110.5章-第4話 ”クロウリード王 #1/3”
その後も淡々と、走馬灯のように、場面は移り変わっていった。
クロウリードの登場。その姿はあの、身体を乗っ取る前に見た通りの、腐乱死体一歩手前のありさまだった。
黒い兵たちに押さえつけられ、塔の地下へと連れ去られるルナリス。
祭壇の上に横たえられる彼女の横を、黒い兵士にかつがれ、ぐったりとしたルゥがクロウリードに、地下深くへ続く階段の奥へと連れ去られる。
階段から姿を現すクロウリード。後を追うように、あふれ出す肉触手の群れ。
始まるルナリスへの暴虐と凌辱。
再度場面が切り替わった後は、私が思わず赤面して逃げ出したくなるほど、まっすぐな私への愛情と思慕に満ち溢れていました。
伝わってくる無数の、ルナリスの想いの記憶。
救いの天使様。身を引き裂かれ、それでもなお、再び救いに現れてくれた。
遠い幼き日、亡き母に抱きしめられて以来、初めての他人の純粋なぬくもり。腕の中に抱きしめられた初めての経験。
王子たちに教え込まれた理想の都合の良い女性像。それに縋ってでも、離れたくない、嫌われたくない。そんな自分のあざとさ、汚らわしさに嫌悪がわく。
王子たちに教え込まれた英雄を待ち望む姫の姿、醜く穢れたものと思っていたその情景。ああ、いざ自分の身に、現実となった今、何と幸福な事なのか。
月明かりの元、ふしだらな自分を受け入れ、溶けあうように蕩けあった。生涯離れないと魂に誓った。
思い出を秘めた名を、長年失っていた名を、戴いた。生涯の宝物。
唯一純粋に自分を慕ってくれた人達がもういないと知った悲しみ。そっとその心の穴を埋めてくれる愛おしい人。
そして……その気持ちは1点の曇りも、1点の陰りすらもなく。
今この瞬間まで、続いていることを切々と、伝えてくれる銀の姫の記憶。
ルナリスの深淵に呑まれた魂が、心が、それでも。誤解されたくない、貴女の心だけは、失いたくない。
ただ、それだけを乞い、願う。
大丈夫。勝手に誤解して、勝手に絶望して、ごめんなさい。
弱い私を叱ってください。
でも、もう大丈夫。わかりましたよ。
ええ、きちんと理解できました。
月の世界での、私が悲嘆と絶望に堕ちた、ルナリスとクロウリード王の一幕。
あれは全て、邪神ナイアルラトテプの茶番劇であったと。私の心を押しつぶすための、狂言劇であったと。
巧妙に真実を一滴混ぜながらも、登場人物たちの主体を、心の在り様を、事象をずらし。偽り、組み立てられた作り話であったと。
ええ、理解しましたとも。
たまらない怒りが湧き出す。
ふがいない自分への怒り。
ルナリスを信じる。ただそれだけのことでよかったのに。自分の弱さ、心の醜さに引きずられ。捨てられた、失ったと勝手に錯覚した。信じ込んだ。
システム/創造神からの通知や、エンゲージメントスキルの凍結等の裏付けがあった……それ故に、ルナリスから縁を切られた。そう思い込んでいた部分はあります。
が、それとて、よくよく思い起こせばあの時のシステムアナウンスは、”結ばれし先を、確認することができません”、 “パーティー状態を維持することができません”、”眷属ルナリスの存在が確認できません“。と、ヒントはあったのでしょう。
ええ……いくらなんでも、あの精神状態の中で、そこまで想像できないですよ。と、泣き言は言いたいですが……。
結果的に見れば、ルナリスを連れ去られ、どこか。それこそクロウリード王にしかアクセスできない邪神関連の領域とか、神器を使ったとか、邪神ナイアルラトテプの介入とか。何か理由があったのでしょうけれど……。
今にも最後の一欠けらまで、完全に閉ざされようとしているルナリスの心。
共有された感覚にはなにも映し出されておらず、痛みすら喪失されている。
全てが失われ、すべてを閉ざした空虚の中に沈み果てようとしているルナリス。
だからこそ、大丈夫だよって、手を差し伸べて、抱きしめてあげに行かないと。
「ね、紗雪」
「そうですね、ナオさん」
ずっと、心配そうに、自分の事のように全てを一緒に感じていた、今や魂を宿す最愛の片割れ。
この時間も空間も歪み切った世界の中で、確かに繋がっている今だからこそ。
“依依恋恋たる抱擁 - 一日千秋”
銀の姫を今度こそ救いに。
神殿をそのまま一つ呑み込んだような広大な空間。
私達が召喚された先は、案の定、肉の触手で埋め尽くされた空間でした。
しかし、事前に警戒した予測と異なり、空中に浮く私と紗雪に触手たちが群がってくるようなことはなく。
触手の群れに半ば呑み込まれた、碧い髪の女性、ルゥにひたすら群がり続けている事。
そして、彼女の腹部が大きく、膨らんでいる事。
目がおかしくなりそうな、空間の虹色も緩和され。ただ、甘ったるい匂いに満たされているばかり。
「よもや時空を映す瞳もなく、我が父へと通ずるこの儀式場へとたどり着けるとはな」
魔導書ネクロノミコンを片手に、見下ろすようにわずかに浮かぶクロウリード王。
「ルナリスを、そしてルゥも、返して」
「それはできぬ。先王が愚かにもたがえた我が父なる神ヨグ=ソトースとの約定を果たすには、至上の供犠姫の魂の最後の一滴を捧げねばならぬ。その時ようやく、父なる神への道が開かれるのだ」
「ルナリスを封じ込めた心臓を与えたルゥの命が、その最後の一滴になるっていうんでしょ」
「しかり。本来であれば何の問題もなかったのだ。至上の供犠姫は時空眼を宿し、その魂を全て神ヨグ=ソトースへ捧げる。我がその瞳を宿し、拝謁する。星辰がそろったこの時、あるがままに、そのようになるはずであった」
淡々と、語る彼。
実際、そうだったのでしょう。過去の記憶を見たルナリスにあったのは、底なしの諦め。父も、兄弟も、皆が狂っていく。自分の存在そのものが、あるべき未来へと雁字搦めに縛られてしまっている。それを破るすべも無い。わずかな抵抗とばかりに、背徳的な欲望を抱く父に頼み、師をつけてもらい舞刀術を習うも、それでどうにかなるような運命でもない。
「それを邪魔したのが、邪神ヨグ=ソトースとの約定を反故にして、ルナリスを自分のものにしようとした先王。そして、貴方が軌道に乗せなおした儀式を最後の最後で邪魔して、ルナリスをかっさらっていった私。というわけですね」
「その通りだ」
素直に認める彼。思えば、私に嘘を教え、虚構の姿で芝居を演じていたのは、全て邪神ナイアルラトテプでしたね。ティンダロスの猟犬、あの黒い狗をけしかけてひどい目にあわされたりはしたけれど……。
「貴様自体は、我にとって何ら関心の対象ではない」
まるで心を見透かしたように、告げてくるクロウリード王。
いぶかしげに彼を見れば。
「”至上の供犠姫”を捧げる儀の妨害。その決め手となったのは確かに貴様であろう。だが、貴様がいなかろうと、儀式は穢されていた。第四王女を守護することを望んだわずかな者達によってな。歪んだ儀式が完遂されるくらいであれば。貴様の介入により時空眼に至った第四王女の方が、はるかに価値があった。結果論ではあるがな」
自嘲気味に付け加える彼。
アルフレドさんや、メイドのベリーヌさん、マリーナさん、それに結局姿を見る事が叶わなかった、ルナリスに最後まで忠義を尽くしてくれた方達。私の存在をアルフレドさんが感知して、作戦を変えたといっていましたが、何か妨害の手段を他にも用意していたのでしょうね。ただ、歪んだ儀式という事はルナリスにとっても、決して最良の結果になるものではなかったのでしょう。
それで急遽、私の存在を前提とした作戦へ切り替えた。
「だが。事ここに至っては、貴様をただ見逃すだけというわけにも、ゆかぬか」
これまで、自らが直接手を下すようなそぶりのなかった、クロウリード王が。金髪の美貌に更なる覇気をみなぎらせ、鋭い眼光で私と紗雪を射抜きます。
「悔いと共に、ひと時沈むが良い」
かすかな喘ぎを漏らしながら、虚ろな瞳でこちらを見る、肉の触手に嬲られるルゥが見つめる中。
偽のドリームランドでは、私を恐怖で縛り付けた、美の化身が如きクロウリード王との直接対決の幕が切って落とされるのでした。




