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第033話:休みの日ほど、考えることが増える

 祭りが終わった翌日。


 街は久しぶりに静かだった。


 三日間続いた喧騒が嘘のように、人の流れもゆっくりになっている。露店は姿を消し、広場には片付けを終えた荷車が行き交い、祭りの名残は色布が風に揺れる程度しか残っていなかった。


 オルゼン商店も黒板に「休業中」の札を掛けたまま、扉を閉じている。


 従業員たちは、それぞれ思い思いの休日を過ごしていた。


 だからこそ、店内にはオルゼン一人しかいなかった。


 もっとも、それは「休みだから店に来た」のではない。


「休みだからこそ、考えられる」


 そう思っていた。


 店の中央に椅子を置き、一枚の大きな紙を机へ広げる。


 帳簿ではない。


 仕入れ表でもない。


 これから先、この店が何を売っていくのかを書き出すための紙だった。


 祭りは成功した。


 だが、祭りは三日しかない。


 本当の商売は、その後も何年も続いていく日常の方だ。


「冬、か」


 窓の外を眺めながら、小さく呟く。


 秋も終わりに近づいている。


 朝晩は少し冷えるようになり、あと一か月もすれば、この都市にも冬の空気が流れ始める。


 人は寒くなると温かいものを求める。


 焼き物も悪くない。


 だが、それだけでは足りない。


 オルゼンは紙へ最初の文字を書いた。


『冬限定ではなく、冬に強い商品』


 限定ばかり増やしても続かない。


 日常で売れ続ける商品が必要だった。


 その下へ続ける。


『スープ』


 その二文字を書いた瞬間、自分でも納得した。


「これだな」


 スープなら大量に作れる。


 朝でも昼でも売れる。


 寒い日は特に需要がある。


 その日の仕入れで内容を変えられる。


 野菜が多い日。


 肉が多い日。


 豆の日。


 茸の日。


 客も飽きにくい。


 限定商品にする必要もない。


 毎日ある安心感もまた、店の強さになる。


 紙へ書き足す。


『日替わり具材』


『一日売り切り』


『価格は抑える』


『持ち歩き可能』


 そして少し考え込む。


「器は返却式か、それとも木の器か……」


 返却式なら費用は抑えられる。


 だが持ち歩きには向かない。


 祭りのように歩きながら飲むなら紙製も考えられるが、この世界ではまだ珍しい。


 木製の薄い器ならどうだろう。


 後でボルガムにも相談しよう。


 いや。


 相談する前に、ある程度は考えておきたい。


 その方が話が早い。


 さらに紙へ書き込む。


『昼限定弁当 二十食』


 そこへ丸を付ける。


「予約制がいいな」


 昼限定。


 前日予約。


 二十食。


 これなら仕込みも読める。


 余らない。


 食材も無駄になりにくい。


 働いている者や役所勤めの者なら、昼に取りに来るだけで済む。


 ナギルカたちにも需要はあるかもしれない。


 祭りの時にも思った。


 書類を持ちながらでも食べやすい。


 持ち帰れる。


 温かい。


 そういう需要は確実にある。


 弁当の中身についても書く。


『ご飯』


『主菜』


『副菜二種』


『日替わり』


 そして、思わず笑ってしまった。


「ボルガムに"有り合わせでもいい"なんて言ったら、絶対に怒るな」


 頭の中には、もうその姿が浮かんでいる。


『有り合わせだぁ!? そんなもんで客に出せるか! 残り物だからこそ考えるんだ!』


 きっとそう言う。


 いや、もっと長く喋る。


 残った野菜だからどう切る。


 余った肉だからどう火を入れる。


 少ない調味料だからどう活かす。


 最後には、普通の弁当より豪華なものを作ってしまう。


「……あいつならやる」


 苦笑しながら紙へ書き加える。


『残り物ではなく、活かし切る料理』


 その文字を見て、少しだけ嬉しくなった。


 最初の頃なら、こんな発想は出なかった。


 ボルガムがいたから思いつく。


 クィナスが数字を支えてくれるから計画できる。


 レイシャが全体を見てくれるから流れが作れる。


 カイルも、今はまだ学ぶ側だが、少しずつ戦力になってきた。


 一人では思いつかなかったことが、仲間が増えるたびに増えていく。


 ふと、ペンが止まる。


 あの日のことを思い出した。


 三叉路。


 左は下り坂。


 真ん中は平坦。


 右は急な上り坂。


 迷わず右を選んだ。


 あの時、フードを被った子どもは驚いていた。


『そっちへ行く者はいない』


 そう言っていた。


「確かにな」


 オルゼンは静かに笑う。


 楽をしようと思えばできる。


 今の店だけでも生活はできる。


 祭りも成功した。


 共同販売館も動いている。


 委託販売も始まった。


 十分と言えば十分だった。


 けれど。


「まだやれる」


 自然と口から出た。


 まだできることがある。


 もっと良い商品。


 もっと良い仕組み。


 もっと店を育てる方法。


 全部は無理でも、一つずつならできる。


 だから考える。


 だから動く。


 休みの日くらい休めばいい。


 そう言われても、多分無理なのだ。


 気がつけば昼を過ぎ、紙は何枚にも増えていた。


 冬用の温かい飲み物。


 朝食セット。


 予約弁当。


 保存食。


 共同販売館向けの新商品。


 リュナメルが実った後の加工品。


 書けば書くほど、新しい案が浮かんでくる。


 二日目も同じだった。


 朝から机へ向かい、考え、書き、時々厨房へ行って鍋を眺める。


 スープの濃さ。


 香草の量。


 青塩は入れすぎない。


 そんなことまで一人でぶつぶつ言いながら考えていた。


 午後になり、紙をまとめている時だった。


「……マスター」


 静かな声が背後から聞こえた。


 振り返る。


 そこにはクィナスが立っていた。


 買い物帰りなのか、小さな紙袋を抱えている。


 耳はぴくりとも動いていない。


 だが目だけは、机いっぱいに広がる紙をしっかり見ていた。


 オルゼンは一瞬だけ固まる。


「休み、ですよね?」


 その一言が痛かった。


 確かに自分で言った。


 仕事を忘れて休め、と。


 それなのに当の本人が、一番仕事をしている。


 クィナスはため息をつくでもなく、怒るでもなく、静かにオルゼンを見ていた。


「えっと……これはだな」


 頭の中で言い訳を探す。


 良い言い訳はない。


 だから、とても分かりやすいものが口から出た。


「仕事じゃない」


「はい?」


「考えてるだけだから」


 クィナスは瞬きをした。


「紙に何十枚も書いてありますよね」


「まだ売ってないから仕事じゃない」


「厨房も使いましたよね」


「試食してない」


「鍋もあります」


「……煮てただけ?」


 少しだけ沈黙が流れる。


 そして。


 クィナスは吹き出した。


「ふふっ……それは苦しいですよ、マスター」


「だよな」


「かなり苦しいです」


 二人とも笑ってしまった。


 クィナスは紙を一枚手に取る。


『日替わりスープ』


『予約弁当』


『冬商品』


『共同販売館』


 文字がびっしり並んでいる。


 しばらく眺めたあと、小さく息を吐いた。


「やっぱりマスターですね」


「呆れたか?」


「少しだけ。でも、それ以上に安心しました」


「安心?」


「祭りが終わって満足して終わる人じゃないって分かっていましたから」


 オルゼンは苦笑した。


「休むの苦手なんだよ」


「知っています」


 クィナスは紙を丁寧に机へ戻す。


「でも、一つだけお願いがあります」


「何だ?」


「今日の夕食は、仕事抜きでみんなで食べましょう」


「仕事の話なし?」


「なしです」


「守れるかな」


「守ってください」


「努力する」


「その努力は必須です」


 クィナスはそう言って笑った。


 その笑顔を見て、オルゼンもようやく机から立ち上がる。


 休むことは苦手だ。


 それでも、仲間と食卓を囲む時間くらいは、仕事ではなく日常として過ごしてもいい。


 紙の上には、新しい未来がいくつも並んでいた。


 冬のスープ。


 昼限定の弁当。


 新しい日常。


 そして、その紙の一番端には、小さくこう書かれていた。


『まだ、上り坂の途中。』


 オルゼンはその文字を見て、小さく笑った。


 急な坂は、まだ終わりそうになかった。

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