111.5章-第5話 ”クロウリード王 #2/3”
「邪神ナイアルラトテプは退けた。貴方が滅ぼした後のアレイスター王国は消滅した。ここで貴方を討って、後顧の憂いの全てを断ち切って、ルナリスと紗雪との、幸せな未来を築きます!」
使える姿は顕現体/裏 神翼種/闇のみ。傷はほとんどおっておらず、魔力は残り8割強。
弱体化はしていても、積み重ねた特化は有効。
何より、繋がった紗雪からの補助も受けている。
封印体の”不朽の束縛”も5割強、顕現維持にも問題なし。
ハルバードを両手に構え、力をみなぎらせる。
4丁の古式拳銃を宙に浮かせ、対物狙撃銃を構えた紗雪が斜め後方に舞い上がり、私の死角をカバーする。
さらに展開が始まる鋼糸。広大な空間に徐々に、領域を区切り始める。
対するクロウリード王は片手に原典のネクロノミコン、復元されたアル=アジフを開く。
その背後には複数の魔導書が翼のように背の後方上に浮かぶ。かつてその顕現を目の前にした”屍食教典儀”、”グラーキ黙示録 12巻”もその中に含まれている。
圧倒されるような忌まわしい邪気が放出されるが、今度こそ耐える。
なにせ、奴の、場を掌握するように超然と視界を確保する虹色の輝きを秘めた蒼銀の瞳。
ルナリスから奪った瞳……なんとしても。彼女に取り戻すためにも、こいつから剥奪しなければならない、瞳が……そこに在るのだから。
小手調べとばかりに、肉の床から、屍喰鬼が生み出される。
速度こそ劣る神翼種/闇の身とはいえど、空を駆ける翼もち、怪力を発揮する私を止めるには脆弱すぎる。
振り回す銀に彩られた漆黒のハルバードと共に、破壊の旋風となり、立ちはだかるそれらをはじき飛ばし、一直線に憎い男へと突貫する。
次々、腐肉の壁が生まれるが、破壊の権化と化した私を止めるには脆すぎる。
進む都度密度が増し、緑の毒液をまき散らすかのようになるが、暗黒の魔術で降りかかる全てに対し停滞のデバフを空間ごとかけ、すり抜ける。
物量で押しつぶそうというのか、遂に上空にまで生み出される、毒をはらんだ屍喰鬼の群れ。
しかしそれは、張り巡らされた鋼糸の結界に囚われ、出現したそのままに、空中に縫い留められる。
わずかな間に、私とクロウリード王を結ぶ直線を取り囲むように、鋼糸の結界が編み上げられていた。
拘束の特性だけを付与され、刻々と密度の増されていく鋼糸の結界は、怨敵との間を分かつ一切の存在を許さない、防壁を成す。
わずか数秒の高密度な展開の果て、たどり着いた金髪の王の眼前。
剛撃の振り下ろしに合わせ、逃がしてなるものかと、アフーム=ザーへの祝詞を奏上する。
「動きを封ぜよ、冷炎。重ねて、暗黒」
灰白色の冷気の炎が闇を裡に呑み込み、まとわりつくように、無数の屍喰鬼とこれへの毒の付与をしていたはずのクロウリード王の足元から這い上る。
瞬時に凍てついた脚を視界の隅に捕らえ、逃げる手段を奪った忌まわしき邪悪の頭上から、唐竹に振り下ろすハルバードの斧による加重撃。
その軌道にいつの間に呼び出したのか、ネクロノミコン”アルアジフ”から生み出された偃月刀が握られ、一撃を受け流そうというかのように頭上に掲げられる。
「させません」
重低音。放たれた破壊の塊、対物狙撃銃の魔力弾体が、掲げられた偃月刀を支える右手首をはじき散らす。さらに込められた魔力攪乱の魔術効果が、魔力で編まれていた偃月刀その物を余波で粉々に霧散させる。
守るものを失ったクロウリード王を脳天からまた下へ、真っ二つに割り開くハルバードの剛撃。
確実な即死。しかし……
「ふむ」
そう、この邪悪な王はまるで何事もなかったかのように次の刹那には、元通り健常な身体でそこに立っている。
が、そんなことは既にあの偽物のドリームランド、狂える老人の部屋で経験済み。
ハルバードは斬りあげるように逆巻き、再び身体を両断。
遠隔から念動で操作された4丁の古式拳銃、フリントロック拳銃の、魔力攪乱を付与された魔力弾体が嵐のごとく押し寄せる。
「魔術的な再生なら、これは効くでしょう?」
事前の紗雪との打ち合わせ通り、私が致命的な破壊を次々叩き込み、再生なりの快復手段を、絶え間ない魔力攪乱で紗雪が阻害する。
その間も押し寄せ続ける毒を付与された屍喰鬼の群れを鋼糸の結界が阻み、抑えきれなかったそれは、舞うように振り回すハルバードの余波で毒の飛沫ごと、消し飛ばす。
「ナオさん、魔力を阻害しても、再生が衰えている気配がありません」
どれだけ消し飛ばし続けただろう。氷炎による凍結と、暗黒の拘束で縛り付けた脚から上を無数に決し飛ばしたが、瞬間的な再生は一切衰える気配すらなく。クロウリード王自身、痛痒を感じてすらいないように平然と、屍喰鬼の召喚を続けている。唯一の変化は、暴虐の嵐に無意味と悟ったか、偃月刀を生み出すことをやめたくらいか……。
一度は手にするネクロノミコン”アルアジフ”ごと、叩き斬ったが、それすらも瞬時に、まるでなかったことのように再生される。
いや、その様子は再生ではなく……
「巻き戻ってる……?」
「全く愚鈍なことだ。ようやく気が付いたか」
あざけるように嗤う、今も再び血煙となった、金髪の王。
「我は、我が父、ヨグ=ソトースとの真なる邂逅を果たし、証を立てた。虚無と時空の権能、その一端をすでに宿しておる」
「つまり、消し飛ばしても、その事を巻き戻してなかったことに……?」
「あるいは、ヨグ=ソトースの伝承の通り、あらゆる時間、空間に存在……いえ、そこまで至っているはずがありません。あるとすれば、別の時空における可能性との入れ替わり……」
ナコト写本の知識を紐解きながら、推測を重ねる紗雪の答えに
「新しき旧き魔導書へと至った、そこの人形。まだまだやはり、生まれて浅いな。魔導書として、導き手としての不足。原初の”ナコト写本”の知識を、術理を。紐解き、咀嚼できていない。しかし、ああ。至った解は正しい。さて、ようやく至ったところで、次を教示してやろう」
まるで、教鞭をとる老練な教授のように、目を細め、魔導書ネクロノミコン”アルアジフ”を持つ左手を肩の高さに掲げるクロウリード王。
「どういう事。敵に情けでもかけるつもり?」
「敵……?」
心底意外そうに、不出来な教え子を諭すように、私を見据える虹色に輝く蒼銀の瞳。
「未熟とはいえ、外道の、邪悪の神髄に至らんとする者。2柱の邪神の加護を受け、神の階を登るもの。貴様は次代の我であろう? ならば、我が至りて後、我を愉しませうる者に、先達として教示するは必然であろう」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう私。
さっきも思いましたが、こいつ……とことん頭のねじが歪んで、邪悪に染まりきっていて。けれど私を殺すべき敵とみなしていない……?
ただ、自分の目的のためにルナリスは道具として見ていた。
私は……こいつの後輩……邪神の信徒として……。
確かに私は邪神アフーム=ザーと、邪神クトゥグアの加護、どころか一瞬とはいえ召喚すらして……紗雪は私のために魔導書を取り込み、一体化していて……。
「ナオさん!」
と、そうです。考えるのも悩むのも無用!
「ですね!! とにかく、ルナリスを救うだけ!」
「その意気です」
いよいよ膨れ上がるクロウリード王の邪気に、警戒のため後ろに飛行し、大きく距離をとる。
気が付けば屍喰鬼の召喚は止まっており、それを察した紗雪が、鋼糸の結界に斬の特性を付与し、細切れに消し飛ばしている。
「空虚なりし時空を識り。一にして全、全にして一なるを識り」
クロウリード王から一欠けらのマナが立ち上る。
虹色の輝きを帯びた円陣が、マナで描かれる。
そのマナを呼び水に、邪悪なる神殿を兼ねるこの空間に霧散した無数の屍喰鬼を構成していた魔力が集う。
邪悪な王のマナを呼び水に、この門の内側、邪神の領域たる空虚の世界からマナがあふれ出す。
虹色の円陣に満たされ、虹色の輝きに染まっていく、膨大なマナは円陣の内側で密度を高められていく。
「門にして鍵、我が父たるヨグ=ソトースに願う」
今度は、広がっていく虹色の円陣と球体。それはやがて、クロウリード王を包み込む。
「魔導書ネクロノミコン、その原初なる”アル=アジフ”の導きの元」
魔導書が輝きを放つ。高速で、自然とめくられてゆくページ。
虹色の球体の表面に、精緻な魔法陣が無数に描き出される。
それは、まさに神代魔法の工程。
領域を定め、支配し、拡げる。
そして今、ここに、クロウリード王と魔導書ネクロノミコン”アル=アジフ”が神代魔法を成す。
虹色に輝く蒼銀の瞳が、輝きを放つ。
「我は観測する。閉ざしたまえ。”神代魔法 – 断絶”」




