第8話「リンドウ」 送っただけで全員死んだ画像
男はスマートフォンを見ながら夜の帰り道を歩いていた。
いつも通りの道に、見た事のない店の灯りを目にする。「Pantalea」——看板にはそう書かれていた。
店先に並ぶ花を見て、そこが花屋である事を理解する。
「こんな店あったっけ?」
花に興味はなかったが、興味本位で店へ入ってみた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり」
青い花を抱えた、女店主が出迎える。
「あっ、もしかして閉店作業してました?」
「いえ、お気になさらず。ただ整理してただけですので……」
手元の花を置き、女店主は眼鏡を上げながら言った。
「そうですか……。その花は?」
男は女店主が置いた青い花を指差す。
「これはリンドウです。これから咲き始める、綺麗な花なんですよ」
眼鏡越しの目が嬉しそうに微笑んでいる。
男は何も買わずに出て行くのも悪いと思い、その花を買うことにした。
「なら、その花をもらいます」
「ありがとうございます。準備致しますので、少々、お待ちください」
女店主が花を持ち、店の奥へ入っていく。
すぐに包装されたリンドウを抱え戻ってきた。
男に花を手渡す際、女店主が口を開いた。
「そうそう、この花には、こんなお話があるんですよ」
ある日、一人の男子高校生のスマートフォンに、一通のメッセージが届きました。
差出人は不明。
本文はなく、画像が一枚添付されているだけです。
そこに写っていたのは、どこまでも続く草原でした。
「……なんだこれ?」
悪戯だろうと思い、男子はそのまま放置しました。
翌日。
また同じ差出人から、画像が届きます。
開いてみると、昨日と同じ場所でした。
ですが、一つだけ違っていたものがあります。
草原の中央に、小さな青い花が一輪だけ咲いていました。
男子は眉をひそめます。
こんな悪戯に付き合う気はなかったが、妙に気味が悪い。
何となく、クラスの友人にその画像を転送しました。
『これ、お前?』
『違うわ。何これ』
『送ってくんなよ気持ち悪い』
軽く笑われて、その日は終わります。
次の日。
また、画像が届きます。
同じ草原。
今度は、青い花が二輪に増えていた。
その次の日は、三輪。
さらに次の日は、五輪。
男子は、気づけばそれを別の友人へと送っていました。
理由など特にありません。
そのうち、クラスのほとんどがその画像を知るようになりました。
日を追うごとに増えていく花。
最初は気味が悪かったはずなのに、いつしかそれを待つようになっています。
次は、いくつになるのか。
どこまで増えるのか。
そんな、妙な期待すらありました。
そして、修学旅行の前日。
最後の画像が届きます。
男子は、いつものようにそれを開きました。
そこに、花畑はありませんでした。
代わりに写っていたのは――
見慣れた制服姿の、自分達です。
クラス全員が、同じ場所に立っているのです。
誰一人欠けることなく、整然と並び、全員が笑っていました。
その胸元には、それぞれ一輪ずつ、あの青い花を抱えて――
男子は一瞬、息を止めました。
ですが、すぐに顔をしかめます。
「……なんだよ、これ」
気味が悪い。
深く考えるのが嫌で、その画像を削除し、スマートフォンを伏せました。
明日は修学旅行だ。
こんなものは忘れて、楽しめばいい。
そう思い、男子は眠りにつきました。
翌日の夕方。
修学旅行へ向かっていたバスが、崖から転落したというニュースが流れました。
乗っていた生徒は、全員死亡。
原因は不明。
テレビでは、事故現場の映像が繰り返し流れています。
崖の下には、広大な花畑が広がっていて、季節になると、一面に青いリンドウの花が咲き誇ることで知られる場所でした。
ただ。
その映像の中に、不自然な場所がありました。
一角だけ、花が咲いていない。
まるでそこだけ、何かに踏み荒らされたかのように、ぽっかりと空白になっていました。
ばらばらではなく。
一定の間隔で、整然と並んでいる。
まるで――
誰かが、そこに立っていたかのように。
その夜。
どこかの誰かのスマートフォンに、一通のメッセージが届きます。
差出人が不明で、画像が一枚添付されているのみ。
その画像には、再び、あの草原が写っていました。
まだ花は咲いていません。
ただ――
遠くの方に、いくつかの“人影”が立っていたそうです。
「いかがだったでしょうか?」
包装紙の擦れる音が、やけに大きく響いた気がした。
男はすぐに返事が出来なかった。
「…………急に、なんて話をするんですか」
「お気に召しませんでしたか……。貴方に合うお話だと思いましたので、つい」
女店主は眼鏡のフレームに触れながら、視線を下げる。その先には、男の手に握られたリンドウがあった。
「一体どういう……?」
「お仕事とはいえ、なりふり構わず広めるのは、あまり感心しませんよ」
「なっ……!どうしてそれを……?」
「さぁ」
女店主は顔を上げ、微笑む。
「お気になさらないでください。ただの、どこにでもあるお話ですから……」
男は礼もそこそこに、店を後にした。
帰り道、男はポケットからスマートフォンを取り出しかけて、ふと手を止める。
もう片方の手に握られた、リンドウ。
薄暗い街灯の下でも、その青はやけに鮮やかだった。
まるで、こちらを見ているかのように。
「考えすぎかな……」
男は軽く首を振る。
スマートフォンをポケットへ戻し、足早に夜道を進んだ。




