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第029話:茶葉屋の祭り支度

 祭り露店の方針が固まった翌日、クィナスは昼の販売が落ち着いたところで店を出た。


 目的地はミレイユの店だった。


 オルゼン商店が記念日祭りに露店を出すことになった以上、茶葉と香草を扱う彼女にも一度伝えておきたかった。前回の昼食で、ミレイユは「真似できるところは真似する」と言っていた。もし祭りの客層や売り方が彼女の店にも関わるなら、早めに情報を共有しておく方がいい。


 ミレイユの店は、中央通りから少し離れた小さな角地にあった。


 店というより、半分露店に近い。木枠の棚に茶葉の瓶と香草袋が並び、奥には小さな作業台がある。以前より棚の配置が見やすくなっていることに、クィナスはすぐ気づいた。


『朝に飲む茶』


『仕事の合間に』


『眠る前に』


『甘い菓子と』


 短い札がついている。


 その横には、詳しい淹れ方を書いた小さな紙が差し込まれていた。


「変わりましたね」


 クィナスが声をかけると、ミレイユは棚の奥から顔を上げた。


「クィナスさん!」


 嬉しそうに駆け寄ってきた彼女は、以前より少しだけ表情が明るかった。


「この前教えてもらった形に、少しだけ変えてみました。まだ全部ではないんですけど、場面ごとに分けると、お客様が立ち止まる時間が短くなったのに、買う人は増えたんです。迷って帰る人が減ったというか」


「良い変化です。説明を減らしたのではなく、入口を分けたのが良かったんですね」


「はい。あと、本日の試飲も一種類だけにしました。帳簿もかなり楽です。試飲用に分けた分だけ記録すればいいので、数字に食べられにくくなりました」


「それは何よりです」


 クィナスは満足そうに耳を揺らした。


 本題を伝えると、ミレイユはさらに目を輝かせた。


「オルゼンさんのお店も、記念日祭りに出るんですね。実は、私も出店できることになったんです」


「本当ですか?」


「はい。大きな露店ではなくて、小規模枠なんですけど。茶葉と香草を使ったブレンドのお茶を数種類出そうと思っています。温かいものと、少し冷ましたものを用意して、歩き疲れた人が休めるような形にできたらと」


 クィナスはすぐに頭の中で客の流れを組み立てた。


 焼き物の露店。


 甘穀実団子。


 茶葉の露店。


 相性は悪くない。


 むしろ良い。


「それなら、うちの甘穀実団子や焼き菓子と合わせられるかもしれません。祭り当日に近い場所になれるかは分かりませんが、商品説明で『茶に合う』と伝えられる可能性があります」


 ミレイユは少し緊張したように頷いた。


「私も、それを考えていました。でも、香草の組み合わせに少し不安があって。普通のお茶としては悪くないと思うんですけど、祭りの露店で出すなら、香りが強すぎても弱すぎても駄目ですよね」


「そうですね。祭りは周囲に焼き物や酒や甘味の匂いがあります。普段の店で香るものと、祭りの通りで香るものは違うと思います」


「そこが難しくて」


 ミレイユは小さな瓶をいくつか並べた。


 乾いた茶葉。


 甘い香りの葉。


 少し清涼感のある香草。


 眠る前に向く穏やかな香草。


 どれも丁寧に扱われているが、祭り向けとして見ると、まだ迷いがあるように感じた。


 クィナスは少し考えた。


「セリオラさんに相談してみませんか」


「セリオラさん?」


「香料と保存加工を少し扱っている方です」


 そう言ってから、クィナスは自分で少し笑った。


「ただし、その“少し”は信用しない方がいいです。かなり詳しい方です」


 ミレイユは不安と期待が混じった顔をした。


「そんな方に、私みたいな小さな茶葉屋が相談しても大丈夫でしょうか」


「大丈夫だと思います。セリオラさんは、自分の知識をひけらかす方ではありません。それに、同じ香りを扱う人が前に進もうとしているなら、背中を押してくれる方だと思います」


 その日の夕方、クィナスはミレイユを連れてオルゼン商店へ戻った。


 ちょうどセリオラも、祭り用の香草の追加確認に来ていた。灰紫の外套をまとい、いつものように強い香りを残さないまま棚の前に立っている。クィナスが事情を話すと、セリオラは静かにミレイユを見た。


「茶葉と香草のブレンドを祭りで出すのですね」


「はい。まだ小さな出店ですが、せっかくなら来てくれた人に覚えてもらえるものを出したくて。でも、香りの組み合わせに自信がなくて」


 セリオラは責めるでもなく、急かすでもなく、穏やかに頷いた。


「自信がないのは良いことです。香りは、自信だけで混ぜると強くなりすぎます。祭りで出すなら、まず考えるべきなのは『香りを目立たせること』ではなく、『飲んだ後に邪魔をしないこと』です」


 ミレイユは真剣に聞いていた。


 クィナスも帳簿を開く。


「祭りでは、人は一つの店だけで満足しません。焼き物を食べ、甘いものを食べ、酒を飲み、歩きます。そこで茶の香りが長く残りすぎると、次の食べ物の邪魔になります。逆に弱すぎると、祭りの匂いに負けて印象が残りません」


 セリオラはミレイユの並べた香草を一つずつ確認した。


「これは夜向けですね。祭りの昼には少し眠く感じるかもしれません。こちらは清涼感がありすぎます。汗をかいた後には良いですが、焼き物と合わせると浮きます。これは良いですね。甘い香りが穏やかで、焼き菓子や穀実団子に合います」


 ミレイユは慌てて紙に書き留める。


「では、種類は多くしない方がいいですか?」


「はい。最初の出店なら三種類で十分です」


 セリオラは指を三本立てた。


「一つ目は、甘いものに合う茶。二つ目は、焼き物の後に口を整える茶。三つ目は、夕方に少し落ち着く香草茶。この三つで、時間帯と客層を分けられます」


 クィナスは頷いた。


「うちの露店商品とも繋げやすいです。甘穀実団子には一つ目、祭り焼き包みや角鳥串には二つ目、夕方の客には三つ目。説明札も短くできます」


 ミレイユの表情に、少しずつ自信が戻っていく。


「私、茶葉の名前を前に出そうとしていました。でも、祭りなら『何に合うか』を先に出した方がいいんですね」


「その方が選びやすいです」


 セリオラは静かに言った。


「名前は、気に入った人が後で覚えればいい。最初に覚えてもらうべきなのは、飲んだ時の心地よさです」


 ミレイユはその言葉を、ゆっくり噛みしめるように頷いた。


「ありがとうございます。私、少し怖かったんです。周りの露店はきっと華やかで、肉や甘味や酒の匂いがして、私のお茶なんて地味に見えるんじゃないかって」


「地味でいいんです」


 セリオラは即答した。


「祭りには、華やかなものがたくさんあります。だからこそ、少し休める味が必要です。全員の目を奪う必要はありません。疲れた人が、ふと足を止める場所になればいい」


 その言葉に、ミレイユは少しだけ目を潤ませた。


 クィナスは書きながら、耳を柔らかく揺らした。


 こういう助言を、セリオラは押しつけずに出す。知識の高さを見せるためではなく、相手が自分の店へ持ち帰れる形にして渡す。


 だから信用できる。


 ミレイユは深く頭を下げた。


「頑張ってみます。三種類に絞って、説明札も短くして、試飲分もちゃんと分けます。お茶だけで勝とうとするんじゃなくて、祭りの中で必要な役割を考えてみます」


「それが良いと思います」


 クィナスは言った。


「それと、祭り前に一度、うちの甘穀実団子と合わせて試してみませんか。お互いの商品の相性が分かれば、当日の説明にも使えます」


 ミレイユの顔が明るくなった。


「ぜひお願いします」


 セリオラも頷いた。


「私も都合が合えば立ち会います。香りの残り方を見ましょう」


 そこへ厨房からボルガムの大声が飛んできた。


「茶に合う団子なら、甘さを少し変えられるぞ! 茶が苦めなら甘くする! 茶が甘いなら焼き目を強くする!」


 カイルの声も続く。


「師匠、まだ茶飲んでねえのに張り切りすぎだろ!」


「想像するのも料理だ!」


「それは分かるけどよ!」


 ミレイユはその声に驚きながらも、笑った。


「賑やかですね」


「いつもです」


 クィナスは平然と答えた。


 セリオラも少しだけ口元を緩める。


「良い店です」


 その日の帳簿には、新しい項目が加わった。


『記念日祭り連携候補。ミレイユさん、小規模出店。茶葉と香草のブレンド三種予定。セリオラさん助言。華やかさではなく、祭りの中で休める味。甘穀実団子との相性確認予定。』


 クィナスは最後にもう一行書いた。


『知識は、前へ進む人の背中を押すために使うと強い。』


 その一行を書いてから、彼女はセリオラとミレイユを見た。


 小さな茶葉屋が、祭りに出ようとしている。


 オルゼン商店も、祭りに出ようとしている。


 それぞれの店が、それぞれの形で少しずつ外へ広がっていく。


 秋口の記念日祭りは、まだ始まっていない。


 けれど、準備の段階からもう、いくつもの店と人の縁が交わり始めていた。

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