135.6章 - 第4話 ”新たな生活の始まり #2/3
斎賀さんに聞きながら見て回り、この贅沢にワンフロアを活用したプライベートスペースの全景が分かってきました。
フロアの奥側、壁で完全に区切られた向こうは私達も立ち入れない区画になっており。私達の生活をサポートするための機材やインフラ設備、魔力関連設備まであるそう。ちなみにそちら側の外は同じ敷地内、デウスの管理する別棟の高層マンションや建造物が建っており、どの建物もできるだけ景観の良い窓の面を居住空間に割り当てているとの事。
このため、完全にワンフロア全てが居住空間というわけではないそうですが、それでも、とんでもない広さです。
フロアの中央かなり左に寄った位置に総ガラス張りの回廊に囲まれた、小規模ながらも存在する、屋内プールスペース。
リラクゼーションスペースも兼ねた、このプールスペースを中心として、その外側はガラス張りの”ロの字”形の回廊。
回廊にはまた観葉植物や、アート展示用のガラスケースが飾られ。回廊の外側に様々な部屋がぐるりと配置されている。
上から見た時に、右下が、エントランススペースと下側でつながったリビングルーム。そこから左に、プールを上に見て進むとサブリビングとお風呂。
プールを中心とした”ロの字”の左の辺を、上に進む形でリラクゼーションルームが縦長に存在。この大きな部屋には、つい数時間前までお世話になっていたカプセル型の装置に似た機材も、4台設置されていました。ここから、SEOにログインできるそうです。しかも、一般家庭用のヘッドギア型とは一線を画す事はもちろん、特別生産のベッド型よりもさらに上位機種にあたる特別専用機との事。VRMMO SEOへのログインのみならず、医療ポッドとしても使用でき。体調のモニタリング、異常が発生した場合の治療措置すらも。遠隔から、Deus ex Machina Corp.の医療チームが施せるそう。定期検査もこのポッドに入るだけでOKとの事で、大変助かります。
ミュージックルームとして使うもよし、ホームシアターとして使うもよし。多目的に使える広大な空間ですね。
そのちょっと近未来的な設備が並ぶ部屋を抜け、上辺部分に抜けると、客間が並ぶスペース。
右上の隅から、右下にあるリビングに下りてくる右辺側に、私達の私室が3部屋並ぶ。身体が2つなためか、私の部屋が少し大きめに、用意されていました。
そしてこの左に寄った”ロの字”を取り囲む、今確認した空間の、右。フロア全体やや右側三分の一程に広がるスペースが、下からダイニング、キッチン。
加えて、その左側の一部、私室の向かい側には、私室2部屋分よりも大きな。共用の寝室までもが用意されていました。
あ、お手洗いは2か所に、ありましたよ。
一通り説明を受け、ロの字の中心に配置された、ガラス張りの窓から覗ける屋内プールスペースを横目に戻ってきたリビングルーム。隣接する、天井まで届くガラスの戸で仕切られた広々としたダイニングルームにやってまいりました。
都心であることを忘れるほど広大なお部屋。一部は必要設備のために隔離空間で占められているとはいえ、ワンフロアまるまるがいかにとんでもないか、改めて実感させられますね。
引き戸を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのは、中央に鎮座する、光沢のある黒い大理石の大きなダイニングテーブル。その上には、モノトーンのシンプルな花瓶に、白い百合の花が活けられています。
テーブルの周りには、デザイン性の高い、黒い革張りの椅子。
「これはまた。高級レストランの個室ですか?」
目を丸くして、テーブルに近づく。そっと触れた大理石は表面だけに張られたものではなく、しっかりとした厚みの全てが大理石でできていそう。
そこで、斎賀さんがそっと補足を。
「この大理石のテーブルは、特別な技術でコーティングされていて、汚れや傷が極めてつきにくくなっています。また、奥のキッチンも、最新鋭のAI調理システムが搭載されていますので、お二人の好みの料理を、いつでも、最高の状態で提供できますよ。まだ、価格に難がありますが、間もなく当社から一般販売も開始される予定ですので、お料理配信等で、映していただいても問題ありません。使い方は紗雪さんがすぐにお分かりになるでしょう。昔ながらの調理システムも、用意してありますので、手料理をおつくりになりたい時は使われるのが良いでしょう」
キッチンの奥には、こちらはすりガラスの扉で仕切られた、ワインセラーと食料庫。
そのキッチンから、何ともいえない、とても良い匂いが。
すすすっと、上品に近くに寄ってきたルナリスと紗雪が、私を見上げます。が、私もみんなと一緒に初めてここに踏み入れましたからね?
「実は当施設群はこの敷地内に複数のレストランも用意されています。店舗でお召し上がりになる他に、お部屋へのデリバリーサービスも用意されているのですよ。マンションと称してはいますが、高級ホテルのように生活していただける施設。がより、適切なご説明かもしれませんね」
ほぅ。一部タワーマンションでは居住者専用のレストランといった形態もあると聞いた気がしますが。これはまた。
「さて、ご案内は以上になります。敷地内の他の建物などについては、また後日落ち着かれてから。本日はお疲れと思いましたので、勝手ながら私共で施設内のイタリアンレストランのコースをご用意してあります。ゆっくりご堪能くださいね」
「斎賀さん、何から何まで、本当にありがとうございます。あの巨大鏡や部屋のレイアウトと言い、かなり私達のために改築もしてくださっていますよね?」
両隣で2人もこくこくと、うなづきつつ、感謝の視線を向ける先。斎賀さんは穏やかにほほ笑み
「いえいえ、これくらいなんでもありませんよ。 ナオ様には現実の黒蝶姫を助けていただいた御礼もあります。これまでも、ですが、ナオ様方はそれ以上の実績。想定を上回る実証データも提供くださり、モデルプレイヤーとして、良い宣伝効果をももたらしてくださっています。どうか、気兼ねなされませぬよう。皆様が、この家を気に入ってくださったようで、何よりです。明日からはSEOも楽しまれつつ、観光等にも是非、おでかけになってみてくださいね。配信のお願いについては、先ほどご説明の通りに」
「承知しました」
そうして彼を見送った私達。ケータリングのように、奥のキッチンから順番にサーブされる高級イタリアンのコースを堪能させていただきます。
ちなみに、ルナリスは住民のなかでも、さらに一足早く。『夢現の架け橋プロジェクト』の第1号としてこの現実に来ています。
混乱を招かないよう注意が必要な一方、SEOの宣伝と住民移住の安全性喧伝のためにも。現実での生活の様子を撮影した映像を、このお家で皆で見ながら振り返り配信を行う。という依頼を受けています。また、少し落ち着いたタイミングでは、指定されたメディア番組への出演も。
ゲーム内については、黒蝶姫さんともすり合わせ、大陸間移動の手段の用意は意識しつつ。当面、今の大陸の混乱を収める意味でも、帝国領内を中心にダンジョン攻略をして行けばよい。という事になっています。ちなみに彼女は多くのプレイヤー同様、聖国マリシアに渡るそう。なんでも、私達と形式は違うものの、先ほど会っていた体も、いわばアバターの一つで、現実の肉体と、ゲーム内のアバター。少なくとも2つの身体を1つの魂でコントロールして生活しているそうです。
倍率の異なる世界を同時に、というのはまだ私達にはまだ難しいけれど、いつかは可能になるとも仰っていました。
「ナオ……様……いただき……ましょう」
「そうですよ、せっかくの温かいお料理が覚めてしまいます。考え事は後にしましょう♪」
「そうですね、では。いただきます」
前妻として供された、甘えびのコンソメゼリー寄せ。
一口、フォークを刺し。
ぱくり、と口に含む。
「「「……!」」」
3人そろって、言葉を失います。
美味しい。それは、ただ、おいしいという言葉では、語りつくせない。
ゲーム内でも、リアルコラボの高級レストランの料理を食べていました。
が、それとも明確に何かが違う。
味覚の、奥行き?
香りの、広がり?
一口食べた時の、食感。
飲み込んだ後の、喉の奥から食道を通り、胃袋へと向かう冷たい感触。
現実の、いや、うっすらと記憶に記録として残る事故以前の記憶にある現実以上の鮮烈な味覚に、私たちはただ、ただ、言葉を失い、目を丸くして、呆然としてしまう。
「うわ……すご……これ、本当に……」
続くプリモ・ピアットの、パスタ。
「な、なんで……どうして……」
ゲーム内では決して味わったことがない、味。
口に含んだ瞬間、脳裏に、白ワインとガーリックの効いたパスタに添えられた、魚介類……帆立、海老、潮風の香りが。荒波の音が、聞こえた気がして……。
「どうぞ、こちらが、本日のメインディッシュ。仔羊のローストです」
「あ……ありがとうごいざいます」
館内ケータリングで来てくれているウェイトレスさんにお礼を言いつつも、目も意識も、サーブされた料理から離せません
見た目も美しい、まさに芸術品。
ロゼ色に美しく焼き上げられた仔羊のロースト。一口食べると口の中に広がる、香草の香り。命の温かさ。
ああ、この仔羊は、草原を駆け回り、太陽の光を浴び、健やかに育ったのだと。食べているだけで伝わってくる。
ルナリスの、この現実でも変わらず虹の輝きを宿す蒼銀の瞳が、うっすらと涙で潤んでいる。
「どうしました、ルナリス」
「いえ……あまりに……あまりに、美味しくて……わたくし……感動、して……」
「うふふ、そうでしょう、そうでしょう? ルナリスちゃん。人は美味しいものを食べると、幸せな気持ちになれる。そういう風に、できているのですよ」
紗雪が、ルナリスの頭を優しく撫でる。紗雪こそ、生身の身体のお食事は初めてのはずですが、AIとしての気質か、ルナリスよりは冷静さを保って見せているようです。が、ちょっと泳ぎ気味の翡翠色の目が、圧倒的リアルの感覚を処理しきれていない様子をうかがわせます。
「ああ、本当に。ゲーム内での食事も、最高だと思っていたけれど、現実は、その上をいきますね」
「ナオ……様……紗雪ちゃん……わたくし……幸せ、過ぎて……不安に」
「大丈夫。私たちは、これからも、ずっと、一緒で。ずっとずっと、3人で美味しいごはんを食べられますからね」
「そうだよ。ルナリス。紗雪。これからも一緒に、幸せになりましょう。この現実は、3人そろっての、新たな現実なんですから」
最後のレモンのタルトのソルベをいただき。食事が終わった後も、私たちは、ただただ、感動に浸っていました。
それが、ゲームの世界から、現実の世界へと渡ってきた、私たち三人の、初めての晩餐でした。




