14.第14話 ” 脱出 #2/2”
「どこからどう突っ込めばいいやら……魂流出とは……?」
馬車の中、私はベリーヌさんに問いかけます。ようやく落ち着いた今、彼女の口から語られる真実に、私の疑問は尽きません。
「根幹にある問題が、そちらです。姫様は生まれた時より、”至上の供犠姫”という定めを背負わされていらっしゃいました。邪なる者を惹きつけ、その生贄となることを定められていることを意味する称号です。詳しい原理など、わたくしめにはわかりませんが、その魂は常に剥離し、溶け、虚無へと流れだしているとされます。この時、邪なる者にとって魅惑的な香りを発し、呼び寄せ、ひとたび啜れば、離れることなど考えられなくなるそうです」
「称号自体がロック、変更不可になっていますね。さらにそのせいで変更可能な候補すら、確認できなくなっている」
「この流出は目に見える形では、レベルの低下として現れます。クーデター以前はアルフレド様を筆頭に、塔の地下へ弱らせた魔物を運び入れ、姫様のレベルを、一般的な市井の者の成人基準とされる10前後以上を維持するよう努めていらしたそうです。レベルは普通に生活されているだけでも、1週間に1程度は下がり続けます。そしてレベルが1を下回れば、肉体は邪なる者の慰み者として永劫に弄ばれ、姫様の魂は消滅、死を迎えられるのです」
邪なるものというのが邪神……の断片? 邪霊とかその本体とかですかね?
「あの忌々しい糞蟲、かつての第1王子。数多の禁忌や性魔術に耽溺してきた現在の僭王は、以前から第4王女殿下の、姫様の特質を知り、狙っていたのでしょう。玉座につくや否や、姫様のための塔を禁忌の研究の場へ貶め、地下にはどのようにして渡りをつけたものか、邪なる者を住み着かせ、姫を贄としてささげたのです。姫付きの者達は皆囚われ、地下牢へ幽閉されました。数少ない、影の守りとして一際厳重に情報を秘匿され、表向き別の役職を割り当てられていた、わたくし、マリーナ、他数名のみが難を逃れました」
ベリーヌさんの声は淡々としていますが、その奥にどれほどの苦しみが秘められているか、想像するだけで胸が締め付けられる思いがします。
「が、もはや姫様に魂を維持するための糧をささげることも叶わず。挙句、自然に低下するレベル、すなわち魂の漏出以外に、邪なる者に直接魂を凌辱され、啜り食われ、レベルの低下は加速するばかり。ナオ様の封じられた”不朽の束縛”は多大なる代償こそあれど、不死を約束する禁忌の遺物。その御力をもってせめて、どのような状態であれ、まずは姫様に永らえていただこうとしていたのです」
それが、私のチョーカーを姫につけた理由。全ては、彼女の命を繋ぐためだったわけですね。
「そこは賭けでもありましたが、無事、不死の効果が魂の漏出による死を上回り、歓喜しております。何とか状況を把握し、本日がいよいよタイムリミットと、救出を決行しようと動いておりました矢先に、ナオ様がご降臨召され、急遽計画に組み込ませていただきました次第です」
「つまり私がいなくても、何らかの手段で、”不朽の束縛”は盗み出して、姫様を救出しようとしていた、と」
「はい。ですが、申し上げました通り、私共はもはやわずか10名にも満たない人数。マリーナは兵士長を抑えるため、その身をささげ、本日も兵舎の士官室で凌辱されるを笑顔で耐え忍び、偽りの恋人として夢中にさせる役目を。本来であれば私は、これまでの毎日と同じく、地下牢の看守たちにこの身を弄ばせ、その代価として、アルフレド様へ最低限の水を差しいれ。本日は醜く喘ぐ下郎どもの隙を伺い、カギを奪い、アルフレド様を牢からお出しするをもって、殺害される予定でした。他の者も、兵舎への食糧への毒の混入、隠密にたけたものは攪乱に動いておりました。その全員が、邪毒、自らの死と引き換えに末期の力を発揮する秘薬を服用しております。が、正直に申しまして、姫様をお救いすることは不可能でしたでしょう。ナオ様にはどれだけ感謝しても足りませぬ」
本当に。
本当に、私がのんきにふらふら城内を見て回り、見聞きした状況のなんと浅薄であった事か……。
巻き戻せるなら、時計を巻き戻したい……。
人生の最後を賭して、第4王女様のために動いていた忠臣達だっただなんて……。
「財務官僚? 財務卿? の、アーノルドさんは? 彼も仲間だったのですか? 王都から出られたのは彼のおかげもありましたよね」
「いえ、アーノルド様は本来であれば次期国王となられるはずであった、第2王子派の筆頭でございました。あの御方なくば、国が立ち行かぬ故、その身は安堵されたのでございます。とはいえ、ご家族は人質に取られており、財産の没収も受けられております。聡明なお方故、私共の動きを察知されていた可能性はございます」
そうか。そういう事だったのですね……。あそこまで完璧なタイミングでの登場も彼が状況を読んでいたが故か。
それにしても、第4王女を救う意味も薄いようには思いますが……あぁ、邪なるものとやらが結局なにかはよくわかりませんが、あの地下の企みの結果、起こる何かを阻止したかった。とか、かな?
「アルフレド様は、姫様と同じ、霊視をお持ちでした。3週間ほど前、穢されたこの身を引きずり、たった1杯の水を差しいれさせていただいた時。あの方は仰せになりました。”我らは失敗していたであろう。だが、今日。天は我らを見放されてはいなかったと確信した。救いの手は必ず、差し伸べられる。ただその時を待ち、我らが身命を賭し、この願い叶ったならば、かの天使様に姫の全てを、お託しするのだ”と」
「なお、アルフレド様は前国王陛下の王弟殿下であらせられます。前国王陛下から宝物庫の財宝を一定の裁量をもって、持ち出す権利を賜っておられました。これまで行使することのなかったその権利を、本日、いまわの際に用いられ、”不朽の束縛”の持ち出し。他、お渡ししたポーチの中に、天使様のお役に立てていただきたいと、お隠しになりました。どうか姫様をお守りいただくため、お使い願えればと」
まだ見ていなかった、渡されたポーチの中にそんな……そして、アルフレドさんはやはり……。
「そして。ナオ様。どうかこちらへ。隣におかけ願えますか」
呼ばれ、馬車の全面を透過し御者台へ。
「手綱を握り、速度、進む方向等、ただ念じていただければ大丈夫です。このゴーレム馬はその意思を汲み、正しく歩みを進めます。動力は手綱を握るものの魔力。そしてこれが、”導きの宝珠”。手にした者にのみ見える緑の光りが、行く先を指し示します。この宝珠は今晩お休みいただくダンジョン”彷徨いの樹海”ほど近くの隠れ家と、その後、内部でお進みいただくべき道を示します。同種の品は世に無数にありますが、この道の往復を示す宝珠は、これただ一つ。隠れ家までたどり着かれたならば、そこは迷いの結界の中」
手綱を押し付けるように手に握らせようとするベリーヌさんの迫力に押され、思わず実体顕現してしまいます。
急にいったいどうして。
「ナオ様、お二方はもはや分かつことのできぬ存在。どうか姫様のお幸せを、くれぐれも……くれぐれもお願い申し上げます。それだけが私共一同の最後の願いでございます。姫様とナオ様が望むままの、自由な幸せを!」
かたくなに表情を変えなかった彼女の黒い瞳に涙があふれて止まらない。
「何を言っているのです、一緒に行くのですよね」
嫌な予感が。ああ……
「どうかお気に病まず。これは定めなのです。最後に、かなわぬはずであった願いを! 姫様をお救いできる夢をかなえていただけたこと、創世の神とナオ様へ感謝いたします! どうか、姫様ともども……お強く、なられてくださいね?」
AGIが高いという事は動体視力も相応に引き上げられる。
それでも、たったLv10の今の私には彼女の動きは何も見えなかった。引き留める事なんてできなかった。
忌避感を覚える赤い液体で満たされた瓶が、空になった瓶が、放り出される。
最後の最後に、いたずらな微笑みを見せた彼女は、私の唇に指先の感触を残し……消えた。
これからの私の生涯に残る誓いを、原動力を、心に打ち込んで。
武器のぶつかりが奏でる金属音が連続する、加速する
打ち放たれる魔術の余波に、空気が震える
そして……
身体を芯から揺さぶる重い振動
鼓膜はキーンと、高鳴りを奏で、世界から音が失われた
壮絶な爆発だった。
宝珠が示す緑の光の先へ、全力で進む馬車をかろうじて範囲から外す、まるで隕石が落ちたかのような衝撃
土石流がごとく全方位へ飛び散らかす岩礫が、馬車の背後を叩く音が恐怖を呼び起こす
でも
でも、振り返らない
ひたすらに前だけを見て
想いを託された
願いはかなえられたよと、自信をもって彼女たちに報いねば。
傍観者だった
知らなかった
心を交わしたなんて言えない
でも、確かに、同じ熱を、想いを持って最後の時は、共にあった
それだけは自信を持って言える
ここに至った
だから
私が必ずこの先へ、導き、ともに歩みます
銀の姫を、銀の姫と
流れる涙が
痛いなぁ……
【サーバーアナウンス:☆8 禁忌級クエスト 「供犠姫救出」 をプレイヤー「ナオ」がクリアしました】
【個人アナウンス:☆8 禁忌級クエスト 「供犠姫#1-救出:願いを託して」をクリアしました……評価算定中】




