108.5章-第2話 ”繋がる糸”
太い2本の神殿調の柱に挟まれた、巨大な扉。
半ば以上まで開かれた漆黒の扉の奥に覗くのは、虹色に彩られた空間。
それはルナリスの銀の髪や瞳の、涼やかで神々しい輝きとは異なる。重く、禍々しい、澱んだ虹色。絵の具の色をぐちゃぐちゃに塗りたくったような、不気味な虹色。
私の封印体”不朽の束縛”は、紗雪が両手で支え持ってくれています。
突入前にスキルの整理をと思い、昨夜確認はしたのですが、私は顕現体/表が封印状態なためか、進化も統合も一切できず。
紗雪も、大半のスキルがLv10に至っていたものの、進化先がいまいちピンとこないとの事に加え、レベル100到達と、称号絡みの特殊アイテムが気になり、同じく保留。
「さて。道標となるアイテムも情報も得られませんでしたが、時間の経過は相手に利するでしょうからね。腹をくくって突入するしかないわけですが。付き合わせてしまってごめんなさい、紗雪」
「ナオさん、今それを言いますか。というか、さすがに怒りますよ? ルナリスちゃんの救出に、私が行かないわけがないでしょう?」
「そ、それはそうなのですが……私がふがいないせいでというか、こうして、顕現する事すら制限されて、移動も任せるような」
「ああ、もう。ナオさんって、ヘタレ始めると、とことんへたれますよね! そこが可愛くもありますが、今はさすがにだめです! ほら、やり直し」
う……確かに、そういうきらいが私にはありますね……。
直したくてもなかなか直らないといいますか。うまくいっている時、自分の管理下に置けている時は、割とイケイケなのですが。って、まあ人間、誰しもそういうところはあるのでしょう。
が……。そういうところがルナリスも、嫌いになったのかな……。
「ほらぁ、また、うじうじしだしてる。いいですか? ナオさん、貴女が、貴女自身を信じないという事は。貴女を信じ、全てを受け入れているルナリスちゃんや私を信じない。という事なんですよ!?」
「んん……そう、そうですね。ええ。肝に銘じないといけませんよね」
今一度、紗雪の言葉をかみしめ。
「紗雪。頼りにしています。絶対にルナリスを救い出して、3人で、幸せに過ごせる未来を作ります」
「はい、もちろんです♪ 気合も入りなおしましたね?」
「まったく……紗雪にはかないませんね」
「ふふーん。何と言っても、今のナオさんの“初めて”の存在ですからね♡」
今の私……確かに、そうですね。この姿を得た、この世界にある意味生まれ直した…。かつての私は、あの事故で実質もう失われて。斎賀さん達がこの世界に飛び込むのを支援してくださり。そして、今の姿を一緒に形作ったのが、紗雪です。
そうして出会い、今後も共に過ごしたいお姫様を、今から救いに行くのです。
うん、いいじゃないですか。やって見せますよ!
くぐった門の先は、サイケデリックな虹色そのものでした。
「なんだか気分が悪くなってきますね」
「確か、時間や空間の概念もあいまいな場所のはず、でしたか」
「ですね。邪神ヨグ=ソトースは、”時空の制限を一切受けない最強の神性”、 “過去・現在・未来の全存在を内包し、あらゆる時間・空間と共にある空虚”そんな風に表現されています。そして、“始まりも終わりもない”とされる。断片であればともかく、ここは邪神ヨグ=ソトースが封じられている、あるいは、存在する空虚その物。万が一神性本体とぶつかるなんて言う事になったら……」
「一発アウト、と。とにかくルナリスを探しましょう」
「て、言ってる矢先から……」
道すらない空間をどう進むか戸惑っている私達の全周。空間に滲み出すように現れだす、揺らめく何か。
人型のように見えますが、その身体は虹色のまだらが蠢いており、仔細は全く分からない。サイケデリックに色を塗った風船人形とでも言われれば納得するかもしれない。
その輪郭と、色彩が常に蠢き一瞬たりとも同じ状態ではないことを除けば。
「先制一発!」
紗雪が呼び出した4丁のフリントロック拳銃から魔力攪乱の付与された魔力弾丸が吐き出される。
一応影響は与えられているようで、無数の弾丸にえぐり取られるように、その身体は散っていく。
「私も出ます」
漆黒のハルバードを構え、今唯一使用可能な、顕現体/裏 神翼種/闇の姿を露わにする私。
加重撃と、力場纏により、非実体存在にも影響を与えられる”銀嶺斧槍”の剛撃が、徐々に数を増していく敵を薙ぎ払う。弱体化していても、うん。十分な破壊力ですね。
「簡易鑑定では名前が見えないですね」
「ナコト写本の知識にも明確な答えがないです。ヨグ=ソトースがとるとされる姿のどれとも違いますし、その信奉者の情報とも一致しません」
「とりあえず虹色人間とでも呼びましょうか!」
「了解です」
虹色人間は、まさに虚空からしみだして来るようにその数を増していきます。
殲滅自体は可能な物の、あまりにきりのない鼬ごっこ。魔力の限られる身としては、いつまでも付き合っているわけにもいきません。
「正面突破で、薙ぎ払いながら飛んでいきましょう」
「はい!」
不朽の束縛を腕に通し、対物狙撃銃を構えた紗雪が後ろから追随してきてくれていることを確認し、突破をはかります。
「ルナリス……どこですか……お願いです、貴女の元に導いてください」
ひたすら願いながら、蹴散らし進む私達。
「きりがない……!」
変わらない景色、増え続ける虹色人間。
戻ろうにも、元来た門も見えない。
そもそも、この虹色の空間では視界もあってないようなもの。
実態顕現の維持魔力も残り7割。まだ余裕はあるものの、先が見えない現状では……。
「ナオさん、私たちのエンゲージメントスキルを、みてださい」
ハルバードで連撃を繰り出しながら、言われ、スキル欄を確認。
“依依恋恋たる抱擁”が宿す、4つの効果。
“愛及屋烏”が定義するスキル対象は、紗雪とルナリスの2人ともが明記されている。
しかし、相手の元に自信を召喚する”一日千秋”の、召喚先は紗雪のみ。
“海誓山盟”は記録すべき新たな神代魔法を生み出せていないので変わらず。
「え……?」
「一か八か、試してみませんか!」
残る一つ、“昼想夜夢”。
全てを共有する。記憶と感情すらも共有する。その対象に、ルナリスが。確かに記されている。
確実な、繋がりの証。
未だ凍結状態表示のままの、ルナリスと私のエンゲージメントスキル”狂愛の絆”を横目に。
「紗雪。繋がりましょう」
「はい!」
いついかなる時も、常に貴女の事を考えています。
寝ても覚めても、思うは貴女のことばかり。
私にとって、世界の中心は、ルナリス、紗雪、あなた方2人だけ。
2人が幸せを感じてくれるなら、どんな事でもしましょう。何だって手に入れましょう、何だって捨てましょう。
だからお願いです、私に、貴女方の全てに、ならせてください。
貴女方の全てを……預けてください。
際限なく虹色人間たちを生み出す虚空の色彩が薄れて行く。
変わらぬ愛情と、慈愛を注いでくれる紗雪を感じる。その視線は私を中心に捉え、見守ってくれている。
そして……そして、あぁ……ただただ、虚ろに落ちた冷たい闇。確かにここに在るのに……いつも温かな貴女を感じる事はもう、できなくて。
紗雪の悲しみが伝わってくる。私の悲しみが伝わる。
「ナ……オ……様」
小さな、小さな、幻聴としか思えない声。
しかし確かに、魂を震わせた声。
「ルナリス! ルナリス!! 私です、私です! ナオです。お願いですどうか、貴女の元に導いて、貴女を今度こそ救い出させてください。貴女を苛む全てから。貴女を苦しめる全てから。私を嫌ってもかまいません、恨んでも構いません。でもどうか、どうか!」
「ちが……う……! 愛しい……!」
ほんの刹那の強い感情の迸り。清浄な気配を宿した、薄虹色の輝き。
すぐに虚空の闇に再び堕ちたそれはしかし、確かに一瞬、この虹色の世界を引き裂いたのです!
ルナリスの、心の叫びが!




