第046話:止める勇気と、繋ぐ工夫
工事が始まってから一週間。
壁の補強は終わり、天井裏の魔導配線もほぼ張り終えていた。
新しい大型冷蔵庫と冷凍庫を設置するための基礎工事も順調に進み、ドワーフの職人たちは今日も朝から槌を振るっている。
そんな昼過ぎだった。
親方が木槌を腰へ差しながら、オルゼンへ声を掛けた。
「少し相談がある」
「何でしょう」
「予定通り進みすぎたせいでな」
親方は苦笑する。
「来週から床を全部繋ぐ工程へ入る」
「床ですか」
「そうだ。厨房側と新しい作業場を一体化するために、一度床を開ける」
図面を広げながら説明を続ける。
「普段なら裏から工事するんだが、この建物は構造上そうもいかねぇ。どうしてもテイクアウト側を人が通ることになる」
「つまり営業は」
「危ねぇ」
親方は迷いなく言った。
「客を通すわけにはいかねぇ」
その言葉にオルゼンもすぐ理解した。
安全第一。
工事を急がせる気もなければ、無理に営業するつもりもない。
「どのくらいですか」
「一週間」
「なるほど」
「販売側は問題ねぇ。あっちは工事区域から外れる」
オルゼンは少し考えた後、笑って頷いた。
「分かりました」
「悪ぃな」
「いえ、安全のためですから」
その日の営業終了後。
全員が机を囲んでいた。
オルゼンは親方から聞いた内容を説明する。
「という訳で、一週間だけテイクアウトは休みにする」
少し静かになる。
最初に口を開いたのはクィナスだった。
「売上だけ考えれば痛いです。でも、営業を続けて事故でも起きたら、その方がずっと大きな損失になります」
帳簿を開きながら続ける。
「幸い販売側は通常営業できます。珍しい商品を見に来るお客様もいますし、完全休業にはなりません」
ボルガムも腕を組んで頷く。
「俺も親方の話を聞いてきた。あの床は半端な工事じゃねぇ。魔導配線も通るし、重量のある冷蔵庫まで乗せる。そこを客が歩くのは、料理人としても勧められねぇな」
カイルも納得する。
「確かに危ないですね」
「だから止める」
オルゼンが言うと、ボルガムが笑った。
「でもよ、それで何もしねぇのは俺たちらしくねぇ」
「同じこと考えてた」
オルゼンも笑う。
「一週間限定で、夜だけそぼろ瓶を販売しようと思う」
全員の視線が集まる。
「夕方から三時間限定。それ以外は販売しない」
クィナスはすぐ帳簿を開いた。
「種類は」
「一種類だけ」
「絞るんですね」
「数が読めないから」
ボルガムが大きく頷いた。
「その判断は正しい。三種類作れば、どれがどれだけ出るか読めねぇ。だが一種類なら全部同じだから、材料も仕込みも読みやすい。新店舗前の最後だからこそ、中途半端なことはしたくねぇんだ」
少し考えながら続ける。
「今までのお客の顔も思い浮かべてみたんだがな、テイクアウトが休みになるって聞いたら、『じゃあ瓶だけでも欲しい』って思う奴は結構いるはずだ。保存も利くし、まとめ買いする人も出るだろう」
カイルが驚く。
「そんなに出ますか」
「出る可能性はある」
ボルガムは真剣な表情になる。
「俺は百から二百個くらい見てる」
「そんなに」
「根拠もある」
全員を見る。
「祭りの時もそうだった。そぼろを知ってる客は『また食べたい』って何度も言ってた。スープが始まってからも『次はいつ瓶をやるんだ』って聞いてくる奴が結構いた。だったら一週間限定って聞けば、一度くらいは買いに来る」
さらに笑う。
「料理人ってのはな、自分の料理を食った人間の顔を結構覚えてるもんなんだ。美味そうに食う奴も、何個も買う奴も、次はいつだって聞く奴もな。俺は毎日見てる。だから読める」
その言葉には経験が詰まっていた。
クィナスも頷く。
「百五十個くらいを基準に考えておきます」
「頼む」
「瓶の確保ですね」
帳簿へすぐ書き込む。
「容器は前日に納品してもらえれば問題ありません。保管場所も販売側の商品棚を一部移動すれば何とか確保できます」
「詰める作業は」
「全員ですね」
レイシャが答える。
「販売後の片付けが終わったら、全員で詰めましょう」
メルフィアも嬉しそうに頷いた。
「私も頑張ります」
「盛り付けとは違うけどな」
ボルガムが笑う。
「でも、丁寧さは同じだ。瓶の縁を汚さねぇとか、蓋を綺麗に閉めるとか、そういう積み重ねが店の信用になる」
「はい」
オルゼンは一つだけ考えていることがあった。
「味だけは、今回特別にしたい」
ボルガムがその言葉を受けて静かに笑う。
「俺も同じことを考えてた」
「やっぱり」
「新店舗になる前の最後だ。今までありがとうって意味も込めたい。だから普段より少しいい肉を使いてぇ」
「ラグネルさんか」
「いや」
ボルガムは首を横へ振る。
「今回はエインさんに頼んでみてくれ」
「エインさん」
「ラグネル様の右腕だ。現場を一番知ってる。事情も話せば、何か考えてくれるかもしれねぇ」
翌朝。
オルゼンはラグネル食材卸を訪れていた。
店先ではエインが荷物の確認をしている。
オルゼンを見ると穏やかに頭を下げた。
「オルゼンさん、今日はどうされました」
「少しお願いがありまして」
事情を話す。
工事のこと。
一週間だけ夜営業へ切り替えること。
新店舗前、最後のそぼろ瓶にしたいこと。
エインは最後まで静かに聞いていた。
「なるほど」
少し考える。
そして帳簿を一枚めくると、小さく笑った。
「運が良かったですね」
「え」
「実は一般には流通しない部位を、別の商会から注文されていたんですが、その商会が急に納期を延ばしたんです」
オルゼンは驚く。
「それなら」
「少しですが回せます」
「本当ですか」
「ええ」
エインは頷いた。
「しかも一度こちらで押さえている商品ですので、通常より少し安くお渡しできます」
「助かります」
「ラグネル様もきっと同じ判断をされますよ」
エインは柔らかく笑う。
「皆さんのお店は、良い物を良い形で届けようとされています。その姿勢なら、こちらも応えたいと思います」
オルゼンは深く頭を下げた。
工事は続く。
店は少しだけ形を変える。
その一週間だけ現れる、夜だけのそぼろ瓶。
それは休業期間を埋めるための商品ではない。
新しい店へ進む前に、今まで支えてくれた客へ贈る、小さな感謝の一瓶になろうとしていた。




