11.第11話 ”目にしたモノ”
あたり一面に蠢く肉、肉、肉の海。
内臓の中に取り込まれたような、薄ピンクの、蠕動する内壁。
ひたすらに甘ったるい、吐き気を催す、快媚を誘う香り。
悍ましいまでの血の匂い。
【魔薬(進行度-軽微):媚毒(微小)/自意識低下(微小)/飢餓(微小)】
うぞる、うぞる、這い回る肉の触手。吹き出す薄桃色の蒸気。
吐き気を催す。
侵食してくる快楽に、脳髄がしびれる。
雌雄両方の性を備えるこの身の、胎の内が、下腹部が、汚らわしい悦楽に無理やり反応させられる。爛れ落ちる。
脳裏に無数の星が舞い光る。稲妻が神経を撫でまわる。
視界の中央におわす、美しい銀の姫。
おぞましい血の池に沈められ、たかる肉の鞭に縛られた、背徳の姫。
部屋の奥、肉に埋もれた祭壇に捧げられた、供物の姫。
「ぅ……ぁあぁ……ぅうぅぅんん」
光を失った瞳が、縋るように、こちらを見ている。
そこにあるのは、ただ、自我の蕩けた一匹の雌。
忌まわしい、粘液に濡れ光る肉の鞭に搾り上げられ、なお、あでやかに頤を上げ、今にも絶頂を迎えようとするその瞬間
「ぉ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぉ゛ぉ゛」
絶頂に達する直前、絶望の快楽の喘鳴は一転、絶叫へと変じる。
獣の咆哮がごとき絶鳴
心地よく蕩け、境界を失わんとした姫の意識は激痛にのまれ、あふれ出る血潮の飛沫に、飛び散る骨片に、弾け飛ぶ。
媚態を誘う薄桃色の蒸気を吹き出していた肉の触手の先端は、今や割れ開き、禍々しい牙を柔らかな姫の肉体に穿ち、掘り進み、喰い千切る。
ぶちり ぶちり ぐちゃり ねちょり
【魔薬(進行度-軽度):媚毒(軽度)/自意識低下(軽度) /飢餓(軽度)】
あれは生贄だ
あれは供物だ
見て、香り、ああ、わかる、わかる。
雌雄、両の性に訴えかけてくる。この贄を、美しき姫を、壊して、犯して、屈服させて。
滴る血肉のなんと芳醇な香り。柔らかな贄を、悶え苦しむ姫を、喰らい、啜り、満たし。
捧げろ、その銀の美しい肢体を、魂を。私に! 味わせろ!!
だ、め、だ。
何が起きている。
大扉を潜り抜けた、部屋。一面の肉の触手で埋め尽くされた部屋です。
奥にある祭壇。その上に、露出激しく純白のドレスをまとった、銀の髪の姫が囚われている。
まるで邪神に捧げる生贄のように。
あっという間に、魔薬のデバフが積みあがる。
思考がまとまらない。異常なまでの性欲と、暴力的なまでの食欲に、呑みこまれそうになる。
だめ。ここにいたら本当に狂う、ゲームの中? 関係ない、これは、本当に……ダメ……。精神が狂う。
姫を見つめる瞳が、簡易鑑定の結果を機械的に知らせてくる
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種族ヒューマン
性別女性
名前未設定(剥奪済)
職業元・アレイスター王国 第4王女
称号Lock:至上の供犠姫
Lv 8
状態魔薬(末期):媚毒/魂魄汚染
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「ニオウ。テンシ。天使の匂いがする」
部屋中を覆う襞から、肉の触手が立ち上がる。
見えないはずの私に迫ってくる。
「オマエ、ホシイ、の、カ。贄の体。魂ヲ、おろしたイやつガ、イルナ?」
何のことだ
「ワカッテ、いル、別次元、ニ、いる、魂。依り代ヲ、上書きする。さすれバ、そいつ、ニ、ニクタイ、ガ手にはいる」
別次元の魂?
あん……? まさか、サユキさんの事……か?
このお姫様の体に? おろす? サユキさんでお姫様を上書きする? とでも言いたいのか?
「セイカイ、正解、トリヒキ、取引。天使、我ガ、食う。贄も、我ガ、食らう。カワリ。贄ノ、ヌケガラ、オマエ、ニやる。ケイヤク、契約」
これが悪魔の取引ってやつか?
あん? んなふざけたものが、サユキさんの言っていた手段?
「ソウ、そうだ! これ、もうオシマイ。もうスグ、今夜、法悦の果て、果てる。クラウ、淫獄の生娘、美味! 至高! 喜悦!」
錯覚か? なんてわからない。銀の姫の瞳に、一筋の光が、涙が、見えた。
手段? サユキさんをこの世界に呼び出すための手段が?
これがそうなわけがないだろ。
「二人のヒメ、これ、もう、堕ちる。コレ、至上、至高、コレ以上、無い、贄。もう一人、贄たるに、不足」
いろいろな方法があると。彼女は、サユキさんは言っていた。
それと2人の姫……? 何のことかわからないが、そもそも悪魔のいう事に耳を貸すな。
とにかく、こんなもの、彼女が望むわけがない。こんな、お姫様を悪魔の犠牲にして、この世界に来れたとし、あの優しい癒しの女性が喜ぶはずがない!
「実体、顕現!!」
【魔薬(進行度-中度):媚毒(中度)/自意識低下(中度) /飢餓(中度)】
体感3週間ぶりの、実態を持った身体。
たわけた薬の影響が、重い実感を伴って、意識を侵食してくる。
ぬめぬめと、ふしだらな粘液を垂れ流す自らの、股の内側を、つとめて意識から外し。
両手に構えた刺突短剣の冷たい金属の感触に意識を集中する。
レベルは初期値といえど、成長性は英雄級の域に至るAGI/敏捷性に、気力の火薬と、ありったけの魔力を突っ込む。
音も置き去りにせんと、空を駆ける。
迫る祭壇、銀の姫を縛る、淫靡な肉の枷。突き立てる、両手に構えた2本の牙、刺突短剣の名のままに。
あの白い空間で、サユキさんに教わりながら、学んだ”魔力”の運用。
初めてとは思えないと絶賛された、あの2年での経験も活きた、魔力への習熟。魔力がある事がむしろ当たり前、それほどまでになじんでいる感覚。
溶かし、消し飛ばす、炎の熱が。今、両手に握った鋼の牙に宿る。
特化/接触 ・ 放出 ・ 過剰魔力投入
魔薬の影響で自我を揺さぶる快楽と飢餓に、あらがえと、焼けんばかりの怒りと、溶融の理、焔の魔術を構築する。
“属性:融炎”、 ”魔術:消費増幅”、 ”魔術:発動短縮”、 ”特化効果強化”、 ”反属性強化”、全て起動!
実態を得た顕現体が有する、本来の魔力をあらん限り、気たる接触の一瞬に叩き込む。
灼熱の発生源と化した魔力発動体の刺突短剣に触れた、肉の触手の太い付け根が圧倒的高熱に、溶けて消える。
耐熱加工を施したはずの刺突短剣も、半分の長さになるまで諸共に蒸発する。
根元を絶たれた肉の触手に未だ囚われながらも、重力に引かれ、落下する銀の姫の体を、衝撃を与えないよう空中で急停止し、確かにこの腕に優しく抱きかかえる。
そんな一瞬の、薄布越しの肌の接触すら法悦の快楽に誘うのか、しどけない嬌声が銀の姫の口からほとばしる。
その天上の調べが如き、快楽の声に誘われるように。悦楽の沼に意識が引きずり込まれそうになる。が、耐え忍ぶ。
静止状態から、最高速まで達するその時間を今か遅しと感じながらも、最大加速を課し、身体を一気に反転……。
「がっっ……!」
とんでもない衝撃が背中から襲い掛かる。
自分の胸の中央から生える、何十本もの肉触手の林。
確かに追いすがる触手は振り切っていた、はず……。が、反転の瞬間、祭壇を飲み込んでいた触手がほどけ、その魔の手を一気に私に伸ばしていた……。
祭壇の下にはさらに下へと続く階段。その奥からも、膨大な量の触手が終わりも見えないほど湧き出してきている!
焼けつくなんて甘いものじゃない。正気を保てるはずのない激痛。
命の失われる喪失感が、平和を謳歌していた日本の一般人であった私に、襲い掛かる。
心が折れそうになる。もう嫌だ、こんな痛いの、こんな怖いの……。
ギョロリ
と、胸を突き破り、体を縦に引き裂く触手の先端に、禍々しい瞳が現れる。
プレイヤーに標準で備わった、簡易鑑定が反射的にその正体を暴こうとする。
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種族邪霊
ランク☆8
名前断章:“ヨ繧ー = ソ繝医?繧ケ” の劣化した断片
レベル??
顕現せし邪神の断片は劣化が激しく、対象の特定を行うことができません
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その目は、嗤っていやがった。
命を根幹から断ち斬られ、放り出されそうになる銀の姫を、無数の肉の触手が奪い去り、再び祭壇へと引きずるのを、視界にとらえ……。
暗転
静寂
「見慣れた暗闇、ですか」
死亡し、リスポーンした事で、魔毒の影響が消えるとともに、少しだけ、冷静な思考が戻ってきたようです。
確かに抱きしめた、銀の姫の感触が、まだこの腕の中に残っています。
その熱の、柔らかさの、名残りに。こらえようのない怒りが、自身に向け噴出するのを止められません。
「何をしていた……この3週間。え? 私は何をしていた?」
惚けてふらふら、浮かれて遊んで回っていた自分。世界初のVRMMOのあまりのリアリティーに、馬鹿みたいに興奮して。
この身を縛るMPの限界というタイムリミットは自覚していても、どこかゲームと気楽に構えていた自分。
特殊な運命を手にするといっても、どうせこれもゲームのシナリオ。
そのうちご都合展開で、うまくいくだろうと、甘えていた自覚もある。
この世界のNPC。いや、住民が、どれだけリアルで、どれだけ真に迫って、どれだけどうしようもなく1つの個として自立し、生きているか、実感しただろう。
姫のことを知らなかった。
あんな悍ましいものがあるなんて、知るわけがない。
そもそもゲーム開始直後に”劣化した断片”とはいえ、邪神ってなんだ……。
制限だらけんもこんなアバターで、何ができたと?
ああ、そうだろうともさ。
で? 私よ。
で?
だからどうした?
理想の姫君。あの絵画で目にした瞬間から、脳裏に、心の裡に焼き付いて離れない。
たまらなく心をかき乱される、銀の姫君。
完全なひとめぼれ、一瞬で恋に堕ちた。心が奪われた。
その姫を、その理想の姿に脳を焼き尽くされた私の目の前で、不埒の限りを、暴虐の限りを尽くされている姿を見せつけられて!
途轍もない激情が、人生で経験したことがないほどに狂おしいほどの、怒りと、思慕の情が!!
渦巻く。
かつて感じたことがないと断言できるほどの、怒りと焦燥が、魂までも焦がす。
仮想の視界に浮かぶ時刻を確認
15:40
今夜。
あいつは確かにそう、ぬかしていた。
本当のデッドラインが何時かはわからない。18時? いや、甘い考えはもう捨てましょう。17時と、仮置きする。
もう間違うな。絶対に救い出す。
確実に一度は、腕の中に抱きしめたんだ。
あの柔らかくて、美しくて、心からこの子だと、この子こそが求めている子だと、魂が訴えかけてくる。
あのままにして、あのまま邪神の欠片なぞに貪らせてたまるか。
手札は何がある? 何ができる?
顕現体の裏、デバフと物理火力に特化した堕天使の身はまだ、使ってもいない。
だが、無理。足りない。到底足りない。
目的をぶれさせるな。
姫を救う。それだけでいい。まずはそれだけでいい。
表の宝物庫のアイテムは? 無理。
協力者……本来幻影顕現でも、会話はできる。見える幻影になる事もできる。
誰だ? 誰なら味方になりうる。
メイド、執事、役人達……ダメだ。
未だ姿も見た事もない新国王。関係性も読めない。まして、タイムリミットまでにリスクを冒し、なおかつ行動に移すはずがない。下手をすれば、そいつこそが元凶の可能性も高い。
この禁忌宝物庫の中身は? まだ見ていない。
「実体顕現」
封印体の残り魔力約60%。それすなはち、この身の活動限界。自力で回復する事のない、魔力残量。
姫を救う。彼女を連れて、安全な場所までたどり着く。
幻影と切り替えて延命しても、どう長く見積もってもあと5時間が、私が実体を維持できる限界。
それを過ぎれば、無力な封じられた装飾品の身に逆戻り。完全なる詰み。
“魔術:光輝” 放出 発動。
SLv1では2要素を組み合わせた魔術発動ができない。
フラッシュのように光らせるだけの光輝魔術で、ちかちか光る視界の中。思考を回しながら、簡易鑑定すらせず、片っ端からインベントリに突っ込めないか、禁忌宝物庫の中身を漁る。
思い出せ。遊びまわっていたとはいえど、3週間、それなりに考えはしながら城内を見てきた。考察も加えていた。
第3王女? 意に添わぬ婚姻を迫られている? 新王への恨みがある可能性? いや、残り4時間もない、無駄。忘れろ。
反第1王子派? それが、誰かもわからない。大半はすでに処刑済み、仮に生き残りがいても行方も分からなければ、戦力の規模も不明。
ぴかっ! ぴかっ!
強烈なストロボ光の連続に、自分で頭が痛くなって来た。目も光が焼き付き、チカチカする
表の宝物庫と同じだ。所有者がいるか、空間内から許可なく移動不可。
銀の姫君を一瞬とはいえ確かに、この腕の中にかき抱いた感触が、どうしても忘れられない。
銀……。
銀の髪、絹糸のような……。なんだ、何か見覚えがある、あるんだ。
銀の髪、銀の糸、銀の……。
表の宝物庫とは違い、そこまで広くない空間。もう入り口近くに戻ってきている。
扉の脇、隅に置かれた大きな4つの木箱。
手をかざし、インベントリへ収納と念じる。
「……消えた?」
連続して箱4つが全て、インベントリに消えた。
メニューから中身を慌ててチェックする。
“破損したXXXX家の短剣”
“破損したXXXX家の旗”
“破損したXXXX家の……”
ずらっと並ぶ、貴族家のものであったと思しき家紋入りの道具類。
クーデターで処刑された貴族達の品か? 没収したか、家紋入りの品を破棄したものの、整理が間に合わず放置されていた?
推測はできるかもしれない。
内部に収められた時点では、所有権がある元の貴族家に連なる者達は存命だった。
そのため、宝物庫という空間全体の移動不可設定ではなく、所有者設定に基づく移動不可、インベントリ収納不可のシステム上の設定が生きていた。
が、どうせ大半は御家取り潰し、根切りにでもしたのだろう。所有権設定が解除された。いや、あるいは当主のみに所有権設定があって、それが解除されただけか? まあ、どちらでもいい。
このゲームの仕様はわからないながらも、おそらく、そのタイミングで自動的には宝物庫という空間の移動不可設定は適用されず、移動可能な状態で放置されていたのだろう。
ただこれは、ほとんどが、身分証明証の代わり。家紋入りの装飾等のアイテムだ。政治的な意味こそあれど、姫を救う力、暴力とはならない。
現状の役に立つ即効性のある物は……懇願するように、インベントリのリストを上から下へスクロールしていく。
有用そうなアイテム、レアなアイテムも中には含まれている。でも、違う。かなりピーキーなセッティングの初期キャラの私の切り札たりえない……。
“創世聖教の正十字”
光属性の強化アイテムか!?
違う、ただのフレーバーアイテム……いや、待て。さっと流そうとしたそれが、やけに意識に引っかかる。
銀の糸。十字架。
インベントリから実体化する。確かな重みをもたらす、煤と血にまみれてなお、穢れを退ける聖気を放つ十字架。
この形! 思い出した。
地下牢だ、初日。
銀の糸を巻き付けたこれと同じ十字架。
囚人。軍服。
あの銀の糸、陰鬱とした地下の暗がりだからこそわかる、今思えばほんのりと微かな虹色の輝きをまとっていた。
虹色の輝きを宿した、銀の髪の姫君の絵画。その姿は、淫獄であり地獄でもある、あの地下に囚われていた、姫のもの。
第4王女。今やあの地獄から救い出してあげたいと願ってやまない、彼女とのつながり。
そして第1王子は創世聖教を破門になったという情報も、城に務める者達の陰口の中にはあった。
細い細い、クモの糸が見えた、そんな気が。
だが、それでは足りない。あと何か、なにか1手でもいいから。
懇願するようにスクロールする。
一気に内容物が増えたインベントリはしかし、あとわずか……。
初日に設定した、インベントリのソート機能で最後に表示されていたのは、アクセサリーのタブ。
そこには……。
きらきらと、清浄な光を零すヘイローの元、純白の髪に彩られた己の美貌に、私は思わず、微笑みを浮かべた。




