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真夜中の花屋 Pantalea  作者: 東雲大雅


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第7話「薔薇」 好きすぎて何もかも捧げた少女

 その花屋を見つけた時、女は狂喜した。


 探した甲斐があった。時刻は真夜中。こんな時間に開いてるなんて。まるで私のためにあるような店だと。

 

 「Pantalea」——そう、看板に書かれた花屋に意気揚々と入っていく。


 店の中では、眼鏡をかけた女店主が、何やら作業をしていた。


「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり」


「薔薇を。真っ赤な薔薇をちょうだい」


「……かしこまりました。少々、お待ちください」


 女店主は作業していた手を止め、店の奥へ入っていった。


 女は待っている間、腕を組み、忙しなく指を動かす。

 早く、早くしてよ。

 あの人に渡さないといけないのだから。


 5分も経たないうちに出てきた女店主を鋭い眼差しで睨む。


「ちょっと遅いんじゃない?早くしてよ!」


「申し訳ございません。では、こちらを……」


 差し出された花束を、女はほとんど引ったくるように掴んだ。


 包装紙が、僅かに軋む。


 すぐにでも店を出ようと踵を返した瞬間、後ろから声がした。


「そうそう、その花には、こんなお話があるんですよ」




 ある少女は、同じクラスの男子に恋をしていました。


 名前を呼ばれたことは、一度もない。

 目が合ったことすら、ほとんどない。

 それでも、好きだった。


 理由なんてありません。


 ただ、その人が笑っているのを見るだけで、胸が締めつけられるように苦しくなるのです。


 ――もし、振り向いてもらえたら。


 そんなことを考えてしまった日の帰り道。


 少女は、道端に落ちている一輪の薔薇を見つけました。


 深い赤色の、綺麗な花です。


 誰かの落とし物かもしれない。


 けれど、なぜかそれは「自分のために置かれていた」ように思えました。


 少女は、その薔薇を拾って持ち帰ります。


 翌朝。


 少女は、誰もいない時間を見計らって、その薔薇を男子の靴箱に入れました。


 直接渡す勇気がなかったのです。


 それでも、何かを伝えたかったから。


 その日の放課後。


「……あのさ」


 名前を呼ばれました。


 振り返ると、そこに彼が立っています。


「これ、入れてくれたの、お前?」


 手には、あの薔薇。


 少女は、何も言えずに頷きました。


「……ありがと」


 それだけでした。


 それだけだったのに、世界が変わったように思えました。


 その夜。


 少女は、鏡の前で自分の髪を見つめます。


 ほんの少しだけ、切り落としました。


 自分でも理由は分かりません。


 ただ、そうしなければいけない気がしたから。


 次の日も、薔薇はありました。


 昨日と、同じ場所に。


 まるで、最初からそこにあったかのように。


 少女は迷わずそれを手に取ります。

 代わりに、昨日切った髪の毛をそこに置いて。


「最近、よく会うな」


 そう言って、彼は笑います。


 少女に、軽く手を振りながら。


 その瞬間、少女の胸は弾けそうになりました。


 その夜。


 少女は、自分の指先を見つめていました。


 爪の隙間に刃を差し込む。


 痛みなど、ほとんど感じませんでした。


 ――これで、もっと。


 何が「もっと」なのかは分かりません。

 けれど、確信だけはありました。


 翌日。


 薔薇は、やはりそこにありました。


 また代わりに、昨日剥いだ爪をその場に置いて、薔薇を持っていきます。

 

「大丈夫か? その手」


 彼が心配そうに覗き込んできました。


 包帯越しに、そっと触れられる。


 少女は、何度も頷きました。


 痛みなんて、どうでもよかった。


 それからも、同じことが続きます。


 薔薇を拾う。


 靴箱に入れる。


 彼が話しかけてくれる。


 少しずつ、距離が近づいていく。


 そのたびに、少女は何かを差し出しました。


 皮膚を削いだ時は、彼が長く話してくれた。


 耳を切り落とした時は、彼が何度も名前を呼んでくれた。


 目をくり抜いた時は、彼がずっと隣にいてくれた。


 ――あと、少し。


 あと、少しで。



 ある朝。


 少女は、学校へ行きませんでした。


 行けなくなった、のかもしれません。


 それでも、その日も。


 靴箱には、薔薇が入っていました。


 次の日も。


 その次の日も。


 彼は、毎日それを受け取ります。

 理由は分かりません。けれど、違和感はありませんでした。

 ただ、それが当たり前のように感じられたから。


 ある日。


 靴箱を開けた瞬間、彼は思わず息を止めました。


 中には、薔薇が詰め込まれていました。


 一輪ではない。

 何十もの薔薇が、押し込まれるように詰まっていたのです。


 その隙間に、一通の紙が挟まっていました。


 震える手で、それを取り出します。


 赤い文字で、こう書かれていました。



 ――これで、やっと全部あげられた。




「……お時間取らせてしまい、申し訳ありません。お急ぎのようでしたよね?」


 女はハッと我に帰る。何故か、この女店主の話を聞き入ってしまっていた。


「そっ、そうよ!大体、何であんな気色悪い話を……!」


「注意喚起のようなものでしょうか。過度な執着は、身を滅ぼしますので」


 女の手に握られた、薔薇の花束に視線を落とす。


「アンタに何が分かるのよ!あたしの事なんて知りもしないくせに!」


「手の届かない方に抱く感情にしては、少々重い気がしますよ」


「――なんで、それを……?」


 女が唇を震わせる。


「さぁ」


 女店主は顔を上げ、微笑む。


「お気になさらないでください。ただの、どこにでもあるお話ですから……」


 女は逃げるように店を後にする。

 

 あの女店主の言う事なんて関係ない。だってあんなに、愛し合っていたのだから。彼は今少し、遠い場所にいるだけ。この花束を持って会いに行こう。


 女は夜の街を駆けるように、ある場所まで向かっていった。

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