136.6章 - 第5話 ”新たな生活の始まり #3/3”
オレンジ色の大理石でできた、巨大な浴槽。半ば以上が床に埋もれていて、縁の高さは脛位。
4人が入っても余裕があるスペースの奥は窓とつながっている。遠くに都内の煌めく夜景を望み、下界からは見えないよう、小さめのバルコニーに美しい花々が植えられている。植栽の中には間接照明も埋められ、幻想的な灯りに照らされる中、湯気に包まれた4人の裸体が映し出される。
床は白い大理石、壁はグレーのタイル。浴室内には手元シャワーの使いやすいシャワースペースも4個、横並びに据え付けられていて、ここも私達専用に配慮してもらっていることが分かります。さらにそれぞれには、私でも聞いたことがあるような、高級ブランドのスキンケア用品やアロマオイルまで並んでいます。
使い方を、時に紗雪に調べてもらいながら、ルナリスに教えつつ。各自、体を洗っていたわけですが、
「んぅ……ぁ……ふぅ……」
「こ、れは……ひゅ」
中央に2つの私の身体を挟んだ両隣から、艶めかしい声が聞こえ、熱い吐息が漏れる様子が視界の隅に。
務めて意識しないようにしつつも、私自身、内股をもぞもぞとさせてしまう程に
「こ……れは、想像以上に」 「肌が敏感になりすぎて、流れ落ちる水が……」
愛おしい2人から無限に続く優しい愛撫のように、温かな水の流れの感覚に、昂ってしまうのを止められません。
ゲーム内との感覚の違いが、こんなところでも影響してくるとは。敏感になった肌には、お風呂場の湿った空気の流れと、そこに混ざる、ひんやりとした空調の風も、まるで甘い毒のよう。
「あ、こら、紗雪ぃ」
こしょこしょと、脇をくすぐっていたずらを仕掛ける、紗雪。本人もかなりいっぱいいっぱいなのが、ばればれなのに。
「んぅ、それ……は、ずるいです! ナオさ~ん」
ふっふっふ、防御が甘くなったところをふにふにと、もみもみ。ここよね、ここがいいのよね?
なんて、いたずらを仕掛け仕掛けられ。ようやく身を清められた時には、3人とも青息吐息の状態でした。
支え合いながら浴槽に向かい、うっすら煙った窓の外の、ゲーム内とは明確に異なる現代の美しい夜景を目にし。
「これが、ナオ……様の、本来の世界……」
きゅっと天使ボディにしがみついたルナリス。
遠くを見つめるまなざしに反射する夜景を掬い取るように。そっと、上気した頬に手を添え、
「私たちみんなの、世界ですよ。ルナリスも、紗雪も、もうこの世界の一員です。SEOの世界も、私にとっての故郷となっているのと同じですよ」
「そうですね。2つの世界がどちらも、私達みんなの住む世界です」
紗雪もまた、堕天使ボディの腕を胸の間に挟み込み、ちゅっと、肩口に口を吸いつかせ、声にします。
ほんの少し、しんみりとした落ち着いた雰囲気で、遥か遠い地上の夜景を眺めながら、軽くいちゃいちゃして過ごすのでした。
火照った体を、すべすべとしたシルクのシーツが優しく包み込む。
2つの身体に感じる柔らかな身体と、甘い湿り気。さらさらとした艶やかな髪にこっそり顔を近づければ、お腹の底が再びうずく感覚が二重に湧き上がる。
見たこともない巨大なベッドは、天蓋の下に4人をしっかりと収めてなお余裕がある。
インテリアはフロア全体とマッチしたイタリア調のやはりお洒落な雰囲気。モノトーンの落ち着いたデザインの中に、ガラスやクリスタルを用いたラグジュアリーで硬質な雰囲気と、ふかふかと柔らかな生地が共存し、居心地の良い空間を演出している。
昔取った杵柄でもないでしょうが、ほとんど失われているとはいえ。現実でそこそこの社会人生活を営むまで過ごした私の身体は、2人よりは感覚への慣れを覚えていたようで。最近ゲーム内ではすっかり、受け……ええ、感じさせられ、翻弄させられる事が常となっていた私が、久しぶりに2人を徹底的に満足させてあげたのでした。
心地よさの中、果てた2人を優しく胸の中に包み込み、考えるのはこれからの事。
Deus ex Machina Corp.との契約で、この現実においても私達の生活はほぼ保障されている。
25億MCを稼ぐという目標も、正直あってないようなものである事はわかりきっています。何せその稼いだMCはすべて私達のものになる。という時点でちょっと意味が分からない程の好条件です。互いの誠意と信頼に対し、一定の責務をきちんとおいておこうという程度の、むしろ私の心理的抵抗への配慮も含めた条件。
私が彼らに還すべきものは何か? ルナリスの移住をモデルケースとして、現実世界におけるポジティブな感情の醸成。紗雪の魂の発現に伴う諸々と、今後の成長に関する研究協力。
それと今日、黒蝶姫さんに明かされたいくつかの情報。
私のVRMMO仮想現実、特に、神代魔法と魔力変質をこの早期の段階で可能としたほどの、”魔法”への高い適正。それは高時間加速倍率への適応能力や、多重思考の常用という普通の現代人には困難なはずの事を、当たり前のようにこなしている事。そうした諸々をもってして、明らかであるのだとか。そんな私の成長や順応、そして変質の様子を、観測し研究したい。
さらに、私達の身体に施された、魔法を行使するための器官。脳髄。お腹の奥、子宮のあたり、丹田と物の本では言われるあたり。そして心臓周辺部。生活に支障をもたらすものではなく、また物理的に目に見えるものではない。マナで構成された器官だそう。それぞれに特殊性を有する私達がいかに、この器官を使いこなせるか。魔法を発現できるかをモニターさせてほしい。今後の人類への技術フィードバックを行いたい。
それら特に大きな依頼事項でした。
特に断る理由もなく、快諾したのですが
「冗談抜きの、不老不死……ですか」
そう。その時に明かされた最大の贈り物にして、特大の問題。
SEO開始当初と同様。今でこそ、SEO内でそうは思わなくなってきましたが、当時で言う”特級呪物”。現実にまで顕現してしまった、”不朽の束縛”。
ゲーム内では散々、不老や不死。そしてそれにまつわる、負の側面も目の当たりにしてきました。助けられたのである、とういう事は頭では理解していますが……。
大切なルナリスの身に降りかかった一連の出来事で、不死という特性の付与を呪わずにはいられなかった事すらあります。
いつの間にか遠い昔のような感覚に陥りかけていましたが、まだあれから内部時間でも2か月。現実で数えてしまえば半月しか経っていないのですよね。
心と魂が滅びかねない、発狂すら生易しい地獄に墜とされていたルナリス。魂の生まれるきっかけになったといえど、まだまだ未熟であった心を犯しぬかれ、乗っ取られ、消え去りかけていた紗雪。
二度と離したくない、離れたくないと、思わず強く胸の中の二人を抱きしめてしまい、力の抜けていた2人が眠りの中で身じろぎし、むずがります。
深く、それぞれの身体で二人の香りを吸い込み、心を落ち着け。
「魂が3人とも、不滅に等しい魂核の中に封じられ。体は所詮、仮初め。ゲーム内のアバターと同じで、コストは気にする必要はあれど、それこそ、作り直しての乗り換えすら可能。故の不老不死。しいて言えば、魂の寿命というものがもしあるならば、それが唯一寿命とも呼べるもの」
世間に知られれば、”大変な事”など生易しい、どんな陰謀謀略の渦中に墜とされるか知れたものではありません。
「仕組みは教えてもらえませんでしたが、黒蝶姫さんも、実は実質的な不老不死だと仰っていましたね」
彼女の場合、さらに、数十倍、数百倍すら超える加速倍率の中に本体の魂と思考を置き、分割した思考の一部でこの現実世界や、SEOを楽しんでいると。
「世の中にはまだまだ知らない事が、きっと多く潜んでいるのでしょうね」
黒蝶姫さんだけが特別。世は全て事もなく、世間一般に知られている通り。などとこの期に及んで信じられるほど私も単純ではありません。表に出すことを選んだのが、黒蝶姫さん。そして、Deus ex Machina Corp.というだけの事なのでしょう。それこそ、余に名高い秘密結社が実は現存していて、ファンタジーな技術を保有している。なんて言われても、今なら、信じられるかもしれません。
アレイスター王国、邪神ヨグ=ソトースに邪神アザトース、クロウリード王。そして、趨勢のしれぬルゥちゃんと邪神クトゥルフ。
Steps to Elysium Onlineの中での激動の日々は、ルナリスと紗雪という愛する人たちを思えばこそ、現実そのものでしたが、ひとたび現実の視点に立てば、ゲーム内の出来事。それこそ、多数のサーバーという並行世界すらある中で、日本の001サーバーというミクロな世界の出来事。しかし、この現実は……魂核さえ無事であれば不老不死と言われても、不死性のもたらす悲劇と救いの両側面をまさに味わったばかりの私は、安穏とする気にもなりません。
「「3人での幸せを……何としても守り抜きます」」
天使と堕天使、2つの身体で、心の底から誓い。
未だ制御のままならない、魔法の習得をこの現実でも会得する事をまずは目標にしようと、可愛い寝息を胸元にこそばゆく感じながら、そっと、訓練は絶やさないでおこうと、体内をめぐる魔力の循環に、意識を埋没させていきました。




