134.6章 - 第3話 ”新たな生活の始まり #1/3”
隣室でガウンを脱ぎ、夏向きのお洒落なワンピースに着替えた、肉体的には見た目4人な、私たち3人。
「ナオ……様……いかが、でしょうか」
「ナオさん、似合ってます……よね?」
ルナリスはゆったりとしたオフホワイトのシフォンワンピース。紗雪はライトグレーのシンプルなAラインワンピース。どちらもその儚げな美しさを際立たせる色とデザインですね。用意してくれた斎賀さん達には感謝です。
「ふたりとも? そんな心配そうな顔をしないでください。最高にかわいく似合っているに決まっているではありませんか」
私は黒と白のオフショルダーワンピースで、それぞれ天使と堕天使のイメージに合わせられています。
3人とも見慣れた翼やヘイローは無く、見た目はただの人間。
別途受けた説明によると、とても”ただの人間”などとは言えない事が分かりましたが、それは今度に置いておきましょう。
ゲーム内同様、その首元にはしっかりと用意されていた”不朽の束縛”の複製が。本体は安全措置の施されたケースに入れられ一緒に運ばれています。意識すれば、この不朽の束縛本体の視覚も確保できますが、まあ今は真っ暗なので別にいいですね。私達の間の会話はこの本体の魂核同士で本来的に歯成立できるのもSEO内部と同じ。もう慣れた感覚ですが、いざこれが現実である、という視点で考えると、とてつもない違和感です。
「なんだか不思議な感覚です。こう、妙に軽いというか」
紗雪の問いかけに、ルナリスと私は無言で頷く。
「ええゲーム内ではいつもドレス。それに大体は武器を持っている。っていう生活でしたからね。こういう普通の服を着ると、なだか違和感というか……。他のほとんどのプレイヤーはあちらでの服装や感覚こそが、非日常だったのでしょうけれど」
「わたくし……も、生まれてこの方……ドレスが、ほとんど……でしたので、違和感があり……ます」
ルナリスの言葉に、思わず笑みが浮かんでしまいます。
「そんなルナリスが可愛いのですが、今の姿も新鮮で、素敵ですよ」
そう言うと、顔を赤らめてそっと目を逸らしてしまいました。この、いつまでも初心な仕草で恥ずかしがりなところが、また愛おしい。
「ナオ……様……ずるい、です」
本当に愛らしくてたまりませんね。こちらの世界の装いも、今後一杯買ってあげましょうね。
いろいろと注意事項や説明を受けた後、私達でもあの場所は秘密。との事で、窓は真っ黒でお外が見えない、けれど乗り心地は最高な、リムジンに乗せされ移動する事、しばし。
やってまいりましたは、私達の新居。
都心の一等地に広い緑地が構えられ、その中心部にそびえる複数の超高層マンション。最近では維持管理をはじめ様々な問題が取りざたされる事も多いタワーマンションですが、そんな事はどこ吹く風。Deus ex Machina Corp.が全棟、全敷地を、魔力すら用いた超技術も惜しみなく動員し管理するここは、まるで地上の楽園。
しばらく前から窓のスモークが取り除かれ、視えるようになった景色が、敷地内の穏やかな自然に変わると同時。
「すごい……です」
「この空気、魔力の密度」
ルナリスと紗雪の感嘆の声。妖精達の楽園と言われても疑わない、濃密な魔力と、清冽で涼やかな空気が、車内までも満たします。
「さあ、どうぞこちらへ、ご案内いたします」
わざわざ、自身で運転を買って出てくれた斎賀さん。まるで執事のように扉を開け、頭をぶつけないようさりげなく車の上部を抑え、エスコートしてくれた超高層マンション。
エントランスの大きな自動扉が開くと、片隅に小さめのバーコーナーが設けられたエントランスホール。
一時的な来客対応ができるスペースなのでしょう。まるで高級ホテルのロビーのような、くつろぎ空間が広がっています。
「まあ……このような……素晴らしいところで……わたくしたち」
「まだエントランスですけれど。データベースで見ていた超高級ホテルよりも一つ一つの調度品の格が高すぎませんか……?魔力密度は言わずもがなですが」
「微かに記憶に残っている気がする私の元のアパートの部屋が、もはや犬小屋どころか虫籠かなにかに思えてくるんですが……」
そういえば、私の生前……ではなく、蘇生前のお部屋は結局お願いして、斎賀さんが解約手続きまでしてくださいました。引っ越し業者さんが数少ない荷物を移送してくれてあるそうです。後で確認しないといけませんね。と言っても、何があったかすら、もはやあやふやなのですが。
そうして豪華なエントランスホールを一通り見渡した私達。居住スペースへのエレベーターはホールの奥、不透明の、重厚ながらも装飾で彩られた金属製の自動扉の先にありました
しかもこの自動扉の先は2重扉になっていて、ホールとつながる扉が完全に閉まらなければ奥の、これまた重厚な金属扉は開かないという念の入れよう。しかも、各エレベーターが止まる階層もある程度区切られ、それぞれに登録された住民しか、稼働させられない、という念の入れよう。
「建物の構造体も対爆、耐衝撃、耐震、不燃構造になっています」
とは斎賀さんの言。日本にあって対爆が最初に来る説明って……?
揺れを一切感じさせず、外を一望できる1面強化ガラスでできたエレベーターに乗り。やってまいりました、高層階。
セキュリティーの関係で上部にも様々なデウス管理下の施設が何階層もあり、地上55階にあたるここが、居住スペースとしてはほぼ最上層との事。再度2重になった防護扉を抜けると、SEO内のお城暮らしに慣れた私達でも感激せずにいられない、イタリアンテイストの高級家具が配された、エレガントでシックな空間でした。
静かに開いたプレイベートフロアの二重扉。そこは想像を遥かに超える空間。
床は一面、光沢を抑えた大理石。壁は白、グレー、黒のモノトーンで統一され、ところどころに鏡やガラスが効果的に配置されている。窓の外には、眼下に広がる街並みが宝石のようにきらめき、まるで空に浮かぶ宮殿に迷い込んだかのよう。
斎賀さんが微笑みながら、先を促す。私たちは、まるで夢遊病者のように、一歩一歩、その空間へと足を踏み入れます。
「どうぞ、こちらがリビングルームです」
斎賀さんの声に、はっと我に返り、目の前の光景に思わず息をのみました。
悠久の楽園の2つのお城で多少慣れてきたとはいえ、片や元々庶民暮らし、片や膨大なデータと知識を持つとはいえ、生まれて1年も実は経っていない紗雪。ルナリスにしても、お姫様とはいえ、ずっと孤独に塔の中に幽閉されていましたから、その暮らしは王族とは思えない寂しい物。
そんな私達に、ただでさえゲーム内とは次元の違う圧倒的なリアルに気圧される中、この豪華さはまさに別世界のように感じられたのです。
リビングルームは、開放感に満ちていました。
折り上げになった天井は高く、片側の壁は全面が窓になっており、自然光がたっぷりと差し込んでいる。
窓の横には、高さのある少し珍しい黒い観葉植物が静かに佇み、空間に落ち着きを与えている。
床には、足首まで埋まるのではないかと思うほどの、毛足の長いモノトーンの絨毯が敷かれ。天使の肉体でその上を歩くと、まるで雲の上を歩いているかのような、信じられないほどの柔らかい感触が足の裏から伝わってくる。
『ふわふわ……』
ルナリスから伝わってくる思考。そっとぺたんこ座りになると、指先で優しく撫でてみる。膝裏まである銀のストレートロングが絨毯の上で円形に広がり、絵画の中から抜け出してきたように、美しい。
「すごい……です! あの子達のもふもふ……と、遜色……ない。こんなに柔らかいものが……あるの……が、現実!」
「ええ、本当に。ゲーム内の絨毯とも比べ物になりませんね」
堕天使の肉体で私もその感触を確かめる。ルナリスと辺境伯領、領都で初めの頃に2人で暮らしていた高級ホテルのスイートルーム。あそこに敷かれていた、ゲーム内で最高級の魔物素材製の絨毯ですら、この現実の最高品質絨毯の質感には及びません。それもこれも、現実とSEOの感覚、情報量の違いも大きく影響しているのでしょうね。
配置されていたソファーは、グレーのL字型の大きなもの。座り心地を試そうと腰を下ろすと、まるで身体が包み込まれるように沈み込みます
「うわ。人をダメにするとかそういう感触に近いけれど、少し違う」 「奥にはしっかりと体を支える芯があって」
「ふかふか……です……」
「雲の上みたい」
二人は私の隣に腰を下ろすと、それぞれが違う方向から、天使の肉体と堕天使の肉体に寄り添ってくれます
「ナオさん、あったかい」
「ずっと……こうしていたい……です」
その言葉に、私は優しく微笑んで
「これから、ずっとこうしていられますよ。ここは、私たち三人の、おうちですからね」
その言葉に、二人の瞳がキラキラと夕陽を反射し輝きを増していました。
少しだけ和んでから、細かなところの仕様。カーテンの自動開閉装置とかの説明を斎賀さんに受けながら、リビングを見回っていると。
「……ナオさん、ちょっと」
軽く頬を赤らめて、私を呼ぶ紗雪。彼女の視線の先には、サブリビングルームとでも呼びましょうか、メインのリビングルームから陰になるような、一回り小さめの、同じ雰囲気のお部屋。一つ大きな違いは、まるでバレーの練習スタジオかと思う程の、壁一面の大きな鏡。
「空間を広く演出するためでしょうか?」
「鏡……に、お部屋が映って、倍の広さ……に感じられます」
と、そんな純粋な言葉を紡ぐ私達に、そっと堕天使の身体の手を引いた紗雪の示す先。この部屋の繋がる先は……。
「お風呂。と、それに……その……反対の奥はプールにつながっていて」
ふむ……?
そういえば床が、ここは絨毯が敷かれているのは一部だけで、ものすごく大きなソファーが大理石の上に直接置かれていますね?
材質も防水っぽい感じで、背もたれのないフルフラットのソファーというかベッドというか。いくつかのブロックに分けられたソファーを組み合わせて、好きな配置にできるものですね。巨大なベッドのように四角く並べられています。
だんだん理解する私の思考。
い、いえ、別におかしなことではないんですよ? ええ、ええ。
というか、紗雪、そこで照れるのもおかしいでしょう!?
「?」
さすがにわからなかったか、小首をかしげて、真っ赤になった私達を見つめるルナリス。
一番エッチな疑惑のある彼女ですが、こういう、おかしな知識に毒されていないところはさすがにお姫様……!
「ほ、ほら。お風呂上りとか、プールの休憩をできる空間ですよ。ね、ね?」
「そ、そそ、そうですよ! ほら、水着姿でとか、バスローブだけでこう、室内で。っていうのが、恥ずかしいなって、ですね?」
ええ、現に部屋の一角にはミニバーコーナーが設置され、ミニ冷蔵庫もありますよ。
そんな2人の会話に、徐々に理解が及んだのか、はっ! と、目を開いたルナリスが。
「なる……ほど! つまり、ここは……濡れても……問題がなく。それでいて屋内……でありながら……寝室でもない。非日常的……な、睦み合える場所。さらには……そんなわたくし達自身の姿……を、この一面の鏡で……」
「すとっぷ、すとーっぷ」
堕天使の身体は紗雪と手をつないだままなので、天使ボディでルナリスのお口をそっと手で覆い、言葉を止めます。
斎賀さんも聞いていますからね!?
あ、こら、ルナリス? 口をふさがれたからって、鏡に姿を映しながら、どうするのかの妄想を魂核経由の念話で伝えてこない。え、そんな事まで? いや、激しすぎません? う、うわぁ……私、干からびちゃう?
ああ、もう、そんなもの欲しそうな上目遣いで見ないで。って、こら、手をぺろぺろしださない。く、くしゅぐった……!
これ本当、ゲーム内と感覚が違いすぎてダメ、待って待って。
危ういところで行為を止めてくれたルナリスに、恨みがましい目線を向けつつ、耳元で
「夜、覚えていてね……?」
吐息を漏らし、朱がさして、湯気の出そうなお顔で、こくりこくりとうなづきます。
「のけものはダメですからね……?」
あ、油断したら堕天使ボディの耳に紗雪が背伸びしてふっと、吐息をかけて囁きを。
2つの身体からの、快感がダブルで襲い掛かってくるの。この現実の濃密な感覚だと、やばいなんてものじゃないですね!? 斎賀さんの存在も忘れて、愛し合い始めそうになるのを抑えるのに、とんでもない理性を必要としましたよ。
『2人とも、夜は覚えておいてくださいね?』
改めて、魂核経由の念話でそっと、くぎを刺しておくのでした。




