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第043話:新しい場所は、少しずつ形になる

 数日後。


 朝早くから、隣の建物の前には荷車が何台も止まっていた。


 木材。


 石材。


 魔導配管。


 金具。


 見慣れない道具を積んだ荷車が次々と到着し、静かな裏通りが久しぶりに活気づく。


 その中心に立っていたのは、小柄だが肩幅の広いドワーフの男だった。


 灰色の髭を胸元まで伸ばし、額には何度も使い込まれた革製の額当てを巻いている。


 腰には大小様々な工具。


 一目見ただけで職人だと分かる風格だった。


「よし、始めるぞ」


 短い一言で全員が動き始める。


 弟子らしきドワーフたちも無駄話一つせず、それぞれ役割を理解して作業へ取り掛かる。


 古くなった壁を外し、床板を確認し、柱の状態を一つずつ叩いて音を聞く。


「この柱は残せる」


「こっちは交換だ」


「魔導管は新しく引き直す」


 作業は驚くほど早かった。


 勢い任せではない。


 一つ一つ確認しながら、それでも迷いなく進めていく。


 オルゼンは思わず感心する。


「すごいな」


 横で見ていたレイシャも静かに頷いた。


「熟練ですね」


 ボルガムは厨房から顔を出しながら笑う。


「いい職人は動きを見りゃ分かる」


 実際、その通りだった。


 誰一人慌てない。


 誰一人手を止めない。


 工具を探す時間すら無駄がない。


 まるで長年同じ現場で働いてきた一つのチームのようだった。


 昼が近付く頃、ボルガムは大きな鍋を持って外へ出る。


「飯だぞー!」


 その声に職人たちの顔が少しだけ緩む。


「ありがたい」


「今日は何だ」


「肉と野菜をたっぷり入れた煮込みだ!」


 木製の器へ次々と盛られていく。


 湯気の立つ煮込みを受け取ったドワーフたちは、一口食べた瞬間、思わず顔を見合わせた。


「……うまい」


「身体が温まる」


「肉が柔らかいな」


「野菜も甘い」


 ボルガムは腕を組みながら満足そうに笑う。


「働く奴には腹いっぱい食ってもらわねぇとな!」


 親方らしきドワーフも豪快に笑った。


「気に入った! この飯なら仕事も捗る!」


 その日から、昼食は自然とボルガムが担当するようになった。


 料理人としての意地でもあった。


 良い仕事には、良い飯。


 それがボルガムなりの礼だった。


 工事は順調だった。


 だが、一日や二日では終わらない。


 壁を作り直し、床を補強し、魔導式冷蔵庫と冷凍庫を設置するための魔導配線も新しく引き直す必要がある。


 親方は図面を見ながらオルゼンへ説明した。


「急げば終わる仕事じゃねぇ」


「はい」


「二週間……いや、三週間見てくれ」


「そのくらいは覚悟しています」


「なら問題ねぇ」


 職人は笑う。


「中途半端なもんは作らねぇから安心しな」


 その返事だけで十分だった。


 午後。


 販売側ではオルゼンが棚を見つめていた。


 新しい作業場が完成すれば、今まで厨房へ置いていた資材も移動できる。


 そうなれば販売スペースも少し広がる。


「配置も変えられるな」


 商品棚を眺めながら、小さく呟く。


 珍しい加工品。


 保存香草。


 青塩。


 調味料。


 共同販売館でも人気だった商品。


 どこへ置けば見やすいだろう。


 客の流れも少し変わるかもしれない。


 そんなことを考えていると、扉が開いた。


「こんにちは」


 ナギルカだった。


 いつものように朝食ではなく、今日は昼休みを利用して立ち寄ったらしい。


「工事が始まったんですね」


「うん」


「役所でも申請が通ったって聞きました」


 オルゼンは笑う。


「早かったな」


「担当部署が違っても情報は回ってきますから」


 ナギルカは新しい建物を少し眺め、それから思い出したように口を開く。


「そういえば、一つだけ」


「何だ」


「工事が終わってから営業内容を変更すると、また届け出が必要になる可能性があります」


「そうなのか」


「ですから今の工事期間中に、作業場追加と営業内容の変更予定をまとめて提出しておく方が手続きは一回で済みます」


 オルゼンは素直に感心した。


「それは助かる」


「難しい話ではありません。役所としても、一度で済む方がお互い楽なんです」


「ありがとう」


「いえ、お仕事ですから」


 ナギルカは少しだけ微笑んだ。


「分からないことがあれば、また聞いてください」


 役所らしい助言だった。


 派手ではない。


 だが、後々の手間を確実に減らしてくれる。


 オルゼンはすぐに紙へメモを書き加えた。


 その日の午後。


 店の扉が再び開く。


「こんにちは」


 柔らかな声が響く。


 ミレイユだった。


 両手には木箱を一つ抱えている。


「久しぶりだな」


「工事をしているって聞いたので、少し見に来ました」


 外で働く職人たちを眺めながら感心する。


「本格的ですね」


「いい職人さんにお願いできた」


「完成が楽しみです」


 ちょうどクィナスは共同販売館へ出ている時間だった。


 店内も少し落ち着いている。


 ミレイユは抱えていた木箱を机へ置いた。


「今日はもう一つ用事があるんです」


 蓋を開ける。


 中には小さな茶筒が三つ。


 それぞれ香りが少しずつ違う。


「新しい茶葉を試作しました」


「新作か」


「はい」


 木製の急須へ茶葉を入れ、静かに湯を注ぐ。


 優しい香りが広がる。


 最初は花のようだった。


 少し時間が経つと、香草の爽やかさが顔を出す。


 さらに数分後。


 ほんのわずかに甘い香りへ変わった。


 オルゼンは一口飲む。


「……不思議だ」


「ですよね」


 ミレイユが嬉しそうに笑う。


「時間で少しずつ香りと味が変わるように調整してみました」


 もう一口飲む。


 確かに違う。


 冷めたから味が落ちるのではない。


 変化している。


 最初と最後で印象が少し違う。


「面白い」


 オルゼンは素直にそう思った。


「急いで飲むお茶じゃないんです」


 ミレイユは静かに続ける。


「少しずつ味が変わる時間も、一緒に楽しんでもらえたらと思って」


 オルゼンは茶碗を見つめながら考える。


 新しい作業場。


 弁当。


 スープ。


 そして、この茶。


 ふと、一つの考えが浮かんだ。


「ミレイユ」


「はい」


「もし良かったらなんだけど」


 少しだけ照れくさそうに笑う。


「新しい作業場が完成したら、小さい場所になると思うけど、一角に茶葉のブースを作らないか」


 ミレイユは目を丸くした。


「えっ……私のですか」


「うん」


「でも、お店の場所ですよ」


「うちへ来る人にも、ミレイユのお茶を知ってもらいたい」


 少し間を置いて続ける。


「弁当を買う人が、お茶も買える」


「スープを飲みに来た人が、茶葉も見る」


「そういう繋がりがあっても面白いと思う」


 ミレイユはしばらく言葉を失っていた。


 やがて小さく笑う。


「……そんな風に考えたこと、ありませんでした」


「すぐ返事じゃなくていい」


「はい」


 木の湯呑を両手で包みながら、ミレイユはゆっくり頷く。


「少し考えさせてください」


「もちろん」


 店の外では、ドワーフたちの槌音が規則正しく響いている。


 新しい作業場は、まだ骨組みの途中だった。


 それでも、その場所には少しずつ人が集まり、新しい繋がりが生まれ始めていた。


 完成する頃には、きっとこの店はまた一歩、新しい景色へ進んでいる。


 オルゼンは温かな茶をもう一口飲みながら、静かにそう感じていた。

日々1話づつで56話まで予約を入れました。

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