」
「?……ナオ……様は……お一人、です?」
「身体は2人ですけれどね? それに合わせて、Deus ex Machina Corp.が用意してくれただけでは? 男性というのはちょっと、見た目の外見では無理がある気はしますけれど。なんでわざわざ男性なんて」
2人の疑問ももっともですよね。私だって、自覚としてはそうとしか思えません。
「それがどうも、この身分証は私がSEOで暮らすようになる。いえ、紗雪と出会う前からの」 「身分、戸籍情報に基づくものだそうなんです」
2人とも困惑している様子が、魂核の経路経由で伝わってきます。
「ナオ……様……は元々、お二人?」
「細かい仕草とか、正直違和感なく女性と思っていましたよ? そういう仕草とか、歩き方とかって、一朝一夕に素人が演じ分けられるものではないですから。アーリーアクセスの空間でお会いした時から、女性だと思っていましたよ? 性的な好みはまあ、繊細な問題ですから置いておくとして」
「そう……ですよね。私も、私の魂も? そこに違和感はあまり感じていなくて」 「でも、確かに男性的な事についても違和感がないというか。けれど、自意識は女性寄りで」
思い出そうとすると、頭の芯がずきずきと。
「ナオ……様……お気になれるの……は、わかります。わたくし……も、知りたい気持ち……は、あります。ですが、わたくしに……とって、ナオ……様は、ナオ……様。それ以外で……は、あり得ません」
「そうですよ。ナオさんはナオさん。それ以上でも以下でもありません。私達3人とも、本体は、魂核という宝石みたいなものですし。ナオさんの過去がどうであっても、容姿もこんなに変わって、生活の保障も実質あって。何が困る事があります? 私達が、絶対に、生涯永遠に、付き添います。連れ添います」
「です……から、そんなに……お心をどうか、痛めない……で、ください」
そう、ですよね。
そうなんです。過去は、過去。
気になり始めてしまうと、気にならないといえば嘘になってしまいますが。
ええ、私はもはや生まれ変わったも同然。
斎賀さんに、詳しく知りたい旨の連絡だけ送っておいて、今は少しだけ後回しにしましょう。
今度お会いできたときに、きちんと伺います!
2つの身体の手を握る、温かな落ち着く感触。
腕に感じる、心配そうに身を乗り出した2人の柔らかな胸の感触。
私が意識すべきは過去ではなく、2人との未来。
「うん。そうですね」 「ごめんなさい、ちょっと思った以上に動揺しました」
「「でも、もう大丈夫です。2人と一緒なら」」
最後は、2つの身体で同時に語り掛け、そっと抱きしめる2人の身体。
ああ、なんと安らぐことか。
「ところで、スマホとタブレットの使い方、ルナリス分かりました?」 「創造神様からの知識にはあったのかしら」
「いえ……まったく……」
「それは追々私達で教えてあげる必要がありそうですね」
「とりあえず、通信は魂核経由で伝えあえるので」 「皆で持ち歩く必要もないですね」
ええ、ゲーム内の念話と同じで、魂核同士の意思疎通がつながるので。まるで超能力者のように、離れていても互いに会話が可能です。
というか、こうしているとなんだか、現実もいつのゲームというか。現実を舞台にした生活系ゲームをVRで遊んでいる感覚です。その内、秘書に合う! とか、資金調達コマンド! とか、どっかで見たようなゲームのシステムUIが出てきたりして。
「斎賀さん達との連絡は、私がハブになれますから、とりあえず今日のお出かけには不要ですよ」
と、紗雪。彼女も魂は魂核に収まっていますが、以前からのAIとしての演算領域や機能は引き続き、どこかにあるDeus ex Machina Corp.の安全な領域に収められていて、そこから情報の検索や演算もできるそうです。
「では、斎賀さんに手配してもらったDeus ex Machina Corp.のお迎えリムジンも来る時間ですから」 「1階に降りましょう」
ええ。今日は9月2日の火曜日。現実生活2日目にして、初めてのお出かけの日ですから。
4人とも現代に溶け込むお洒落スタイルでデートの用意はばっちりです。
今日も楽しみますよ♪
気になる事は、斎賀さんに連絡はしましたから、なんらか折り返しで連絡してきてくれるでしょう。




