133.6章 - 第2話 ”現実の実感”
斜めに持ち上がったカプセルベッドの隙間からあふれ出したのは、濃密な魔力の輝き。
ゲーム内約50日の練習を経て、個人での魔法発動こそまだまだ安定しないものの、魔力の認識と視認はほぼ完ぺきにできるようになっていました。その経験は現実でも十全に生かされている模様。
『見たことが……ない……高密度の魔力……です』
『ですね、神代魔法の発動時よりもさらに高密度かもしれません』
ルナリスと紗雪の念話が、魂核をつなぐ、”不朽の束縛”の美麗な金銀の茨を介した魔力経路を介して、伝わってきます。
『一体どれだけのマナに満たされていたのか』
「こちらが、Deus ex Machina Corp.が先端技術の粋を凝らしご用意した、現実における皆様の肉体です」
斎賀さんが手のひらで示す先、フルオープンとなったカプセルベッドのガラスカバーの中。そこには確かにSteps to Elysium Onlineの中と、翼や天使の輪がないことを除けば寸分たがわぬ、ゆったりとした白のガウンを纏い、長い睫毛に彩られた目をつむる、私達の身体! 濃密な魔力に沈み、薄青い光に包まれた姿は神秘的。
ルナリスの、うっすらと虹色の輝きを纏っているように見える、銀のストレートロングに、ほっそりとした肢体。胸元は私達の中では最も小ぶりながら、耳元でささやきながらそっと触れると、ほっそりとした首筋をのけぞらせ、あっという間に……。その、感度は抜群なことを知っています。
紗雪の、両脇を緩やかなツーサイドアップにした淡いライトグレーのウェーブロングヘア。指を絡め、手を握りしめて愛を交わし合うのが大好きな彼女の、綺麗なネイルが施された可愛いお手々。上り詰めるにつれ、指先に力を込めて丸める足の指先の愛らしさ。
『な、ナオさん!? な、なんていう思考を垂れ流すんですか。人前、人前ですよ!』
『ナオ……様……。いけま……せん。こんなところ、で……したくなって……しまい……』
『え。あ、ごめんなさい。これ、Steps to Elysium Online内以上に明確に思考が伝わっていません?』
私の思い出しも含めた2人を愛でる思考が、どうもダイレクトに伝わってしまっていたみたいですね?
て、可愛い仕返しとばかりに、とんでもない思考が2人から流れ込んできましたよ!?
ルナリスが見つめる天使姿の私。ハーフアップの純白の髪。唇をなぞられ、少し乱暴に唇を割り開かれ、強めに口腔内を嬲られると、背筋をのけぞらせてしまう。そんな力の入った背筋、それに、お腹の表面を優しく撫でられると……大きなお胸の先端が花開き……。
紗雪が見つめる堕天使姿の私。姫カットにした漆黒の髪。内股から太ももをさわさわと触れられ、浮き始めた腰を優しく抱きかかえられ……そっと敏感なところに這う温もり……。求め合うように恋人つなぎに握られた手に、にぎにぎと優しく力をこめあい、たまらず喉奥からこぼれるかすかな吐息と、交わされる甘い言葉……。
『ちょ、ちょちょちょ、ちょっと! 私、そこまで具体的に思い出したりは!?』
『ナオ……様……いつもと、なんだか……ぁぅぅ……ちが……う、のです。わたくし、も……もぅ』
『ナオさん、これ、これ、だめ。もっと、あ……う』
様子がおかしいというか、どんどんエスカレートする思考が流れ込んできて、さらに2人が昂ぶりだし。その興奮が私に伝搬し、互いの間を興奮が循環し、高め合ってしまう。まだ魂核の中のため存在しないはずの心臓が、滅茶苦茶な拍動を早鐘のように打ち、頭に血が上って真っ白になるような。
「あー。やっぱりこうなっちゃったか~。ナオさんはもう少し耐性あるかなーと思いましたが、感覚も忘れていますね。はいはい。皆さん一度落ち着くのですわ」
黒髪の女性がそっと”不朽の束縛”の上に手をかざすと、優しい薄黄色の光が私達の魂核たる大きなダイヤモンドに降り注ぐ。暴走しかけていた思考が、収まっていくのを感じます。
「ん。落ち着きましたわね。あ、私の事は”黒蝶姫”とお呼びくださいな。SEOでは同じ001サーバーの仲間ですのよ」
確かPVP大会ソロ1位で、アレイスター王国との事変の際は北部の戦線を中心に大活躍されていた方でしたか。私達、ゲーム内で他プレイヤーとほとんど接点がありませんからね。ってそうではなくて。
「今、のはいったい」
そうですよ、いくら何でも、あそこまで興奮が加速するのはおかしいでしょう。覚えたての高校生とかでもあるまいし、SEO内では夜な夜なお互いにその……愛を交わしているわけで。血姫繚乱の感覚増幅で一時期、堕天使ボディが大変なことになったりはしましたが、今のはそれとも明らかに違う。なんと言いましょう、心の奥底から止め方の分からない興奮と愛おしさがあふれかえって、洪水のように自我を飲み込みかけていたというか。
「わたくし……も、贄姫であった……頃の感覚増幅よりも、幸せ……で、たまらなく……こらえ方が、わかりません……でした」
そうですよ、感覚増幅を幼少期からずっと抑えて、その付き合い方も知っていたルナリスまで、留められない……いえ、もうはっきり発情してしまうって。
「これは、肉体に収めて大丈夫かさすがに不安になりますわね。ええ、まず簡単に説明しますと、SEO内部の感覚はリミッターがかかっています。厳密には再現が追い付いていない。魂との情報のやり取りのパスが制限されている。というのが正しいですわ。魔力密度の違い、現実よりもはるかにSEO内の魔力密度は薄い、のも大きな原因ですが」
そっと嫋やかな手の甲を、反対の指でつまんで見せる女性、黒蝶姫。
「プレイヤーの皆さんは、例えば食事の再現度が極めて高い。痛みの緩和ができない。と評価してくださっていますが、それはSEO内部が仮想現実、VRMMOの中であるという大前提を明示的、暗黙的共に理解されたうえで、事前に持っていた期待値と比べてそう実感してくださっている。というのが正しい評価と考えます。実際の所、味覚や痛覚はもちろん、あらゆる五感の感受性は現実の4割未満にすぎません。それ故に、痛みによるショック死を抑制できているという側面もありますが。肉体ではなく魂で直接感じているが故に、その差異を実感しづらいとも言えますでしょう。こと現実においてそのようなリミッター、抑制はかかりません。現実で本当に死んだことのあるプレイヤーはいませんから、死の痛みが本物と寸分違わないか、わかるわけもないですわね。傷痍軍人の方等、現実はこんなものではない。もっとつらい、と仰られる例も実際にあります」
つまり、記憶もあやふやな状態で現実の感覚を忘れていた私。現実の肉体の感覚を知識でしか知らない紗雪。そもそもSEO内の感覚が全てであったルナリス。全員が初めて経験する100%の生の現実の感覚に、圧倒されるという事ですか。
「慣れるまで、これは大変ですわね。新居の防音は完璧ですが、お楽しみはほどほどになさってくださいね?」
絶対に真っ赤になっていましたからね!? まだ肉体に入っていなくてよかった……。ええ、まあ、正直これは我慢できる気がしません。血姫繚乱がもたらす過剰感覚による快楽を我慢できるようになるまでも大変でしたのに。下手をするとそれ以上。しかも今回は3人全員が、でしょう?
「お菓子や……ケーキにお食事……も、お味が違う……のですか?」
「ええ、そうですよ。深みというか、真実味というか、きっと衝撃を覚えますわ」
「楽しみ……かも、しれま……せん」
うきうきした気持ちが伝わってくるルナリス。これは、これからの生活をしっかり満足いくものにしてあげないといけませんね。
「私は知識としてはもっていたはずですが、実感となるとまた違うのでしょうね」
「他のナビAIは、ここまでリアルな人間。というよりも、それを超越した肉体を与えられませんし、魂も発現していませんから、紗雪さんが世界初ケースですわね。きっと、鮮烈ですわよ。さあさあ、ではそろそろ肉体へ。SEOと現実の間をログイン、ログアウトするのと感覚は同じです。”不朽の束縛”の魂核との魔力リンクは確立済みですから、SEO内で顕現体を発現するように、意識を肉体へ向けてくださいまし」
それぞれが、黒蝶姫の言葉に、肉体へと意識を向けます。魔力の経路、青色に輝く糸が確かに意識に映り。
暗転。
視界が暗闇に包まれ、同時、肌を包み込む柔らかく優しい感触。鼻腔をくすぐる清浄な空気の匂い。
あぁ……現実って、こんなでしたか?
これではつい先ほどまでの、もはや8ヶ月を過ごしたゲーム内。いいえ、もっとですね。その前、事故直後から今までの体感2年の時間。今となっては本当に2年だったのか? もっとはるかに長かったのでは? と、内心理解しかけていますが……を含む感覚は、これと比べれば確かに夢の中。作り物の世界と感じずにはいられません。
圧倒的なリアル、圧倒的な存在感、実在の実感。
ああ……これが現実。
そっと2つの身体の瞼を開く。
明るさを抑えられた室内灯ですらも、目をさす痛みに感じ、慣れるまで幾度もの瞬きを繰り返し。
翼とヘイローこそありませんが、天使と堕天使の再現された肉体。その視界に最初に映ったのは、最愛の2人。
銀の姫と、人形少女の、戸惑いと驚き。そして、歓喜に震える姿でした。




