12.第12話 ”負けるものか”
16:10
本当のタイムリミットは分からない。安全をみた17:00まであと50分。
一度実体顕現を解き、幽霊モードで壁も床も、地面すら無視して最短一直線に直接地下牢へ。
こんな時ばかりは天使状態の高AGIを、移動速度に全力でつぎ込めない、二重性の特性に苛立ちを覚える。
着いた。
あの時すぐに逃げ出した匂いは、さらにひどくなっている。見渡せば、牢のそこかしこに腐乱死体が放置されている。
悪いとは思うが、今は無視させてもらう。
彼は?いた。やはり見えている。私をじっと見つめている。
一本芯が通ったように微動だにせぬ、祈りをささげる彼の姿は、あの日とみじんも変わっていない。ただ、もはや別人と思えるほどにやせ衰えている。
射殺さんばかりの鋭いまなざしがなければ、まとめるすべもなく伸ばされた白髪と合わせ、即身仏となり果ててしまったかと、諦めかねなかった。
彼の傍らには奇麗な水の満たされた器が。誰かが密かに? いや、今はそんな事は良い。
幻影顕現のまま、姿を見えるように、モード変更。
「天使様」
聞き取るのも苦しい囁き声が聞こえる。
「どうか、救いを。名すらも奪われた、我らが姫君に……」
「第4王女殿下をご存じ……なのですね?」
駆け引きをするような時間もない、ストレートに行くべきだ。
こくり、と、頷きがかえって来る。
「時間がありません、知る限りで、手短に教えて」
気が急く。
「共に、参ります。牢を、破ってください。説明は道すがら。我らに備えはあります」
問答する時間が惜しい。
「実体顕現」
溶けて半分の長さになりながらも、かろうじて魔術の発動体としての機能は生きていた刺突短剣を、牢の錠の部分に押し当て、融炎魔術を発動。どろりと溶け落ちる錠。
「私はナオ。封印宝物庫に安置された”不朽の束縛”というネックレスに封じられています。一度地下で”邪神の劣化した欠片”に敗れました。夜にはすべてが終わると邪霊が」
「承知。儂はアルフレド」
牢の隅に折り重なる腐乱死体に彼、アルフレドが手を差し込みます。
溶け落ちた腐肉にまみれた彼の引き抜かれた手には、一つのベルトポーチ。
その中から引き抜かれるのは、まずは、暗赤色にどんよりと輝く液体が満たされた薬瓶。
なぜか忌避感を覚えるそれを飲み干した彼に、生気がみなぎる。
続いて引き抜かれたのは、到底収まるはずのない、漆黒の剣。
「参る。忌まわしきあの場まで、お姿は隠して」
幻影顕現に移行し、走り出した彼の跡を追従。狭い室内をものともせぬ、豪快ながら繊細な武器さばきに牢番2人が反応する暇もなく首を刎ね飛ばされる。
「名を呼ぶことすら叶わぬ故、姫とのみお呼びします。姫は、特異な定めの元に生を受けられた。国王陛下は溺愛されるも、忌み子にして、邪なる者共の呼び水足りうる彼女を、世には出せぬ。さらに、このような生まれの姫には代々お役目が定められているとの事。苦悩の果て、生まれのその時から、南西の塔、最上階にお隠しになられた」
ギリギリ追いつける速度で駆ける彼。すれ違うメイドが……え、あの毎晩お盛んだった栗色のウェーブロング。新人メイドのマリーナさん……?
確かに瞳に映った異様な姿のアルフレドさんをしかし彼女は平然と、まるで何も見ていませんよ、と言わんばかりにすれ違う。どころか、わずかに目礼した?
「かつて近衛隊長を務めた儂は、引退を表明、姫の専属護衛として、共に隠れひそむ道を選んだ。城に残るメイドの数名もまた、姫に仕えることを選び、日陰に落ちた者達です。今すれ違った、あれも含め」
塔の入り口が見えてくる。立哨は相変わらず2人。通路は直線、隠れるすべもない。警告が発される、その前に。
どっっ!
耳鳴りを感じるほどの重い破裂音。青く美しいカーペットには黒い焦げ跡。
轟音とともに射出されたアルフレドさんの姿は、刹那のうちに、首を失い崩れ落ちる衛兵の合間に。
「姫をお任せしたい」
アルフレドさんが引き付けて、私が姫をさらって逃げろと意思を示されるが、思っていたのは逆です。
私は死んでもリスポーンする、プレイヤー。
痛覚抑制とかもないのは頭では理解していても、つい1時間ほど前のあの壮絶な死に際。
あんな激烈な痛みに、命が流れ出していく本能的な恐怖。平和に生きていた世界の現代人に耐えられるわけがない……そう思いつつも、その現実においてすら、誰かを救った代わりに事故に巻き込まれて失っていたはずのこの命。永遠と感じるほどに引き延ばされた時間感覚隔の中、落下してきた鉄骨という超重量物に乱打され、押しつぶされる瞬間。あの喪失感、後悔、虚無感に比べたら……!
「逆の方が確実では?」
「きゃつめからは何に変えようとも、お二人をお守りします。儂の手がふさがる事こそ悪手。姫をお連れし、勝手門へ。マリーナがお待ちしているでしょう」
彼の強さは言われずともわかる、従おう。私ができる事、やろうとしていたこと、細かいところを詰めた時にはすでに大扉の前。
重そうな閂は先ほど私が抜いたまま。扉も開け放たれ、中の悍ましさが見えている。
16:45
「実体顕現」
顕現体/裏 堕天使のアバターへの切り替え……!
天使状態に比べ、少し鋭利さを増した美人。漆黒の髪と翼に金の瞳。両手で構えるは1本の斧槍。
かつて中世西欧で使われた現実のそれとは異なる、現代ファンタジー風の超重量武器。
先端の槍は鋭く長く、片刃の斧は優美かつ巨大。その反対側はまるで死神の鎌のように、禍々しく長い。
天使姿の敏捷と入れ替わりにこの身に満ちる圧倒的な力で、その破壊的な重さを軽々と振り回す。空気を切り裂く音が轟く。
とはいえ、この姿でやることは、今はただ一つ。
魔力発動体を兼ねるこのハルバードに、ただひたすらに過剰な魔力を籠める。
本来持つスキル”魔術:消費増幅“では過剰に籠められる魔力の限界もまだ少ない。そもそもこの堕天使の姿は天使との二重性の反面。MP総量もたかが知れている。
そこで、封印宝物庫で最後に見つけたこれ……。
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“☆7 魔に捧ぐ命の輝き (アクセリー/腕輪)”
主材質: アダマンタイト、ドライアドの魔核
強化値:0
特性:生命奉納、復元(生命吸収)
※生命奉納:任意のHPを消費し、消費したHPの10倍に相当する魔力を生じさせる。
生じた魔力は次に発動する魔術の増幅に消費される。
消費したHPは最大値の減少として消費され、この効果は24時間後に解除される。
※復元(生命吸収):装備者の生命を籠めることで、この腕輪の修復/復元が可能
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命を代償に、1回の魔術に全てを注ぎ込むことを可能とする、特級のブースター。
私のHP、ぎりぎりまで全部、持っていけ!
このゲーム、超技術に裏付けられたこのVRMMOにあって、HPとはただの数字では済まされない。
MPが魔力という体内をめぐる謎エネルギーであるのと同様、HPとはすなはち生命力そのもの。
一気にそのほぼすべてが失われ、視界が収縮する。喉の奥へこみ上げる熱い膨大な塊はとどめようもなく、肺の喘鳴とともに血の塊が、滝のように吐き出される。
絶望的なまでの喪失感。でも、生きてる、生きてる、と繰り返し念じ耐える。
目の前、悍ましい肉の触手に埋め尽くされた部屋の奥、祭壇の上の銀の姫を見つめる。
彼女に届く道を通す!
思考操作で、魔術の発動指示を出す!
“魔術:特化-干渉(阻害)”, “属性:氷結”, “魔術:消費増幅”, “生命転換-消費増幅”
覆え! 留めよ!
“氷結魔術 – 氷獄”
アッルフレドさんが開け放った大扉の先、悍ましき肉が蠢く床に、前傾姿勢でハルバードの斧部をたたきつける。
魔術、発動。
蒼い、蒼い氷が広がる。
封じ込めることに特化した魔術の氷は、身を切るような冷気を湛えながらも、凍傷をもたらすことはない。
質量をもった清浄な結晶が、局所的な氷河となって、醜悪な肉塊に覆われた床と壁の大半を封じる。
あくまで、拘束。デバフ、束縛効果に特化させた魔術。
顕現体-転換/表 天使モードへ
重心を前に落とし、重量武器を振り下ろした体勢はそのままに、瞬時に天使体へ切り替わる。
態勢を生かし、クラウチングスタートを切るようにAGI全開に身を前へ。
純白の翼をかちあげ、銀の姫が囚われる祭壇へ、解き放たれた弾丸のように飛び出す。
戒めの範囲を逃れた天井一面から、無数に迫る触手。
全神経を集中し、わずかな加減速と、微細な姿勢制御で連続回避。
視神経と脳神経が焼き切れそうになりながらも、複雑な3次元軌道を選び取り、己の身体を完璧に制御し続けてみせる。
目にもとまらぬ剣閃で、姫をとらえる肉の鞭を細切れに粉砕し、迫る無数のぬめる肉の触手を阻むアルフレドさんの援護。
アバターのステータスの暴力任せに、全速度緊急静止。
姫の体の負担を少しでも減らすよう気を付けつつ、祭壇から抱き奪う。
【魔薬(進行度-中度):媚毒(中度)/自意識低下(中度) /飢餓(中度)】
咽るような淫靡な香りが、媚毒と粘液に侵された姫から立ち上る。
覆い隠すことのできない、姫の甘く爽やかな香りと交わり、一瞬で脳髄と子宮の奥まで侵食される。
瞬間、現れる。
氷に覆うことができなかった祭壇とその下に秘された階段から、無数の肉の触手が増殖する。
先端に目玉と牙が生まれる。
「カエセ、ソノ、ニエ、ハ、ワレノ、モノ。我ニ、捧ゲらレし、贄。約定ニ、定められシ、贄の片割れ」
失敗の焼き直しとばかりに喰らいつかれる寸前、触手の群れを、漆黒の剣閃が阻む。
「儂らの悔いを、どうか晴らしてくだされ!」
もう、わき目もふらず、逃げる!
視界の片隅に、宙を舞う、彼の軍服をまとった片腕が……
歯を食いしばり、視界から外す。
開け放たれた大扉へ。
今の全力を籠めて触手を封じた氷の床に、ひびが走る。亀裂が広がる。もたない……!
足に焼き鏝を突っ込まれたような痛み……!
「こっちは飛んでいるんです、よ!」
無視、無視、無視する! 宙を駆ける!
生命力が流れ出る感覚、視界の隅に瞬く、四肢欠損のアイコン。
天使の身体の、貧弱さ。HPの9割が、これだけの事で消し飛んでいる。
痛い。激痛。が、そんなこと知るか。救うんだ! 今度こそ!
抜けた! 忌まわしい儀式の間の外へと飛び出した!
確かな銀の姫の重みは腕の中。
壮絶な痛みと、自我を失う快楽に侵されながらも、縋るように見つめてくる瞳は、確かに私を認識してくれている。
でも、まだ! 外へ!!
幻影化はできない。淫らな絶頂と、繰り返された暴虐の残滓に喘ぐ姫を連れ、最大速度で城内を飛びぬける。
速度が落ちる。戦闘状態が解除されたことを、災厄からは逃げられたことを、実感する。
爆発音。あれは陽動。
アルフレドさんなら大丈夫なはず、と信じる、信じるしかできない。
あらかじめ教えられた順路に従い、城の外へ、勝手門へ向かい、庭園を抜ける。




