99.4章-第15話 ”月の裏側(偽) #2/2”
ほんの数時間、しかしまさに一日千秋のごとく、思い続けた麗しの銀の姫。
ああ、ルナリス。どうか、どうか無事でいてください。
最後に見せられた彼女の姿を、思い出す。無数の気色の悪い化け物、ムーンビースト達に囲まれ、しかし持ち前の再生による無限に近いスタミナと、綾さんと2振りの剣による指南により、さらに腕に磨きをかけた彼女。
槍の間合いもなんのその、虹色に輝く銀の髪をなびかせ、舞い踊り、次々敵を屠る舞姫。
きっと彼女は大丈夫。信じて、前に……目を……向け。
エンゲージメントスキルの発動に際し、手を握り合っていた紗雪が、強張る。
絶望が胸を締め上げる。
で、でも! まだ! 彼女ならまだ、生きている……!
不死の呪いを今だけは、祝福と受け止めて、全力の魔力を白と黒、2つの身体に巡らせる。
無数の長柄の槍に貫かれた、銀の姫の身体。
磔刑に処される聖女がごとく、長柄の槍に持ち上げられ、空中に掲げられた彼女。
首から下に、穿たれていない個所などない、槍の穂先こそ身体である。まるでそう主張するがごとき、悍ましき所業。
純白の薄絹を重ねた、艶やかながらも清楚で美しい、”供犠姫のドレスセット”は彼女の止まる事を知らぬ血潮に朱く染め抜かれ。
再生に後押しされ、止まらぬ血潮は槍を伝い、あたりに血の池を生み出してしまっている。
どれほどの苦痛、どれほどの絶望にさいなまれているのか。
今すぐに救う!
破裂しそうになる怒りを、今だけはまだ冷静に対処をと、心の中で無理やり冷水をぶっかけて頭を冷やし。
属性:神炎
クトゥグアよ、どうかそのお力を!
邪神ナイアルラトテプの天敵たるその炎のお力をお貸しください!
白い翼の天翼種の身体が、瞬間加速の後押しを受け、瞬発する。
光の速さで低空を翔け抜け、触れるが幸いと、莫大な神の炎を次々吹き散らかし、もはやその様は炎その物が彗星となり、地上を乱れ飛ぶかのよう。
瞬く間に、愛しの銀の姫を囲む人間大の化け物ヒキガエル共を、塵も残さず消し飛ばす。
黒き翼の神翼種が、暗黒を月の大地に満たす。
全ての咎を押しつぶせとばかりに、暗黒の魔術で視界の全てを掌握する。
暗黒に支配された空間に押され、銀の姫を貫く槍はへし折れ引き抜かれる。謝罪を強いるように重圧にひれ伏せさせられた、醜き者どもは、地面に押し付けられる。
身動きもとれぬ、それらの上を、暴れ狂う漆黒のハルバード。剛撃の旋風が吹き乱れる都度、銀の姫の周りに空白地帯が広がっていく。
2つの虐殺が咲き乱れる間隙を、4丁の古式拳銃から放たれる魔力弾が埋め尽くす。
未だ銀の姫に手を伸ばそうとする怪物は、鋼糸に戒められ、斬撃の特性に変じたそれに細切れに消し飛ばされる。
禁忌魔導人形へと至ったその身を満たす、かつてない魔力の奔流に、束縛と破壊の結界が顕現する。
やがて、あたりに静寂が満ちた。
愛おしき彼女が地に堕ち穢されるを良しとせず、黒き翼の身で抱き留めたルナリスを、もう二度と離してなるものかと。
“狂愛の楔”が今、再び力を取り戻した事を確認する。
今度こそ、この、互いが互いを狂気的なまでに愛しすぎるが故に、生まれたスキルが内包する、離れるを許さぬ”束縛”と、パーティーという目に見える絆の解除を許さぬ”呵責”が、ようやくその力を取り戻す。グレーアウトが解除されていることを確認し、心の底から安堵のため息を漏らす。
「ルナリス、やっと辿り着けました」
「待たせてしまって、本当にごめんなさい」
「ナオ……様……」
はらり、はらりと、涙が銀の姫の頬を伝う。
「ご無事で……よくぞご無事で」
その身を苛んでいた無数の槍が抜かれ、再生が正常に機能を果たした銀の姫の姿は、すでに回復していた。
二度と彼女を害させるかと、暴れまわったことで、敵は遥か遠く、取り囲んでいるのみ。
まだ怒りが収まらない私の心情を現してしまったか、邪神クトゥグアの神炎が天使の身が持つ短剣から吹き上がり、危うく愛しのルナリスを巻き込みかけるが、なんとか阻止。心と焔を静める。
「もう、こんな時まで、自分のことより私の事なんかを気にして」
「そうですよ、もっと自分を大事に、優先してください」
辛かったでしょうに、どれだけの苦痛を味わったのか、想像を絶するその感覚に、しかしいつも通りの怜悧な表情の中に確かな優しい柔らかさを見せる彼女。何と愛おしい事か……。
感情の爆発するまま、思わず2つの身体で抱きしめてしまいます。
「ルナリスちゃん……無事で、無事ではなかったけれど、でも、とにかく良かった……よかったよ」
紗雪が恐る恐る、2人の私の胸と翼に包まれるルナリスに声を掛けます。
ちょっと遠慮がちですね? ルナリスが大変な中、紗雪自身、消滅の危機に瀕していたとはいえ、先に救われ、なおかつエンゲージメントスキルまで発現したことを後ろめたく感じているのでしょう。
「紗雪ちゃん……も、無事で……よかった」
「うん。うん……! ルナリスちゃんが、こうして無事に戻ってきて、本当によかったよぉ」
そういえば、紗雪との一連のパーティーアナウンスはルナリスには届いていなかったのでしょうか。
ルナリスなら、何を差し置いてもお祝いを、伝えてあげそうですが。
パーティ欄もずっとグレーアウトしたままだったので、アナウンスの対象外になっていたのでしょうかね。
さて、今はそれよりも、今度はここからどうやって逃げるかです。
相変わらず反応してくれない”悠久の楽園”への扉に若干の苛立ちを覚えつつも、特殊な空間では仕方がないと、何か他の方法をとあたりを見回します。
紗雪との“依依恋恋たる抱擁 - 一日千秋“は相手の元へ自身を召喚する。対象者3人が全員ここにいる以上意味がない。
“神代魔法-護法抱擁”は? だめですね、今この時の安全は確保できるでしょうけれども、永久に持久戦をするわけにはいきません。そもそもここは敵地です。
次から次へと、可能性を模索する私。
この偽物のドリームランドに来て、分かれた3つの身体が故に目覚めた”多重思考”もフル回転させ考えますが、良い策が思い至らない。
「紗雪、ナコト写本の知識に……」
と、そこで魔導書の知識を紗雪が得てくれていることに思い至り、問いかけたその途中。
確かにそこには何もいなかった。そこには何もなかった。
真後ろ、もはや手を伸ばすだけで届く距離。
そこに、恐怖が、狂気が、立っていました。
金髪碧眼に王子服。美の化身たる男の身体を奪い、自らのものとした、狂気の僭王。
魔導書ネクロノミコンを片手に携え、傲然とこちらを見下す、クロウリード王。
「狗どもとのまぐわいは、さぞおお気に召したようであったな」
その言葉に、思わずあの狂乱の地獄の恐怖と、身体の奥底から不快な快楽に浸された記憶に、愛無き蜜がそれでも、あふれてきてしまうのを止められません。
「ふ、浅ましい。第4王女よ、このような浅はかな淫売の、どこを気に入ったのだ」
歯を食いしばり、邪悪な王の覇気の圧力に耐える私を庇うように、未だ力も入らぬ身体で私の腕から抜けだし、狂王と対峙する銀の姫。
「ナオ……様、は……わたくしの……全て、です」
鼻白んだように、表情の抜け落ちた目で見返すクロウリード王。
邪気と、覇気はむしろ天井知らずに増し、悍ましい敗北と屈辱の記憶と共に、またも膝をつきそうになる私。
横からルナリスと紗雪が、それぞれの身体を支えてくれなければ、きっと崩れ落ちていたでしょう。
黒い翼の身体を抱えるルナリスに、僭王が問いかける。
「して、意思は固まったか」
逡巡するように、目線をさまよわせる銀の姫。
「まだ問いかけてすらおらぬか。許す、成すべきを成せ」
なんの……事?
また、狂人が好き勝手言っているだけ、そう思いたいのに、なぜかその言葉には確かな重みがあって。
何よりも、ルナリスが、遮る事もなくその言葉を確かに、受け止めている……その事に、そこはかとなく心がかき乱されて。
「ルナリス……?」
思わず開いた口から漏れる愛おしい人の名前。
「ナオ……様……。わたくしには、秘しており……ました……事が……ございます。お詫びをどれだけ……重ねようと……許されぬ……不貞……」
「る、ルナリス? 隠し事なんて、いいですよ、何の問題もない。今の私達には関係ないから。ね?」
つとめて、彼女の過去を私は聞かないようにしてきました。
たとえどのような過去があろうとも、それは関係ない。私が愛し、私を愛してくれる彼女がただ、ただ、狂おしいほどに好き。
今の関係を永遠のものにする、それだけを願って。
「アレイスター王国、王城の……地下。あの塔の……地下の先には……邪神ヨグ=ソトースの……座へとつながる……大扉が秘されて……います。代々の贄姫……は、王国の安寧……と、邪神の慰撫の……ため。かの塔に封じられる……のです」
いつものごとく、細々と、しかし確かに紡がれてゆく言葉を、じっと、聞き届けます。
「王家が受け継ぐ……銀の鍵……それが、扉を……開く、鍵。かの神性は……過去・現在・未来……全てに存在し……始まりも、終わり……もない、虚空そのもの。時空をも司る……大いなる……邪神。ヨグ=ソトース。最も……偉大なる……邪神が内の一柱」
「確かにルナリスちゃんの言う通りの知識が、ナコト写本にも記されています」
紗雪が、その理解の正確性を裏付けてくれます。
その会話をただ黙って聞いているクロウリード王に不気味さを覚えつつ、腕の中のルナリスを安心させるように。
いえ、私が安心したいがために、彼女を抱きしめる腕の力を少しだけ、増します。
「王家の血筋……わたくしは、先王……と、前代、供犠姫……の、娘。クロウリード……元第一王子、は邪神……が、王家の娘を孕ませ……た、子。第3王女……も、同じ出自……の、はず。他の兄弟……は先王と妻たち……の」
「つまり、クロウリード……王と、第3王女は、先王の実の子ではないと。クロウリード王の以前の発言は正しく、その親が……」
「は……い。代々、の通り……であれば……邪神ヨグ=ソトースの断片。わたくし……が、地下に、捧げられ。ナオ……様……にお救いいただいた……あの儀式こそ……次代の邪神ヨグ=ソトースの断片を継ぐ……子を成す……儀式」
わずかな引っ掛かりを覚えますが……ああ、そうか前代供犠姫の子はルナリスのはず。
第1王子たちは別の女性の子なのでは?
「隠し立てをするから、破綻するのだ、愚かな娘よ」
クロウリード王が続けようとしたルナリスの言葉を遮ります。
「邪神ヨグ=ソトースの断片とまぐわう定めにある王家の娘こそ、代々の供犠姫よ。そのあまりの美貌に、魂の漏出する香りに欲望を抑えきれず、先王が愚かしくも孕ませた結果が、そこな端女。最も、代々の供犠姫は常にそのようにして生まれておる。実に、愚かしく、実に、背徳に満ちた家系よな。邪神の伴侶に懸想し、その近親の娘と子を成し、その結果が代々供犠姫となるのであるからして」
つまり、始まりがどうであったかはともかく、邪神の断片の妻となるのが供犠姫。
その子供は代々、邪神の子として供犠姫の胎から生れ落ちる。それが、元第1王子である現王クロウリード。そしておそらく、第3王女。
一方で、邪神の断片の妻となった供犠姫、つまり当代王様の姉妹なり娘なり……に、我慢できず、近親相姦で子を成してしまう代々の当代王様。その結果生まれるのが次代の供犠姫であり、今代ではルナリス。
と、そういう事ですか。
アレイスター王国いろいろぶっ飛びすぎでは……簡単に言えば。
邪神に捧げた花嫁が用済みになったら寝取って、近親相〇して、次代の邪神の花嫁を生ませる? そういうことを永遠続けてきた?
……まじめに、王家、滅びるべきでは?
「また虚偽を語られても興ざめである。余が真実を教示してやろう。アレイスター王家には一つの定めが受け継がれておる。邪神ヨグ=ソトースの断片と供犠姫の成した男児。として、次代の供犠姫たる女児。双方に資質が発現した場合、その両者を番とし、銀の鍵を開き、邪神ヨグ=ソトースとの謁見という大願を成就すると。アレイスター王家とはこの願いのためだけに、存続してきた血筋なのである。加えてかの国の国民はその儀式を支えるべく、創世聖教とは異なる、独自の洗礼式を受ける」
確かに、特定の宗教的、あるいは、秘匿された目的のために何らかの血族を遺す。その系譜その物を儀式とするという事は、現実でも行われていたとされる場合がありますね。国を挙げてそれを支える、祭祀や祭りがある、というのも。まあ、理解は出来ます。
そういう意味ではその背徳的な習わしも、一定の理解はできなくもないというか。
「資質。男児のそれは自らの研鑽、知恵と術理をもって、ヨグ=ソトースの片鱗との邂逅を果たす事。我は様々な探求の末、これを成した。偉大なる父、ヨグ=ソトースに時と空間の狭間で相まみえたのだ。最も、浅薄なる者共は理解もできず、あろうことか我を排斥せんとしたが。特に愚かしきは先王よ。そこな娘可愛さにと、資質の発現を妨げる始末」
「資質の発現……?」
思わず問い返した私に再び嘲りの表情を浮かべるクロウリード王。
「ご執心の肉人形のこととなれば、我に言葉を投げかけるすら厭わぬか。つくづく度し難い。まあよい。許す。貴様にはそれだけの功績があると認める。元来、供犠の姫は、邪神ヨグ=ソトースの断片へ捧げられ、魂を消滅させる。そうして残った肉の器に資質は開花するのだ。”時空眼”。ヨグ=ソトースの祝福をな。つまり貴様が、そこな供犠姫をかどわかした儀式は、後一刻もあれば、娘の魂は消滅し、邪神の祝福を宿した”時空眼”を持つ肉人形が生まれていたという事である」
「けれど、彼女の時空眼は、ヨグ=ソトース由来ではない」
「しかり。愚者にしては理解をしていたか。本来であれば。贄たる勤めを放棄し、あろうことか、自らを捧げる先をたがえた供犠姫に価値はない。だが。そこもまたこの娘の愚かさよ。何に縋りつきたかったかは知らぬが、供犠姫たる身分を捨てることなく、しがみついていおった。それ故に、その娘は未だ、供犠姫たる資格を遺して居る。そして儀式の要点はこの先よ」
愉快そうに唇をゆがめる、クロウリード王。
「魂が消滅し、肉体のみとなった、時空眼を宿した供犠姫は、資質持つ男児へ伴侶として邪神ヨグ=ソトースの断片から下賜される。そうして資質持つ王家の男女がまぐわう事で、時空眼は、抜け殻となった供犠姫から、資質持つ男児へと、移る。時空眼を宿した資質あるただ一人の男児が、邪神ヨグ=ソトースに拝謁し、かの神の顕現を成すのである」
つまり……なにか?こいつはルナリスを、再びあの邪悪な儀式の間に突っ込み、魂を消し飛ばし、挙句その後のルナリスを手籠めにして時空眼を奪い取ると……?
ふつふつと、怒りが再びこみあげてくる。
私の、私のルナリスに、こいつは何を……!
「時空眼を宿すに至る供犠姫が、これまでなかったが故。代々の王が、役目を終え抜け殻となった肉人形を愉しみ、次代の供犠姫を生み出していた。それがこれまでの歴史であるな。しかし今代は異なる。ついに大願が成就される条件が、星辰が、整った。長年、星の巡りの条件は解き明かされておらなんだ。が、我と、そこな時空眼の娘が、生まれた。これすなはち、邪神ヨグ=ソトースに拝謁する”時”に至ったことの証左!」
「勝手なことを、抜かしてるんじゃ……」
しかし、その私の憤りを止めたのは、クロウリード王ではありませんでした。
腕の中、黒い翼で守るように包んでいた、銀の姫が、私の手を握りしめています。
「ナオ……様……。一つ……ただ一つ……道がございます」
「教えて、なにを、私は何をすればいいの!?」
ルナリスの囁く言葉に、すがる思いで、飛びつきます
「この身に……宿る絆の……証を。この2対の……眼を……えぐり抜いてください。しかる後……この身を……貴女様ご自身の手……で……抜け殻となるまで……犯し、喰らい、嬲り尽くしてください」
「……は?」
彼女は一体全体何を言っているんだ。
私……が? 彼女の眼をくりぬいて?
私自身があの地下の儀式の邪神の断片の代わりとなって、暴虐の限りを尽くせと……?
「る、ルナリス、貴女はいったい何を言っているの。そ、そもそも、そうです、不死。不死なのですから、魂の漏出だって、最後の1レベルで止まる、だから。だからあり得ないでしょう!?」
それはもはや悲鳴でした。
「王家……には。いえ……邪神ヨグ=ソトース……なれば……断片といえど。この呪いを最後のひと時……無効化する……術はござい……ます。それでも、最後の……ひと時のみ……。さすがは、破格の……ナオ……様の加護……でございます」
「いや、待って待って、そんなことをして何になるの。なんで儀式とか邪神ヨグ=ソトースとか、そんなものに関わる前提なの。
そんなもの無視して、アレイスター王国を出て。なんなら、もう少し待ってくれれば、この世界からすら……!」
もはやなり振りかまわず、斎賀さん達Deus ex Machina Corp.の計画すら利用する前提で、ルナリスとの大逃亡計画を頭の中に描き出します。そう、そうですよ。ルナリスの現実の身体ができて、あちらで暮らせるようになれば、この世界の住民とは別の存在、プレイヤーに近い存在になれるはず。この世界での出来事は、所詮ゲームと笑い飛ばして、ルナリスと高みの見物、安寧な生活を得られる!
なら!! たとえそれでは因果が逆であろうとも、何とか斎賀さん経由で頼み込んで、ルナリスを救い上げてもらいますよ! そうです、それがいい。それで万事解決。SEOとルナリスを切り離してしまえば!
「なりま……せぬ。この身は……王家の末裔……供犠姫の定めを……未だ捨てられぬ身」
「ふん。あばずれが、またこざかしい作り話を。先王への反乱、なぜにたやすく成せたと思う。この我と言えど、かの王城に施された結界は容易い物ではない」
「な、何の関係が! あの黒い兵士たちの大群で押し寄せて……」
急に変わる話題に、反射的に叫びだした私の言葉を遮ったクロウリード王の言葉は、むしろ穏やかで……。
「王城の中枢は、邪神の力をも借りた結界に護られておる。我が率いておったあのような紛い物、立ち入ることなどできはせぬ。そこの、淫売が。その第4王女こそが! 先王も、兄弟も、悉くを弑逆した逆賊よ。常に漏れる魂の甘い香りは、人をも狂わせる。抑制を自ら外し、その甘い蜜に誘われたところを、舞いの練習などと虚言を弄し、鍛え続けた舞刀の術で次々首をはねおったわ。おかげで、表向きの処刑を急ぎ、全て断頭刑に処さねばならなんだ」
は……? なにを……こいつは何を言っている。
「ルナリ……ス……?」
腕に抱きしめていたはずのルナリスが、その感触が、異常なまでに遠く感じられる。
手の先が冷え切って、震えが止まらなくて……嘘……嘘……だよね?
なんでそんなに、悲しそうな、目をしている、の。
「ナオ……様……数多の……隠し事。申し開きの……しようも……」
嘘、嘘って言ってよ、そんなわけないよね。
足元が崩れ去る。視界がグニャグニャに歪む。腕の中の大好きな、この世で一番愛おしい感触が、判らない。
すがるように、彼女の星のきらめきのティアラを介した”意思伝達”で想いを、伝え合おうとするが何一つ応えもない。
何が……おきて……。
そうだ、彼女が意思伝達を拒んでいるから?
「それだけか? まったく、最後まで度し難い淫売が。良いか、その娘、稀代の供犠姫、血脈で唯一”至上の供犠姫”の称号を授けられた淫売はな。我との日々の交わりを忘れられず、溺れ、そのために事を成したのだ。正しき我の伴侶になるため、儀式を進め、時空眼を得る事。ただそのためだけに、全てを壊したのよ! 傑作であったぞ。父母、兄弟、その血しぶきにまみれながら、我に愛を囁き、貪るように犯してほしいと、すり寄ってくる様はな!」
哄笑が耳を貫く。悍ましい邪悪なる僭王、クロウロード王の。
自身に満ち溢れ、覇気は全てを圧する、金髪碧眼の王の。
ルナリス……なんで……なんで、腕の中の貴女は……そんなにも恥ずかしそうに、真っ赤に胸元まで染めているの。
毎晩の、私たちの交わりの時よりもさらに、恍惚とした、喜悦と恥じらいが混ざり合った、そんなにも淫らな。
私にすら、理性を保つ中では見せてくれたことは一度もなかった、そんな蕩けた表情を、素面で……。
「この身を。ナオ……様……が、穢し、犯し、潰えさせて下さるなら。終わりを、お授け……くださるなら。最後……まで……この身は、貴女様に……捧げるつもり……でした。無念……にござい……ます。貴女様……はお優しすぎる……供犠姫たる……わたくし如きに……情けを、対等な愛情を……注がれる。違う……のです。わたくし……が求めるは。この身を費やし……この身を投げうち……ただ愛しき御方に……全てを捧げ……、果てる事、なのです。わたくしは……わたくしを滅茶苦茶に……していただきたかったのです」
いつ
彼女が
この腕の中から
零れ落ちていたのか、わからない
彼女自身の
力も入らないはずの
足でしっかりと立って
まるで、長年の恋人に
比翼連理の、片割れに寄り添うように
金髪碧眼の、美の化身の隣に
花開くような、恥じらいと、淫蕩さを湛えた
至福の表情で
「至上の……供犠姫は、今……この時より……クロウリード国王陛下……貴方様の、お慈悲……に縋り、短き……生涯を……捧げます。その終わりの……時まで……ご寵愛を」
「許す。余に侍れ」
【パーティーアナウンス:絆の、想いの、願いの、結ばれし先を、確認することができません】
【パーティーアナウンス:エンゲージメントスキル”狂愛の楔”が凍結されました】
「この無粋な物ももはやいらぬな。我に身をゆだねよ」
「はい……陛下……いえ。わたくしの……正しき、主……様」
手刀が、ルナリスの首を刎ね飛ばす。
2振り目の手刀が、ピンクダイヤモンドに彩られたチョーカー”不朽の束縛“を、輪切りにされた首ごと地面に、叩き落す。
触れていいのは私だけと、あんなにも、こだわってくれていた、美しい虹色の輝きを宿した銀の髪を片手で無造作につかませた彼女の頭部が。無造作に体につなぎなおされ、瞬時に再生する。
その首元に、もはや、呪いであるとともに絆の証であった、茨のチョーカーは存在せず。
黒い炎が、チョーカーの内側に残った、彼女の、肉を、骨を、血潮を、消し飛ばした。
地面に残るは、ただ、一つの呪いの首輪。
封印体たる私の本体は、もはや、支えてくれる者もなく。
ゴミくずのように打ち捨てられていました。
【パーティーアナウンス:住民”ルナリス”がパーティー状態を維持することができません】
【パーティーアナウンス:住民”ルナリス”のパーティー状態が解除されました】
【個人アナウンス:眷属”ルナリス”の存在が確認できません。眷属“ルナリス”へのアクセス権を凍結します】
もはや
アナウンスの声も
隣で必死に呼びかけてくれる紗雪の声も
何も私の意識には届いていませんでした。
ただ、目の前には仲睦まじく寄り添い、抱きしめあう、1組の男女が。
蜃気楼のように、この偽物の夢の世界”ドリームランド”の、偽物の月面から、掻き消える姿だけを記憶の最後に。
私の意識は、全ての認識を、閉ざしました。




