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第027話:試作で十分な味

 オルゼンがアルフェンとロウを厨房側へ案内すると、最初に反応したのはカイルだった。


 彼は焼き台の前で殻茸を見張っていた。ボルガムに言われた通り、水が出る瞬間を見逃すまいとして眉間に皺を寄せていたのだが、見慣れない客が二人入ってきたことで一瞬だけ顔を上げた。そして、アルフェンの整った顔立ちと品の良い立ち姿を見て、少しだけ目を細めた。


「また妙な客連れてきたな、店主」


 第一声がそれだった。


 クィナスなら帳簿に「失礼」と書いただろうが、今はまだ厨房にいない。オルゼンは苦笑しながら紹介した。


「こちらはアルフェンさん。隣国境沿いの街から来たそうだ。珍しい食材や小物を見に来たらしい。後ろの方は付き人のロウさん」


 アルフェンは穏やかに頭を下げた。


「お邪魔します。試作中と聞き、香りに惹かれてしまいました」


 ロウも静かに一礼した。こちらは主ほど柔らかくないが、失礼ではない。控えめで、しかし周囲をきちんと見ている。レイシャの視線がわずかに細くなった。彼女はロウの立ち位置を見て、ただの付き人ではないと判断したのだろう。


「レイシャです。共同販売館の管理補助と販売を担当しています。試作中ですので、熱い道具と刃物には近づきすぎないようお願いします」


 初対面の挨拶というより、現場管理の注意だった。


 アルフェンは楽しそうに頷いた。


「承知しました。見学者として邪魔にならない位置に立ちます」


 カイルが小さく呟いた。


「やけに物分かりいいな」


 ボルガムは角鳥を焼く手を止めずに振り返った。アルフェンを見て、ロウを見て、それから鼻を鳴らす。


「食い物を見に来たなら歓迎する! だが試作だ。完成品じゃねえ。うまいかどうかは俺が決める!」


 アルフェンは微笑んだ。


「では、料理人の判断に従います」


「いい返事だ!」


 ボルガムは満足そうだった。


 誰もアルフェンの顔立ちには触れなかった。カイルは「妙な客」と言い、レイシャは安全距離を告げ、ボルガムは食い物を見る者として扱った。アルフェンの容姿が通りなら人目を引くことは間違いないが、この店ではそれより先に、食材を見る目、立ち位置、現場で邪魔をしないかが評価される。


 アルフェンはそれを面白がっているようだった。


 オルゼンはその様子を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


 作業台の上には、三種の食材が並んでいる。湿原穀実は蒸してから粗く潰され、ほんのり甘い香りを出し始めていた。殻茸は外側を強めに焼かれ、薄い殻がぱちぱちと音を立てている。湿原角鳥は皮目に焼き色がつき、脂は少ないが香りは強い。


 ボルガムは試作用に、まず一品だけ作っていた。


 祭り焼き包みの原型だった。


 薄く伸ばした生地の上に、粗く潰した湿原穀実を敷く。そこへ、角鳥肉を大きめに切って乗せ、殻茸を細く割いたものを少し加える。味付けは香草油、少量の青塩、果実酢をほんのわずか。辛味は入れない。子供でも食べられる基本味だ。


 それを半月形に包み、鉄板で焼く。


 油が鳴る。


 生地の表面に焼き色がつき、湿原穀実の甘さが熱で立ち上がる。角鳥の皮の香ばしさが混じり、殻茸の内側に閉じ込めた水分が蒸気になって生地の中へ回る。香草油は前に出すぎず、青塩が後味だけを締める。


 カイルは鉄板を見ながら息を呑んでいた。


「……匂いが変わった」


 ボルガムは満足そうに頷く。


「今だ。茸の水が中に回った。外へ逃げてねえ。いい」


「さっき俺が触った時は水っぽくなりそうだったのに」


「だから強めに焼いて殻を作った。中の水は敵じゃねえ。閉じ込めれば味になる」


「面倒くせえ食材だな」


「面倒な食材は面白い!」


 焼き上がった包みを、ボルガムはすぐに切らなかった。鉄板から外し、少しだけ置いた。熱すぎるまま切れば、中の水分が逃げる。祭りで売るなら、客が受け取って一口目を食べるまでの時間も考えなければならない。


 少し置いてから、彼は包みを小さく切り分けた。


 試食用の皿が並ぶ。


 オルゼン、レイシャ、カイル、アルフェン、ロウ。厨房奥から匂いに釣られてクィナスも戻ってきた。彼女は試食が始まる空気を逃さない。


「試食ですか?」


「お前、匂いで来たな」


 オルゼンが言うと、クィナスは平然と頷いた。


「帳簿担当として必要な確認です」


「食べたいだけだろ」


「それも必要です」


 ボルガムは皿を全員に配った。


「まだ祭り用の完成品じゃねえ。手もかけてねえ。素材を見るための簡単な試作だ。だから評価は正直に言え。うまいだけじゃ足りねえ。食べにくい、重い、薄い、匂いが弱い、全部言え」


 全員が包みを手に取った。


 最初に食べたのはカイルだった。


 彼は一口かじり、すぐに黙った。


 普段なら何か言う。文句か、驚きか、照れ隠しの悪態か。だが今回は言葉が出なかったらしい。目だけが少し大きくなっている。


 次にクィナスが食べた。


 耳がぴんと立った。


 レイシャは静かに噛み、飲み込んだ後でわずかに目を細めた。


 アルフェンは一口食べた瞬間、表情を変えなかった。だが、その後もう一度包みの断面を見た。味だけではなく、構造を確認している。


 ロウも無言で食べた。彼は表情をほとんど動かさなかったが、二口目へ進むのが早かった。


 オルゼンも食べた。


 最初に来るのは、生地の焼き目の香ばしさだった。次に湿原穀実の甘さが広がる。砂糖の甘さではない。焼いた芋や栗にも似た、穏やかで腹に残る甘さだ。そこへ角鳥の旨みが重なり、殻茸の水分が全体をまとめる。青塩の後味があり、香草油が鼻に抜ける。重すぎない。だが軽すぎもしない。祭りで歩きながら食べるには、かなり良い。


 カイルがようやく口を開いた。


「……これ、試作だよな?」


「そうだ!」


 ボルガムが答える。


「なんで試作でこんなに完成してんだよ。普通に売れるだろ」


「まだだ。もっとできる。香草油の量を変えたいし、角鳥の切り方も少し考える。湿原穀実も、もう少し粗く潰した方が食感が出るかもしれねえ。茸は悪くねえが、もっと水を閉じ込められる」


 クィナスは皿を見ながら言った。


「ボルガム、料理人としてはそうかもしれませんが、販売側としてはこの段階で十分強いです。祭りでは一口目で足を止められるかが大事です。この試作は、一口目で十分に伝わります」


 レイシャも頷く。


「食べ歩きとして見ても良いです。汁が垂れにくく、手が汚れにくい。熱すぎない時間で渡せれば、客の流れも止まりにくいと思います。味も広い年齢層に届きます」


 アルフェンはゆっくりと包みの残りを食べてから、穏やかに言った。


「これは、湿原食材を知らない客にも受け入れられる味です。湿原穀実の甘さが前に出ていますが、珍しさを押しつけていない。角鳥は硬くならず、殻茸は水っぽさではなく旨みに変わっている。祭りでこの香りが出れば、人は足を止めるでしょう」


 ロウも短く続けた。


「冷めても食べられます」


 全員がそちらを見る。


 ロウは表情を変えずに説明した。


「熱いうちが最良でしょうが、祭りでは買ってすぐ食べない者もいます。これは少し冷めても生地が崩れにくい。持ち歩きには向いています」


 ボルガムは腕を組んだ。


「むう」


 明らかに悩んでいる。


 料理人としては、もっと詰めたい。もっと良くしたい。素材の可能性を引き出したい。だが、販売する商品として見れば、手をかけすぎると現場で回らなくなる可能性もある。


 カイルが包みの残りを見ながら言った。


「なあ、これ以上うまくしたら、たぶん作るの面倒になるだろ。祭りで百食出すんだろ。店で出す一皿じゃねえなら、このくらいで止めるのも腕なんじゃねえの」


 ボルガムの目がカイルへ向いた。


 カイルは少し身構えたが、逃げなかった。


「もちろん、俺はまだ料理のこと分かってねえ。でも、今日のこれは売れると思う。もっと手をかけたらさらにうまくなるってのは分かるけど、祭りで客が欲しいのは、待たされて出てくる最高の一個じゃなくて、歩きながら食って『うまいな』って言えるやつなんじゃねえの」


 厨房が静かになった。


 ボルガムはしばらくカイルを見ていた。


 それから、豪快に笑った。


「いいこと言うようになったじゃねえか!」


 カイルは顔をしかめた。


「笑うなよ」


「笑う! 今のは良かった! 料理は手をかければいいってもんじゃねえ。俺がそれを忘れかけてた!」


 クィナスはすでに帳簿に書いていた。


「カイルさん、祭り料理の本質について良い発言。待たされて出てくる最高の一個ではなく、歩きながら食べて美味しいもの」


「やめろ、恥ずかしい」


「残します。成長記録です」


「くそ」


 アルフェンはそのやり取りを見て、楽しそうに微笑んでいた。


「良い厨房ですね。料理人がいて、学ぶ者がいて、販売を見る者がいて、現場を見る者がいる。祭りの露店としては、かなり強い」


 オルゼンは少しだけ肩をすくめた。


「まだ初参加です」


「だからこそ面白いのです」


 アルフェンは手元の仕掛け箱を軽く撫でた。


「珍しい箱を買いに来たつもりでしたが、珍しい店も見られました」


 ボルガムはもう一度試作包みを見た。


「よし。祭り焼き包みは、この方向で行く。手をかけすぎねえ。だが、雑にはしねえ。湿原穀実は少し粗め、角鳥は大きめ、殻茸は水を閉じ込める。香草油は控えめ。青塩は最後に残す」


 クィナスが即座にまとめる。


「一日四十食予定。昼向け、全年齢向け、基本商品。説明札は『甘い穀実と角鳥の焼き包み。歩きながら食べやすい祭り限定品』でどうでしょう」


 レイシャが少し考える。


「『汁が垂れにくい』は書かなくても良いですが、実際には大きな利点です。販売時の説明に入れましょう」


 カイルがぼそりと言う。


「祭り限定って書いたら売れそうだな」


 クィナスは頷いた。


「ただし、嘘ではありません。本当に祭り用の試作品ですから」


 オルゼンは試作の残り香を感じながら、少し安堵した。


 祭りへ出ると決めた時、まだ形はぼんやりしていた。だが、今ここで一品目の芯が決まった。百食のうち四十食を担う基本商品。それが固まれば、他の三品も組み立てやすくなる。


 アルフェンは帰り際、仕掛け箱を抱えたまま言った。


「祭りの日、もし都合が合えば伺います。今日の試作が露店でどう変わるのか、見てみたい」


「お待ちしています」


 オルゼンが答えると、アルフェンは穏やかに頭を下げた。


 ロウも無言で一礼する。


 二人が店を出ていった後、カイルがぽつりと言った。


「あの人、何者なんだ?」


 レイシャは扉の方を見ながら答えた。


「少なくとも、ただの旅人ではありません」


 クィナスも帳簿を閉じる。


「珍しい小物を見る目も、食材を見る知識もありました。付き人のロウさんも、現場を見る目がありました」


 ボルガムは腕を組む。


「食い方は悪くなかった!」


「判断基準がそこなんですね」


 カイルが呆れる。


 ボルガムは当然のように言った。


「食い物を大事に食う奴は、だいたい話が通じる!」


 オルゼンは何も言わず、扉の外を少しだけ見た。


 赤い鍵を拾った後、店にはまた新しい出会いが来た。


 仕掛け箱を買った隣国境の男。


 湿原食材。


 祭り焼き包み。


 上り坂は、やはり簡単ではない。


 けれど、こうして一歩ずつ形になっていくなら、悪くない。


 厨房では、ボルガムがすでに次の試作へ向けて動き出していた。


「次は甘穀実団子だ!」


 カイルが慌てて声を上げる。


「休憩は?」


「焼き物は待ってくれねえ!」


「食材は待つだろ!」


「俺が待てねえ!」


 クィナスは帳簿を開き直し、レイシャは静かに皿を片づけた。


 祭りの匂いは、さらに濃くなっていた。

なんか一気に作りたくなったので毎日予約で投稿しています。

アイデアが出なく無くなったら、他の作品に行ったんだと思って下さい。

ありがちな構想でもいいですけど、自分も呼んでいて楽しい作品にしたいと思ってます。

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