104.4章-第20話 ”門”
「今度はこっち」
フォークに乗せた苺のムースを紗雪にあーん。
「私も私も」
ちょっとまだ照れが見える。でも優しい微笑みの紗雪に、桃のケーキを食べさせてもらう。
「なんだか幸せだね~」
「そう、ですね。ええ、とても、とても幸せです」
昨日の夜は欲求不満がたまった私が見た、夢だと思うのです。あんなエッチなことをルゥちゃんにさせるだなんて。
けしからん、私!
というわけで、今日は朝からネグリジェのまま、紗雪とベッドでイチャイチャ。
もうすぐお昼だけれど、知らない。
キスまではさせてもらったよ! ケーキを食べていたから、すごく、甘い口づけ。
紗雪もだんだん我慢できなくなってきたみたいで、今は密着して、すごくいちゃいちゃ。
もうちょっとで、この先も……なんて思っていたら。
「お邪魔してしまってごめんなさい、なの。でも、大変、なの」
音もなく部屋に入ってきたサフィーロが、ものすごく深刻な表情で、話し始めたのです。
「どうしました」
一気にきりっとした表情に戻る紗雪。あ、でも、抱っこから逃げるのは許さないからね。後ろからぎゅーってしたまま、難しいお話が始まる気配に身構えます。
「王都を囲む壁の外に大量の屍喰鬼が出現。続々と集結。これに対し王国側は一切の反応を見せず、なの。さらに王城外壁正門が開門され、王城前広場に大量の国民が集結中。周辺の道全てをふさいでいます、なの。このホテルの従業員も、生命反応で調べる限り、誰もいません、なの」
すごく怖そうなお話をしてる。いやだなぁ……紗雪のツーテールになった髪の部分をこっそり指に絡めて現実逃避しましょう。
「逃走経路は」
「上空には”シャンタク鳥”と、”忌まわしき狩人”が群れを成していて、空を飛んで逃亡は不可能、なの。ナオ様が……」
「それは勘定に入れません。地下は?」
「地下水路にも何かが大量に蠢いていて。調べることもできませんでした……なの。たぶん、粘性の何か……としか。核も本体も見えないからか、解析で情報を見る事もできませんでした……なの」
紗雪は振り返り、じっと、翡翠の瞳で、私の金の瞳を見つめます。
でも、いつもは優し気に笑っている唇が、今は軽く引き結ばれたまま。
「ね、ねえ、紗雪? ど、どうして何も言ってくれないの」
それでもじっと私の金の瞳を見詰めた後。
「ナオさん。私が力及ばず、ごめんなさい」
「え? な、なにを急に……」
そっと唇に指を優しく触れさせて、言葉を止められてしまいました。
「ナオさんを、ナオさんの記憶を、心を、癒してあげることが今度はできませんでした。予兆は何度も見えました。でも、私では、だめ。辛そうなナオさんにそこから先を強いることができませんでした。ここから先へ進むなら、覚悟が必要です」
紗雪の手が、唇から、ほっぺたに撫でるように添えなおされて。
「ナオさん、貴女は戦えます。貴女のその身には誰よりも強い力が秘められています。少し、ほんの少しだけ。勇気を出して前に踏み出すだけでいいんです。貴女の魂が、身体が、覚えています」
「な、何を言ってるの、ほら、ほら見てよ。戦闘不可設定って、書いてあるでしょ!」
訳の分からない事を言い始める紗雪に、思わず可視化モードにしたステータス画面を叩きつけるように表示してしまいます。
「スタータス画面すら、ご自身の認識を歪めて誤認識してしまっている、今の貴女自身。心が拒否してしまっているんです」
そっとその画面に指を添えて。
「どこにも。”戦闘不可設定“なんて書いてありませんよ……そもそも、Steps to Elysium Onlineの戦闘不可設定は、ステータス画面そのものが別物になります。ナオさんが指さしているそこに書いてあるのは”運命値:100”の表記ですよ。貴女の全ての始まり。ルナリスちゃんとの出会いのきっかけ、私と一緒に悩み、作り上げた2つのアバターの切っ掛け」
「いやぁぁ!! なんで、なんでそんなおかしなこと言うの、いやだ、いやだよぉ」
紗雪の髪に顔を押し付けて、何も見えないように、とっても落ち着く紗雪の香りに縋りつくように。
駄々っ子みたいってわかっているけれど、何も知りたくない、何も見たくない。
「ナオさん!」
耳元で大声で呼ばれて、思わずびくっとしてしまいます。
黒い髪が、黒い翼が跳ねて。
驚く私の唇に、重ねられる、ほのかな温もり。そして、湿り気を帯びた艶めかしい舌が、私の唇を強引に割り開いて。
「ん……ゃ……ゃぁ」
うそうそうそ、あれだけ嫌がっていたはずなのに紗雪の手が、私の太ももを強引に広げて、膝を間に挟まれて。
手が、手が敏感なところに。
口の中を舐られながら、押し倒されて。
「ぃ……ぃた」
翼がベッドに押し付けられて痛いのに、全然気にしてくれなくて。
それどころか、背中に回された紗雪の手が、敏感な翼の付け根をコリコリって。
頭が真っ白になっちゃう……!
え、え、私の身体どうしてこんなに敏感なの、おかしいよ、おかしくなっちゃう、狂っちゃうよ!!
「相変わらず、とんでもなく感じやすいですよね、ナオさん。ねえ、判っていますよね、判ってくださいよ、何度私たち肌を重ねたんですか。ルナリスちゃんと一緒に、ルナリスちゃんとなんてもっともっともっと。ずるい、ずるいですよ。私じゃダメなんですか? 私が欲しいって言ったのはナオさんでしょう? ずるい、ずるいよ!! ”血姫繚乱”の感覚倍加で異常に快感に弱いくせに。心が壊れないように、ずっと、二人きりなのに、ずっと、我慢していたのに。なんで、なんでなのよ! めちゃくちゃになって、もう全部忘れて全部思い出しちゃうくらい、滅茶苦茶に狂わせてあげるんだから、快楽で蕩けさせて、ぐちゃぐちゃにしてあげるんだから!!」
それからはもう訳が分からなくて。 何度も何度も頭が真っ白になって、泣いて紗雪に縋りながら、紗雪も何度も泣きながら私の上で果てて。
「それでも……それでも、わからないよぅ。紗雪は大好き、紗雪を愛してる、紗雪とつながれてうれしい。でも、判らないんだよぅ……」
「私も愛しています。もう……もう私も楽になってしまおうかな……こうしてずっと二人で、蕩けて。現実にも二人だけで……そうよ、それだって別にいいじゃない」
紗雪の目が、ちょっとぐるぐるし始めて、昏く、昏く陰っているような気がして。
必死で舌を絡め合いました。
お互いに、何度も何度も果てて、起き上がる気力も失せて、ベッドで抱き合って寝ていました。
そこに、サフィーロの部下にあたる少女人形の子達2人が飛んで入ってきました。
「緊急につき、ご報告します、です」
「王城前広場にルゥ様の姿を確認。王都市街ではなく、王城内部側から出現したように思われますが、断定できず」
「市民の様子が尋常ではなく、ルゥ様に一斉に群がっています、です」
「離脱する寸前、広場奥、王城正門前の祭壇と思しき場所へ少しづつ移動していました」
ルゥちゃん!?
「え、ルゥちゃんが!? なんで。と、とにかく助けに行かないと」
「ナオさん……。そう、ですね、ダメ元でも……」
超特急で汗と幸せの名残と残り香だけ、シャワーで洗い流して、インベントリ操作でドレスにお着換え。
そういえばこのドレスも、天上の生地って言われても疑わない着心地の良さだけれど……どこで……。
って、今はこれ以上時間を無駄にできない。飛び方はなぜかわかったので、窓からひとっとび。
「あまり高度を上げすぎないでください、なの」
調子に乗って上に上がったら、前はずっと上空を飛んでいるだけだった怖ろしい化け物たちが、こっちに近寄ってきたので、慌てて屋根くらいの高さに降下。
みっちり詰まったみたいな大量の人の群れの上を飛び過ぎて、王城を囲む大きな壁を越え、見えた。王城前広場。
「何、これ」
そこは詰め込みに詰め込まれた人でぎゅぅぎゅぅ。あんな中にいたら押しつぶされるのが確実。むしろ、圧死していないのがおかしいくらいの密集状態。
そんな異常な状態をさらに異様にしているのが、全員が、同じことをずっと、のどがかれそうな大声で叫んでいる事。
Ia! Ia! Yog-Sothoth!
Ia! Ia! Yog-Sothoth!
Ia! Ia! Yog-Sothoth!
ひたすらそれだけが、永遠、永遠と。
鳥肌が立つのを我慢して、奥を見れば、確かに祭壇みたいなものがある!
黒い、巨大な石の祭壇。
これ、どこかで見た覚えが……肉色の壁……触手。
祭壇の上に、昨日の碧いドレスを着た、海のように深い碧色の髪の美少女。ここからでもあの特徴的な色で分かる。
「ルゥちゃん!」
祭壇の上は誰もいなくて、彼女が横たえられているだけ。
意識は失っているのか、ぐったりと横たえられたまま。
広がる、膝下まである長い長い髪の毛が、祭壇の上に海を広げたみたいに綺麗。
「急降下して掬い上げて離脱、うん、それなら私でも行けるよね」
「援護は私がします」
4丁の古めかしい、けれど美麗な、フリントロック式拳銃が、紗雪の周りに浮かぶ。
さらにその手には、流麗だけれども怖ろしい、対物狙撃銃。
「じゅ、住民を撃っちゃうのは」
「ナオさん、あれはもう……簡易鑑定で見ましたか?」
言われて下に視線を移し。
「え、レアリティーはまちまちだけれど、全員が屍喰鬼!?」
その時。
心の底から縮み上がりそうな、怖ろしい気配があたりに満ちる。
「さ、紗雪、なに、なにがおきたの」
「何ですか、これ」
私達が見つめる先、王城が、純白の綺麗な王城と、外を囲む壁、石畳。
全てが漆黒に染まる。
王城から黒い靄みたいなものがどんどんあふれ出して来る。
甘い、腐ったような、それなのに永遠にかいでいたくなる匂いが、溢れてくる。
下の住民たちが、ますます声を大きくする。
Ia! Ia! Yog-Sothoth!
Ia! Ia! Yog-Sothoth!
Ia! Ia! Yog-Sothoth!
やがてその叫びが最高潮に達したとき。
あたりは全て漆黒に染め上がられ。
祭壇の奥に、巨大な扉が、出現していた。
太い2本の神殿の柱。
その間に設けられた、巨人用と言わんばかりの高さ10mを超える扉。
全てが漆黒のその扉。
上部、柱と柱の間に施された銀の彫刻。
見ているだけで不安になる、縮みあがって、ひれ伏して、今すぐ許しを請わないといけない。そう確信させられる。
恐怖で圧倒される、一目で邪悪だと、あれはこの世にあってはいけないものだと、魂が断じる。
神々しいのに、邪悪で悍ましい、巨大な扉。
急いでルゥちゃんを助けなきゃ。
とにかくそれだけで頭がいっぱいで、祭壇に向かって急降下し始めた。
そんな私の視線の先。急速に迫る祭壇と扉の前に。
一人の男が現れた。
金髪碧眼の美の化身が。




