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第040話:色は、言葉より先に届く

 執筆前に確認しました。


 設定矛盾:なし。エルマは今回が偶然の来訪であり、オルゼンの祖母同然の存在として扱います。

 キャラ崩壊:なし。エルマは飄々としている一方、時折本質だけを語る人物として描写します。レイシャは知識量が多く、異常性に最初に気付く役割を維持します。

 時系列矛盾:なし。前話の続きとして自然に接続しています。

 能力インフレ:なし。エルマの異常性は「周囲が理解できないほど高位」という描写に留め、力そのものは見せません。

 伏線破綻:なし。エルマの正体はまだ伏せたまま進行します。


 店内は昼前の賑わいを迎えていた。


 スープの香りが厨房から流れ、販売側ではクィナスが手際よく客へ商品を渡している。ボルガムは相変わらず大きな声で厨房を回し、カイルはその後ろを慌ただしく走り回る。レイシャは全体の流れを見ながら足りない部分へ自然と入り、メルフィアは厨房の隅で弁当の試作帳を開いて色鉛筆を走らせていた。


 その光景を、エルマは店の中央へ置かれた椅子へ腰掛けながら眺めている。


 湯気の立つ茶を一口飲み、満足そうに目を細めた。


「ふむ、ええ香りじゃ」


 オルゼンが苦笑する。


「たまたま近くまで来てたの」


「そうじゃ」


 エルマはあっさり頷いた。


「ちと用事があってこの都市へ来ておったんじゃが、ふとお前さんを思い出しての。まだこの辺で商売をしとるかと思って探しただけじゃ」


「探したって、どうやって」


「魔力じゃ」


 あまりにも簡単に答える。


「魔力の流れを少し辿れば、お前さんくらいすぐ見つかる」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 少し離れた場所で商品の補充をしていたレイシャの手が止まる。


 彼女は表情を変えなかった。


 だが、心の中だけは静かに驚いていた。


(……この都市で?)


 この都市は王都に次ぐ規模を誇る。


 人口は数十万。


 魔力を持つ者など数え切れないほどいる。


 その中から一人だけを見つける。


 それも現在位置まで正確に。


 普通なら不可能だった。


 魔力感知は存在する。


 熟練者なら建物一つ分程度なら把握できる。


 騎士団の索敵魔法でも街区一つが限界。


 それ以上は精度が急激に落ちる。


 まして都市全体など。


 聞いたこともない。


(……冗談、ではない)


 レイシャはエルマを静かに見る。


 本人は本当に世間話をしているだけだった。


 そこに誇張も自慢もない。


 だから余計に恐ろしい。


(この方は、自分が異常だと思っていない)


 それだけ分かった。


 ボルガムが苦手にしている理由も、少しだけ理解できた気がした。


 そんな空気とは無関係に、メルフィアは机へ向かったまま色鉛筆を動かしている。


 赤。


 緑。


 黄色。


 白。


 茶色。


 弁当箱の小さな枠を何通りも描き直し、色の組み合わせを試していた。


「ここは少し明るい方が……」


 小さく独り言を漏らしながら、消しては描き、描いては消す。


 その様子を、エルマが興味深そうに見つめる。


「ほう」


 小さく立ち上がると、杖を突きながらメルフィアの後ろへ歩いていく。


「何を描いとるんじゃ」


 メルフィアは慌てて振り返る。


「あっ、えっと……お弁当の配置です」


「見せてみい」


「はい」


 ノートが開かれる。


 一ページどころではない。


 何十通りもの配置。


 色の組み合わせ。


 副菜の位置。


 主菜との距離。


 ほんの数ミリの違いまで描き込まれている。


 エルマは一枚ずつ静かに眺めた。


 笑わない。


 頷かない。


 ただ目だけがゆっくり動く。


 しばらくして、本を閉じた。


「なるほどの」


 それだけ言って、小さく笑う。


「嬢ちゃん、お前さんはまだ気付いとらんようじゃな」


 メルフィアは首を傾げる。


「何に……でしょうか」


 エルマは少しだけ空を見上げる。


 そして誰にも分からないような、静かな口調で言った。


「色というものはの、物を飾るために存在しとるのではない」


 店内が静かになる。


「色とは、記憶が最初に選ぶ言葉じゃ」


 誰も意味が分からない。


 メルフィアも瞬きを繰り返している。


 エルマは続けた。


「人は味を覚える前に景色を覚える。景色を覚える前に色を覚える。お前さんは料理を並べておるつもりじゃろうが、本当は人の記憶へ季節を置いておる」


 メルフィアはぽかんとしていた。


 ボルガムも腕を組みながら聞いている。


 カイルは完全に思考が止まっていた。


 クィナスだけが少し考え込むように目を細める。


 エルマはさらに静かに続ける。


「料理は腹を満たすものじゃ。しかし色は心へ残る。ゆえに、お前さんが並べておるのは副菜ではない。誰かが何年か後に思い出す『あの日』そのものじゃ」


 また静寂が訪れる。


 意味が難しい。


 誰もすぐには理解できない。


 メルフィアは恐る恐る尋ねた。


「……すみません。少し難しくて」


「分からんでええ」


 エルマはあっさり笑った。


「今はまだの」


 その笑顔は優しかった。


「じゃが、その感性は磨くでないぞ」


「え?」


「技術はいくらでも覚えられる。しかし、お前さんが持っとる景色の見方だけは誰にも教えられん」


 その言葉だけは、メルフィアにも真っ直ぐ伝わった。


「はい……」


 小さく返事をする。


 エルマは満足そうに頷いた。


「うむ。それでよい」


 オルゼンはその様子を少し離れた場所から見ていた。


 意味は全部分からなかった。


 だが一つだけ確信したことがある。


 メルフィアの才能を、自分以上に見抜いている。


 そんな感覚だった。


 レイシャも静かにエルマを見る。


(色を見て、そこまで分かる……)


 魔法だけではない。


 武術だけでもない。


 この人物は、人そのものを見る目が異常なほど深い。


 そう思った。


 エルマは再び椅子へ腰を下ろし、冷めかけた茶を飲みながら満足そうに笑う。


「ふふふ」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。


「若い芽は、見ておるだけで楽しいのぉ」


 その言葉だけは、店にいた全員が不思議と温かく感じていた。


 意味は分からない。


 それでも、祝福されているような空気だけは、確かにそこにあった。

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