114.5章-第8話 ”供犠姫と約定の終焉”
「なお……さま。さゆき……ちゃん」
空耳と勘違いしそうな小さな囁き。
「ルナリス!?」
「ルナリスちゃん!?」
でも、確かに私達には聞き取れた声。
「なお……さま……いたい……の、おいた……わしい」
声にならない声が、瞳を失ったルナリスから、紡がれ始める。
「私はどうでもいいんです、ルナリス、もう、もう大丈夫……ですから、ね? 貴女が無事なら、今度こそ、この魂も代償にしてでも、今、美しいあなたの目を取り戻しますから!」
あぁ……ルナリスが生きている。それだけで、もういい。
一緒に永劫にとか、欲張りすぎたんだ。
この魂を捧げて、もう一柱の、私に力を貸してくれる邪神。アフーム=ザーを召喚し、瞳を、大切なルナリスの目を、クロウリード王から引きはがしてもらうんだ。
神頼みだってなんだっていい。
今の私に、ううん、そもそも邪神とその力を十全に振るうような相手に相対しよう、なんていうのがおかしかったんだ。
それでもう、私は顕現もできなくなって。”不朽の束縛”からただ見聞きしている事しかできなくなったって良い!
ルナリスと紗雪さえ無事なら。それこそが一番大事で、他の何を捨てても、私自身を捨てても構わない。
あの日あの時、即死してお終いだったはずの私が、一緒になんて贅沢過ぎたんだ……もう充分に過ぎた夢は見せてもらったんだ。
まして敵をどうするとか、快刀乱麻を断つような解決なんて、もっとドウデモイイ、些末な事。目的を果たしたなら、クロウリード王はきっともう、ルナリスに興味はない、まして紗雪にはもっと。だから……ルナリスさえ元気に取り戻せれば、それで、それが、私のハッピーエンド。
ただの社畜で、仕舞いには死んじゃったはずの、何も成せない私が。破滅しかなかった運命のルナリスに自由をプレゼントできる。これ以上の幸せがある?
決意を、最終手段としての決意を紗雪に、共有された感覚の中伝える。
躊躇する彼女はしかし、それでも、同意してくれる。
貴女の決定なら、と。
ならば。
「だめ……です」
凍れる炎の邪神へと祈りを捧げようとする私を止める、か細い声。
しかし今度は、白くほっそりとした指が、彷徨うように私を求め、黒い蜘蛛神様のドレスをそっと摘んでいる。
銀の髪の揺れで初めて、わかる程度の、否定に振られる首。
「第四王女、1度だけよ。1度だけ貴女に忠告してあげる。甘えるのは結構、でも、後悔したくないなら。いい加減自分を自分で、閉じ込めるのはやめなさいな。貴女のそういうところが私は大嫌いなの」
アレイスター王国で一緒の時間を過ごした、あの時のルゥの声音が。諭すように、告げる。
が、再び淫蕩な笑みを浮かべ、
「いいのよぉ、第四王女ちゃん。そうして全てを失ったナオさんを、私がいただくの。海底に沈むルルイエに、一緒に連れて行ってあげるの」
まるで二重人格のようなルゥの状態は、よくはわからない。けれど、彼女の中には、確かにあの時の。短い時間を一緒に過ごした彼女が存在する。
「なお……さま……きらいに……なりませんか?」
「何があろうと、絶対に嫌いになんてなりませんよ。それに、貴女が見せてくれた過去、そこのどこにあなたを嫌う要素があるというのです?」
生まれを選べるわけがない。勝手に懸想して、勝手によこしまな想いを抱く周りが、彼女の罪なわけがない。
「くぎひめ……でなくても……わたくしを……あなたのものに……してくださいますか?」
「勿論です。もう二度と離しません。離れさせません」
「さゆき……ちゃん……わたくしは……じ……」
言わせるものかとばかりにかぶせる紗雪
「いい加減にしてください、2人してもう……私はルナリスちゃんと一緒にいたいです。ヘタレなナオさんを一緒に支えて、一緒に笑って、一緒にエッチな事もするんです。むしろ私をその輪に受け入れてくれたのは貴女でしょうに」
「はい……わたくしは……もう……」
昏い深淵の底に沈んでいた、ルナリスの魂が浮上する。
“依依恋恋たる抱擁-昼想夜夢”の繋がりに、確かに銀の姫の魂が、心が、記憶が、浮上してくる。
「わたくし……ルナリス……は。供犠姫たる、つとめ……を。始祖より……受け継がれし……約定を、ここに……破棄し」
徐々に力を取り戻していく彼女の声。
「この身、この心、魂魄の全て……を」
銀の姫の髪が纏う虹色の輝きが、強くなる。美しい輝きが、私たち3人を包み込む
「ナオ様に、捧げます! もはや、供犠姫にあらず……わたくしは……この御方のみに侍り……ともに愛を分かち合う禁忌なりし生命と共に……契りを結ぶもの」
「ルナリスちゃん……ええ、私、紗雪も。3人で永久に一緒に、愛を交わし合うことを誓います」
「共に愛しの半身、ルナリス、紗雪。いたらぬ私ですが、2人に見合う私となれるよう、最善を尽くし。そして、悠久の時を2人と共に過ごすことを、誓い、願います」
温かな虹色の輝きに包まれ、それぞれのドレスを纏う私達。
邪神の領域にあって、なおその姿は神々しく、聖別されていたことでしょう。
3人の誓い、そして、これまで積み上げてきたすべてが。
銀の姫の決意を核として、ここに結実しようとする。
私がお姫様抱っこに抱き上げる、ルナリスの胸元。向かいから彼女を見守る紗雪。
3人の眼前に、かつて、銀の姫に可能性を示した”神授の雫”が、浮かび上がる。
形の特定できない、刻々と変化する多面体の瓶に収められた、神々しい液体が、ふわりと広がる。
ルナリスが放つ虹色の輝きの中、祝福をもたらす洗礼の聖水のように、私たち3人に等しく沁みわたる。
邪神ヨグ=ソトースが司る、時空の歪むこの空虚な世界の中に在ってなお、魂の輝きが生み出すマナは純粋にして、真摯であり。
感情と意思を根源とするマナ。それは仮想世界と現実世界をつなぐ実在でもあり。
膨大なマナは世界の垣根すら超え、創造神の領域、そして現実までも波及し、大きな変革をもたらす。
創造神の祝福が、今、ここに顕現する。
変化は長く、順に進められた。
【エリアアナウンス:ルナリスの意思を確認。自ら課した称号のLockが解除されました】
共有される感情と記憶の中。ルナリスから、申し訳ないという後ろめたい気持ちと、微かな、照れとともに伝わってくる真実。
狂愛の絆-献身をもってしても、一時的にしか解除できなかった。
厳密に解釈すれば、解除はできていたのに、必ず再びLockがかかっていた、称号“至上の供犠姫”。
それはルナリスを縛る鎖であったが、その根源は、邪神ヨグ=ソトースの生贄たる正当な資格。すなはち、かの邪神へ魂と肉体の処女性と、最後の一滴を捧げるという約定。
その資格の内、前者。肉体の初めてを、あの隠れ家で月光が照らす中、私との交わりによって。そして、短くも長い濃密な時間の中で、魂と心を私に捧げると繰り返し誓い、本心から決意し、エンゲージメントスキルとして形を成した時点で、魂の処女性も。共に、私に捧げてくれていたと……。
かくて、資格を完全に喪失し、その時点で、”至上の供犠姫”という称号、そのLock状態は解除できるようになっていたそうです……。
しかし、次代の供犠姫がおらず。唯一の当代供犠姫であるルナリスが、一方的に資格を喪失。つまり王家が約定をたがえたとなれば、邪神への代償が必要となる。それに対し、彼女は邪神がこの世界に顕現できず、そのことを直接悟ることができないのをよい事に、秘匿……したのが表向きの理由。それも事実大きな理由であったようですが、内心羞恥に悶える彼女の真意それは……。
『称号の変更ができるようになれば、眷属となった自分の他の称号を、ナオ様に見られてしまう。そして持っていることを知られたくないスキルも、一緒にばれてしまう……それは絶対に嫌……』
という大変に乙女な理由でした。
その恥じらいの原因の称号こそが、記憶の中で見たこちら……。
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称号:傾国の姫
美貌と魅力により、国を墜とした姫に与えられた称号
成長、進化への影響を及ぼす。特定のスキル、進化の前提条件を満たす事が可能となる
前提条件 - スキル “☆8 性魔術”、 “☆4 性技-王室” を習得済みである事
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処女性を維持していたのに、こんな称号があったら、私に誤解される。嫌われるかもしれない。
それが、それこそが、称号のLockを頑なに守り抜いた最大の理由だったそうです。
私のルナリス、かわゆすぎか!
『そ、それに……性魔術も、性技も、アレイスター王国王族と供犠姫の務めとして、メイド達に教育を……受けたのですからね!? ナオ様とお会いするまで、経験、異性との……身体的接触は、一切ございません! クロウリードのせいで邪神に生贄に捧げられた後の触手……はノーカウントです! あ、あれは悍ましい捕食で、ひ、一人……エッ〇みたいなものですぅ!?』
と、いつものたどたどしさもほとんど感じられない、ちょっと錯乱気味かな? と感じる心の中の声が、駄々洩れになるルナリス。
やっぱり、私の姫がかわゆすぎる。それにしても、そんなスキルもお持ちだったとは……スキルをセットしていなくても、自力で習得した技術は忘れないと……おっと、そんなことを考えている場合ではありませんね?
紗雪もほっこりしているのが、伝わってきます。
【エリアアナウンス:後継たる供犠姫の不在を確認。資格を有する供犠姫の不在を確認。邪神ヨグ=ソトースの約定が破棄されました。代償を確認……】
「役目を放棄した巫女たる供犠姫に変わり、神官たる我があがなわせていただく」
思えば、邪悪ヨグ=ソトースに心酔し、崇敬する。そのためだけが至上であり、全ては路傍の石も同然。それがこのクロウリードという王なのでしょう。
彼の両手は、アレイスター王国の生きとし生けるものすべての命を、魂を、吸い上げた銀の鍵が捧げ持たれていました。
【エリアアナウンス:アレイスター王国消滅、並びに同生命リソースの献上を確認。供犠姫より産まれし神官候補の誕生を確認……代償は満たされました】
銀の鍵が消えた虚空ににじみ出る、虹色の球体。
クトゥルフと並ぶどころか超える、悍ましき気配が場を圧する。
【エリアアナウンス:”☆9 神話級 ヨグ=ソトース” の意思が顕現しました。旧き約定の裁定が開始されます】
【パーティーアナウンス:変質と進化が保留されます】
恭しく傅くクロウリード王との間に何事か、私達には聞こえない対話が、交わされる
ひときわ深く、拝礼した、美の化身。と、新たなアナウンスが響き渡る。
【エリアアナウンス:”クロウリード=フォン=アレイスター”が功績により、邪神ヨグ=ソトースの神官として迎え入れられます。旧き約定が満たされました】
「我が父、ヨグ=ソトース、感謝いたします」
その背後に、背の高い人影が現れる。
「父なるヨグ=ソトースの代理者たる、タウィル・アト=ウムルよ、どうかお導きを」
そのまま背に手を触れ……
「ま、待って、待ちなさい!」
眺めている場合じゃない。戦闘では決して敵わないとわかっていても、止めないと!
「ルナリスの、瞳を、返して!」
そんな私を横目に見据えるクロウリード王。からの虹色の……瞳の色が……虹色の輝きは宿しているけれども、ルナリスの蒼銀色ではなく、碧眼になっている……?
「偉大なる神の御声は届いておらなんだか? あぁ……供犠姫の資格を失っては順当であるな」
差し伸べた手を引いた背の高い人影……タウィル・アト=ウムルと言ったか、邪神の代理者と呼ばれているらしいそれが、時間の猶予を認めるうなずきを、クロウリード王に与える。
「感謝を。……約定を歪め、私欲を満たしてきた王族の断絶。神ヨグ=ソトースの加護を受けながら、その偉大なる意思を忘れ去った、愚かな国の全ての献上。そして、子にして大いなる神、クトゥルフの再誕の契機となったこと。これら功績により、従来の約定とこそ差異はあるが、我は、新たなる神官として認められた。その証が、この時空眼」
一泊置き、ルナリスに確認するように魔力の高まりに輝く瞳を向けると、小さくうなずき。
「第四王女。否、今はルナリスであったか。その娘の瞳と我の繋がりは消えた。後遺症の呪いを解除してやれば、自ずと復元されるであろう」
その言葉を聞くや否や、周囲の状況など無視して、取り出す”☆7 最上級-状態異常除去薬(帰属)”。
迷いなく、彼女に使用すれば……あぁ……ああ!
瞬く間に、空洞だった眼窩に復元される、美しい瞳。
虹色の輝きを宿した、蒼銀の瞳。
突如戻った視界に戸惑うように、彷徨う視線が、すぐに私をとらえる。
「みえ……ます、ナオ……様の、お顔、お姿。紗雪ちゃん……の可愛い姿……も」
うっすらと流れる一筋の涙。
私達が互いに夢中なうちに、クロウリード王と彼を導く邪神ヨグ=ソトースの代理者は、姿を消していました。
いつか、再び相まみえる事があるのかもしれない。
けれど今は……。
【パーティーアナウンス:”☆8 禁忌級クエスト 「供犠姫#7-供犠姫と約定の終焉」” をクリアしました】
【パーティーアナウンス:”☆8 禁忌級連続クエスト 「供犠姫」”の完了報酬として、”☆8 禁忌級クエスト 「供犠姫-可能性の先へ」” が開始されました】




