第034話:次の一歩は、昼休憩から
祭り明け最初の営業日。
久しぶりに「営業中」の札が店先へ掛けられると、待っていたように常連客が訪れた。
「祭りお疲れさま」
「三日とも行ったぞ」
「またそぼろ瓶はいつ出る?」
「祭り焼き包みは店じゃやらないのか?」
開店直後からそんな声が飛び交う。
祭りの三日間は確実に店の名前を広げていた。
共同販売館で知った者。
露店で初めて買った者。
口コミで訪れた者。
以前より客層も少し変わっている。
昼前まで忙しさは続いたが、それでも祭りほどではない。久しぶりの店内営業ということもあり、全員どこか安心した表情で動いていた。
昼の販売が一段落した頃、オルゼンは手を軽く叩いた。
「少し集まってくれ」
ボルガムは鍋の火を弱め、クィナスは帳簿を閉じ、レイシャは商品の補充を終えて椅子を引く。カイルもエプロンで手を拭きながら近寄ってきた。
昼休憩を兼ねた、久しぶりの全員集合だった。
オルゼンは机の上へ何枚もの紙を広げる。
それを見た瞬間、クィナス以外の三人が同じ顔をした。
「……マスター」
ボルガムが嫌な予感しかしないという表情で口を開く。
「休みだったよな?」
「休みだったぞ」
「その紙は何だ?」
「考え事」
「仕事じゃねえか!」
カイルも思わず笑ってしまう。
「店主、休めって言った本人じゃないですか」
レイシャだけは少し口元を緩めながら静かに言った。
「予想通りです」
クィナスが小さく肩をすくめる。
「私は知っていました」
「知ってたのか!」
ボルガムが驚く。
「最終日に現場を押さえました」
「押さえたって犯罪者みたいに言うな」
オルゼンは苦笑しながら紙を揃えた。
「ちゃんと夕飯は休んだだろ?」
「そこじゃねえ!」
厨房に笑いが広がる。
祭りの疲れはまだ少し残っている。
それでも、こうして全員が笑えることが嬉しかった。
オルゼンは紙の一枚目を前へ出す。
「いきなり全部やるつもりはない。一番始めやすいところからやる」
紙には大きく書かれていた。
『日替わりスープ』
「冬に向けて始めたい」
全員の視線が集まる。
「限定商品じゃない。毎日用意する。具材はその日の仕入れで変える。価格は抑える。寒い日にふらっと寄って飲めるものにしたい」
ボルガムは腕を組みながら聞いている。
反対する様子はない。
むしろ料理人として頭の中で組み立てている顔だった。
オルゼンは続ける。
「大量に作れるのが強みだ。売り切れたら終わりでいい。ただ、毎日ある安心感を作りたい」
レイシャが最初に口を開いた。
「朝の通勤客にも向いていますね。役所や共同販売館へ向かう方は、寒い日は温かいものを求めると思います」
「俺もそう思った」
オルゼンは頷く。
クィナスも紙へ視線を落とした。
「毎日変わるなら、黒板に『本日のスープ』を書くだけで済みます。説明も簡単ですし、今日は何だろうという楽しみにもなります」
「そうだな」
今度はボルガムが口を開く。
「スープはいい。だが具をケチらねえぞ」
「もちろん」
「飲み物じゃなく、食い物にする」
「それくらいがいい」
ボルガムは少し考え込む。
「肉の日、豆の日、茸の日、根菜の日……いや、魚もあっていいな。冬は身体が温まる香草も少し使える」
もう料理人の顔になっていた。
カイルも紙を覗き込む。
「これ、仕込みは朝ですか?」
「前日から煮込めるものは前日。朝しか作れないものは朝」
「じゃあ俺、朝早く来ます」
ボルガムが笑う。
「言うようになったな」
「覚えること増えるなら、その方がいいですし」
レイシャが静かに付け加えた。
「持ち帰る人もいると思います」
そこでオルゼンは二枚目の紙を出した。
そこには簡単な絵が描かれていた。
木製の小さな器。
「容器はこれを考えてる」
クィナスが覗き込む。
「木椀ですか」
「安く用意できるものを探す。飲み終わったら返してもらう形でもいいし、そのまま持ち帰ってもいい」
「返却は難しくありませんか?」
「だからもう一つ」
オルゼンは別の紙を出した。
「自分の器を持ってきた人は、少しだけ値引きする」
その一言で全員が少し考え込んだ。
最初に反応したのはレイシャだった。
「良い案です。共同販売館でも、自分の袋を持参する人はいます。器を持ち歩く人も一定数いるでしょう」
クィナスもすぐ頷く。
「容器代が減るだけでなく、常連になりやすいですね。『今日はこの器で飲みに行こう』という習慣ができます」
ボルガムは笑った。
「気に入った椀で飲むスープはうまいぞ」
「そこまで考えてませんでした」
オルゼンも少し笑う。
「でも、その視点はいい」
カイルが遠慮がちに手を挙げた。
「持ってくる器、大きすぎる人いませんか?」
全員が一瞬止まる。
そして笑った。
「いるな」
ボルガムが豪快に笑う。
「鍋持ってくるやつ!」
「それは困ります」
クィナスが真面目な顔で帳簿へ書く。
「容器の大きさ指定、必要ですね」
「そこまで考えてなかった」
オルゼンも苦笑した。
一人では思いつかなかった。
だが誰かが言えば、すぐ改善点になる。
自然と紙へ追記していく。
「こういうのが欲しかった」
オルゼンは小さく呟いた。
「一人で考えるより、みんなで考えた方が形になる」
ボルガムが腕を組む。
「当たり前だ」
「料理だけじゃありません」
レイシャも静かに続けた。
「販売も、動線も、人も、それぞれ見ている場所が違います」
クィナスが笑う。
「店が少しずつ大きくなっている証拠ですね」
オルゼンはその言葉に頷いた。
確かにそうだった。
最初は自分だけだった。
今は五人いる。
五つの視点がある。
だから店も前へ進める。
しばらく話し合ったあと、オルゼンは紙を一枚めくった。
そこには『昼限定予約弁当』と書かれていた。
「これはまだ先だ」
すぐには始めない。
まずはスープ。
一つ成功させてから次へ進む。
全員が異論なく頷いた。
「焦る必要はありません」
クィナスが言う。
「祭りでもそうでした。一つずつ形にした方が失敗は少ないです」
「そうだな」
オルゼンは紙をまとめる。
「じゃあ最初はスープから始めよう」
その方針で全員の意見は一致した。
昼休憩が終わる頃、オルゼンはもう一つだけ伝えた。
「あと、ラグネルさんのところへ行こうと思う」
ボルガムが顔を上げる。
「肉か?」
「ああ」
祭りの成功もあり、そぼろ瓶に使っていた肉の需要は安定してきた。
今後も定期的に販売していけそうだ。
ならば、一度正式に相談しておきたい。
「定期的に卸してもらえるなら、そぼろ瓶だけじゃもったいない」
ボルガムの目が少し光る。
「考えてることがあるのか?」
「少しだけ」
オルゼンは答えた。
「同じ肉でも、違う形の商品は作れる。そぼろ瓶だけに頼るんじゃなく、その肉だからこそ作れるものも考えていきたい」
ボルガムは静かに頷いた。
料理人として、その考えは嬉しかった。
「任せろ」
短い一言だった。
だが十分だった。
ラグネルとの縁。
高品質な肉。
祭りで得た知名度。
そして新しい冬の商品。
店はまた一歩、前へ進もうとしている。
オルゼンは紙をまとめながら思う。
上り坂はまだ続いている。
けれど今は、一人で登っているわけではない。
隣には、それぞれ違う景色を見ている仲間がいる。
だから以前より、少しだけ坂が緩やかに感じられた。




