98.4章-第14話 ”月の裏側(偽) #1/2”
==============================
<作者からの注意書き>
今回ばかりはさすがに、と、思い。このような形で、注意書きのご案内を、失礼いたします。
※この注意書きには若干『ネタバレ』が含まれるので、『厳しい展開、問題なし!』という方はこの注意書きは飛ばしてください。
このお話だけは終始、第三者視点です。いつにも増して、最悪な境遇がヒロインに発生します。
閲覧注意と、きちんと最終的には救われます。とだけ……ハッピー”エンド”保障です。”エンド”!!
ただ、通過点として……。どうしても、狂気の囁きと、筆者として物語の必然において、こういう流れになります。
エンドのハッピーとは何かにも様々な疑義がありそうで怖いですが……大丈夫……?
“大丈夫”と、ルナリスが、うなづいているので大丈夫。
この1話を飛ばして読んでいただいても、ある意味、主人公目線で、問題なく続きをお読みいただけます。
ただし、その場合、逆の意味で、読者様のメンタルブレイクを招きかねないと思いました。
そこで、悩んだ末、このお話を公開します。
作者の意図する物語的には、このお話を含めさせていただく形が、作品としての、意図通りです。
飛ばして読んでいただいた場合、次話で起こる出来事に対しても、ハッピー”エンド”保障だよ、という事だけ、ここで注釈させてください。
どうしても、厳しい展開を1日1話更新で追われるのがご無理な方は、『第5章第8話』の更新まで、しばしお待ちいただけますと幸いです。そこで一旦の”ハッピーエンド“に到達します。
どうか……3人の行く末を、見守ってやっていただけますと幸いです。
<以上、作者からの注意書きでした>
==============================
時は遡り。狂える老人の居室からナオが転送された後。紗雪と再会する前。
大地を覆い尽くす、無数のムーンビースト達。
灰色の肌。ぬらぬらと照り光る脂ぎったヒキガエルのような造形の顔面。
ピンク色の肉々しい短い触手が鼻の代わりに蠢き伸びる。
人間大でありながら冒涜的な異形達。
肥え太った腕に掲げられた長柄の槍が、高く掲げられている。
主たる這い寄る混沌をたたえる、賛美の声が、重なる。Ia, ia, Nyarlathotep!
主たる邪神ナイアルラトテプと約定をかわせし、盟約者に道が開かれる。
灰色にぬめるムーンビースト達が敷き詰められた大地に、一筋の道が開く。
歩みを進める美の化身、金髪碧眼に王子服をまとい。しかしにじみ出るはひたすらに悍ましき邪気。
クロウリード王の、堕落と邪道に耽溺する、忌々しい腐り堕ちた精神が隠しようもなく場を支配する。
高く掲げられた、無数の長柄の槍の先端。
その身のことごとくを刺し貫かれ、血潮を滝のごとく、己を張り付けにする槍に流し。
幾重にも重ねられた白の薄衣のドレスは、血潮に朱く染まり。
祝福とも呪いともつかぬ、再生と不死が、血潮を流し続ける血袋に、貶める。
不思議と虹色に輝く美しい銀の髪だけが、血の一滴も残すことなく、美しく輝いている。
「苦痛に嬲られ、無数の死を与えられ。それでもなお、折れぬか。隠され、潜む、贄の姫であった頃とは別人のようだな」
無傷なところを探す方が難しい、惨憺たる有様の銀の姫に、そっと伸ばされる忌々しい僭王の手。
その手が流れ落ちる美しい銀の髪を、掬い上げようとする寸前。
虹色の輝きを宿した、蒼銀の瞳が、常になく厳しく睨みつけた。
「さわ……るな。わたくし……の……げふっごb……」
血潮が唇を割ってあふれ出す。けれど、止まらない言葉、激情の迸り。
「わたくしの髪……好き……ナオさま……げぇっぅ……言ってくれた。髪、だめ……穢させ……ゴフッ……ない」
辛うじて、流れ落ちる粘性の朱い液体にふさがれながら、紡がれた想い。
ただ一人、狂おしい程までに愛する、神翼に飾られた、あの人。たくさんの好きを言ってくれたけれど、あの夜、月光に照らされた逃避行の途上。隠れ家の中。初めて抱き合った夜に、優しく撫でて。きれいだと、好きだと、いってくれた髪。愛を確かめ合った後、追及したら、恥ずかしそうに、好きだと改めて認めてくれた髪。せめてそれだけでも……と。無数の死にさらされる中、守り切ったのだ、と。
死の苦しみの狭間に墜とされながらも、紡がれた、静かな叫びを、金の髪の怪物は嘲り笑う。
昏く歪めた、腐臭を吐き出す唇を、嗤いに歪め。
手は降ろされ、代わりに、空中を指し示す。
映し出されるは白い翼と、黒い翼の二つの身体。黒い狗どもに、獣共に貪られ。咽び泣き、苦痛に喘ぐ地獄絵図。
そして、決して否定できない、快楽の法悦に嬌声を上げ、まぐわいを求めるケダモノに堕ちた、淫獄に愉しむ姿。
「浅ましき事よな。獣と交わり、快楽を貪る、正にケダモノの所業。貴様を愛すると囁いたその口で、獣に法悦の慈悲を縋っているぞ?」
「おいたわ……しや……」
自身の裡に眠る絆の証をルナリスは意識する。
”狂愛の楔 – 献身”
愛おしい人の身を犯す全てを取り除きたいと、その発動を一身に願う。
しかし、反応は無い。明らかな致命傷を負っているのに、スキルはその効果を発揮してくれない。
決して離れないと、誓いを形にしてくれているはずの、絆たるエンゲージメントスキルが今は応えてくれない。
その事実に、たまらない不安と、焦りが沸き上がる。
まるで絆が断たれたような、捨てられてしまったような。
狡猾な蛇のような瞳で、揺れ動く心を見透かすように、クロウリード王がかつての第四王女を見つめる。
幽閉され、頼るべき者も儚くなり、たった一筋の光明となった神翼種に縋りつく彼女の内面をじっと観察する。
まさか、ナオ様に……捨てられ……てしまった……この身が至らなかったばかりに。
ついに、猛毒のような思考が駆け巡る。
ただでさえ、生まれたその瞬間から、感覚が異常に増幅されているこの身体。
何度も殺され、しかし不死の効果によって、確実に死んでいるはずが死んではいない。時間の感覚も失われる中、異様な状態をさまよい続けたルナリスの心と魂は確実に摩耗し、限界を迎えつつあった。
毒蛇が、獲物に毒を受け入れさせるべく、先に甘美な痺れを与えるように。
銀の姫の心の裡を見極めた悍ましき美の化身から、甘い甘い、毒の一滴が垂らされる。
「契約の履行を」
小声でささやかれるその声に、無貌の神たる邪神ナイアルラトテプが応える。
ルナリスの背後に現れた、漆黒の人型が、2つに分かれ、それぞれが、白い翼と黒い翼を備えた神翼種の乙女に姿を変じる。偽物のナオに化ける邪神の欠片。
レイラの姿でかすめ取っていた、髪が、羽根が、偽装の魂を形作り、”魔眼-月姫の時空眼”を伴った霊視にすら捉えられぬ、真に迫った贋作を実現する。
見た目どころか、偽装の魂の殻すら、何一つ本物と変わらない、シェイプシフターたる素養を露わにした邪神の変身。
今この瞬間、紗雪を救出すべく、ナイアルラトテプの異なる写し身と接するナオの姿をもリアルタイムに模倣し、写し取った邪神。
漆黒のハルバードを一閃、長柄の槍の先に銀の姫を張り付けにするムーンビースト達を一薙ぎに消し飛ばす。
双短剣を刹那に幾百回と振るい、銀の姫を張り付けにする長柄の槍を切り飛ばす。
支えとなっていた無数の槍の磔刑台を失い、鮮血をまき散らし落下する銀の姫。
その身を2人のナオの姿が優しく抱き留める。
死の苦しみの底を揺蕩い続けた、か弱き銀の姫に、邪毒の囁きがもたらされる。
「ルナリス、やっと辿り着けました」
「待たせてしまって、本当にごめんなさい」
「ナオ……様……」
はらり、はらりと、涙が銀の姫の頬を伝う。
「ご無事で……よくぞご無事で」
その身を苛んでいた無数の槍を抜き、再生が正常に機能を果たした銀の姫の姿が、みるみる回復する。
魂と心のぬぐい切れぬ傷はそのままに、姿だけが至高の美を取り戻していく。
「さっきはよくもやってくれましたね、ド外道僭王が」
「施しを、ずいぶんと愉しんだようであったがな」
睨みつける白い翼もつ姿に、嘲りを含んだ嗤いで超然と見下ろすクロウリード王。
ルナリスを男の碧眼からかばうように、翼を広げ、双短剣を構える。
「我に通じぬことは既に分かっておろう」
「それでも……!」
憎き金髪碧眼の邪悪なる王に、迫真の殺意をみなぎらせる、邪神の変身体。
その背を見据え、わずかに力のこもった手で、ルナリスを庇護するように抱きしめている黒い翼の姿。
その顔が苦渋に歪み、呼びかける。
「ルナリス……」
「ナオ……様?」
躊躇し、言い澱み、言葉が続かない黒い翼の姿。
「ナオ……様……何をお悩み……なのですか?」
案じるように、未だ死が染みつき、力の入らない身体にムチ打ち。必死に、愛おしい人の、頬に添えようと持ち上げられる銀の姫の左手。
「先ほど、あいつと対峙しました。渾身の全力を叩き込んでも、傷一つつけることもできず……。そこで、この”原初の魔本”が。力を、智慧を、貸し与えてくれたのです。ただ……」
かみしめられた唇から、血が流れる。血の一滴が、ルナリスの唇に零れ落ちる。
渾身の苦悩の演技から紡がれる言葉。
「奴は、邪神ヨグ=ソトース、あらゆる時間と空間を超えて存在する空虚の神。その神性の一部を宿しているそうです。それを打ち破り、刃を届かせるには……貴女の……目が」
「わたくしが……この目で……見抜き、切り裂けば……よいのですね」
「いえ……」
大切な宝物を奪われまいとするように銀の姫を抱きしめる、黒い翼の姿をした、虚偽の身体。
「いえ、そうであればどれだけよかったか……この邪悪な知識の集大成たる魔本は……貴女の目を。綺麗で、澄んだ、見つめられるとただただ幸せになれる貴女の瞳を、抉り取り、捧げろと……ふざけた事を」
揺れる黒い翼の乙女の金の瞳。銀の姫を直視できずに揺れるその眼を、衝撃を受けるどころか優しくみつめ。
狂おしい愛に、身を投じる銀の姫が応えてしまう。
「ナオ……様。やっと、やっとこの身を……求め、お使い……くださるのですね。この時を……どれだけ待ち望んだか。この身は……贄。供犠姫と……定められた身。これは……貴女様に捧げられた……貴女様だけのモノ」
幸福の絶頂に、白くやわらかな肌を紅潮させる銀の姫。
その、虹色を秘めた蒼銀の瞳が。
死の淵に絶望しかすれていた声が、華やぎ。
今この時に、全てを捧げる応諾の一言が、
「ですが。それは……ナオ……様だけに。わたくしの……ただ一つの愛の……ためなればこそ。真にナオ……様が、望むなら……喜んで差し出すでしょう……しかし」
紡がれない。
「愛しき……ただ……一人の他に……。かつて、はしたなくも……邪なる者の……求めを受ける……供犠の姫であった……この身なれど。今はただ……愛しきナオ……様、ただ一人に捧げた供物。魂より漏れ出す……ただ一滴とて。まして、あの御方が、髪と同じく……美しいと、好きだと……仰せになったこの瞳……あの御方のお力で至った……この時空の魔眼を……渡してなど……なるものですか」
銀の姫は。
たとえスキルという創造神の与えたもうた狂愛の楔すらも。目の前の存在が、真実の魂を宿していると誤認していようとも。
その瞳に、生涯を共にした、霊感と霊視に、目の前のこの姿をした存在こそが、愛しき者その人だと告げられようと。
彼女を支える全ての経験が、スキルが、この目の前の存在を本物の愛おしいナオであると指示しても。
それでも。
過つことなく、虚偽を看破した。
銀の姫の唇を、なまめかしく、彼女自身の舌がなぞる。
桜色の唇を伝い、口腔へと侵入した、目の前の存在がこぼした血の雫。
創造神のシステムすらも本物であると欺く、邪神をもってして密かに入念な準備を進めてきた、偽の姿。
「ルナリス……? いったい何を」
「芝居は……結構。ナオ……様の……血はもっと甘く、甘美な幸せの香りが……します。ナオ……様の……香りは、わたくしを……包み込む、お日様のよう……な、優しさに満ちて……います。断じて……このような……禍々しき紛い物……では、ございません」
それでもなお、千の顔を持つ、這い寄る混沌たる邪神の威信にすらかけ、見破られるはずはない。ブラフだと、そんなふざけた理由があるものかと、よもやの葛藤を強いられる、邪神ナイアルラトテプ。
「ナオ……様、は……どこ、ですか」
虚飾になど惑わされぬと、明確な意思を示す銀の姫についに、諦める。
「自ら、苦しい道を選び取るとは。ヒトとは何と愚かな。知らず、騙され、甘美な夢の中で、蕩けていればよかったものを。そうすれば、この後の地獄の苦しみは、避けえたでしょうに」
その言葉には、邪神とは思えぬ、確かなぬくもりが。短いひと時とはいえ、共に時を過ごした薄褐色の肌の美女の、声音が宿っているように感じられた。
そんな、気配など幻であったとばかり、道化のふるまいを纏いなおす、邪神。
「賭けは貴方の勝ち。至上の供犠姫を味わってみたかったのですが、已むを得ませんな。残る2人は、別の空間でまだ相手をしています。時間は足りるでしょう」
投げかけられる邪神の声に、今度は自嘲するような、苦笑を浮かべて見せる美の化身と化した、クロウリード王が応える。
「儀式の上でも、自ら差し出すが理想であったが故な。我にとってこそ、痛恨よ。が、これ以上時を無駄にはできぬ。星辰をいつまでも留める事は出来ぬ。この役立たずの、瞳を成就させたあ奴めへの褒美に、この肉人形は、せめて苦しみを最小限にとの慈悲でもあったが。我の慈悲を捨てた愚かな、贄姫よ」
表情の全てが消え、虚ろと化した碧眼で、銀の姫を見詰める金眼の王。
その左手に、悍ましいまでの神聖を宿した魔導書が現れる。
この世の邪悪のありかを暴き立て、しかして転ずれば邪悪を呼ぶ力を、呼び水を、世へ解き放つ不義の書となりうる、狂える詩人が書き記した魔導書”ネクロノミコン”。
抹消された邪悪のありかを記した断片を、その知識を、原初の魔導書により、保管された完全なる姿を取り戻した魔導書”ネクロノミコン”。
そのページが、今、邪なる担い手により開かれる。
今このひと時は、生前の若かりし頃、探求におぼれていた、求道者の面影を宿した金髪碧眼の、今や僭王と侮蔑される男が語る。
「不相応にも、奴が手にした魔導書。かつて太古の昔この世界を支配した、イースの大いなる種族。彼らが収拾した知識を書き記した“ナコトの書”、その原初の写本”ナコト写本”。そこに記された時の秘術の在り方。そして、原初なる世界の成り立ち。虚空の在り様。これすなはち、過去・現在・未来、全てに存在し、全てを統べる、虚空の王たる、偉大なる旧支配者、邪神ヨグ=ソトース。我が父へと通ずる知識」
無知であった銀の姫に、悍ましき邪の知識の一端が、教授される。
知識とはそれすなはち、毒たりうるもの。
知る、故に恐れる。
識る、故に想う。
理を知らねば、術は紐解かれず。
されど……知るならば……?
「その知識。かつて狂える詩人が会得したその知識、旧き神により邪なりと抹消され。邪神からもまた、糾弾され、白昼に狂い、躯を晒した男の叡智。それが今ここに蘇った。そして貴様の瞳、それこそが。時空のカギを開き、銀の鍵によって開かれる邪神ヨグ=ソトースへの道を、正しく映し導きとなる導。その瞳をもって我は、銀の鍵が開きし扉の先、我が父たる邪神ヨグ=ソトースに拝謁する」
求道者の、学者の、面影が霧散する。
そこに在るはただ、邪神に魅入られた、狂気の信徒。
狂える邪悪の手が。
あぁ……銀の姫の眼に伸びる。
目尻に差し込まれるその指がに力が……こめられ……。
……。
……。
迸る絶叫。
枯れる声。
えぐり取られる、美しき瞳、両の眼球……。
感染する邪悪の知識に呪われた美しき銀の姫の瞳は、今、邪悪なるクロウリード王の瞳に収められた。
奪った瞳がなじむのを待つ、狂気の王。
その存在を魂から抉られた、虹色の光を宿す蒼銀の瞳は、銀の姫の眼窩に再生されることなく。
美しい、愛し愛される銀の姫の顔には虚ろなる空洞が2つ。
これではもう、愛おしい人の顔を見つめられないと。ただ、その悔悟に、身を引き裂かれんばかりに絶望に、血の涙があふれ出す。
「ナイアルラトテプよ、履行されておらぬ契約の代わりだ。やれ」
「邪神使いが荒すぎではないかね。堕ちるぞ?」
「既に堕ちているとも。そして約定の通り、我が偉大なる父、邪神ヨグ=ソトースとの拝謁叶ったその時は、貴様を縛る使命。邪神アザ=トースの顕現に、この王国全土をくれてやるとも」
「さすれば、この身も晴れて自由。白痴なるかの邪神アザトースのくびきから、解き放たれる! この、這い寄る混沌なる私こそが、力ありし神であると証明される!」
絶望に、もはや心を砕かれ、ただ打ちひしがれる闇に閉ざされた銀の姫を横に、我が侭に全てを成す、その算段に酔いしれる2つの邪悪。
その邪神と崇拝者の狂気が、その最後の一欠けらを、無情にも銀の姫へと向ける。
死よりなお苦しい絶望の淵に墜とされた彼女に、これ以上の何を。と、糾弾する愛する者は、未だこの月の大地、ナイアルラトテプを奉ずるムーンビースト達の住処へと、至らず。
銀の姫の首が、分かたれた。
ナオの封印体たる”不朽の束縛”の上下に走る2本の斬線。
達磨落としのように、首の中ほどが輪切りとなり、絆の証でもあるチョーカーがはめられたまま、抜き取られる。
首の中央を失った頭部と、胴体。
再生を阻害し、永劫の苦しみを与えるべく、禁忌の魔導書ネクロノミコンの力をも借り、断面に邪なる力を宿した、大量の蛆が生み出される。
再生しようとする端から、貪り食われる。再生と捕食が永久に繰り返される……。
絶望的な喪失と激痛が、銀の姫の魂を直接抉る。
吐き気をこらえる事すらできぬ、狂気の行い。
呪われども美しき絆の証であった、ピンクダイヤモンドに飾られたチョーカーは、その戒めたままの切り取られた首ごと、邪神ナイアルラトテプの手に。
首を斬りぬかれた頭と体は、邪悪の王、クロウリード王の手中に。
悍ましい、あまりに忌々しい所業。
神よ、なぜこれほどの邪悪を許すのか。
破邪成さぬ神々に、呪いのつばを吐き散らすほどの、無体、無残、無情。
それでもなお、死ぬことができない、不死なる銀の姫。
古今東西、求められた不死が、呪いとされるゆえんの一端。
来訪者に与えられる恩寵たる蘇生、すなはちリポップとは異なる。
純然たる、ただの、不死。死なぬ。だが、ただそれだけである。
その意味を、あまりにも残酷な形で実現される。
死をも超える絶望と喪失に浸されながらも、救いとなる死は訪れぬ。
奪われた眼は、最愛の人の姿を映すことも叶わぬ。
銀の姫の魂は、心は、もはや砕け散った。
無情にもこの世に留められ続ける、麗しき銀の姫の意識。
せめて。せめて、精神だけでも死ぬことができたなら。しかし、供犠の姫たる身が宿すスキル”精神保護(崩壊阻害)”はそんな儚い救いすらをも阻む。
永劫の正気の中で、邪悪なる責め苦をただ、ただ、甘受するばかり。
クロウリード王と銀の姫の身体は何処かへと、消え。
邪神ナイアルラトテプは嗤いながら、奪い取った絆たる呪いのチョーカーを、首の輪切りごと取り込む。
そうして再現されるは、姫の身体。姫の姿。偽物の銀の姫が、この偽物の夢の国の月に現れた。
邪神渾身の偽装により、創造神すら本物と欺瞞する。
何と悍ましき、冒涜の所業。
さらに、生み出されるは、クロウリード王の写し身。悍ましい邪気と覇気、美の化身がごとき肉体を完全に再現した、贋作。
ルナリスと、クロウロード王。2つの、魂まで写し取られた、邪神が変貌する偽物。
そして邪神は待つ、さらなる絶望と破滅を、もたらさんと。
その甘美なる昏い終焉の感情を、啜り喰らう、歓喜の予感に打ち震えて。
Ia, ia, Nyarlathotep!
Ia, ia, Nyarlathotep!
偽物のドリームランドの月に、ムーンビースト共の、ナイアルラトテプの崇拝者たちの、祝詞が響き続けた。




